第408話 シャルォウ王国
竜郎たちがやってきたのは、シャルォウ王国と呼ばれる辺境にある小国の王都。
辺境の小国。それも一年中寒さ厳しく、資源もたいしたものはない。それだけ聞けば貧しい国なのかと想像してしまうところ。
実際にかつては、ほとんどの人が想像する通りの貧しい国だった。
だが王都を守るための大きな外壁は装飾が凝りに凝っていて、それだけでもその小国の裕福さを表しているかのよう。
「これはっ……こ、この国に何か起きるのですか!?」
「ああ、いえそういうのじゃないんです。ただ少しだけ王様に、話したいことがありまして」
「やはり何かの災厄が──っ!?」
「いやだから……そういうのじゃないんですけど、ちょっと王様に相談したいことが──」
さすがに王都は警備がしっかりしており冒険者の身分証を提示したのだが、大昔から取るべきものもないため、戦争すらろくにしたこともない平和な国で生まれ育った門兵からすれば、高ランクの冒険者がわざわざ観光シーズンですらないのに、他になにもない王都に来たことで不安にさせてしまったようだ。
何度か似たようなやりとりをそこでやるはめになり、とりあえず事件はないと納得してもらい、そのまま王家への取次もしてもらう。
その確認が取れるまで、竜郎たちはしばらく外壁付近で待つことに。
『なんか疲れたな……』
『冒険者って荒事解決人みたいなイメージ着いちゃってるっぽいからね』
『ヒヒーーンヒーン、ヒンヒヒーン。(だから高ランクの冒険者がくると、びっくりしちゃうんだろうね)』
少しぐったりしながら、竜郎たちはようやく王都に入ることができた。
ただ待っているだけでは暇なので観光気分で周囲を見渡してみれば、美術品のようにコテコテに装飾されたのは外壁だけではないのがすぐに分かる。
そこはしっかりと街並みにもお金が掛けられているのが、素人目にも伝わってくるような国だった。
今踏んでいる道一つとっても、先ほどまでいた国境沿いの町よりも整備されており、わずかなひび割れ一つない。
ゴミも落ちていないし、清掃も行き届いている。
さらにそれだけでなく町の建物も民家であろうと、一つ一つが小さな神殿のように煌びやかで、町というより綺麗なテーマパークにでも迷い込んだような錯覚すら覚えていた。
『なんつーか、とんでもねーくらい儲かってんだな、この国は。そのスリンカとかいう魔物でよ』
『ん、デザート屋さんも沢山ある。きっとここはいい国』
「「あう」」
『ん、この子たちはよく分かってる。でも味はうちで出てくるのの方がずっと美味しい』
ヘスティアやちびっ子たちにせがまれて、近くのデザート屋でジェラートのようなものを注文して食べてみた。
提供されたのは器もガラスの工芸品のようなものに、虹色の体に悪そうなトロピカルなジェラートアイスが入ったもの。
寒いのにそれはどうなのかとも思ったが、ここの住民は寒さに慣れているし、観光に来る客は寒いのが分かって来ている。観光客はちゃんと防寒もばっちりで、寒さも問題はない。
けれどもっと寒いと思い過剰に寒さ対策をしている観光客も意外に多く、少し暑いくらいに感じて、冷たいジェラートを──とそこそこうけていたりもする。
『そりゃそうだよ。ここは美味しい魔物素材は一つも使ってないんだろうし、比べちゃダメだよ。
ただちょっと……味付けがしつこいかも? たつろー、ちょっと食べてみて』
竜郎はガウェインと同じく注文していないので、愛衣のものを少しだけ彼女の手ずから食べさせてもらう。
『…………あー、なんか気取った味というか、見た目重視で味は二の次みたいなデザートだな』
『ヒヒーーン、ヒーーン。ヒヒン、ヒーーン、ヒヒーーン。(私たちの舌が肥えただけっていうのもありそうだけど、それにしても味は微妙かも?)』
その味は竜郎たちの舌が肥えていることを加味しても、少し微妙なものに感じた。
とにかく味よりも見た目の豪華さ、綺麗さにこだわり、値段も「この味であんなに高かったのか?」と金銭感覚もおかしくなってきている竜郎ですら思うくらいには高かった。
そのまま他のデザートも試してみたが、結果は似たようなものばかり。そうこうしている間に、ようやく迎えの兵が現れた。
「あ、こちらにいらっしゃいましたか! すぐにでも、お会いすることが可能なようです! それとも王家指定の高級宿泊施設でくつろいでから、謁見に向かわれますか? 我が国自慢の──」
「いえ、それはまた今度観光シーズンに来て、楽しみたいと思います。今日は謁見を優先させてください」
「そうですか……。では、こちらへどうぞ!」
「派手な馬車ねぇ」
「目が……ちかちか……する……」
竜郎たちの対応を門兵と、さらにその上官のような兵士が六名ほどが、なんともキラキラとした童話から飛び出してきたような馬車を三台も引きつれやってきた。
そこにいた兵士たちもそうだが、馬に着せられた鎧も機能性より美しさを重視した作りだった。
その全体の豪華さに驚きというより、少し呆れすら含んだ声音でイェレナが小さく呟き、ルナは眩しそうに目を細める。
「我が国の街並みを、是非道中ご堪能下さいませ!」
だがせっかく好意で用意してくれたのだから、乗らないのも失礼だろうと竜郎、愛衣、楓、菖蒲で一台。
ジャンヌ、ガウェイン、ヘスティア、ルナで一台。
イェレナと、その従魔ミロン、シードルで一台。
という構成で乗り込み、ノロノロと動く馬車に揺られて王城へ向かう。
『えーと……これさ。普通に歩いた方が速くない……?』
『この街並みを見せたいんだろうなぁ。
何か災厄が迫っているわけでも、時間に余裕がないわけでもないっていうのも言ってあるから、こうなったのかもしれない。
好意100%なのが伝わってくるから、逆にもっと速くしてくれとは言いづらいのがまた厄介な……』
『にしたって、ちんたらしすぎだろ。それにあんな鎧、意味あんのか? 邪魔なだけだろ』
『ん、馬も歩きづらそう。非効率』
『ヒヒーン……(なんかちょっと、かわいそー)』
『まぁ、少なくとも戦うために作った鎧じゃないよね。確かに』
わざとゆっくり馬を歩かせているというのもあるのだろうが、それ以上に装飾で着飾ることを優先した結果、関節の可動部分にすら飾りが被って邪魔そうだ。
けれど見苦しくないよう訓練されているのか、歩行は遅いが滑らかなのはさすがか。
兵士も似たようなもので、有事の際に前に出て戦えるようなデザインではなかった。体は守ってくれるかもしれないが、動きづらすぎて的になるのがオチだろう。
最初こそ物珍し気に窓から外を見ていた楓と菖蒲も、しばらくすると飽きたのか竜郎と愛衣の膝の上に座って興味を失った。
「馬車と一緒で──ううん、むしろこちらの方がキラッキラね」
「夜になれば発光して、さらに綺麗ですよ!」
「さらに……? まぶし……そう……」」
馬車から降りると、これまた小国の王城とは思えないほど煌びやかな建造物が聳え立っていた。
サイズや敷地面積はさすがにカサピスティ王国の方が大きいが、豪華さだけでいえばこちらの方が上だ。
けれどやはり趣味ではないのか、イェレナやルナには不評だった。
『こっちも見た目重視って感じだね』
『でも意外と考えられてはいそうだけどな』
『ああ。マスターがいうように、警備のしやすさなんかは考えてるみてーだ』
『ヒヒーーン、ヒヒーーン、ヒーン。(お金があるなら泥棒とかもいそうだし、そっち対策かもね)』
『ん、何度か被害にあったのかも。あのへんとか、たぶん後から工事し直してる。きっと』
だが王城に関しては見た目の派手さだけでなく、守りに堅実な作りにはなっていた。
とはいえヘスティアが言ったとおりで、最初は見た目に全力投入したはいいが、何度か窃盗被害にあうという間抜けな事態に陥っていた。
そのせいで泣く泣くこっそり後から侵入口になりそうな場所を塞いだり、警備しやすい構造に改築したのだ。
けれどある程度の観察眼があれば、その痕跡は手に取るように分かってしまった。
『ちょっとここの王様は、お馬鹿さん──じゃなくて、お茶目さんなのかも?』
『ヒヒーーン、ヒヒン、ヒーーンヒーーン(美しいこと、豪華であることに囚われ過ぎてる気はするね)』
『まぁそうは言っても、大よその築年数から見ても今の王が建てさせたわけじゃないだろうし、今代はそこまで美しさに囚われて…………っていうのはなさそうか』
『ん、だったら兵士の恰好くらいはどうにかしてると思う』
『ははっ、違いねぇ』
子供の頃からこれがいいと親が言っていれば、子供も自然とそれがいいものだと思い込むのは当たり前のこと。
兵士だけなく、町を馬車で行く中で見えた景色に映る新しい建造物などを見ても、おそらく代々豪華で美しいものが好きな家系なのだろうと察してしまう。
『だが話の通じる相手なら、別に何だっていい。大事なのは目的が達成できるかどうかだからな。さぁ、行こう』
『だね』
竜郎は一抹の不安を抱えたまま、兵士たちに案内され謁見の間までやってきた。
城内はまばゆいほどにライティングされ、あちこち光が反射してキラキラだ。
普段はもっと落ち着いた場所にいるルナは、もう完全に目を閉じて気配を探って付いてきていたほどに。
豪華な両開きの扉が開かれ、その奥にいるキラキラの服をまとった豪華絢爛な玉座に腰かける老人が視界に入ってくる。
ふかふかの派手な赤い絨毯を踏みしめながら竜郎たちが近くまで進むと、国王は無邪気な笑顔で杖を突きながら自ら玉座を降り、竜郎たちの所まで歩いてきた。
「やや、よくぞお越しになられました。国を挙げて歓迎いたしますぞ」
「あ、ありがとうございます」
一見偉そうな玉座に座って見下ろすことはできないと、竜郎たちのいる場所まで降りてきたようにも見えるが、そうではないと竜郎たちにはすぐに分かった。
悪気はない。だが国王がその行動を取った理由は、自分が座っていた玉座を見て欲しかったから。
笑顔で歓迎しながらもチラチラと玉座に視線を送り、「あの玉座凄いでしょう? 凄いよね?」とこちらの反応を非常に分かりやすく観察していた。
これは反応しないとダメな流れだろうと、竜郎はちゃんと空気を読んだ。
「凄い玉座ですね。何人か王や皇帝と言われる方たちと会ったことはありますが、ここが一番豪華な気がします」
「むふっ、そうでしょう! ささ、世界最高ランクの冒険者様と、そのお連れ様を跪かせることなどできぬ。椅子を持ってまいれ」
竜郎が豪華さだけは確かに凄かったので、そこを褒めると国王は気をよくして竜郎たちが腰かけるための椅子を用意してくれた。
そうして運ばれてきた椅子もまた、無駄に豪華。
そこでも国王はドヤ顔で、「その椅子も素晴らしいでしょう? 玉座だけでなく、他の椅子もこだわっているんですよ」と口にはしなかったが、態度がそう竜郎たちへ語り掛けていた。
だがそこに嫌みも、こちらを見下した態度も一切ない。
ただただ純粋に、いいものを自慢したい。もっと見て欲しい。美しい物を感じる気持ちを共有してほしい。そんな感情を溢れださせた、実に濃い王様だった。
『なんか逆の意味で面倒くさそうな王様だな……』
『あはは……。悪い人だったり、なにか企んでそうな人ではなさそうなんだけどね……』
先行きが不安になりながらも、竜郎はしっかり背筋を伸ばし交渉に挑むことにした。
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