第373話 幸せ者たち
体も動かし一度自宅に帰ってフローラに本日創った順美味しい魔物食材をいくつか渡し、料理を作ってもらった。
まだ研究も進んでいないからと謙遜していたが、小さな子供でも喜んでくれるような料理に上手く調和させ、竜郎と愛衣の雑クッキングで味見をしていた楓や菖蒲、ニーナたちもプロの手腕に感動していた。
そうして食事も終わり一段落ついたところで、竜郎たちは時差を調整してからまた移動する。
やってきたのはもちろん、当初の予定通り火山島にある温泉旅館だ。
「ライトアップされてると、余計に雰囲気出るね」
「ほんとだな。映画のワンシーンに出てても不思議じゃないくらいだ」
照明系統の魔道具は既にここに限らず全施設設置済みで、夜闇に浮かぶ建造物がきらびやかに照らされ、幻想的な光景を演出してくれていた。
周りに邪魔な建物もなく、今はただその巨大な旅館が一つ建っているからこそ余計にそう見えた。
「ねぇ、パパ、ママ。このまま温泉いくの?」
「まずは、お部屋を見に行こっか。今日は私たちだけの豪華貸し切りだから、どの部屋を選んでも良いんだよ」
「貸し切りと言っても、どうせ使う人は身内しかいないんだけどな」
せっかくなら影に日向にと頑張ってくれているウリエルたちやリアたちに──と言ったのだが、最初は竜郎たちがと譲られてしまった。
両親たちも後でゆっくりと使わせてもらうから──ということになり、今に至る。
とはいえまだ試作段階。どこまで快適で、なにか足りないものがないかを調べる役割も担っているため、素直に受け入れ5人でやってきたのだ。
旅館といっても女将や仲居がいるわけではないため、案内などなく静かな館内を好きに回って部屋を物色していくだけ。
気分によって選べるよう、和風、洋風、南国風、エキゾチック風など各種取り揃えている。
同じ様式の中でも微妙に違いが出るように内装も凝らしていく予定だが、まださすがに竜郎たちも全てに手が回っていないため、そのサンプルとなる部屋がそれぞれ数パターンあるといった状態だ。
とはいえそれだけでも大したもので、現時点でどれも甲乙つけがたい高級感を醸し出している。
「いっぱいあって目移りしちゃうね。ニーナちゃんは、どういう所で寝たい?」
「お外みたいなとこ! あのあみあみのやつで寝たいな」
「「もんもっう!」」
「もんも……? ああ、ハンモックか。ってことは南国風のやつだな。普通のベッドもあるが、非日常的で偶にはそういうので寝るのもよさそうではあるか」
『でもハンモックだとさ、その……ね?』
『ああ、分かってる』
竜郎と愛衣は大人の事情でちゃんとした寝床が良いのだが、子供たちの意見を無碍にするのも良くはない。
ということですぐ上の階が和室になっている場所にある、南国風の部屋をさりげなく選択しやってきた。
部屋の中には観葉植物のオブジェが設置され、小さな滝や川まで水を循環させて流れている。
寝床はワイルドに木に見せかけた柱にくくりつけられたハンモックだけになっていると、南国風部屋の中でもより自然的な内装をしている場所だ。
「ここ! こういうのがニーナは落ち着くんだよね」
やはりニーナが言っていたのはこういう場所で間違いなかったようで、直ぐに気に入ったのか「カエデとアヤメはどれが良い? ニーナはここがいいかなぁ」と自分たちのハンモックを楓と菖蒲と共に選びはじめていた。
「今日はもう食べてきたが、料理とかも持ち込みなら直ぐにでもここで楽しめそうだな」
「だねぇ。ところで部屋も決まったし、この後はお風呂かな」
「そのとおりだ。やはりこの島の醍醐味は温泉だからな。そこを体験しないとあっては、お試しできた意味がないからな。すぐに行こうか」
「もう……えろろーったら。楓ちゃんたちもいるんだから、あんまりあからさまにしちゃ駄目だよ」
「任せておけ!」
最高の笑顔で応じる竜郎に大丈夫か?と思いはしたものの、どのハンモックで寝るか選び終わったニーナたちを連れて、一般的な和風旅館にあるであろうタイプの屋内大浴場にまでやってきた。
男女別で分かれているとはいえ、今回は竜郎と愛衣にニーナたち……厳密にはニーナの肉体は竜の感覚でも子供とは言えないが、精神的には幼いので家族風呂に一緒に入るようなものだと男女混浴状態を選択した。
ただし愛衣の裸を見て何の反応も示さない自信が竜郎にはないため、全員水着着用で。これなら竜郎も、ギリギリ耐えられるだろうとの判断である。
「ぎゃう♪ どお? ニーナ似合ってる?」
「ふふっ、とっても可愛いよ、ニーナちゃん」
「「あう?」」
「ああ、二人も可愛いぞ」
「「う!」」
ニーナは小さくなるか通常のサイズになるかの二択で、いつ何時も竜形態をとっている。
なのである意味エブリディ裸状態なので水着など不要なのだが、一人だけのけものでは可哀相だとちゃんと彼女分も用意されていた。
小さな体になったニーナはフリフリのワンピースタイプの水着を纏い、楓や菖蒲も形こそ違うが似たようなタイプの色違いとなっている。
『こういうのはニーナに失礼なのかも知れないが…………、愛犬に服を着せる人たちの気持ちが少し分かった気がする』
『あー、たしかに。家族って部分は一緒だし、あんまり違いはないのかも?』
ちびっこたちが普段とは違う格好にはしゃぎながら、教えられた通りまずは体を洗うべくシャワー前に座っていく。
「それでたつろー。私のはどうかな。可愛い?」
「ああ、凄く綺麗だ。いつ見ても、愛衣はやっぱり俺の一番だ。誰よりも輝いてる。それに──」
愛衣は楓たちの手前露出は抑えめにしているが、余計な装飾のない三角ビキニを纏い大きく形の良い胸の膨らみに、艶めかしい脚線美がハッキリと見て取れた。
竜郎は一切のお世辞なく、愛の目を見てスラスラと褒める言葉が無限に出てくる。チラチラとその肢体に、目を奪われながらではあるのだが……。
「もう少し鼻の下を伸ばさずに言ってくれると、かっこよかったかもなんだけどなぁ。ま、いっか。
それじゃあ、たつろーは楓ちゃんを洗ってあげて、私は菖蒲ちゃんを洗うから。
ニーナちゃんはお姉ちゃんだから、自分でできるよね?」
「うん! 体を洗うなんて簡単だもん。カエデもアヤメも、早く出来るようになるんだよ?」
「「う?」」
ちゃんとお湯もでているし、石鹸類も髪用から体用まで各種完璧に補充されている。
排水もどこかでつまりなどないかなど問題ないことを確認しつつ、体を洗ったら大浴場に入って心身ともに温める。
竜郎と愛衣はそこで一息ついて──といきたかったようだが、子供たちはじっとしていられず泳いだり、あちこちうろつこうとしたり、露天風呂に行こうと急かされたりとあまりのんびりすることはできなかった。
『けど俺らも、子供の頃はこんなんだったかもな』
『そうそう。むしろ、このくらい元気な方が可愛いよ』
しかしそれはそれで、この子たちが大きくなったときに笑いながら話せる思い出の1ページだ。
竜郎も愛衣もうんざりした顔を見せることは一度もなく、絶えず笑いながらドラゴン娘たちに振り回され続けたのだった。
お風呂ではしゃぎ、上がって髪が乾いた頃にはすっかり子供たちも落ち着きを取り戻すと同時に眠気が襲いかかってくる。
天然の掛け流し温泉を楽しんだ竜郎たちが部屋に戻ってくると、子供たちはうつらうつらとまぶたが閉じかけていた。
それぞれ抱きかかえてハンモックに寝かせていき、竜郎と愛衣が側で頭を撫でてあげると、ニーナも含めて直ぐに3人共寝息を立てて眠ってしまう。
なんだかんだ今日は一日外でよく遊び、よく食べ、お風呂で体をよく癒してと充実していたこともあってか、3人は朝まで梃子でも起きないほど深い眠りについていた。
まさに2人の計算通りである。
『これなら大丈夫そうだね』
『ああ、それじゃあ上に行こうか』
『……うん』
温泉旅館の醍醐味だと浴衣を着込んだ竜郎が、ゆるく帯を腰に巻いて同じく浴衣を着込む愛衣へ微笑みかけながら手を伸ばす。
愛衣は少し顔を赤らめながらもその手を取り、窓を開けそのまま一つ上の階へと2人音もなく飛んで移動した。
旅館やホテルの和室によくある窓際の、障子で仕切られたテーブルや椅子などが置いてある狭い空間。広縁などと言われる部屋の箇所に窓から入り込むと、竜郎はそこにあった椅子に座り愛衣を自分の膝の上に座らせる。
「愛衣は温かいな」
「たつろーだって……温かいよ」
背中側から愛衣を抱きしめ、竜郎はそこから伝わってくる体温と鼓動、彼女の柔らかさを同時に感じていく。
愛衣もお腹側に回された竜郎の手に自分の手を重ね、彼の胸板に背を預けるように身を任せ、その誰よりも安心できるぬくもりに目を細めた。
数分間それ以上に何もなく、本当にただそうしていた二人は、同じタイミングでふと外の光景に視線がいく。
視力もよく夜目が効く2人には、暗くても遠くまで景色が鮮明に見てとれた。
「しかし……あれだよな」
「あれってなあに?」
「なんというかさ。ここは俺たちの旅館で、俺たちの島だろ?」
「そうだね。他にも5つも島を持ってるし、海外に別荘まであるよ。なんだか今になっても、不思議な感じだよね」
「そう、それだ。この光景もこの状況も、俺たち二人が異世界に落っこちるなんていう事件がなければ、ありえなかったことなんだ。
この俺たちの日常が続く地球に帰ってくるまでに大変なことだって沢山あったが、それ以上に良いこともあった。
ただの高校生のままだったら、絶対に見ることなかった景色だ」
ここが異世界であったのなら、それほど感慨に至ることもなかっただろう。
だがここが生まれ育った、ある程度自分たちの将来が見えていた地球だからこそ、この光景が竜郎や愛衣には今更ながら不思議なものに思えた。
「だろうねぇ。じゃなきゃ普通に学校いって、就職して、結婚して、私たちの子供が生まれて──って、私たちの日常の延長線の中だけで生きていっただろうし。
ふふっ、それはそれで楽しかっただろうけど。たつろーと2人なら、どんな未来だって私は楽しんでただろうし」
互いのぬくもりを感じあったまま、ifの自分たちを想像していく。
ただ日常のちょっとしたことで喜び悲しみ笑い怒りながら、全てを共に歩みながら2人仲良く一生添い遂げる。
それはそれで、きっと2人は満足して死ねただろう。
いま見えている未来とは、どれだけかけ離れた〝もしも〟だったとしても。
「ああ、楽しそうだ……。俺も愛衣がいてくれるなら、ただの俺たちでしかない未来だったとしても、後悔なく生きていけたはずだ。
けど……知ったからには、もうそっちは選べないよな」
「うん。異世界なんて意味分かんないことだらけの世界にいった私たちだからこそ、今私たちと一緒にいてくれる沢山の人たちと巡り会えたわけだしね。
それを今更なかったことにはできないし、したくないよ。絶対に。
欲張りになっちゃったね、私たち」
階下で寝ているニーナに楓、菖蒲たちも、異世界に行っていなければ出会えなかった子たち。
その子たちだけだけでなく、他の異世界に行った先にある世界に立っているからこそ、出会えた仲間や子供たち全て等しく大切な宝物だ。
それを知ってしまえば、もうただの2人だけで満足しろというのは難しい。
今ここで異世界に行ったことをなかったことにできる、ただの高校生だった自分たちに戻れるスイッチがあったとしても、2人が押すことはありえない。
もっともっと、今の仲間たちと、もっとどこまでも、今よりもさらに楽しい未来を歩み続けるために、もはや止まることなどできはしない。
「俺たちって、幸せものだな」
「そうだね。とっても、と~~~ってもね────んっ」
抱きしめられていた愛衣が、背中をそらすようにして首を伸ばし竜郎へキスをした。
竜郎もそれを受け入れ、最初は軽く押し付け合うような可愛らしいものから激しくなっていき、着流していた浴衣もどんどんはだけていく。
「たつろ……」
上記した肌。はだけた胸元は妖艶で、自分だけ求めてくれる愛しい人の熱い眼差し。
そこまでされて我慢できる男などいるはずもなく、竜郎も理性のタガが完全に外れ彼女を求める。
「愛衣っ」
久しく──というほど期間が空いていたわけではなかったが、改めて今の幸せを噛み締めた2人は、いつも以上に激しくその夜は互いを求めあった。
これにて第十九章 無人島開拓編は終了です。ここまでお読みいただき、本当に有り難うございます!
本章はいつも以上にまったりした感じで進めていき、今の竜郎たちの幸せと幸運を噛みしめられるような話を書きたいなと描いておりました。
次の章ではまた本筋の美味しい魔物の復活活動のため、少し地球の話を序盤に入れつつまた異世界がメインの話に切り替わっていく予定となっています。
地球の話だったのに、学校の友人たちは一度も出せませんでしたしね(笑
そして次話の更新についてですが、ここで三週間ほどお休みさせてもらいたいと思います。
なんとなくこういう話を書こうという大枠の案はあるのですが、さすがにもう少し話を練っておきたいというのが一つ。
そして私が今現在コロナを患ってしまったため、さすがに最初に一週間はちゃんと休もうというのが一つで三週間です。
しかし症状は軽めで済んでいるのでまだ良かったですが、本当に一瞬で伝染る病なのですね……。正直少し、件の病を舐めていたかもしれません。
まさかあの程度のやりとりでと、陽性反応が出たときは本当に驚きました。
皆様は体調を崩されぬよう、ご注意くださいませ。
ということで二十の大台に乗る章の開始は、3月14日(木)を予定しております。
また期間が空いてしまいますが、次章も気が向いたときにでもお読みいただけたら幸いです。ではまた!!




