第377話 ギュラータン
まずは本来の目的を果たすべく、冒険者ギルド長に聞いた密林を目指し竜郎が魔法で皆を南に向かって引っ張っていった。
中腹あたりと聞いていたので、空から鬱蒼と茂る緑の木々を眺めながらおおよそのあたりをつけて着陸。
「とーちゃく!」
「上から見た感じかなり広いな。この密林は」
竜郎の胴回りよりずっと太い大木があちこちにそびえ立ち、空を覆い尽くすように枝葉を広げ重なりあって太陽光が遮られ、僅かな木漏れ日が入る程度で全体的に薄暗い。
湿った土の香りが鼻腔をくすぐり、腐葉土や苔の匂いが混ざりあったような独特な香りが漂っている。
あちこち魔物が溢れているなんていうことはなく、鳥のさえずりや虫の鳴き声が聞こえ、それらの音に混じって枝葉が風に揺れ、サワサワと擦れあうような音が響き渡っていた。それ以外は静かなものである。
肌に感じるのは、熱帯特有の蒸し暑さ。湿度が高く、常人では歩くだけでも汗が吹き出てきそうな環境だ。
そこへ枝葉が空を塞いで蓋をしているからか、まるで蒸し風呂のようでもあった。
あまりこういう環境が好きではないレーラが手で自分を扇ぎながら、魔法を行使してちびっ子たちを招き寄せる。
「密林というだけあって蒸すわね。ほら、こちらにおいで」
「「あう」」
「「クォ~」」
竜郎や愛衣は称号の効果で適応しているため、不快感はまったくない。
レーラはもちろん楓や菖蒲、イルバとアルバも種族的に異常に頑丈なためこの程度の環境どうということもないのだが、それでもやはり普通より過ごしにくいとは感じていた。
レーラはそんなちびっ子たちのためにと、冷気を放出して自分の近くに寄らせて涼を取らせた。
周囲に吹く冷たい空気に、楓たちは気持ちよさそに彼女に寄り添いだす。
レーラはレーラでそんな子供たちの様子を観察し、何かを紙に書きはじめる。
「ただ冷たい空気で涼んでるだけのようにしか見えないけど、何をそんなに書くことがあるのかな?」
「さあ? 俺たちには分からない何かが、あの何気ない仕草に隠れているのかもしれないぞ。さてと」
子供たちはレーラに任せておけば問題なさそうなので、竜郎は解魔法を周囲に展開して目的の魔物を捜索しはじめる。
「見つけた」
「もう? やっぱり探査の魔法って便利だねぇ」
「ギルド長のおじいさんが言っていたように、このへんじゃかなり強い部類に入るからか、平然とそこらをうろついてるみたいだからな。
数はそこまで多いってわけじゃないが、少ないわけでもないし生態系的にも何体か素材に変えても問題はなさそうだ」
「今回は何のお肉なんだろ。楽しみだなぁ」
毎度のことながら、肉や魚などの分類は伝えているがそれがなんなのかは見てからのお楽しみと、その方がいいということで知っているのは竜郎だけ。レーラもそれが何の肉なのかまでは聞かされていない。
どう転んでも大当たりなのは間違いないので、純粋に何が来るかと楽しめるからこそのお遊びである。
「ぎゅらたん? とか萌えキャラみたいな名前だし、かわいい系かなぁ」
「いや、ギュラータンだからな」
「むむっ、そうなるとなんか強そうな感じがしてきたかも」
「このまま進んでいけばいるから、もうすぐ分かるぞ」
「密林にいそうな魔物を想像すればいいのかしらね」
竜郎と愛衣の会話に、幼竜たちがただ自分の周りで涼んでいるだけなのに未だにペンを走らせ続けているレーラが入ってきた。
「なるほど! 密林っていうとなんだろ……。うーん、お猿さんとかジャガーとかかなぁ」
悩む愛衣の頭を撫でて癒やされた竜郎が先を歩き、ギュラータンなる美味しい魔物の遠い親戚ともいえる種に向かって進んでいく。
するとその巨体でどうやって隠れていたのだと問いたくなるような大蛇が、巨木の上から音もなく降ってきながら楓を丸呑みにしようと襲いかかってきた。
「あう!」
「シィ────ジィィギィャァァァ…………」
「う?」
だが当然、この場にいる全員が隠れていることは分かっていた。
襲われた楓はオモチャでも飛び出してきたかのように満面の笑みを浮かべ、大きく口を開けていた大蛇の魔物の下顎を蹴って閉じさせると、その小さな手で鼻先を掴んで地面に叩きつけた。
その衝撃だけで大蛇は瀕死に陥り、もう放っておくだけで野垂れ死ぬ状態へ。
楓は竜郎に「パパ、これいる?」といったニュアンスの問いかけをしてきたあたり、あえて殺さなかったこともうかがえた。
死んでも素材は取れるが、父親が欲しい部分を壊してしまったら二度手間になると彼女たちも幼いながらに理解していたのだ。
「そっか! 最後のお肉は蛇だったんだね! ギュラータン。うん、言われてみれば確かにヘビっぽい名ま──」
「いや、違うぞ。だから始末しちゃってもいいからな。けどはじめてみる魔物だから、素材は一応もらっておくよ。ありがとう、楓」
「むふー!」
「あうー……」「「クォ~~……」」
楓は大蛇の頭に手刀を降ろして仕留め、それを竜郎に渡して頭を撫でてもらってご機嫌に。
菖蒲やイルバ、アルバたちも褒められたかったのか、なぜ自分のところに来なかったんだと恨めしげに竜郎の《無限アイテムフィールド》にしまわれる大蛇の死体に視線を送っていた。
「ふむふむ。普段から力を隠す訓練をしているからか、この程度の魔物じゃ本能的に見抜けないくらい練度が高くなっているようね。
力を誇示することの多い竜としては、なかなかおもしろい成長じゃないかしら。それも竜王種である、この子たちが。これも要チェックね」
並の魔物では力量が読み取れないほど巧妙に力を隠せているせいで、哀れな大蛇の死体ができあがったわけだが、その事実一つとってもレーラには重要な出来事なようで夢中になってペンの速度が上がっていた。
ただそんな状態でもちゃんと幼竜たちから目を離してはいないので、竜郎と愛衣も安心して彼女に任せて先に進んでいけた。
目を離したところですぐに見つけられるし、幼いとはいえ竜王種とその亜種である彼女、彼らがここでどうなるというわけでもないだろうが、この世界では地球と違って突然妙なことが起きてしまうこともあるので一応、気にしているのだ。
楓たちはまだシステムすらインストールされていない、子供なのだからと。
そのまま道中他にも同じ大蛇や虫系の魔物に襲われたりしつつ進んでいると、今度は大きな川が流れる場所にたどり着いた。
相変わらず湿度は高いが、川の上だけは枝も届かず空が見えて光が差し込み開放的だ。
「この川の向こう側に行ったすぐそこに何体かいるな」
「密林で川の近くに住んでる魔物ってことかな? お魚じゃないし……川は関係ないかも? あ、またなんか来た」
「グァアアアアア!!」
「「うー!」」「「クォォ!!」」
川の上に即席の橋を竜郎が掛け皆で渡っていると、川面から目だけをのぞかせこちらを伺っていた魔物が飛び出してきた。
それは竜郎たち全員を一呑みできそうなほど巨大なワニ。1匹が飛び出すと4体続いて現れ、竜郎たちは橋の上で取り囲まれてしまった。
逃げ場のないまま巨大なアギトが迫ってくるのを、竜郎や愛衣、レーラは手を出すことなく呑気に見守っていると、褒められたい欲が高い幼竜たちが「よっしゃ、来た!!」とばかりに喜々として巨大ワニに突撃していく。
「そっか! ギュラータンはワニで決まりだね! なんかギュラータンって見た目してるし、なるほどなるほど。
ワニ肉は鶏肉みたいで美味しいって、前にお母さんと見てたテレビで言ってた気もする──」
「いや、違うが?」
「違うんかいっ」
「あら、違うのね」
レーラも次の美味しい魔物はワニかと思っていたようで、ツッコミを入れる愛衣と一緒に意外そうな声をあげていた。
竜郎たちがそんなことを話していると、あっという間に瀕死にさせられた合計5体もの巨大ワニたちが橋の渡った先に楓たちによって並べられていくのが見えた。
まるで自由研究を親に見せに来る子供のようで無邪気ではあったが、はたから見れば少し恐い光景だ。
今回の目的の魔物ではなかったが、やはりこちらも持っていない素材だったため竜郎は4人をそれぞれ褒めちぎりながらフローラお手製のお菓子を出してあげた。
幼竜たちがお菓子を美味しそうに食べている間に、ワニを雷魔法で殺してから《無限アイテムフィールド》にしまおうと手を伸ばす。
「なんか凄い勢いで来てるけど…………なにあれ?」
「なんだ。向こうから来てくれたのか」
「え? あれがそうなの? タツロウくん」
「ああ、そうだよ。レーラさん。あれが今回俺たちが探しにきた、ギュラータンだ」
「な……なにあれ?」
ワニの死骸を目指して一心不乱に転がってくる、謎のゴツゴツした直径5メートルはありそうな球体。
ぬかるんだ地面もなんのその。ゴツゴツの鱗のような外皮がスパイクのように大地に食い込み、落ち葉を巻き上げながら、我こそがこの密林の王者だと言わんばかりのふてぶてしさで力強い転がりを見せつけてくる。
「4人とも。あれがそうだ。できるだけ綺麗な状態で頼む」
「「あう!」」「「クォ~」」
竜郎かレーラが氷魔法で凍結させて殺したほうが早いのだが、既にやる気を見せている子供たちから横取りはしづらいため、指示だけを飛ばして後は見守る。
ギュラータンの目的は竜郎たちではなく、巨大ワニたちの死体。
1対1ならばまず負けないが、この数相手では少し分が悪い相手。だが食い出もよく、ギュラータンにとってはご馳走だからだ。
逆にそれが分かっているからこそ、ここのワニたちは群れていたわけだが、それが今はどういうわけか死んでいる。
どう死んだのかは見ていなかったため知らないが、ワニたちの周辺には小さな雑魚しかいない。
弱肉強食。自然界において弱いものは強いものに、命からなにまで奪われるのはこの世の理。
全てを轢き殺して横取りしようと目論んでいたのだ。当然ながら、そんな未来は訪れないのだが……。
この密林の強者は、さらなる強者たちに奪われる側に早変わり。
「うー!」
「あう!」
まるでサッカボールで遊ぶような気軽さで、楓が丸まって転がるギュラータンの下側を斜めに蹴って綺麗な放物線を描かせ宙へと蹴り飛ばす。
その先にはジャンプしていた菖蒲がいて、そのまま宙返りするようにしてオーバーヘッドキックで地面へ叩き返す。
もちろん本気でやってしまうと粉砕してしまうので、絶妙な力加減で。
「クゥォ~」
「クォー!」
それをヘディングでイルバが受け止め、アルバにパス。巨大な球体にビンタするように短めの尻尾をアルバが振り抜けば、その衝撃で脳震盪を起こしたようにふらつきながら球体状態を解いて、ギュラータンはその本当の姿を竜郎たちに見せてくれた。
「あれって……もしかしなくてもアルマジロ!? えぇ……? アルマジロって食べれるの?」
「地球でちょっと調べた感じだと、俺たちの世界のアルマジロも結構美味しいらしいぞ」
「見た目は……それほど美味しくはなさそうだけれど、まああれは素材だから…………なのかしら?」
ギュラータンは2本の後ろ足で立ち上がり、オオアリクイのような鋭く大きな爪をなんとか構える。
外傷はちびっ子たちの手加減で負ってはいないが、まだ全身あちこち蹴られ頭突されビンタされた衝撃でしびれてちゃんと動けない。
そんなギュラータンに向かって、イルバとアルバが舌を出す。楓と菖蒲は弟たちに最後は譲ってあげようと、万が一にも逃げられないよう周囲を固めた。
「「クォォォォ……」」
「ギギッ──ギッ…………ギィィ………………──────」
イルバとアルバの舌の先から目玉が飛び出し、それがギュラータンを睨みつけるとしびれとは関係なく体が動かなくなっていく。
その呪いは体中に巡っていき、ついに心臓を動かす筋肉までも止めてしまった。
血流が止まり酸素が脳に送られなくなり、やがて気絶するように綺麗な状態で息を引き取った。
死してもなお体は硬直し立ったままだったが、イルバとアルバが目玉を閉じて舌を口の中にしまうと、時間が動き出したかのようにギュラータンの躯が地面に崩れ落ちた。
「あれって心臓まで止められちゃうんだ」
「実力差がありすぎたから、というのもあるのでしょうね。
にしても興味深い目よね。ただの封縛系の呪眼とも力の流れが違うようだし、あの竜王種のために用意されたかのような独特な法則を持っている……。まったく別物と言ってもいいわ。
おそらくそういった呪属性なんかに耐性があっても、力の法則が違うから平気で貫通して動けなくさせられてしまうんでしょうね」
「あの子らの目って、普通に顔についてる右目と左目もそれぞれ特殊な力があるらしいけど、そっちも特殊な力の流れを持っていたりとか同じ感じなのか?」
「ええ、少なくとも私が観察している限りそうだったわ。それに────」
「あ、これ止まらないやつだ……」
「しまった……」
竜郎が中途半端に話に乗ってしまったせいで、レーラの語りに火が着いてしまった。
その後も止まらなくなったレーラの話を聞くことになり、竜郎と愛衣はありがたくそれを聞いてイルバとアルバの生体について詳しくなったのであった。
「「あーうー!」」
「「クォ~~~~……」」
次も木曜日更新予定です!




