第357話 無人島の視察へ2
二つ目の島を見回ったあとジャンヌが背負う空駕籠に乗って、三つ目の島の上空までやってきた。
「なんかここ、めっちゃ天気が荒れてるね」
「今日は運が悪かったみたいだな」
三つ目の島は絶賛、嵐に見舞われている最中だった。
ジャンヌが風魔法で結界を張り猛烈な風雨を防いでいるが、そうでなければこんなに呑気に話していられないほど最悪の天候だ。
海は荒れに荒れ、カミナリがあちこちで発生し轟音を響かせながら海面へと吸い込まれていく。
船で来よう物ならあっという間に波にもまれてひっくり返されそうなほど、海面は暴れ狂っている。
こんなときに見学に来てしまったとはついていない。これではいつもの島の様子が分からない──と竜郎は残念そうに窓の外を眺めた。
けれど、そうではないとすぐにウリエルに教えられる。
「いえ、実はここは島の陸地側自体は普通なのですが、海域的に嵐が頻発するらしく、むしろこちらが平常時だと思ったほうがいいかと。
季節によっては毎年のように竜巻も発生するとのことなので、とてもではないですが近づこうとも住もうとも思わない島のようです」
「そうだったんだ。よく見たら岩場だらけだし、こんなところに来る必要もないしねぇ」
「まったくですの。そんなところを、わたくしたちに紹介してきたということですの?」
「まあ私たちは、なんでもできてしまう宇宙人だと思われていますからね。
嵐くらいはどうということはないし、むしろそれくらいの方がいいと考えるかもと、あちらの方々も試行錯誤してのことかもしれませんよ」
「普通の孤島に凍える島。ほんでお次は嵐の島。確かにバリエーション豊かで楽しいわ」
吸血鬼の真祖──千子が、上品に口元に手を当てクスクス笑う。
「じゃあ残り三島も全て違う特徴の島かもしれないってこと?
フローラちゃんもワクワクしてきちゃったかも♪」
「姉上はいつも楽しそうであるがな。しかしマスターよ、さすがにこの島は候補から外れるのではないか?
いや……それとも嵐に見舞われた状態での戦闘訓練に使えるやもしれぬのだ」
「それは名案かもしれないな、ランスロット」
「であろう! 兄上!」
「そうっすかねぇ? これくらいの嵐じゃあ、あたしらには大した影響はないっすよ。
それなのに、そのためにわざわざここまでくる利点が思い浮かばないっす」
「それにこんなにゴウゴウうるさい島では、おちおち眠れませんもの。
私のお昼寝スポットからは既に落選ですわ」
「いや、お昼寝スポットとかはどうでもいいが……、とりあえず降りてみよう。
何か他の島にはないものがあるかもしれないしな。ジャンヌ、高度を下げてくれ」
「ヒヒーーン」
地球での嵐や竜巻程度ならどうとでもできる。
せっかく向こうが気をまわして紹介してくれたのに、見もせず帰ることもないだろうと、上空高くに待機したままだったジャンヌに陸地ギリギリまで降りてもらう。
降りてみればコケや雑草くらいは生えているが、剥き出しの大地と岩場ばかりが広がっているだけ。
「うーん……、なあ竜郎。さすがにここはハズレじゃないか?」
「こんなところじゃ何もできないでしょうしねぇ」
「そうだなぁ」
竜郎はあえて魔法を使わず、ジャンヌが張ってくれていた風の結界の外へと出てみた。
その瞬間風雨にさらされ、あっという間に体中びしょぬれに。
嵐に煽られ海水が陸地まで飛んできて、顔にかかる水もどこかしょっぱい。
さらに風でどこからか飛んできた岩の破片が飛んできて頭に当たった。
「今の普通の人なら死んでたな。こういう危険もあるのか」
小さかな破片でしかないが、それでもあの速度で頭に当たれば人は充分に死ねる威力だった。
とはいえ竜郎がその程度でどうにかなるわけもなく……落ちた破片を一瞥すると、飽きてジャンヌの風結界の内側に戻って魔法で体を乾かしていく。
「誰も来ていない島のようだし、レアメタルだとか貴重な資源はないのかな?」
「ああ、それは考えてなかったです。ちょっと探ってみますね、正和さん」
「金属資源なら、私たちのダンジョンに出す装備品の材料になるかもしれませんしね。兄さん、私からもお願いします」
リアからも頼まれ、竜郎は探査魔法で島の表面から地中深くに至るまで全体を調査していく。
だが大して珍しい物はなく、これがあるならこの島が欲しいと思える理由は一つも転がっていなかった。
「さすがにいらない島まで買う必要もないよなぁ」
「だねぇ。ここは候補から外すって感じかな」
三島目にして明確にいらないと思える島ができただけ良いかと竜郎たちが判断しかけたそのとき、ずぶぬれになった大天使──エンターが竜郎の目の前に飛来した。
「はっはっは! マスターよ。内がダメなら外はと思って海に飛び込んでみたら、美味しそうな魚介類の宝庫だったぞ」
エンターの手には大きなカニや貝。丸々と肥えた魚。どれも市場に並べば、高値が付けられるものばかり。
「立派なカニねぇ!」
カニが好物の美鈴は目を輝かせて、エンターに捕まれて暴れるそれに喜びの声を上げる。
「海鮮か。美味しい魔物食材には及ばずとも、それはそれで美味しそうだ」
「ニーナが味見してみてもいいよ!」
「あーめも!」
「かーでも!」
腹ペコドラゴンたちはひとまず置いておき、竜郎は島の周辺の海中を探査魔法で探ってみれば、海上の嵐など知ったことかと言わんばかりに海底では魚たちが元気に繁栄を誇っていた。
漁もなく、高級食材になりそうな魚介類にとっての外敵も少ないのか、みなサイズも良くぷりっぷりに身を付けていて美味しそうだ。
この辺りに流れ着いてそのまま沈んだのか、かなり古そうな沈没船も複数見つかり、そういったところを住処に生きる高級魚や高級貝もいた。さらに──。
「沈没船の中には普通にお宝っぽいものまであるな……。金貨とか宝石とか普通に残ったままなんだが」
「お宝!? なにそれちょっとワクワクしてきたかも」
「そやけどまだうちらの島と違うで? 勝手に取ってええ物なん?」
「ずっと放置されていたものでしょうし、取ったところで誰にも気づかれないのでは?」
千子の疑問に対してミネルヴァが身もふたもないことを口にするが、竜郎は気が進まない。
「手を出すなら自分たちの物にしたらがいいな」
「私たちの物になったらどうせ誰も近づけなくなるんだから、貰ってもいいかもだけどねぇ」
ただの気分の問題でしかないが、なんのゆかりもない島の周りから無断で取っていくのは竜郎や愛衣にはズルい気がしてしまったようだ。
「結局ここも買い取りそうな流れになっていますわね。もういっそのこと全部購入してから見て回ってもいい気すらしますわ」
「いやいや、俺だって何でもかんでも買うわけじゃないぞ、フレイヤ。だから全部見て決めないといけないんだ」
「そうそう。なんか旅行みたいで楽しいしね」
それはもう旅行がメインでは? とも思ったが、フレイヤは面倒なので口にすることはなかった。
「ではここも候補の一つに入れたままということでよろしいですね。しかし海の中が目当てとなると、この島自体は購入した場合どう改造するのがいいんでしょうね」
「もし購入したなら海産資源を取りにくる島になりそうだし、いっそのこと島内で畜産や養殖をしてもいいかもしれないな。
嵐や竜巻対策ならどうとでもできる上に、魔物たちなら嵐の中でも問題ないだろうし」
「こちらでも育てられる場所があるというのはいいかもしれませんね。
秘密のレストランに卸す食材関係の施設を、まとめてここに作ってしまうというのはありかもしれません」
「ご主人様の《強化改造牧場・改》だと、ご主人様の魔力で育つからびみょ~に味も変わっちゃうしね♪
島内にたいした使い道がないなら、フローラちゃんもそれが良いと思う♪」
大地には特にみるべきものもなく、気候の問題を抱えてはいる島ではある。
だがその代わり島の広さは、これまでのどの島よりも広大だった。
全体的にでこぼこしている陸地ではあるが、魔法などを使えばどうとでも開拓できるため、竜郎たちであればこの広さを余すことなく生かすことも充分に可能だろう。
「よし、ならここも前向きに考えておこう。けど他にもっと相応しい島があるかもしれないから、そっちも早く見てみないといけないな」
念のため目視で一回りしてみたが、島の内部には特に面白いものは何もない。
「じゃ次行ってみよー」
「おー」「「うっうー!」」
ならば工業地域のように食品特化の島として開発してしまうほうがいいだろうという結論をつけると、竜郎たちはニーナや楓、菖蒲のはしゃぐ声を耳にしながら、四つ目の島へと向かっていった。
次も木曜日更新予定です!




