第352話 創設記念パーティ2
王侯貴族たちとのやりとりを終えると、儀礼的にそれを待っていた面々が今度は竜郎たちのことを本格的に意識し、冒険者や商人たちの間で誰が最初に行くのか空気読みがはじまった。
だがやはりこういうとき強いのは、空気が読めないある種の強者だ。
「よぉ兄弟! やってるか!」
「え? ああ、はい」
「「くましゃん!」」
馴染みの居酒屋に入ってくるような勢いで声をかけてきたのは、獣人だけで構成された現在世界で9番目の冒険者パーティ『ガリウン』のリーダー──クマ獣人ゴンサロ。
口の周りには整えた立派なヒゲが生え、頭にはクマの耳を生やした大男。
だが含みが一切ない素直な感情だけを前面に出し豪快に笑っているため、強面なのにどこか愛嬌のある人物だ。
ふわふわしていそうなクマ耳に楓と菖蒲が触りたそうに手を伸ばすと、「なんだ? 触りてーのか?」としゃがんで耳を二人に触らせてくれる。
「「ふわわ!」」
「がははっ、ふわっふわでいいだろう。毎日手入れは欠かしてないからな!」
「すいません、うちの子がいきなり……」
「なになに、子供はこれくらい素直な方が可愛くていいってもんだ!」
竜郎が遠慮なく触る子供たちに代わって謝るが、ゴンサロはまったく気にした様子もなく、無邪気にはしゃぐ楓と菖蒲に目を細め豪快に笑っている。
竜郎や愛衣からしても、非常に好感の持てる人物だった。
「今日からしばらくここを根城にしようと思ってやって来た、ガリウンのリーダーのゴンサロだ。よろしくな」
「僕は竜郎です、よろしくお願いします」
「愛衣だよ! よろしく~」
他にもゴンサロの後ろにいた数人の仲間たちを紹介された。他のメンバーは堅苦しいパーティより屋台の方で楽しんでいる。
そもそも会場はかなり広いとはいえ、王侯貴族や商人たちに加え大所帯の冒険者パーティ全員が入れるようなキャパでもないので、団体には人数制限もかかってもいるという背景もある。
「いや、何にしてもここは飯も酒も美味いのなんの。びっくりだ。下手したらここに住みついちまうかもしれないぞ」
「いやゴンサロ。ここで出されてんのは目玉が飛び出るくれーたけーもんばっかだぞ。
いくら俺たちがそれなりに稼いでるっつっても、ばかすかこんな料理ばっか食ってたら破産しちまうわ」
眼鏡をかけたインテリ系の猿獣人の男性──ハビエルがそういって、食の限りを尽くしそうな勢いのリーダーをいさめ、無駄遣いは許さないと目を光らせた。
彼が唯一そういうところに気がいくため、ガリウンのお財布を握っているのだ。
「富裕層の区画ならそうですけど、一般区画の屋台が立ち並ぶ辺りは比較的安く飲み食いできますよ。
ここまで贅は凝らしてませんが、味は他の町より上だと断言できます」
「本当か! そりゃ楽しみだ! やっぱ人間、食をおろそかにしちゃあいけねーからな!」
「まったく、ほどほどにしてくれよ」
パーティ内の雰囲気も心地よく、非常に仲のいい空気感に竜郎たちまで笑顔が浮かぶ。
「ゴンサロさんたちは、ここにはやっぱりエリクサーとかアンブロシアの話を聞いてきたの?」
「ああ、そうだ。俺たちみてーな職業は命がけだからな。
いざってときにそんなスゲー切り札があるなら、それほど心強いこともない。
絶対に一つは確保しておきたいものだ」
「あ、そうそう。アイちゃん? だったよね。ここのダンジョンは死なないっていうのは、ほんとにほんとなの?」
ガリウンメンバーの紅一点。リス系獣人の可愛らしい顔立ちをした女性──フリアが気さくに愛衣へ問いかけてきた。
ダンジョンで死んでも生きられるというのが、いくら説明されても信じられないようだ。
「うん、ほんとだよ! ああでも、その代わりレベルが犠牲になっちゃうから気を付けてね」
「へぇ~! やっぱほんとなんだ! とんでもないね、ここのダンジョンは。こりゃ一杯稼いでいかないとだ」
信じていなかったのだが、彼女も世界最高ランクの冒険者の言葉を疑うことはなかった。
彼らも一般的には相当な上位の実力を持った者たち。竜郎や愛衣はもちろん、楓や菖蒲たちからすら並々ならなぬ雰囲気を感じ取り、それだけの強者がここまで断言するならと受け入れた。
ただし死ぬ原因になった傷はなくなっても、その前までに負った傷は治らない。
入り口周辺にはすぐ治療できるよう医療施設を設けているが、そこだけは注意してくれと竜郎が愛衣の言葉に補足を入れた。
『この人らは話しやすいな』
『だねぇ。お偉いさんたちと違って肩ひじ張らなくていいし楽ちんだ』
彼らと気さくに会話を楽しむと、最後に「何か協力が必要なときは言ってくれよ! 俺らも困ったら頼るからな!」と熟練の冒険者たちから言われ「もちろん」と返して互いに別れた。
最初のきっかけをガリウンがこじ開けてくれたことで、それからはせきを切ったように冒険者たちや商人たちから挨拶されることになる。その中には──。
「この度はお招きありがとうございます。タツロウくん、アイちゃん……と呼んでしまったら、もう失礼かしら」
「いえ、そのままでいいですよ。シェリルさん」
「私も、おまねきいただき、ありがとうございます」
少し幼い感じの話し方だが、しっかりとかまずに言い切った。
「キャルちゃんも久しぶりー。ちょっと背が伸びたかな?」
「うん! たくさん伸びたよ。今伸び盛りなの」
「そっかそっか」
「「きゃう?」」
「そう、キャルだよ。覚えててくれてありがとう」
彼女たち母娘は、《良縁》という稀少なスキルを持ったシェリル・オールディスと、《強運》というこれまた稀少なスキルを持ったキャル・オールディス。
それ自体が大きな王国となっているカルラルブ大陸に来訪した際に、ガーポン車と呼ばれる砂漠の交通手段を使ったとき知り合った者たち。
彼女たちの夫もしくは父親は、カルラルブ王都の商会ギルドの長をしているため、その縁で珍しいスパイスの取り寄せなど融通を利かせてもらっていたりする仲である。
彼女たちの家も大商家といっていい家柄なため、ちょうどいいと竜郎たち側から招待したのだ。
「我が家もそれなりに融通してもらっていた方ではあったのでしょうけど、やはり本場は凄まじいわ。何を食べても美味しすぎるもの」
「ほんとにそう! キャルここに住みたくなっちゃった!」
「もう、そんなことを言ったらお父さんが泣いてしまうわよ」
「うぅ……それはキャルも嫌だなぁ。お父さんも大好きだもん」
彼女たちの父親も誘ったのだが、カルラルブ王都での仕事が忙しくどうしても来られなかった。
「今度は私たちが会いにいくから、そのときに美味しいもの持っていってあげるね。
もちろんキャルちゃんのお父さんの分も」
「ほんと! お姉ちゃん大好きー♪」
「「マッマ! しゅき~」」
愛衣に抱き着くキャルを見て、楓と菖蒲は私たちのママだぞとばかりに足に抱き着いた。
愛衣も三人とも大好きだよーと、屈託のない笑みを浮かべて彼女たちを抱きしめ返し、竜郎はそんな愛衣をみて「俺の彼女マジ天使」と菩薩のようなアルカイックスマイルを浮かべ、「相変わらず仲がいいのね、お二人は」とシェリルが微笑まし気な視線を向けた。
旧交を温めつつ、愛衣がオススメの料理を紹介したりして会話を弾ませていたがまだあとがつかえているため、また今度たくさん話そうと竜郎が出会ったときに渡した飴から更に改良が加わった飴をこっそり二人に渡して別れた。、
それからも挨拶の波は止まらず、竜郎と愛衣が少し気疲れしてきた頃に彼らもやってきた。
「はじめまして。タツロウさん、アイさん。冒険者パーティ『ディオノルム』を率いているインベルだ」
「私は彼の妻であり副リーダーを務めているルシオノーラよ」
「息子のアブルムです。よろしく」
美しい顔をした金色が強いプラチナブロンドの短髪の男性にして、水神から創造された〝元〟クリアエルフのインベル。
腰まで伸びたインベルと似た髪色をした長髪の女性にして、火神から創造された〝元〟クリアエルフのルシオノーラ。
二人は夫婦であり、彼らが愛し合った結果クリアエルフでなくなり、その息子の高位エルフのアブルムが生まれたという経歴を持つ。
ついに来たかとディオノルム側から声をかけた瞬間、会場の意識がそちらに集中する。
彼らディオノルムこそ、竜郎たちが世界最高ランクにつく前までその地位にいた〝元〟最強の冒険者パーティだ。
彼らは世界一有名な冒険者パーティなため、次代の最強たちとどのような会話がされるのか皆気になるようだった。
そんな微妙な空気が流れる雰囲気の中でも気にせず、竜と鬼人の間に亜竜として生まれ下級竜に至った細身の男性──ガウォンニ。
高校生くらいの見た目で、赤茶色の長い髪をしたエルフのような長い耳と、髪と同じ色の竜翼を持つ、火と土の属性を強く持った生まれながらの下級竜の女性──キウィディノー。
「「とらしゃん?」」
「オレは虎と獅子のミックスだよ。ちびっ子」
「「う?」」
男性にも見えそうな筋肉質で立派な体格。背は二メートル以上で目付きも鋭い。
モコモコと毛量の多い琥珀色に黒メッシュが入った髪を無造作に伸ばした女性──カンデラリア。
その6名でディオノルムはこのパーティに参加していた。
ディオノルム傘下の二軍三軍戦力や補助要員たちは、近くの町で滞留している。
見た目は下手をしたらガリウンのゴンサロよりもおっかないカンデラリアにも、物怖じせず耳を触りたそうに手を伸ばす楓と菖蒲に対し、彼女は「なんだ? 耳なんか触っても面白くねーぞ?」などと言いながらも二人をひょいと持ち上げ触らせてくれた。
彼女は面倒見のいい姉御肌な性格なため、中身を知れば懐いてくれる子も多かった。
だが初見でここまで近づいてきた子はまずおらず、カンデラリアもまんざらでもなさそうに楓と菖蒲の相手をしている。
その一方で竜郎と愛衣を神が生み出した神造種──ではないかと考えているインベルたちは、隠しているが神力や強大な竜力を感じ取り、やはり間違いではなかったかと少し緊張で表情を硬くし確信を持つ。
元とはいえクリアエリフだった二人は神力に敏感なため、ここまで近づけばさすがに理解できた。
アブルムは確証はもてていないようだが、クリアエルフ同士の子だけあり、二人の奥底にある強大な力を感じ取れていた。
そしてガウォンニとキウィディノーの下級竜の二人は、竜郎と愛衣の隠している力もそれなりに感じていながらも、視線は楓と菖蒲に釘付けだった。
二人はどう見ても竜基準では乳児レベルのちびっ子たちなのに、この場で頭を下げたくなるほどの異様なカリスマ性のようなものを感じていた。
「突然こんなことを聞いて申し訳ないんだが、この子たちはその……お二人の子供なのか?」
「「あう! パッパ、マッマ!」」
「おいこら、オレの耳を乱暴に扱うんじゃねぇよ。にしてもチビのくせに力つえーな」
さきに楓と菖蒲が同時に答えてくれたが、竜郎が改めて口にする。
「そうですね。この子たちも、大切な子供たちです」
「ほ、他にもこの子たちみたいな御方がいるんだ……ははは……」
存在しなかった未知の種とはいえ、竜王種とそれに最も近い亜種の楓と菖蒲。
下級竜では雲の上の存在すぎてそこまでは理解していないが、確実に上級竜の中でも上澄みの存在の幼竜。そういった化け物級の存在が他にもいると言外に語る竜郎に、乾いた笑みを竜種の二人は浮かべていた。
この竜郎と愛衣という人間は、それをポンポン生みだせるさらに上位存在なんだと嫌というほど理解し、理解することを放棄する。
そういうのはリーダーたちに任せりゃいいやとぶん投げた。
任せられたインベルとルシオノーラは、強さを理解していながらも強者を好むがゆえに頓着しないカンデラレリアの性格を羨ましく思う。
「しばらくこの町──エリュシオンに滞在することになるから、また会うこともあるだろうと挨拶に来たんだ。忙しそうなときにすまない」
「いえ、こちらもディオノルムの名はよく聞いていましたから、お会いできて嬉しいです。
皆さんも、エリクサーやアンブロシアを目的にダンジョンに行かれるんですか?」
「え、ええ、そうするつもりよ。ご迷惑じゃ…………ないわよね?」
見た目には誤魔化されないぞと、神造種だと完全に思い込んだルシオノーラは、邪魔になってはいけないとうかがいを立ててきた。
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ、ルシオノーラさん! 私たちは歓迎だから!」
「ほ、ほんとうに? ありがとう、アイさん」
「愛衣でいいよ」
「そんな気易くは……いいえ、分かったわ。なら私のことも呼び捨てで呼んで、アイ」
「うん、分かった!」
愛衣の笑顔に裏表などないと長年の経験で理解し、それと同時に無垢な彼女を守らなければと謎の使命感にかられ、ルシオノーラは愛衣と仲良くなることを決めた。
変な大人に騙されて悲しい目に合わないように。それが長年生きてきた自分のような大人の役割。同じ神によって創り出された存在の使命だと。
「なら俺のこともインベルと呼んでほしい。敬語も不要だ」
「そうです──そうか? ならこっちも竜郎と呼んでほしい」
インベルも竜郎たちに拒絶されている感じは一切ないと理解し、もし何か人や国のしがらみで面倒なことがあれば、自分たちが盾になろうとこちらも謎の使命感を燃やしはじめた。
彼らこそ世界の、人類の守り手。余計な些末事にとらわれないようにと。
そんなインベルたちの内心を知らずとも世界最高位クラスの冒険者たちの間で交わされた握手は、王侯貴族ですら感じ入っていた。
これで人の世は何が出てこようと絶対に安泰だという熱い信頼から、世紀の瞬間を目撃したのだと喜びもした。
アブルムは若干一名持て余しているようだが、空気を読んで大人しくしている。
だがディオノルムにも、空気の読めない人物もいた。
「なあなあ、そういえばそっちのパーティにはアテナっていうトラ獣人系の奴もいるんだろ?」
カンデラリアだ。なぜ彼女がいるのかといえば、この話題をどうしても竜郎たちに振りたかったからに他ならない。かなり強引にインベルたちについてきた。
「え。うん、いるよ。それがどうかしたの?」
「いや同じトラの因子を持つオレとしちゃ、是非戦ってみてーのよ。
聞いてる限りじゃオレなんて相手になんないだろうけどよ、アテナと全力で戦いてーんだ。この通りだ! 頼むよ!!」
「「あう~?」」
『おーい、アテナ。今ちょっといいか?』
『別にいいっすよ。なんすか? とーさん』
『実は──』
念話で本人に直接聞いた方が速いとアテナにカンデラリアのことを話していく。
『へぇ、強い奴と戦いたいっていうのは、あたしもよく分かるっす。全然いいっすよ』
『分かった。じゃあそう伝えておくな』
考え込むように少し黙ってしまった竜郎を見て、インベルとルシオノーラがいきなりすぎるだろうとお説教をはじめそうだったので、急いで会話に割って入っていく。
「あの子なら大丈夫だ。カンデラリアみたいに戦うことが好きな子だから」
「ほんとか!? ありがてぇ! やっぱ同じトラの因子を持つ者同士気が合うじゃねぇの。
オレはいつでも待ってるって伝えておいてくれ!!」
「ああ、分かった」
アテナに直接そう伝えると、『なかなかいきがよさそうで楽しみっす』と少し火をつけてしまったようなので、竜郎は『ほどほどにな』と念のため注意をしておいた。
そうしてはじめての元世界最高ランクの冒険者たちとの邂逅も、一部勘違いをうみながらも概ね上手くいき、エリュシオンの創設を祝うパーティは幕を閉じたのであった。
これにて第十八章 エリュシオン解放編は終了です。ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
本章では豆の美味しい魔物食材を絡めつつ、ここまで引っ張ってきた竜郎たちのダンジョンの町エリュシオンの完成までを描きました。
エーゲリアの娘のほうの話にも──とは思ったのですが、まだイシュタルの方で忙しいかなと思い直し、もう少しだけ後に回すことに決めました。
次章は久しぶりに地球の方の話も進めて行こうかなと思っています。あちらでも竜郎たちの食を本格的に広める予定です。
そして次章ですが、二週間ほどお休みをいただきたいと思います。
なので十九章の開始は、9月21日(木)からの再会を予定しています。
それだはまた、次章もお会いできることを願っております。




