第395話 光明?
ここでセオドアのために、やれることは全て終わった。
サヴァナとは仲良く世間話をするような間柄でもないため、竜郎たちはこのまま帰らせてもらうことにする。
「今回はこちらの要望を聞き入れてくれて、ありがとうございました」
「気にすることはないわ。私にもメリットはちゃんとあったから」
そういってサヴァナは、竜郎が渡したパウチ容器を一つ手に持ち振った。
その姿を見てふと──思えば彼女は今回の一件で、かなり得をしているように思えた。
もちろんそれは、いきなり本来結ばれていた契約に、第三者でしかない竜郎たち側が口をだすのだから、それ相応の礼は必要になるに決まってる。彼女が得をしないほうが、今回の場合はおかしいのだ。
だがそんなことは竜郎も分かっている。ただあまりにも彼女の都合のいいように事が運んでいるような、さもこうなるように舗装された道を歩かされただけのような、そんな奇妙な感覚に捕らわれてしまう。
セオドアと最初の契約を結ぶまでに、サヴァナが手間と時間を使ったのは間違いないが、それでも寿命徴収候補は必要分最低限は確保していそうだ。
彼女ほどの頭脳があって何度も同じようなことをしてターゲットに契約を結ばせてきたのなら、その過程は効率、最適化されていくはず。
実は一人当たりの手間は、大したことはないのではないか。
そもそもセオドアのような人間は、世界全体で見ればそれなりにいるだろうことは想像に難くなく、たまたまそれが竜郎たちの世話になっている人物の親しかった人間だった──なんてことがあるのだろうかとすら思えてくる。
そんな考えが浮かんできてしまったからだろうか、竜郎は思わず気持ちのままに言葉を口にしていた。
「セオドアを選んだのは偶然ですよね?」
「ええ、もちろん。私もまさか、こうなるなんて驚きだったわ。他に質問は?」
「いえ、ないです。すみません、突然変な質問をしてしまって」
「いいのよ。気にしないで。私も気にしていないから。それではさようなら。次がないことを祈っているわ」
「そうですね。お互いに」
当前ながら、たとえこれが仕組まれていた流れだったとしても、竜郎がふいに出した言葉で動揺するようなサヴァナではない。
素で言っているのか、それとも演技で言っているのか、結局竜郎に見抜く術も経験もないまま、セオドアを連れて三人でその場を立ち去った。
「ふふふっ」
竜郎たちが転移で消えた場所を眺めながら、サヴァナは機嫌がよさそうにパウチ容器をゴーレムたちに運ばせ、笑った。
セオドアにはひとまず彼がここ数日泊まっていた宿に戻ってもらい、竜郎と愛衣は100万シスを彼が自力で稼ぐ方法を考えるためにも、一度拠点へと戻った。
今日は生まれてはじめてと言っていいほど長い時間離れていた、楓と菖蒲のことも心配というのもあって。
「「ぱっぱ! まっま!」」
「意外に元気そうだな。お留守番出来て、偉かったな」
「いい子、いい子。ちゃんと待てて偉かったね~」
「「あう!!」」
竜郎と愛衣が帰ってきたことに気が付くと、何故か一緒に遊んでいた見覚えのない男性のところから駆け寄り、タックルするように二人の胸に突撃してきた。
竜郎はさり気なく魔法で防御したが、もうそうしなければすっ転んでしまうほどの威力がそのタックルにはあった。
「お義父さま、お義母さま。お久しぶりですね!」
「その呼び方……その気配、もしかしなくてもリゲンハイトか?」
「ええ、その通りです。なかなか上手く人化できているでしょう?」
「うん、ちょっとビックリしたもん。尻尾も羽根も完璧に隠して、見た目だけならただの人種みたいだし。他の子たちもただいま~」
そこにいた男性は、竜郎がサヴァナとの交渉中に彼がいたらと思い浮かべていたその人。竜大陸のドルシオン王国の王子にして、次代のドルシオン王となる雄竜。
彼の周りには他の竜王種のちびっ子たちもおり、楓と菖蒲も含め彼ら、彼女らの遊び相手になってくれていたようだ。
その優秀さは子供と遊ぶのにも適応されるようで、彼はちびっ子たちの間でも「面白い兄ちゃん」として大人気だった。
「突然アポも取らず訪ねてしまい、申し訳ありません。お義父さま」
「いや、まぁ知らない仲じゃないからいいといえばいいが、できれば事前に知らせてくれるとありがたい」
「はい。私としたことが、気が逸ってしまったようです。
人の感じる時間というのは、私たちのような長命な種と比べて刹那の如く──なんていいますからね」
九星の座を継いでいるニーナはもともと蒼太の方に出掛けていたのと、陸に上がる前にはちゃんとミネルヴァの許可を取っての事なので、知り合いであるならそれくらいフランクな訪問でも怒りはしない。
だがそれよりも、なぜ自分が仕える帝国の皇女が生まれたと未だ興奮冷めやらぬイフィゲニア帝国から、重要な地位にいるはずの王子がここにいるのか。その理由の方が気になった。
「今、リゲンハイトたちも忙しいんじゃないのか? イシュタルの娘が生まれたことでさ」
「ええ、それなりに忙しくはさせていただいていますが、私ですからね。
私でなければいけない仕事は、とうに終わらせています。
それに皇女殿下へのご挨拶も恙なく終わりましたし、今忙しいのは私たちのような地位のあるものというよりは、一般の民たちの方でしょう」
「あーね。知らされるのも、上から下へって感じだろうし。時差みたいなものかな?」
「そうでしょうね。私たちは姫様のご誕生を、もう祝いつくしたといっていいほどですから」
「なるほど。だがそれはいいとして、時間ができたリゲンハイトが何でそんなに急いでここに来たんだ?
何か危険なことが起きた──って様子にも見えないが」
「お義父さま。私が来たのは、食の感謝祭なるものの存在を小耳に挟んだからなのです」
「「え?」」
何故そこで近々予定されている、竜郎たちの町エリュシオンで催される小さなイベント事の一つがでてくるのかという疑問が一つ。
そして何故、竜大陸にいたはずの彼が、大陸すら違う離れた場所にある町の、まだ大々的に告知すらしていないことを知っているのかという疑問の二つが出てきて、甘える楓と菖蒲を抱きかかえながら竜郎と愛衣は仲良く首を傾げる。
「お義父さまたちの町なのですから、注目しているのは当然の事でしょう。
他の竜王たちも、それなりに情報を集めていると思いますよ」
「そうだったのか……。だがわざわざ人化してまでここにきてそう言うってことは、リゲンハイトはもしかして、その祭りに参加したいってことか?」
「さすがです。話が早くて助かります。実はお義父さまとはじめて出会ったその日から、私も自分で料理を作ることに目覚めまして。
是非ともその催し物で出される料理の料理人として、その腕を振るってみたいのです。
今の私が、長年料理人として生きてきた人々とどれほど渡り合えるのか知りたいのです」
「ええ? そっちなんだね。食べるほうかと思っちゃったよ」
食いしん坊の発作でも起きたかと勘違いしてしまっていたが、どうやら彼は食べる側ではなく、作る側に回りたいらしい。
「どっちだろうと、リオンたちに推薦することくらいはできただろうけどな。
とはいえ、別に料理勝負するような大会じゃないぞ?」
「ええ、分かっています。今の最先端の料理技術を、第一線の中で揉まれ肌で感じておきたいのですよ」
天才で何でもこなせてしまう癖に、向上心も忘れない。
彼が民から人気があるのは、こういうところも関係しているのだろうなと竜郎と愛衣も感心してしまう。
「けどそうか。あれからリゲンハイトは、本当に料理をやってたんだな」
「己の舌をこの世界で一番よく知るのは、己自身ですから」
「その感じだと、腕にも自信がありそうだね」
「ええ、もちろんです。お義母さま。
もし参加させていただけるのであれば、他の料理人たちにも負けないだけの自信があります」
リゲンハイトが料理をしはじめた期間など、エリュシオンにいる選ばれた本職の料理人たちからすればたかがしれている。
それに本来の王子としての公務や、他にも様々な活動を裏に表にと行っているため、その期間のほとんどを料理に費やした──なんてこともなく、精々一割あればいいほうといった程度。
なのでもしこれを他の凡人が口にしていたら、驕りが過ぎると窘めることもしただろうが、相手はリゲンハイト。彼であるのなら、その言葉も信憑性が増してくるというもの。
「分かった。責任者に推薦してみるよ。けどそのためには、その腕を証明してくれないか? 食材も調理場もうちのを使っていい。説得材料にするから」
「お安い御用です。腕によりをかけて、お義父さまたちの舌を唸らせてみせましょう」
ちびっ子たちも、美味しい料理の気配を察してかゾロゾロと付いてくる。
自信満々のリゲンハイトをカルディナ城のキッチンに招き入れ、さっそくその腕のほどを確かめさせてもらった。
見ている限りでもその料理する姿は実に堂に入っており、動きにも無駄にないように思えた。
「さあ、おあがりください」
「わー♪ おいしそー♪」
カルディナ城の調理場はフローラの領域と化しているため、呼ばずともどこからともなくやってきた。
竜郎たちも、自分たちの舌より信頼できる味の分かる人が来てくれてありがたくもあった。
なにせ竜郎も愛衣も人のことは言えないが、ちびっ子たちはそれに輪をかけて美味しいという感想しかどの道出てこなかっただろう。
美味しい魔物食材を使っているのだから、それを加味して料理人としての腕がちゃんとそれらの味を引き出しているのか、フローラであれば分かってくれるはずだ。
何種か料理がテーブルの上に並べられる。
大衆向けの粗野な料理から、高級レストランで出てきそうなおしゃれな料理までバリエーション豊か。
見た目も香りも、この時点で満点をつけてもいい出来だ。気になる味も──。
「うまっ」「おいしっ!?」
「なるほど……。確かにいい腕をしているね♪
素人さんだとどうしても食材の力だけに頼りがちな量になっちゃうんだけど、これはちゃんと自分の料理の腕で素材を纏めあげて一つの味にしてる。文句なしだよ♪ 合格!」
「お粗末様でした」
ちびっ子たちの反応もすこぶる良く、フローラも大絶賛。
フローラとリゲンハイトで出汁の取り方やら下準備や仕込みの方法など、素人にはさっぱり分からない料理談義をはじめ、2人は意気投合していた。
「これなら推薦しても大丈夫そうだね」
「そうだな。けど食の感謝祭りか……。最近はセオドアの件で少し忘れていたが、確かそれは出場者が優勝なり入賞なりすれば、賞金も貰えるって話だったよな」
「うん、ルイーズちゃんも、なんかそんなこと言ってた気がするし。それがどったの?」
「いや…………こんなギャンブルみたいな方法で一攫千金を狙うくらいしか、セオドアが生き残る道ってないんじゃないかって思ってな。
せめて半年、いや三か月もあればまた違う仕事も紹介できたんだろうが……」
「そっか。その賞金で、100万稼げないかってことだね」
「それに届かなくても、その足しになるんじゃないかってな」
「うーん、でもいきなり出場して、結果だしてこいって言ったところで、そんなに簡単にできるものかな?」
大食いが主体ではなく、どれだけ美味しそうに綺麗に食べられるか。そこを重視され、審査員が優劣をつける競技と竜郎たちは聞いている。
出場者たちは皆、そういったことに自信がある者たちばかりであろうし、冒険者ごっこしかしてこなかったセオドアがその人たちに勝てるのか。
愛衣にはどうしても、できるとは思えなかった。
しかし竜郎は、意外といけるのではないかと考えていた。
「思い出してくれ。セオドアが借金を背負う原因になったのは、内なる眠る才能を引き出してもらうため。
そしてセオドアが、サヴァナに引き出してもらった才能は〝ハッタリ〟だ。
もしもその才能が人よりも優れているのなら、入賞くらいは狙えるんじゃないかと思わないか?」
「本当に美味しいから演技なんてしなくてもいいのに、さらにハッタリで美味しそうに見せる的な?」
「そうだ。なにせサヴァナに、詐欺師に向いてるとまで言われた男らしいからな」
「詐欺師と一緒にするのはどうかと思うけど、もしほんとに凄いハッタリ上手さんなら可能性はあるのかも」
「何をどうするにしても、とりあえずは一月以内に100万稼がなければ死んでしまうんだ。
たとえ無理だったとしても、一か八かに賭けてみようじゃないか。
無理だったら、また別の稼ぎを考えたっていいわけだしな」
「もしも10万シスでも、そこで稼げたら儲けものだしね」
最終的にちゃんとした仕事をこちらで斡旋するにしろ、実家に帰らせ引き取ってもらうにしろ、それは生き残ってからの話だ。
未だセオドアは、死と生の間に立っているような状況なのだから。
とにかく生き残ることが最優先。
ここまでやったのにセオドアが死んでしまいましたでは、さすがに竜郎たちも報われない。
少しズルい気もするが凄腕の料理人を推薦するついでにと、なんとか出場者にねじ込めないか──リオンたちに話してみようと二人は決意した。
次も木曜日更新予定です!




