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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二十章 食への感謝祭編

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第396話 出場枠の確保へ

 竜郎たちはその日の内にアポを取り、さっそく翌日リオンたちの職場である庁舎へとおもむく前に、セオドアのいる宿に立ち寄って彼の意志を聞いてみることにする。

 竜郎たちが彼の泊まっている宿の部屋に入ると、セオドアはぼーっとベッドの上に腰かけ天井を見つめていた。

 呪魔法についてはもう完全に解いているので、今のこの状態は竜郎による影響が一切ない上でのこと。


 ストレスで頭髪は薄くなり、全て白髪になったせいで実年齢よりかなり老けて見えるが、不純な感情が性欲と共に消えたかのように、どこかスッキリとした表情をしているようにも見えた。

 以前のような卑屈であったり、ヘラヘラしたような態度はなく、まだ不安定な自分の未来。最悪ここから死すらあり得る状況を受け入れ、悟ってしまったのかもしれない。



「大丈夫か? セオドア」

「ああ、大丈夫だ。すまねぇな。俺なんかのために、色々やらせちまって」

「何度も言ってる気がするが、ここまできたら行く末がハッキリ決まるまでちゃんと面倒を見るさ。

 もしも生き残れたら、アーロンさんにも会わせるから感謝しておけよ。

 あの人の依頼がなかったら、俺たちも関わらろうとはしなかったんだからな」

「アーロン……。そうか……あいつが…………。なんで俺は……全部捨てちまったんだろうなぁ……」



 家族を捨て、幼馴染たちとの友情も捨てて、今得られたものは何か。

 何もないどころか、調子に乗った挙句何も成せず、何の努力もせず、失ってばかりの人生を皮肉るような笑みが浮かぶも、その両の目から涙がポタポタとこぼれる。

 だがここまで失わなければ、彼はそんな自分の生きた結果も全て見て見ぬふりをしたまま死んでいったのだろうと思えば、この結果も最悪ではなかったんだろうなと竜郎には思えた。



「仕事……というか、一度に大金を稼ぐ手立てを見つけた。やるかどうかは、自分で決めて欲しい。実は──」



 食の感謝祭という、これからエリュシオンの町で定期的に行われるかもしれないイベントについて、入賞……もっといえば優勝すれば大金が手に入ることを伝えていった。



「俺はもうこの命以外失うものもないし、失いたくないものもねぇ。

 タツロウさん、あんたが俺のためにその機会を用意してくれるってんなら、どんなことだって命がけでやらせてもらうぜ。

 たとえ失敗して大勢の前で恥かくことになったって、構やしねぇ。できなきゃ死んじまうんだからさ」

「そうか。なら俺たちは出場者に入れてもらえるよう、町の運営責任者に頼んでくるよ」

「よろしく頼む」



 最初の頃が嘘のように、セオドアは深々と竜郎たちに頭を下げた。


 セオドアを直接連れていくことも考えたが、いきなり見知らぬ男を連れていき、有無もゆわさぬ雰囲気でこいつを出場させてくれと頼むのもよくないだろうと置いていく。

 リオンたちの都合に合わせてアポを取っていたため、一切待たされることなく彼らの待つ部屋へと通された。



「頼みごとがあるという話だったけど、いったい急にどうしたんだい?

 もちろんできることなら、協力させてもらうつもりではいるけれど」

「ならちょっと聞いてほしいんだが、食の感謝祭の料理人と出場者について、こちらから推薦したい人物がいるんだ。

 もう今からじゃ、無理そうだったりするか?」

「最初は肝心だからね。失敗しないよう、今現在候補者の最終選考中といったところだから、タツロウたちがどうしてもというのならねじ込むことは可能だと思う」



 聞けばもうかなり準備は済んでおり、候補者の選考も最終段階なんだとか。

 ギリギリ彼らの裁量で、いかようにも調整できるタイミングだったようだ。



「ただタツロウが紹介する人物なら大丈夫だと思うが、やはり料理人は相応の腕がないと流石にコネ採用だとバレてしまうだろうし、こちらとしてもそれは避けたいところでもある。

 どれくらいの料理人なんだい? もしかして君たちのところのフローラさんのことかな?

 それならむしろ、こちらから頼んで出て欲しいくらいなんだが」

「いや、残念ながらフローラではないな。だがそのフローラが認めた料理人であることは、俺が保証する」

「本当かい!? それは願ったりかなったりだよ!

 有名なレストランか、どこぞの国の王侯貴族の料理人だったりするのかな?」

「えっと、惜しい…………かな? ねぇ、たつろー」

「惜しい……のか?」



 竜王国の王子なのだから王侯貴族なのは間違いないが、王侯貴族と王侯貴族の料理人は似ても似つかない立場だろう。

 ただ言葉が掠っているだけであり、竜郎は愛衣の問いかけに苦笑するしかない。



「その人は、有名な人ではなく無名の料理人ではあるというか……ぶっちゃけて言ってしまうと、普段は料理人ですらない」

「え? それはいったいどういう……?」

「料理人じゃないのに、出たいの?」

「まぁまぁ、リオンくんもルイーズちゃんも、その人が作った料理を食べてみてよ。

 そうしたら文句もないなって、思ってもらえるはずだよ」

「「はぁ……」」



 いったいどんな人物を連れてくる気だと、相手が竜郎たちだからこそ、とんでもない人物を連れくるんじゃと不安そうな顔を見せるリオンとルイーズに対し、竜郎は《無限アイテムフィールド》からリゲンハイトが作った料理を何種か出していく。

 昨日は長いこと離れていたせいか、今日はずっと竜郎と愛衣にベッタリな楓と菖蒲も食べたそうに手を伸ばすので、今日は甘やかしてもいいかとそちらの分も一緒に。


 匂いだけでも二人は生唾を飲み、お行儀はいいがパクパクと食べては舌鼓を打っていた。



「凄いよ、アイちゃん! 王宮の料理人より美味しいんじゃないかな、この料理」

「ルイーズちゃんにそこまで言わせるなんて、さすがだなぁ」

「確かにこれほどの腕があるのなら、即採用だ。うちで雇いたいくらいだよ」

「いや、それは無理なんだ。今回は世界から見ても食の本場となったエリュシオンで、自分の腕を試したり、他の料理人から刺激を貰いたいって話らしいから。

 普段は別の仕事をしていて、忙しい人なんだよ」



 リオンたちと同じくらいに──という言葉は喉の奥にしまっておいた。

 まさか世界でも有数の大国カサピスティですら簡単に滅ぼせる、イフィゲニア帝国に属するドルシオン王国の王子だなんて、言えるわけがない。

 その地位にいて、他にも多忙な中で料理の勉強をし、王宮の料理人すら超えると言わしめる彼の優秀さに、竜郎も愛衣も改めて凄い奴なんだと納得させれてしまう。

 料理人にいたっては少し変わり者ではあるかもしれないが、悪い人物ではないというのも竜郎たちが保証したことで、リオンたちも快くその頼みを受け入れてくれた。


 ──と、ここまでは言ってしまえば予定調和。

 竜郎たちの紹介であり、かつあれほどの料理を出せば頷いてくれるだろうというのは簡単に予想できたこと。

 問題は映えある第一回、食の感謝祭に厄介事を抱えたセオドアを出場させられるかについて。



「それじゃあ料理人の方はそれでいいとして、出場者の方なんだが……こっちは隠さずに言うが、問題のある人物ではある」

「でもでも問題っていっても個人的なことで、犯罪者ってわけでもないから安心して」

「なるほど。では聞かせて欲しいんだけど、何故タツロウたちはその人物を出場させたいんだい?」

「言ってしまえば賞金目的だ。そいつは何としても、今日を含め一月以内に自分自身の力で100万シス稼ぐ必要があるんだ」

「自分の力で……か。ということは、タツロウたちの推薦だからと言って、八百長のようなことはしなくてもいいんだね?

 もちろん最初からタツロウたちが、そんな頼みをするようなことはないと思っているけれど、念のためにそこはちゃんと聞いておきたい。

 もしも本気でタツロウたちが頼むなら、私たちもそれを可能にするよう働きかけることもできるからね」

「八百長だけは絶対にやめてくれ。他の人と同じ土俵で、公平に審査してくれるだけでいい。

 もしそれで他者より劣っていると審査されたなら、容赦なく最下位にしてもらって構わない」

「……そうか。ならいいよ。参加者の一枠にねじ込んでおこう。

 ちなみに、どの部門での参加がいいとかはあるかい? それくらいなら融通を利かせるのも簡単なんだが」

「部門? というか、本当にいいのか? ろくに事情も説明していないのに」

「いいさ。タツロウたちには世話になっているし、これからも世話になるつもりでもいる。もちつもたれずやっていこうじゃないか。

 それにさっきの料理人のとき以上に、話しづらそうにしているから、無理に言わなくてもいいさ」



 さすがカサピスティ王国の次期国王。竜郎たちの微妙な表情の変化や話し方だけで、言いたいこと、言いたくないこと、はたまた言えないこと。そういったことを敏感に察してくれ、それ以上突っ込んだことを聞かずにセオドアの出場を認めてくれた。



「ありがとう。助かった。でも部門っていうのは何なんだ? 食の感謝祭以外の方の出場は望んでないんだが」

「あれ? ウリエルさんには話したんだけど、聞いていないかい?」

「あー……、ちょっとここ最近忙しくて、話を聞けていなかったんだ」



 昨晩もサヴァナとの会話に気を張りすぎて、直ぐに寝てしまった。話す機会などなかったのだろうと、竜郎はすぐに察した。



「そうなのか。いや実はね、食の感謝祭の中でもスープやサラダ、肉料理、魚料理といった具合に部門分けして、より多くの食への感謝を捧げようという話になったんだ。

 だから各部門ごとの賞金は優勝で100万シス。準優勝で60万、三位入賞で30万といった具合に出す予定だよ。

 それでいくとその出したいと言っている人物は、優勝すれば100万シスを稼げるということになるね」



 優勝賞金はまさかの100万シス。今欲している額とぴったり一致している。

 100万シスという額を決めたのも、まさかこのことを見越してサヴァナが決めたのかと、また彼女への疑惑が深まる。

 だがもう、そうだろうがそうでなかろうが、どうでもいいと竜郎も考えるのを止める。

 とにかくここで優勝すれば、一発でセオドアの命は救われるのだ。分かりやすくていいじゃないかと。



「そうだったんだ。でもそれなら人もばらけるし、むしろチャンスかも?」

「うん。そのアイちゃんたちが出したいっていう人が、どの料理が好きなのかとか、美味しそうに食べられそうかっていうのがあるのなら、その部門の出場者に入れられるよ。どこがいい?」

「えっと、どこだろ? たつろー、分かる?」

「いやまったく……。セオドアの好みなんて、気にしたこともなった」



 泊まっている宿の料理が美味しいというのはあるのかもしれないが、なんでも好き嫌いせず美味い美味いと言って食べているところしか見たことがない。

 だが選ばせて貰えるというのであれば、より可能性のある部門での出場をしたほうが良いに決まっている。



「まだ時間があるなら、少し待っていてもらえるか。直ぐ本人に聞きに行ってくるから」

「ああ、構わないよ。部門は全部で──」



 どのジャンルがあるのかリオンに聞いた竜郎は、愛衣にはその場で他の詳しい感謝祭についての話を聞いていてもらい、抱き着く楓と菖蒲を担いでセオドアの元へ急いだ。

 途中で転移も使ったため一瞬で彼の元に戻り、どれが良いか聞いてみれば──。



「サラダ……だな。前までは肉肉とばかり言っていた気がするが、何故かそういうものに今は惹かれねぇ」



 性欲ごと失った弊害か、性格どころか食の好みまで草食系に変わってしまったようだ。



「本当にサラダでいいんだな? お前の一生がそこで決まるんだぞ。それは分かってるな?」

「ああ、分かってる。それでいい。サラダに俺の運命を賭けてみる」

「分かった。じゃあそうしてもらえるよう、頼んでくるからな。いいな?」

「ああ、頼む。あ、それと悪いんだけどよ……」

「なんだ?」

「どうせなら安い日雇いの仕事でもいいから、何か紹介してもらうことってできねーか? もしも優勝できなかったときのことも考えて、今のうちに少しでもいいから稼いでおきてぇんだ」

「分かった。それも探してみる」



 優勝できなくても、二位に入れれば60万。三位でも30万。

 それでは100万には届かないが、感謝祭までに働いて10万でも20万でも稼いでおくことができれば、期日までに足りない分の穴埋めにすることだってできる。

 感謝祭までに最低限のテーブルマナーは習得してもらうつもりだが、確かにそれも重要だと仕事探しの方も継続して請け負い、竜郎はリオンたちの元へ戻った。



「随分早かったね。本人には聞けたのかい?」

「ああ、サラダ部門で出たいらしい」

「へぇ、サラダなんだ。なんか意外だね」

「色々あって、食の好みも変わったらしい」

「あー……ね。じゃあ、ルイーズちゃん、それでお願いできる?」

「うん、いいよ。性別は男性、名前はセオドア・ラトリフ……っと。それじゃあ、サラダでの出場で受理しておくね」

「ありがと!」

「どういたしまして。また女同士、時間ができたらお茶会でもしようね」

「うん!」

「ならこちらは男同士、ロボット大戦でもやるかい?」

「え? まあ……別にいいが……。そんな時間あるのか?」

「ないのなら作ればいいだけだ! 私は相手に飢えていてね、是が非でも付き合ってもらいたい」

「あ、ああ……、また今度な」



 こうして意外にあっさりと、リゲンハイトとセオドアの枠を確保することに成功した。

次も木曜日更新予定です!

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