第371話 便利な魔物たち
地球の世界三大珍味の互換たりえる準美味しい魔物を生み出した後も、今後要求が来そうなものも含めていくつか生み出していった。
互換というには無理があるような準美味しい魔物も、強化改造牧場での改造という力技で解決したことで、マツタケやツバメの巣、フグにサフランなどなど異世界に持っていっても料理の幅を広げてくれそうな食材を沢山増やすことに成功した。
「シュールストレミングが食べたいなんて言ってる人もいるみたいだが、そっちはまぁ……安全に誰にも迷惑をかけず食べられる場所を提供するってことで勝手に持ち込んでもらえばいいか」
「あれって美味しいのかなぁ? 嗅覚も良くなってる今となっては、食べようと思う勇気すらないよ」
世界一臭い食べ物として有名なシュールストレミングだが、その熱狂的ファンが竜郎たちの顧客の中にいた。
だがその激臭により周りに食べることを反対され、自由に食べられるようにとウリエルに要望が上がる。
竜郎たちとしてはそこまで食指が引かれないため、完全な消臭対策がなされた部屋を用意するに留めることで決定している。
「食材はとりあえずこれくらいでいいか」
「もうニーナたちの試食会は終わりなの?」
「試食会はついでだったんだけどね。でも今日は終わりかな」
「「あう……」」
「少しずつとはいえ、結構食べたと思うんだけどな。また今度なにか欲しくなったら考えよう。今は他にも必要な魔物もいるわけだし」
「次は、どんな魔物を創るつもりなの? パパ」
「島は買ったことで施設も増えたから、その管理をしやすくするための魔物って感じだ。
掃除をしてくれたり、本や美術品の劣化を防いでくれたりなんかの」
「「ふぁ~~……」」
「あははっ、急におねむになっちゃたの?」
美味しいものの時間は終わり、お腹もそれなりに満たされた。
急にあくびをしながら、電池が切れたオモチャのように動きが止まる楓と菖蒲。
そのあまりにも本能に忠実な姿に、竜郎も愛衣も思わず笑ってしまう。
「ニーナが見てよっか?」
「頼めるか?」
「うん! ニーナ、お姉ちゃんだもん」
「いい子だね~」
「ぎゃう~♪」
ニーナも島の管理補助要員の魔物には興味がないというのもあり、率先して寝落ちしそうな二人の世話を買って出た。
いつでも眠れるように持っていたマットレスを設置し、即席のベッドを用意する。
シーツにくるまるようにして楓と菖蒲は直ぐ眠り落ち、ニーナはそれを見守るように自分専用の大きな座布団を出して丸くなった。
見守っていなくともどうにかなる存在ではないが、まだまだ誰かが側にいて欲しい甘えたがりな二人なため、この役割も必要なのだ。
ニーナたちが静かになったところで、食とは別の用途の魔物を創造していく。
「「「「「フリィィィ~」」」」」
「おぉ、なんか可愛らしい子が生まれたね」
創造された魔物は全長20センチにも満たない大きさをした、小妖精に分類される存在。
見た目は可愛らしい西洋人形のようにも見えるが、立派な生き物だ。
人形のような整った顔は無表情な部類ではあるが、創造主を前に嬉しそうに微笑みペコリとお辞儀をするだけの知能も持ち合わせている。
鳴き声もフルートの音色のようで、聞いていて心地よさすら感じられた。
「この子たちは何が出来るの?」
「人の歴史の保管を目的に神々が創造したらしい」
「人の歴史? 随分と抽象的な言葉だね」
「具体的には人が生み出したものを、守ろうとする習性があるらしい」
「生み出したものって言うと、絵画とかってこと?」
「それもあるが、誰かが書いた本だったり焼いた壺だったり、人が生きた痕跡になりそうなモノといえばいいのか、とにかくそういったものを守ってくれるんだ」
まだ世界が安定していない時代、人の国はたやすく滅んだ。
生き返らせることはできずとも、せめてその痕跡だけでも残せたらと、滅んだ国に残された僅かな人が生きた証を保存したいと考えた神がいた。
他の何柱かの神も、せっかく生まれた文化を途絶えさせるのはもったいないと賛同しこの魔物を考案され、怪神によって大本が創造された。
異世界では数千年前の、とっくに風化していてもおかしくない書物や土器などが、当時のほぼそのままの姿で保持されていた。そこにはこの魔物が守護者のように、それらを保護していた──なんていう事例もしばしば見受けられたりもする。
「守ってるとこに来た人と、この子たちは争ったりはしないの?」
「荒らそうとしない限りは、争わず逃げていくみたいだ」
「戦闘は好きじゃないタイプの魔物ってことだね」
「自分たちが守ってきた物の近くでできるだけ争いたくないってだけで、こうみえて結構等級の高い魔物で強いんだ。
だから盗賊くずれみたいな連中相手なら、瞬殺できるだけの力もあるんだけどな。好戦的じゃないのは確かだ」
「へぇ~、でも確かに言われてみれば、生まれてばかりにしては気配からしてそこそこ強めかも」
愛衣からしても注意深く観察すれば、下級竜程度なら退けられる力を秘めていることが分かった。
文化財の保護の名目だけにしては、随分と気合を入れて作ったんだなと思うほどに。
「この子らには氷雪島の秘密基地内の図書館の本や美術品、楽器なんかの保護なんかを主に頼もうと思ってる。
本来は工場で大量生産されたような量産品の物は対象外みたいなんだが、テイムしたりできれば物であれば状態を保持し続けてくれるのも確認済みだ」
「どのくらいの効果があるの?」
「本みたいな水に弱いものも湿度どころか水に沈めても大丈夫だし、日光なんかの紫外線からも守ってくれる。
防汚効果もあるから汚れもつきづらく、強度も上がって傷も付きづらいから無理に壊そうとしたり汚そうとしない限り、半永久的に形を保っていられるようになるぞ」
「えっ、すごくない? じゃあ読書中に飲み物とかこぼしちゃっても、そこの本は汚れないってことだよね」
「纏まった場所にあればいちいち一つ一つにやらずとも、状態保持の魔法をいっぺんにかけられるから丸ごと出来たりもするし、こういうことを任せられる魔物の中では随一の力を持っていると思う。
カルラルブで買ったガラスの美術品だって、ぶつかって床に落としたくらいの衝撃なら傷一つつかないなんてことも出来るしな」
「それだったら安心して使えるね」
「だろう? 異世界の方だともう絶滅危惧種みたいなものらしいが、調べたところによると一部の有名なテイマーの家系には、代々この魔物を引き継いで王家なんかから重用されてたりもするくらいだからな。その有用さはお墨付きだ」
「あー、使い方によっては凄く便利だろうしねぇ」
主従関係が築けていれば武器や防具の劣化を防ぎ、いつでも新品同然の状態で使えたりと、本来のこの魔物たちではしないようなこともさせられる。
さらに戦いにおいても、そこいらの魔物や人間には負けないほどに強いときている。
竜郎たちが暮らす異世界の時代ではかなり希少な種ということもあり、この魔物を従魔にできているというだけで、テイマー界隈ではどこにいっても職に困らないエリートとして活躍することが約束される。
それが竜郎たちのような圧倒的格上であろうとも、なんとか盗めないかと考える者が現れるほどには、魅力的な魔物なのだ。
「あとは繁殖して数を増やしてもらいながら、他のところにも回して日用品やら家具の保存を頼もうと思ってる。頼んだぞ」
「「「「「フィリィィ」」」」」
眷属のパスを通じて自分たちの役割を理解した小妖精の魔物たちは、まずは仲間を増やすべく竜郎が開いた《強化改造牧場・改》の扉をくぐり一時的に去っていった。
「どんどんいこう」
『うん、頑張ってたつろー。その分、今夜は一杯ご褒美あげちゃうからね』
『なに!? それは頑張らねば! うおぉおおお!!』
『この子たちの前ではあんまり見せないようにしてるけど、やっぱりえろろーは健在だねぇ』
『俺も男だからな』
今夜は試しに温泉旅館での泊まりを予定しており、子供たちが寝静まったら二人で恋人の時間を楽しもうと約束していた。
愛衣からどんなご褒美がもらえるのかと、竜郎はわくわくしながら気合を入れて次の魔物を創造していった。
「「「「「………………」」」」」
「まっくろく◯すけ ならぬ、まっしろしろすけ?」
「思ってた以上に、ビジュアルが似てるな。びっくりだ」
続いて創造されたのは、ウサギの尻尾のように丸くて白い毛玉に愛嬌のある二つの目をつけたような見た目をした魔物たち。
大きさは卓球の玉ほどと小さく、触るとふわふわとしていて気持ちがいい。
「この子たちは何が出来るの?」
「物体の修復だ。手に入れたときはもう既に劣化していたり、傷ついていたりしても、この子らが少しずつ元の状態に修復してくれるんだ」
「たつろーの復元魔法みたいなもの?」
「そっちほど便利じゃないが、それに近くはあるな」
竜郎の復元魔法であれば木っ端微塵になろうとも元の状態に戻せるが、さすがにそこまでの力はこの毛玉たちにはない。
だが壊れた状態、傷ついた状態には非常に敏感で、竜郎では解魔法を使わなければ分からないような微細な損傷であろうともすぐに察知し直そうとする。
「俺の魔法でやったほうが手っ取り早くはあるが、常に見ていられるわけでもないからな」
「さっきの子でも防げなかったようなことで、傷ついたときの保険にもなるかもね」
「うちのメンバーは普通の範疇を余裕で超えてるから、念のためってことで創造してみた」
「あー、小さい子たちでも立派な竜だったりするもんねぇ。本人にその気はなくても、何かの拍子に傷つけちゃうってこともありそう」
「特に小さい頃は力の制御に苦労するだろうしな」
大人たちであっても、竜郎たちであれば少し力を込めただけで事故は起こりうる。
そういうときにいちいち竜郎を呼びつけなくても、直ぐに対処できるようにと用意された。
毛玉たちも繁殖のため《強化改造牧場・改》へと入っていき、本日最後の魔物創造を行っていく。
「「「「「────」」」」」
「えっと……これ? というか、この子? でいいのかな。何なのかな?」
「一言で分かりやすく言うとするなら、これはル◯バだ。自動掃除機みたいな魔物だな」
見た目は直径30センチほどの黒い円と白い円。それらから細い糸のようなものが伸び、二本が絡み合って繋がり合うという、およそ生物としての外見からはかけ離れた様相を見せていた。
やれることは非常にシンプルで、この魔物は黒い円で吸い取り、白い円で吐き出すことが出来るという能力しか持っていない。
「だけど凄いのは、この白と黒の円は、どれだけ離れていても空間を飛び越えて繋がっているということなんだ。
つまり黒い方をそれぞれの拠点で放浪させて、白い方はゴミ処理施設にいてもらえば、自動であっちに纏めて集積してくれるって寸法だ」
「えっと、それってゴミじゃないのは吸い込んだりとかしないの?」
「そこが普通の掃除機なんかとは違って、吸いたいと思った対象以外は吸わない──なんてこともできるんだ。大量のビー玉の中に宝石の欠片を紛れさせても、一瞬でビー玉だけを吸い取る──なんて感じにな。
だからゴミ箱の中にある物だけを指定したり、そこいらに落ちているホコリや髪の毛みたいな明らかなゴミだけを指定して頼んでおけば、余計なものを吸い込まれることもないから安心だ」
「おぉ、それは便利かも」
大きな施設の面倒なところは清掃する場所が多いということ。
魔法や魔道具でもできないことはないが、わざわざそこまで大仰なことをせずとも、この魔物がいてくれれば最低限の汚れは個体液体気体問わず吸い取ってくれる。
本体は幽体のたぐいであるため、その体がぶつかり物を壊すなんてこともなくすり抜けるため、どんな細い場所にも潜り込んで隅々まで掃除が行き届くと、掃除が面倒な者たちからすれば夢のような魔物であった。
「あ、それならモヤ子ちゃんに頼まなくても、この魔物に私たちや物を運んでもらうこともできたりしないの?
この子らなら一瞬で白い子の方に物を送れるんでしょ?」
「それは無理だ。生き物や物も入れられるが、送る最中にグチャグチャにされるから」
「え…………マジで?」
「大マジだ。本来はそうやって敵を殺す魔物だからな。
俺たちくらい格上なら潰されることなく詰まって吐き出されるだけだろうが、普通の人間が通ろうものなら向こうで出てくるのは人間だった何かになってるはずだ」
「なかなかえぐいことするなぁ。でも便利そうだし、私の家にも一体欲しいかも」
「アメリカの方にある拠点にも置いておこうか。今もパチローを置いてはいるが、最低限のことしかしていなかったし」
地球の大富豪ライト家に用意してもらった、アメリカにある豪邸のことを竜郎は思い出す。
「そういえば、あっちは今どんな感じなの?」
「貰った当初はパパラッチとかもいたが、今はもう何もないと思ったのかどっかに行ったみたいだぞ」
「そうなんだ。さすがにそこにいるだけでお金は貰えないだろうし、当然といえば当然か」
「ああいう人らは、何か世間の関心を引くような写真を撮りたいわけだしな」
今ではあちらで邪魔だった拠点の周辺をうろついて嗅ぎ回っていた人物たちも、ほぼ一掃されたと言っていい状態になっている。
いるのは偶にネタがなく、思い出したように近くをうろつくような暇人だけ。
そこまでしたところで、異世界の魔法に一切の抵抗力も持たない地球人類が、認識阻害の力で隠匿された情報に手が届くわけもないというのに。
「とまぁあっちはいいとして、島の方に必要な魔物はとりあえずこんなものか」
食材となる魔物たちは既にこの地で生活をはじめ、繁殖の準備を整えている。
あとは時間をかけて数を増やし、食の幅を勝手に広げていってくれるので、今日の魔物創造はここまでだ。
「リアちゃんの魔道具によるサポートもあれば、これで島もあんまり人がいなくても最低限の状態は保っていられそうだね」
「ああ、俺にはリアみたいな物は作れないし、こっち方面でサポートだ」
「ってなるとまだ時間もあるけど、この後どうする? もう家に帰る? 今日中にやっておきたいことは終わったよね?」
「せっかくだし、群島にいってみないか?
アスレチックのギミックも試用段階はできたから、暇なときに試してほしいってリアからも言われているし」
「そうだね。この子たちも、少しは体を動かしたいかもだし」
「「…………ぁぅ?」」
竜郎たちの作業が終わった気配を感じ取ったのか、頃合いよく楓と菖蒲も目を覚ましだす。
今日は食べてばかりで運動をしていないため、そろそろ体を動かしたくなる頃合いでもあるだろうと、竜郎たちはドラゴン娘たちを連れて群島へと移動を開始した。
次も木曜日更新予定です!




