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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二十章 食への感謝祭編

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第374話 進路について

 3月も中旬を過ぎ、終業式がとり行われる日となった。

 体育館で語られる校長や学年主任の話を聞き流し、教室に戻ってきた竜郎は友人たちと担任が来るまで他愛もない会話に花を咲かせていた。

 その途中でテンパ頭のお調子者──浜口洋平が、今の竜郎たちにとって気にせざるをえない話題を振ってくる。



「俺らももう3年じゃん? もうあとちょっと受験とかやばくね? 今からもう胃が痛くなってきてんだけど」

「さすがに早すぎだろ。落ち着けって」

「そういう竜郎は異様に落ちついてるよな。不安とかないのか?」



 4月になれば高校3年生。これから受験生は、最後の追い込みをかけていく時期でもある。

 より難しい進学先を希望する者ばかりが集められたクラスなだけあり、クラス全員がそのことを意識していた。

 高校ではバスケに勉学と恋愛以外は青春を楽しんでいた御手洗善樹も、いよいよ高まってきた受験の気配に少し心配そうな顔をしている。

 それはもう一人の友人、見た目は完全に黒人系の外国人にしか見えないハーフの権田・ダニエル・宗助も同様だ。

 けれど竜郎だけは周りの雰囲気とは違い、どこかのほほんとしていたことに友人たちは気づいていた。



「あるっちゃあるけど、まだ実感が湧いてないだけじゃないか?」



 正直、竜郎は異世界に行ってしまえば、いくらでも時間が作れてしまう。

 老いぬ体にあかして100年でも200年でも、のんびりあちらで受験勉強してから挑んで受かっても現役合格者扱いだ。

 魔法などでカンニングだけは絶対にしないと誓っているが、それ以外は遠慮なく利用させてもらう気でもいるため、周りと空気感が全く違うのも当たり前といえば当たり前だった。

 そもそも受験に失敗しようとも、竜郎はもう働かずとも食うに困らないだけの財を稼いでしまっているというのも大きいのかもしれない。



「まじでこの2年間の努力全てがかかってんだぞ? ここにきてその余裕って、俺はお前が大物に見えてきたよ」

「んな大げさな」



 特に洋平は日本人なら誰もが知っている国立大の現役合格を本気で狙っているため、その努力も並ではない。

 適度に息抜きはするものの、それ以外は受験のためにこの2年捧げてきたと言っても過言ではなく、それ故に落ちてしまったら……という恐怖も人並み以上となっていた。

 その理由が良い大学に入って、女の子にもてたいからという理由であっても変わらない。



「けど洋平。竜郎を見習えとは言わんが、今からそんなだと本番やばいぞ」

「宗助の言うとおりだぞ。さすがに洋平の頑張りを知ってるだけに、俺もお前が緊張のせいで落ちたなんて言われた日には、気の毒でどう話しかけていいか分からなくなっちまう」



 竜郎としても宗介と善樹と同様に、洋平が夜遅くまでずっと頑張っているのを知っている。

 なのに実力とは関係ないところで落ちてしまうのは、さすがに可哀そうで仕方がない。

 ここまで来たのなら、ぜひ友人たちには笑顔で次の年を迎えてほしいと思うのは当たり前のことだろう。

 そこで1つ、友人のために少し骨を折ってみることにした。



「あー……、あれだ。緊張をほぐす、おまじないとかあっただろ? そういうのをやってみるっていうのは、どうだろう」

「はあ、それっていうとあれか? なんか手のひらに人だかヒトデだか書くやつ」

「ヒトデ書いてどうすんだよ……。けどまあ、そんなやつだ。

 ただちょっとそれを変えて、俺が聞いたやつだと人の文字を手のひらに書きながら、テンションが上がる人物のことを思い描くと良いそうだ」

「なんだそれ。はじめて聞くな」

「俺もだ。つかテンションが上がる人ってなんだ?」



 洋平だけでなく他の2人も食いついてきたので、竜郎は適当な話をその場ででっちあげていく。



「たとえば好きなミュージシャンだったりアイドルだったり、ウィーチューバーとかスポーツ選手とかだ。1人くらいいるだろ」

「それなら俺は橋本杏奈ちゃんだな! 写真集も持ってるぞ」

「洋平はその橋本さんでいいと思う」

「誰でもいいなら、NBA選手のブロン・ジェームズかな」

「んーなら俺は、アイドルの斉藤あすなかな」

「じゃあ3人ともその人のことを思い描きながら、人という文字を指で手に書いて飲み込んでくれ」

「えっ、飲み込むってなんかエロくね?」

「どこがだよ……いいから早くやってくれよ」



 アホなことを言う洋平をあしらいながら竜郎が促すと、3人は言われたとおりにテンションが上がる人物を思い浮かべながら人という文字を描き、ゴクリと飲み込む動作をしてくれた。


 そのさいに竜郎は、呪魔法でただのお呪いを本物に変えていく。

 この方法と動作を行ったとき、不安や緊張が緩和されるという魔法を付与したのだ。

 期間は長めに掛けておいたため、効果は余裕で数年持つので受験シーズンもこれで乗り切れるはずだ。



「おいおい、まじかよ……。ほんとになんか気分が楽になったぞ、これ」

「ほんとだ。プラシーボ効果? だったか。なんかそんな感じのやつが効いてんのかな」

「すげぇっ、2年最後のバスケの試合の時にこれを知っときたかった!」

「おー、ホントニキイタンダナー」

「なんでカタコト?」

「いや、俺もそこまで効いてくれるとは思ってなかったから、驚いたんだ。気にするな」



 3人ともその効果をはっきり分かるほど実感したようで、早すぎる受験への不安を和らげた。

 もちろん効果がでることは分かっていたので、ただ竜郎のとっさの演技が下手だったのを誤魔化したかっただけである。



「竜郎ってこういう、おまじない系に詳しいのか?」

「いや、たまたまネットで見たんだったかなぁ」

「ネットでもなんでもいいさ。これで俺も緊張せずに……あ、なら竜郎。直ぐに眠れる、お呪いとかは知らないか?」



 またまた洋平が、もう1つの悩み事を打ち明けてきた。

 なんでも眠る前にその日勉強したことを軽く復習してからベッドに入るらしいのだが、最近すぐ眠りにつけず寝不足気味で困っているんだとか。

 頭の使い過ぎで眠れていないだけなのではとも思ったが、彼にとっては今後ますます余分な時間をなくしていきたい時期になってくる。

 眠らなければ死んでしまうためそれは仕方ないにしても、導入時間を最小限にできれば効率化がはかれると彼は考えたようだ。

 他2人もそんなお呪いがあるなら便利そうだと、期待の眼差しを竜郎へ向けてくる。


 竜郎はそれくらいなら別にいいかと、次のお呪いをでっちあげることにした。

 とはいえ先のように眠りに入りやすくなるお呪いなど知らないため、全部オリジナルで1から考えていく。



「あーそういば、そういうのもあったような気がしてきたな。確か……あー…………えーと……」

「なんか今、考えてないか?」

「そんな訳ないだろ。今思い出してるところなんだ、静かにしててくれ。なんか凄く効きそうな凄いお呪いなんだぞ。とにかく凄いんだ」

「お、おう……すまん」



 だったら忘れなさそうなものだがと3人は思ったが、黙って竜郎の次の言葉を見守ることに。



「そう、あれは確かさっきのの逆だったな。眠るときは気分が高揚しちゃいけないから、逆にテンションを下げるんだ。だからあれだ。あーー…………そう、おじさんだ」

「「「おじさん?」」」

「そうだ。まずは目を閉じる。それから自分のテンションが一番下がりそうな見た目のおじさんが、踊っている姿を想像するんだ。

 するとだんだん眠りに落ちていく。これが眠りのお呪いだ」

「「「えぇ…………」」」



 何か思ってたのと違うといった様子だが、竜郎がいったらそれは本物になる……というよりされてしまう。

 いいから試しにと竜郎に促されるままに、最初に話題を切り出してきた洋平にやらせていく。



「ぐぅ……」

「まじかよっ。まじで寝やがった」

「すげぇな、おい。効果覿面じゃないか」



 竜郎の呪魔法によって、その行動を行うことで眠りにつけるようになった。しかし、これで満足だろうと思いきや……。



「けどなんか……洋平、うなされてないか?」

「テンションが下がりそうな、おじさんが踊ってるとこ想像しながらだしなぁ。きっと悪夢でも見てるんだろうさ」

「あー……それは……、良くはないよな?」



 竜郎が2人に確認すれば、うんと大きく首を縦に振られてしまう。

 想像するのは愛玩動物の類にしておくべきだったかと今更ながら後悔するが、ここまできてしまったのだからもう押し通すことにした。

 だが悪夢は確かにまずいよなと、呪魔法の効果を追加する。悪夢は見ないようにと。



「あ、なんだか幸せそうな顔になったぞ。これならいいんじゃないか?

 さっきのはたまたま洋平が、たまたま悪夢を見てただけなんだよ。そう、たまたまだ。たまたまなのさ」

「おじさんのことを考えながら見る夢が幸せってのも、ちょっと嫌だけどな……」

「「ああ……」」



 宗助の言葉に竜郎も善樹も、それ以上何も言うことはできなかった。

 とはいえ効果があるのは間違いない。眠れないときは使ってみるか──くらいの気安さで、そのお呪いも3人に受け入れられた。


 余談だが、洋平が見ていた夢の内容は、やはりおじさんのものだった。

 最初は何度負けても挑まなければいけないダンスバトルを、メタボ体型なのに超絶にダンスが上手いおじさんとしなければいけないという謎空間に閉じ込められた。

 しかし次第に洋平のダンスの才能が開花して、最後は完膚なきまでにおじさんを負かし、女の子たちから黄色い声援を受けた。そんな内容の夢を──。




 所変わって別の教室にいる愛衣たちも担任を待つ間、同じく進路に関わる話をしていた。



「愛衣はL大受けるんだっけ?」

「ううん、K大に変えたんだ。たつろーと一緒にね」

「うっそ、別に成績が悪いってわけじゃないけど、ちょっと難しいんじゃない?」

「だが最近の愛衣の成績は、かなり良くなってきてるぞ。このまま維持できるなら、充分狙ってもいいんじゃないか?」

「そうそう。たつろーとも話したんだけど、せっかくだしちょっと上のランクの大学狙ってみないかってなったんだ」

「それで仲良く彼氏とおべんきょーと……いいなぁ。愛衣は」

「でへへ……」

「でへへって、あんたねぇ」



 お馴染みの面子。後藤早百合、鈴木(れい)、杉下桃華、そして最後にだらしなく笑う愛衣に呆れた顔をする柿原奈々子が集まって、愛衣の志望大学変更に驚いていた。

 そこそこ勉強しないといけない大学から、ちゃんと勉強しないとしないといけない大学に突然の変更を表明したのだから、少しは驚くというものかと愛衣は思いつつ、自分からも話題を振っていく。



「早百合ちゃんはF女だっけ?」

「そうだよ。お母さんが娘も同じ大学に通ってほしいって、激推してされてんだよねー」

「でもホントは女子大より、共学のほうが良かったんでないの? 早百合はさ」



 桃香がからかうようにそう言うと、早百合は苦笑しながら頷いた。



「そーなんだけどさぁ。F女に行ってくれるなら、大学にかかる費用は全部出してやるって言われちゃってね~。

 奨学金でいくとなると、将来的に自分で返さないといけないし?」

「国立でも、そこそこ学費はかかるからな。羨ましい条件だ」

「そういう零は、私と同じで国立だっけ?」



 今度は奈々子が零に話を振っていく。



「ああ、学費は安いに越したことはないからな。進路相談のときにS大を受けるなら、もう少し頑張れと担任に言われてしまったが……ここから巻き返してみせるさ」

「あー私は模試の結果は合格圏内ではあったけど、油断できるほどでもないし頑張らないとだ。

 ……愛衣はなんだか余裕そうだけど、本当に大丈夫なの?

 恋人同士同じ大学を目指すのは別にいいけど、波佐見くんだけ受かって愛衣が落ちたなんてなったら目も当てられないよ?」

「そこは頑張るから大丈夫だもん。てか、なんで私が落ちる方なんだよー、ぶーぶー」

「なんというか、波佐見くんて私からすると要領のいい人って感じだから、なんだかんだしれっと受かってるイメージしかないのよね」

「ふふん、さすが私のたつろー」

「愛衣は褒めてない……まぁ、今更か。仲が良くて羨ましい限りよ」

「でしょでしょ。結婚式には招待するからみんな来てね」

「結婚式って、学生結婚でもするつもりなの?」



 突然の結婚発言に、早百合はぎょっとして手に持っていたリップクリームを落とす。



「それもいいかもねぇ。両親公認の仲だし」

「ふぇ……、でも学生の結婚じゃ、式とかも大したことできないでしょ。それでもいいの?」

「あー……そっか」



 愛衣は今の自分たちの財力で物を語ってしまっていたが、本来学生で結婚となると親にだいぶ世話にならない限り、普通の式を開くにも大変なものだろう。

 でも竜郎となら、たとえ教会でウェディングドレスを着れなくても、家の庭で誓いの言葉をすることになったとしても、一緒になれるなら別にいいけどな──とも思ってしまう。



「あ、まただらしない顔になってる。ほんとにこの子はこの調子で大丈夫なのか、心配になってきちゃうわ」

「奈々は愛衣のお母さんみたいだねぇ」

「昔からの仲だしね。おーい、愛衣。こっちに帰っておいで」

「はっ!? えっと、それで何の話だっけ」

「みんな受験を頑張ろうという話だ」

「そうだね! 全員志望校合格できるよう、がんばってこー!」

「「おー」」「ああ」「はぁ……」



 ノリの良い桃華と早百合は拳を上げてくれ、零も小さく笑いながら頷く中、奈々子だけは愛衣の気楽さに心配をつのらせてしまうのだった。


 しかし後に洋平たちにお呪いをかけたと竜郎から聞いた愛衣は、自分たちの友人にもなにかと頼んだことで、奈々子は他の心配事に足を引っ張られることはなくなったという。

次も木曜日更新予定です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 頭の中で芋洗坂係長さんがキレキレのダンスを踊っている映像(つまりは通常のネタ)が浮かんできたのでぎるてぃです。
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