第384話 玉藻たちのお仕事
思ってもみなかった場所で意外な人物たちに会い、竜郎たちは目を丸くしながらもやってきたダンジョンの個である、玉藻と陽子のコンビにこちらからも近寄っていく。
「2人はどうしたんだ? こんなところで」
「ゲームしに来たの?」
アクティブ系の体を動かすゲームが多い遊技場ではあるが、2人がそういうところで遊んでいるイメージはまったくない。
だがここですることなどゲームをする以外にないだろうと愛衣がそう口にするが、玉藻が真っ先に否定する。
「いえいえー、私たちは遊びじゃなくてお仕事で来てるんですよー」
「そうだよ。わたしたち、これでも毎日がんばってるんだから」
「頑張ってるっていっても、具体的に何をしてるんだ? アルバイトしてるって感じでもないが」
そもそも各ダンジョンの個たちにも、かなりの額のお小遣いを渡している。
なのでお金欲しさにゲームセンターでアルバイトを、ということはないだろう。それに玉藻が自分のダンジョン運営以外で、暇だったとしても働こうと考えるとは思えない。
彼女はある意味どのダンジョンの個よりも、自分のダンジョンの運営を生きがいとしているのだから。
「そんなの決まってるじゃないですかー。あっ、ちょうどいいところにー。気になるなら、ちょっとそこで私たちの仕事ぶりを見ててくださいよー」
「そろそろ釣れそうだしね」
「え? 釣れる? よく分からないが……分かった。見てるよ」
「じゃあ行きますよー、ヨーコ」
「うん、任せて。タマモ」
つい今しがたゲームセンターに入ってきた数人組を見つけると、玉藻はちょうどいいと陽子を連れてその人物たちに手を振り挨拶を交わしていく。
「どうもー、お久しぶりですー皆さん。お元気そーでよかったですー」
「こんにちは! ザウルカンの皆さん! いつもどおり元気な姿が見られて、ホッとしたよ!」
「ああ、タマモさんにヨーコちゃん。ここ最近はダンジョンに潜ってこれなかったが、ようやく遊ぶ暇ができたところだよ」
「今回は前より一杯稼いできたんだぜ? 2人が好きなダンジョンの話を聞かせてやろうか?」
「今日も2人とも可愛いねぇ。ダンジョンでやべー奴らとずっと戦ってたから癒やされる」
「だよなぁ。ここのダンジョン、気味わりー魔物ばっかで嫌になるぜ」
「でも実入りはいいし、死のリスクが低いってのは助かるんだけどな。にしても2人とすぐ会えるなんて、今日はついてる」
互いに知り合いらしく、親しげな会話が続いていく。はたから見聞きして分かったのは、彼らは冒険者パーティ『ザウルカン』の中核のメンバーたち。
竜郎たちのレベル10ダンジョンで、安定して稼げるほどに腕のたつ冒険者たちらしい。
『会話からして、ここで知り合ったみたいだな』
『みたいだけど……それとお仕事? と、どう繋がってくるんだろ?』
『玉藻たちの仕事って言うと、ダンジョンの運営になるんだろうが……あ、もしかして』
竜郎が一つの答えに辿り着こうとしている間にも、彼女たちの話は進んでいく。
意外といえばいいのか、年の功といえばいいのか。玉藻のトークスキルは思っていた以上に高かった。
さらにダンジョンの個として、さまざまな冒険者を自分のダンジョンでずっと観察してきたからか、冒険者が何を言われれば気分を良くし調子に乗ってくれるのか心得ていた。
陽子も陽子で玉藻に吸収された存在だからか、双方の連携が凄まじい。玉藻や冒険者たちの会話に対して、なんとも小気味いい相槌やその愛らしい少女の姿をフル活用し、無邪気に「凄い凄い!」とはしゃぐ。
その光景は、非常に微笑ましく周囲には映っていることだろう。
冒険者たちも見目麗しい母娘、もしくは年の離れた姉妹のような玉藻と陽子にデレデレになり、すっかり心を開いてしまっていた。
『な、なんだろ……。私、なんかあの2人が怖く見えてきちゃったよ……』
『奇遇だな、俺もだ。あの人たちもちょっと単純な気がしないでもないけど、それでもやっぱり俺たちよりも上位の次元に存在するだけあって、人間の感情をくすぐるなんて朝飯前ってことか』
気を良くしたザウルカンのメンバーたちは、いかに自分たちが活躍したのか、どれほど強い冒険者なのか得意げに彼女たちに聞かせていく。
確かにレベル10ダンジョンに挑めている時点で、この世界では立派な強者たち。冒険者をやめても、働き口など寝てても向こうからやってくる。
そして彼らもそれが分かっているし、自分たちに対して大きな自信もあった。
そこへさらに玉藻と陽子という女性たちと知り合い、会う度に自尊心が高められていき、もう自分たちなら何でもできるんじゃないかという万能感すら感じてきていた。
そろそろ頃合いか。と玉藻が陽子にだけ分かるように、ちらりと流し目を送る。陽子も気づかれないよう、小さくウィンクして同意する。
『あれは…………やる気だね』
『ああ、やる気だな』
竜郎たちはしっかりとそれに気づいていたが、自分たちのしゃべりと玉藻たちに夢中な冒険者たちは何も気がついていない。
玉藻は艷やかで物憂げな表情を浮かべ、顎に指を当てて本当に持っていきたかった話題へと自然な流れで切り替えていく。
「でもそれだけ強いならー、あのダンジョンだって、きっと攻略できちゃうんじゃないですかねー」
「あん? あのダンジョンって、どこのダンジョンのこと言ってんだ? タマモちゃん」
「タマモ、もしかしてそのダンジョンって、あのとってもこわーいダンジョンのこと? いくらザウルカンの人たちだって危ないよ!」
「おいおい、ヨーコちゃん。俺たちはレベル10のダンジョン。
つまりこの世界で最も難易度の高いダンジョンで、安定して大金を稼いで帰ってこられる冒険者だ。そんなのはこの世界で一握りしかいないって分かってるかい?」
「そうだ。そんな俺らなら、どこのダンジョンだってそれなりにやれる自信はあるってもんだ」
冒険者たちが餌に食いついてきた。だがまだ2人は油断しない。焦って糸を巻き取るのではなく、切れないようあえて一度緩める。
陽子はどこで身につけてきたのか大女優もびっくりな堂にいった演技で、即座に潤んだ瞳となり、背の高い冒険者たちを心配そうに上目遣いで見つめていく。
「でも私、心配なんだよ! だって……、だってもしスティーブさんやダニエルさん、ケビンさんにリチャードさん、ボブさんやトムさん、クリスさん──他の皆だって、何かあったら私──っ」
「ヨーコ……あなた。ごめんなさい、私が変なことを言ったせいです」
「「「「「ヨーコちゃん…………」」」」」
陽子の潤んだ瞳から、大粒の涙がぽとぽと流れていく。玉藻は自分を責めるような表情をしながら、そんな彼女をそっと胸に抱きしめる。
ザウルカンの男たちどころか、その周りの彼女たちがどういう存在なのか知らない竜郎たち以外の冒険者たちまで、純粋な少女が心から彼らのことを想って涙を流しているのだと感動していた。
『いつの間にあんな演技覚えたんだろうね、あの2人』
『俺たちが暇つぶしにって、オーディオ機器やら映像ディスクとかも持ってきてたよな。たしか一時期、玉藻たちが熱心に見てたときなかったか?』
『あー……もしかして、そこで色んな小芝居を身に付けちゃったのかもしれないね』
『だろうなぁ……』
「「よーちゃ……?」」
「ああ、大丈夫だから楓も菖蒲も気にしなくていいからな」
「うん、大丈夫だからね。安心してね」
楓や菖蒲までも騙されてしまっていた。泣いている陽子を心配そうに見つめ、竜郎のズボンを引っ張ってきたので、愛衣といっしょに2人の頭を撫でて落ち着かせた。
逆に言えばまだシステムがインストールされていないとはいえ、聡い彼女たちすら騙せてしまっているのだから、玉藻たちの演技は本物だ。
男たちもすっかりその気になってしまい、先程まで玉藻に見惚れていた男ですら凛々しい顔立ちになって、互いに視線を合わせ頷き合う。
「ヨーコちゃん。さんざん話してきただろ? 俺たちの冒険の話を」
「そん中の俺らが、一度でも危なかったことなんてあったかよ?」
「それは…………なかった…………」
「だろ! 俺たちは、そのへんのただの冒険者とはわけが違うんだよ」
本当は彼らも竜郎たちのダンジョンでも、危険な目の一つや二つ余裕で体験してきている。
だがそんな話をわざわざせずに、俺たちの名場面集とでも題せそうなシーンだけを切り取って、ときに大幅に脚色して話してきたのだから陽子の中ではないに決まっている。
それを真に受けるなら、彼らは既に超級の冒険者。とっくに半分以上先の層まで到達して、もっと莫大な財を稼いでいたはずだ。
だがその話を聞いていた他の冒険者たちも、盛ってるなと分かっていても少女の夢を壊さぬよう、言わぬが花と黙ってくれていた。
だからこのヨーコの反応は、周囲にとってはおかしくない。涙を拭い、心配そうに男たちを見つめるその姿は、なんともいじらしい。
「ほんとに……大丈夫なの?」
「たりめーよ! タマモちゃん! 俺らにそのこわーいダンジョンとやらのこと、教えてくれよ!」
「ええ、それはいいですがー。本当に危険らしいですよー?」
「我々なら、どんなダンジョンだろうとやっていける。心配しないでくれ、タマモさん」
「そこまでおっしゃるのであればー、お話しますねー。実はヘルダムド国の──」
いかにも仕方がなくといった様子で、自分が作り出した自慢のダンジョンの場所を細かく説明していく。
『本当は話したくて仕方なかったんだろうに』
『やり手だねぇ。けど勧誘って、こういう方法でやってたんだ。手間がかかってるなぁ』
『多少時間を掛けてでも、確実にってところか。さすがだな』
竜郎たちが感心していると、ザウルカンのメンバーの一人がそのダンジョンのことを知っていた。
というのも最近になって、一つ国を挟んだ向う側にあるダンジョンだというのに、そこそこ有名になってきていたからである。
もしかして──と、その男が水がたくさんあるダンジョンかと訊ねると玉藻は大きく頷き返した。
「そうですー、そこですよー! よく知っていましたねー。さすがザウルカンの頭脳! といったところでしょうかー」
「へへっ、なぁに。最近そこまでの直通の道ができたなんて話を小耳に挟んだんだよ」
「ああ、そこのことか! なんでもここエリュシオンの領主になってるっていう、タチュー・ハシェミィだとかいう人が、思い入れのあるダンジョンだからって3国を納得させたとかなんとか」
『だれだよそれ。まぁ、他人からすれば、この土地の所有者の名前なんてどうでもいいよな』
『だねー。私も私の住んでる市長の名前とか知らないし』
ヘルダムドからここまでの直通ルートは、竜郎自身が月読と一緒に作ったのでちゃんと存在する。
本来であれば今はそこまで仲が悪いわけではないとはいえ、同盟国でもなんでもない3国間を素早く移動できる綺麗に整備された道など、もしもどこかで──1年後2年後でなくても、50年後100年後に戦争にでもなったときに危険すぎる。
広く整備された道を通って、素早く敵国に乗り込むことだってできてしまうのだから。
だが竜郎は玉藻から簡単にエリュシオンから行けるようにしてほしいとインフラの整備を頼まれたため、カサピスティのハウル王やリオン、町の創設式典の日に作ったコネを使って、ヘルダムド国とリベルハイト国の王族や貴族たちとも話をつけ、その普通ではありえない道を通すことに同意してもらった。
とはいえ竜郎や愛衣は、魔神の御使いに武神の御使いと各国勘違いしているため、そこまで渋られることもなかったのだが。
なにせ魔神や武神という戦闘に携わるのなら必ず関わってくるであろう大神2柱の御使いが希望し、敷いた道を戦争の道具にするなどということはあまりにも不敬がすぎる。3国とも恐がってできるわけがない。
馬鹿でも神の意に背いた者の末路は知っている。下手をすれば王族どころか、国丸ごと破滅すら有り得るだろう。
それにエリュシオンから流れてくる食材の流通も、よりスムーズになる。工費も竜郎が勝手にやってくれるためタダ。おまけに神にも好印象を保たれ、次に生まれてくる子孫にいいスキルが付いてくれるかもしれないという思い込みもあり、王侯貴族にとっても悪い話ばかりでもなかった。
だからこそむしろ竜郎たちとの友好の証にと、裏では互いにどう思っていようとニコニコ笑顔で3国は手を繋いだ──というわけである。
かくして竜郎によって一日もかからず3国間をぶち抜くようにできた立派な道は、周辺の町ならず、大陸中でも話題になった。
商人たちも3国の間を行き来しやすくなったと、冒険者たちも気軽にエリュシオンに寄れると喜んだ。
「そうみたいですねー。だから私もそのダンジョンのことを、関係者の人から聞いたんですよー。話題になってましたからねー。
なんでもとっても危険ですけど、その分見返りも凄く多いんだとかなんとかー」
「今でも実入りは充分っていえば充分なんだけどな。それに飯もうまいし、珍しいものばかりで町も楽しい。
だから正直ここから離れたくはないんだが……、確かに普通のレベル10ダンジョンのモンスター素材と考えると、ここは稼ぎが少ない気がしないでもないな」
「挑戦者の数が他の比じゃねーからなぁ。けどここにしかねーもんもあるから、悪かねーが」
ダンジョンへの挑戦者が多く、そこの素材が多く市場に流通すれば、その分だけ需要と供給の関係で値段は下がっていく。
なので高いとはいえ、エリュシオンのダンジョン素材は他の同じレベルのダンジョン素材と比べると、少し値段が低めになっていた。
それでもレベル10のダンジョンモンスター素材ともなれば、最初の層であっても貴重なので、一般人とは比べ物にならない収入を得ることができるのだが。
さすがにその程度の情報では、動かしづらいことは承知済み。なので陽子が二の矢を放っていく。
「あ、私こんなことも聞いたことあるよ。エリュシオンの土地を所有してるのが世界最高ランクの冒険者だって、ザウルカンの人たちも知ってるよね?」
「え? そりゃあ、同じ冒険者だしそれくらい聞いたことはあるぜ。顔もろくに知らねーけど」
まさかすぐ近くで、なんともいえない表情で見守っている少年少女がそうだとは思うまい。
「そうそう、その人たち。その人たちが、なんとそのダンジョンがレベル10になったときに、最初に攻略したんだって冒険者ギルドにいたおじさんが言ってたの!」
「へぇ、そうなのか」
「あー、その話ですねー。なんでもその冒険者さんたちはー、そのダンジョンに行ったことで大きく成長した! 俺たちが今ここにいるのは、あのダンジョンのおかげだ! だからその感謝の気持ちも込めて、そこまでの道を敷いた! なんて言ったとか言わなかったとかー」
『言ってない言ってない。どこの誰だよ、そいつ。とうとう俺たちのことまで、ダシに使いはじめたぞ』
『まぁさりげなく、最後ごまかしてたから嘘じゃないよね』
『それにそこで得た称号があったからこそ、俺も愛衣も無限の時間ができたわけだしな。あながち大きく成長したっていうのも、嘘とは言い切れないっていう……』
『あはは……。別に私たちもそれくらい、いいんだけどねぇ』
『そのラインを精確に理解したうえでやってるんだろうなぁ』
竜郎たちの心情はともかくとして、世界最高ランクにまで上り詰めた冒険者たちが大きく成長した修行の地。そんなことを言われてしまうと、ザウルカンの男たちだけでなく他の向上心の高い冒険者たちも触発されてしまうというもの。
「ねぇ、タマモ。今なら確かそのダンジョンまで送迎してくれる、格安の魔物車の業者さんもいるんだったよね?」
「物知りですねー、ヨーコ。そのようですよー。エリュシオンに帰りたくなったら、直ぐに帰って来ることだってできちゃいますねー」
「俺、行ってみようかな……」
「俺は行ってみるぞ! タマモちゃんたちが、せっかく教えてくれたんだしな!」
「俺も世界最高の冒険者にあやかって、そこで強くなってやるぜ!」
「だな! さっそく他の仲間たちにも相談だ! タマモさん、ヨーコちゃん。悪いが俺たちは一度拠点にしてる宿に戻ることにするよ」
「はいー。お気になさらずー、どんどん行っちゃってくださーい」
「またお土産話、期待していい?」
「「「「「おうよ!」」」」」
可愛らしい陽子のおねだりにサムズアップでザウルカンのメンバーたちは応えると、颯爽とゲームセンターから去っていった。
『わーお。ほんとに勧誘成功しちゃったね。しかもけっこう大量に』
『パーティの一本釣りじゃなくて、投網漁だったか。やるな、2人とも。
それにまぁ自分たちで決めたことだし、ちゃんと実力もある人たちだから大丈夫だろう。冒険者なんて、最後はいつだって自己責任だ』
『だね。あ、ここに玉藻ちゃんたちがいたのって、もしかして……?』
『実力の目安が数字で分かるからな、ここは。めぼしい人材を、ここで発掘してたんだろう。
まさにうってつけの物色場を、知らずに俺たちは作ってたってわけか……』
次も木曜日更新予定です!




