第387話 最近の武蔵
聞こえてきたのはダンジョンでとある魔物と戦ったという、今帰ってきたばかりの冒険者たちの会話。
「くそっ。今回はまったく、ダイミョーさんに認めてもらえなかった!」
「仕方ないよ、だってあんた、この前戦ってもらったばかりじゃない。そんなに人はすぐ成長しないよ」
「まったくだ。にしても魔者なんかを師として崇めるなんて、ほんとどうかしてるぜ」
「おい、キックル。今なんて言った?」
「お……おいおい、マジになんなよ。冗談だって……悪かったよ、すまん」
「分かってくれればいい。お前は剣士じゃないから、ダイミョーさんの凄さが分からないだけだしな。あの背筋が凍るほどの剣技……ほれぼれする」
「まぁ……すげーってのは認めるがよ。魔法使いの俺だって、見てればそれくらい分かる」
「本来私らを殺そうと思えば、一瞬でできちゃうだろうしねぇ。まったく不思議な魔物だよ」
「だがそのおかげで、俺は生涯の師に巡り合えたんだ。このダンジョンは素晴らしいな」
「はいはい、んなことより、はやくうめーもん食いにいこーぜ」
その冒険者たちが話していたのは、竜郎たちのダンジョンに出てくるとされるダイミョーなる魔物のこと。
会話から察するに、どうやらその冒険者パーティの中の剣士である男性は、その魔物を師として崇めていることが分かる。
そして竜郎たちは、その存在が誰か知っていた。
『武蔵は楽しそうにやってるみたいだな。元気そうで何よりだ』
『だねぇ、すっかり育成にはまっちゃったみたい』
この町のダンジョンに出没する謎の魔物『ダイミョー』の正体は、竜郎がかつて創造した魔王種の人間──武蔵。
大黒鬼の鎧武者の幽霊であり、下半身はないのにニメートル半はある大きさ。銀髪で頭からは、三本の角を生やしている。
そんな剣で戦うことを得意とする仲間であり、共に激戦を潜り抜けたことで竜郎たちと同様に、普通の人間では辿り着けない高みに登った一人でもある。
彼は主人を守る存在として昔は竜郎の影の中に潜み護衛も兼ねていたが、今や何から守るのかというほど護衛対象は強くなっていた。
また竜郎たちが戦いと呼べるような状況になることもほぼないため、今現在は竜郎から離れて自分のしたいように過ごしている事が多い。
そんな中で武蔵はカルラルヴの王の指南役なども任されたことがあり、そのときに人に教える楽しさを知った。
彼はアーサーたちのように、己を鍛えて更に強い相手と戦いを楽しみたい──というタイプではなく、見た目のわりにそこまで己の強さにこだわりはなかった。
その代わり、人が強くなっていく過程を見るのが楽しいと思えるようになったようだ。
剣を振ることが好きだったからこそ鍛えてはいたが、そうだと知った彼は竜郎に一つ頼みごとをした。
『それが俺たちのダンジョンで、攻略者たちを鍛えることだったってわけだな』
『最近は少しずつ、話題になってきてるっぽいよね。ルイーズちゃんも、謎の武者幽霊ダイミョーのこと知ってたし』
教えることに目覚めた武蔵は、竜郎たちのダンジョンで魔物の武者幽霊ダイミョーとして振舞い、冒険者たちを鍛えることを思いついた。
どうにかそういうことができないかと竜郎へ相談した結果、姿を少しリアの魔道具で変え、ダンジョン内で目ぼしい相手を見つけては突然戦闘を挑んでいくというスタイルを取ることとなった。
ちなみにダイミョーと名付けたのは愛衣であり、それとなく噂話としてその名を広めたのも竜郎たち。マッチポンプもいい所である。
「今も……ちょうど……戦ってる……見てく? 管理者さん」
「ああ、ルナか。そうだな。行ってみるか」
「だね。武蔵くんの仕事ぶり、聞いてはいたけど直接見たことはなかったし」
「「あう!」」
竜郎たちの後ろに現れたのは、ダンジョンの基本的な管理を任せている妖精樹の化身──ルナだった。
彼女ならダンジョンの中のことを全て把握しているため、今現在武蔵のいる場所に簡単に竜郎たちを連れていくこともできる。
せっかくここまで来たのだからと、竜郎たちは四人そろって認識阻害でこっそりと彼女に連れられレベル10のダンジョンの中へと入っていった。
「でりゃあああああっ!」
「………………」
「はあっ!」
「………………」
女性剣士の冒険者が、仲間たちに見守られながら全力で武蔵へ剣を振るっている光景が視界に飛び込んできた。
場所は愛衣が考案した夜の学校の階層。暗い校庭で仲間たちが照らしてくれる明かりを頼りに、必死に剣技スキルをいくつも発動し追いすがるが、武蔵は小太刀を一本軽く持ち、それで簡単にあしらってしまっている。
「………………!」
「きゃっ」
武蔵が攻撃の隙を見つけ、刀をそこへ差し込みわき腹を峰で軽く叩く。
軽くといってもレベル10ダンジョンに挑める冒険者ですら痣ができるほどの強さだが、女性剣士はわき腹を押さえながらすぐに体勢をととのえ剣を構え直す。
「すいません。もう一本!」
「………………」
武蔵は無言で頷き、彼女の剣技を受けては甘い部分を教え導くように叩いて指摘していく。
魔物が峰打ちで人間を生かしている時点でおかしいのだが、このダンジョンではそういう魔物がいるというのが常識となりつつあった。
それを証明するように、武蔵はこのダンジョンで人を殺めたことどころか、大怪我をさせたことすら一度もない。
さらに普段は魔物で溢れかえっているような場所であろうと、武蔵ことダイミョーが出てくると他の魔物は一切出てこなくなる。
彼が帰ってからも五分ほどは何も出てこないため、回復する時間までくれるという親切設計となっている。
『あの女の人、剣の気獣技の爪と牙、タテガミが使えてるしかなりの実力者だね』
『それでも自分を鍛えようとする人だからこその実力、なんだろうな』
一定まで剣術スキルを伸ばしたうえで、獅子の姿をした剣神に、その勇気を認められてはじめて使えるようになる気獣技。
それでも剣神の獅子の部位、たとえば獅子の牙や爪などを模した一か所だけ使うことを許されるのが普通だが、さらにその実力や人柄が気にいれば他の部位も解放していってくれる。
爪は切断力が増すし、牙は貫通力が増す。タテガミは防御に使えたり、敵を絡めて動きを妨害したりと、より多くの部位を自分の気力で発生させることができれば、その分だけ戦術も増すというもの。
物理型の冒険者の強さの一つの指標として、その部位の数が多いほど優秀とされている。
それでいくと竜郎や愛衣のような例外を除けば、間違いなく彼女も普通の人類の中では上位の実力を持っているとみて間違いない。
だがそんな彼女も、さすがに武蔵には遠く及ばない様子。
「────ここだ!」
「……! ──フッ」
「やった! ──って、いたぁっ!?」
「………………」
彼女の攻撃は、最後まで当たりはしなかった。
だが武蔵がこれくらいの実力だろうと想定した動きを僅かに超えて、剣を突き出してきたことに武蔵は笑みを浮かべる。
その笑みを見て思わず喜び隙を見せたことで、また武蔵に峰打ちされてしまったが、それでも彼女から笑みが消えることはない。
何故なら武蔵に笑みを浮かべさせるということが、彼女の目的でもあったのだから。
「………………」
「あ、ありがとうございました! またよろしくお願いします!! ダイミョーさん」
今回武蔵を満足させられるだけの成長を見せた分の報酬として、彼の足元に宝箱が出現する。
だがその宝箱を開けるよりも前に、女性剣士は剣をしまい武蔵へ礼をとった。
武蔵はそんな彼女に小さく頷くと、黒い兜が描かれた木札を残して消え去った。その瞬間に、ちらりと竜郎たちの方へ視線を向けながら。
「キャシーやったじゃない」
「ええ、今度は認めてもらえたわ! また私、強くなれたみたい」
「やっぱスゲーな、うちのリーダーは」
「ほんとだな。あんまり俺らをおいてかないでくれよ?」
「ふふっ、ぐずぐずしてる方が悪いのよ」
「でもダイミョーさんは、そんなキャシー相手でもまったく底が見えないよねー」
「絶対、ここのボスより強いだろ。まだここのボスと戦ったことはないけどさ」
パーティメンバーたちの声を背に受けながら、宝箱──ではなく木札を先に拾って懐へ大事そうにしまう。
それこそが次に武蔵と再戦するために必要な、アイテムにもなっているからだ。
彼女からすれば無くせば再戦できなくなり、自分の剣を磨くための師と会えなくなってしまう。
『たしか最初は面白そうな人に喧嘩を吹っかけて、見込みがありそうなら宝箱とあの木札を落としてくんだっけ?』
『そのはずだ。あの木札を持って見えるところに身に着けていれば、いつでも来て大丈夫という合図になってるらしいからな』
武蔵も一人しかいないし、ダンジョンにいないときもあるため、いっぺんに何人も相手にはできないし、必ずしも出てくるわけでもない。
だがそれでもできるだけ見込みのある攻略者たちの要望に応えようと、武蔵はダンジョンに朝から晩までずっと入り浸るようになり、今ではかなりの確率で再戦できるようになっている。
『でも凄くがっかりした場合は、宝箱も木札も落とさないんだよね? 確かさ』
『少なくとも見込みありと思われなければ、もう二度と戦いにはこないらしいな。
ただその後に実力をつけて目に止まって、その見込みを示せたら話はまた変わってくるんだろうが』
『木札を手に入れても、取り上げられちゃうこともあるみたいだしね』
『再挑戦のたびに、木札が消える仕組みになってるからな。そこで戦ってまた、ふるいにかけられる』
最初に喧嘩を吹っかけられ、見込みありと宝箱と木札を手に入れても安心はできない。
木札は竜郎がいったような仕組みになっており、再戦した結果こいつはもうダメだと武蔵に判断されてしまえば、宝箱はおろか木札すら落とさずに去っていき、再戦の資格を失う。
だが前と比べて成長していなくとも、そこに努力の痕跡を見出せば宝箱は無しでも木札は落としていってくれる。
最初にダイミョーについて話していた男性冒険者は、まさにそのパターンである。
さきの女性剣士のように成長を認めさせることこそできなかったが、そのための努力はしっかり続けていると武蔵は判断し木札をまた残したのだ。
ちなみに武蔵を満足させたときに出る宝箱の中身は、少しだけ特殊。
武蔵はそれくらいいいと竜郎たちも言っているというのに、自分の趣味のために主たちに負担を掛けてはいけないと、時間を見つけては最速で他のダンジョンを攻略して稼いできた物を、ルナに渡して宝箱に詰めてもらっていたりする。
なので本来別ダンジョンでなければ手に入れらないような、特産品というのは少し違うかもしれないが、そういったここでは手に入らないはずの特殊なアイテムが手に入ることもあるのだ。
そのことに気付いた冒険者もおり、そこで下手に欲を出したせいで武蔵に失望された冒険者も既に数名出てきていた。
彼にとってあくまで修業が第一であり、褒美は駄賃に過ぎないのだから。
『でもだんだんと有名になってきてるみたいだし、武蔵くん大丈夫かな?』
『種族的にはアンデッドだから、不眠不休でも余裕でいられるはずだ。
だから大丈夫だとは思う。そもそも気にいる人も、それほど多くはないようだし』
「まだ…………戦ってる……みたい。そっちは……どうする……?」
「「あうあう」」
「この子たちも見たいみたいだし、連れてってもらえるか? ルナ」
「分かった……じゃあ行く……」
その後もう一人だけ武蔵が鍛えている姿を見学した竜郎たちは、武蔵に「無理はしすぎないように」とだけ伝えて、ダンジョンから出ていった。
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