第351話 創設記念パーティ1
エリクサーとアンブロシアというダンジョンの特産品の宣伝も大反響のまま終わり、その後も終始お祝いムードで和やかに式典は閉幕する。
リオンやルイーズのおかげで竜郎は本当に、最初の領主代表挨拶以外はずっと観客でいられた。
『でもまだパーティーが残ってるのか。お偉いさんばっかりだし、普通に俺たちもこっちの会場でいいんだけどな』
これから竜郎たちは創設記念パーティーのために、エリュシオンの迎賓館へ移動することになっている。
そちらはハウルやリオンといった王族や国内の有力貴族。国外から招いた賓客に高ランクの冒険者や超がつくほどの大商人など、国内外で強い影響力を持つ者たちばかりが集う立食パーティだ。
『こっちの方がお祭りみたいで楽しそうなんだけどねぇ』
その立食パーティでは、もちろん美味しい魔物食材を使った豪華な食事が用意されている。
だが竜郎たちとしては、この式典会場のある広場で繰り広げられている、お祭りのように立ち並びはじめた屋台の方が気になっていた。
小市民的な感覚がまだ残っている竜郎たちからすると、お偉いさんたちの中で優雅に食事を楽しむよりも、仲間たちとわいわい屋台を回る方が楽しいと思ってしまうのだ。
「「あうあ!」」
「ごめんな、俺たちはそっちじゃないんだ」
「美味しいものはこれから行くところにもあるから、我慢してね」
「「う~?」」
準備が終わった屋台から順次料理を作りはじめ、お腹がすくような香りが竜郎たちのいる場所にまで漂ってくる。
楓と菖蒲はその香りに吸い寄せられるように、めかしこんだ格好の竜郎や愛衣の裾をひっぱり早く行こうと急かしてくるが、この領地を所持する者という立場的にそうもいかず、竜郎は菖蒲を、愛衣が楓を抱っこして言い聞かせる。
なんで行かないの? と不思議そうな表情をされるが、とりあえずここではない場所で食事をするということは伝わり、大人しく竜郎と愛衣にしがみつくように甘えだす。
『普通の美味しい魔物食材の料理ならいつでも食べられるから、こっちの変わり種の方がむしろ気になるんだけどな』
『贅沢な話ではあるんだろうけどねぇ。ああいうのは町の方が落ち着いたら食べに行ってみよ』
『だな』
屋台では本来の食材であれば生ごみとして捨ててしまうような箇所も、美味しい魔物食材ならまだ使い倒せる。
そんな考えの元、創意工夫で作られたジャンキーな屋台料理は是非とも食べ歩きたいところ。
竜郎たちの普段の食事では逆に、そういったものこそ出てこないからと。
ちびっ子たちを抱っこしたまま、完全にお祭りムードで盛り上がる町人たちの熱気を背に、竜郎たちは迎賓館へと移動した。
迎賓館に用意された会場では、ビュッフェ形式で様々な料理が並べられていた。
何人もの使用人が行き来し、料理の追加や飲み物の配膳などと忙しそう。
どんな料理を出して、どれだけ食材が必要なのかと相談もされていたため、何の料理がどこに配置されているのかまで竜郎たちは全て把握している。
そういった主催者側だからこその新鮮味の無さも、二人を屋台の方へと掻き立てていたのだろう。
ここではリオンでなくハウル王自ら挨拶をし、設立記念パーティの乾杯の音頭を取った。
竜郎たちも挨拶をするかと事前に聞かれていたが、断っていたのでそこでも特に見ているだけだった。
「「かんぱーい」」
「「ぱんぱーー」」
竜郎と愛衣は楓と菖蒲が持つ小さなグラスにコツンとグラスを当てて、果物のジュースを飲んでいく。
遅れてちびたちも真似をして、冷えたジュースをクピクピと可愛らしく嚥下していく。
「な、なんだこの酒はっ」
「なんて名前の酒なんだ!?」
などと驚きのあまり叫んでいる人たちは、竜郎たちが降ろした酒竜製の美酒を口にした者たちだ。
身内の酒好きたちが太鼓判を押した自信作ばかりなため、舌の肥えた賓客たちも思わず声を上げる会心のできだ。
そのことに満足しながら、楓と菖蒲に何が食べたいかと聞きながらメイドが渡してくれた取り皿を手にフラフラしていると早速声を掛けられた。
「堅苦しい席ばかりに呼んですまないな。タツロウ、アイ」
最初に声をかけてきたのは、やはりこの町の創設に当たって尽力してくれた1人──ハウル王。
この大陸でもっとも大きな国。世界全体で見ても、上位の大国の中に含まれるカサピスティ王国。
それを思えばたとえ他国の王であろうと、こういった席では彼が最も序列が高い存在になることが多い。
そんな彼が声をかけなければ、他の者が声をかけづらい雰囲気だったのだ。
「いえ、もとはといえばこっちが作りたいといって色々と無理を言ったわけですし、式典やそのパーティには出席しますよ」
先ほどまで屋台に気を持っていかれていたことなどおくびも出さず、竜郎は当然だとばかりに笑みを浮かべて応対する。
そのまま二、三言葉を交わしたところで、そのすぐ後ろにいたリオンとルイーズに話相手が移っていく。
この二人とは既に広場のほうで話しているので、「やあ」くらいの気軽い挨拶をかわし、このカサピスティ王家の団体の最後列にいた男をリオンが手招きして呼び寄せる。
「彼がどうしてもタツロウたちに礼が言いたいというから、連れてきたんだ」
「えっと確か──」
「──ブラント・ヘンルでございます」
「ああ! あのエリクサーのときの人だよね」
エリクサーのデモンストレーションで呪いによる部位欠損を治癒したエルフの優秀な土魔法使い──ブラント・ヘンル。
愛衣の記憶力が怪しかったわけではなく、単純に恰好が違ったためすぐに分からなかった。
元気になったところを少し見ただけなので、未だ竜郎たちの印象は手足の無い彼の姿が印象に残っている──というのもあるが、髪をしっかりと調えあげ王族直下の兵を示すカサピスティのシンボルの入ったマントを着こなし、衣服もしっかりとしたフォーマルなものに。
身支度を整える余裕のなかった頃と比べると、今の彼はどこから見ても立派なカサピスティ王家の忠臣だ。
「はい。あれはもともとハサミ様方のものであったと聞いております。
このように私が元の身体を取り戻せたのも、ひとえにあなた方のおかげでもあるのです。本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ですよ。むしろ弱みに付け込んで見世物みたいなことをさせて申し訳なかったです」
「何をおっしゃいますか。その程度のことであの痛みと失った肉体を取り戻せるのなら、何ということもありません!
むしろ必要とあれば、この手足をもう一度斬り落としてでも同じことをしてみせましょう」
「いやいや、せっかく治ったんだから大事にしてよ。けっこう時間が経ったけど、体に変なとことかない?」
「変どころかむしろ全盛期の頃すら超えているのではと思うほどに、力に満ち溢れていると感じるくらいです」
「なら良かったです。こっちでも調べてはいますが、まだまだ使った人は少ないですからね」
たとえ豆アレルギーだろうと、エリクサーやアンブロシアならその反応を捻じ伏せて肉体を治癒、もしくは強化するので問題がないことは分かっている。
だが呪いを解いたうえでという症例はまだ確認してなかったため、もし何かあればすぐに我々を頼ってくれと竜郎は伝えておいた。
「何から何まで……本当に……ありがとうございます……」
深々と頭を下げる彼の礼をしっかりと受け取ると、ハウルとリオンたち一行の団体は離れていった。
その後はせきを切ったように、まずは王族や貴族階級の人たちから挨拶をされることになる。
子供たちにはさりげなく食べ物を渡しているが、竜郎と愛衣は食べる余裕すらなく応対に追われた。
そんな王侯貴族の中で一番印象的だったのは、竜郎たちが最初にこの異世界にやってきたときの国。竜郎がこの世界の年代の基準に勝手にしているヘルダムド王国の国王………………ではなく第一王子のチャールズ・フィンド・ヘルダムド。
かつてヘルダムド内で活動していたときに巻き込まれた、はた迷惑な事件について改めて謝罪されたり、彼の国内の一領地ホルムズの職人たちにこの町の仕事を任せてくれたことへの礼などいろいろと。
彼は中々の好青年で、竜郎たちとも打ち解けたムードで話すことができていた。
そんな彼が最後に「自分ばかり時間を使っては恨まれてしまいますので……」と周りを気にしながら口を開いた。
「本当なら父が──王オドアケル陛下が来たがっていたのですが、さすがに来れず残念がっていました。それで……その……」
これまで流暢に話していた彼にしては珍しく奇妙な間をあけ、言いづらそうにその先を続けていく。
「我が国の国王陛下は英雄と呼ばれるような人たちに、純粋に憧れのようなものを持っている方でして……」
「はあ、そうなんですね」
「そうなのです。そのことになると少し周りが見えなくなる程度に、憧れが強い人なのです。
そこでですね。手形を……とまではいいません。できれば我が国の王のために、サインをしていただけないでしょうか?」
「さ、サインですか? それは何かの契約とかのではなく……?」
「はい……。行けないのならせめてそれくらいはと頼まれまして……」
「私のは別にいいのかな?」
「いえ、お二人とも書いていただけると、その……ほんとうに私も助かるのですが……。もちろんタダとは言いませんので……」
チャールズ王子の脳裏には頼まれたなどとは程遠い、むしろ脅しに近い言い回しで押し付けられたミッションだっただけに、非常に気が重そうだ。
いきなりこんなことを頼むなんて失礼だろう──といった様子で。
『なんかお父さんのせいで大変みたいだし書いてあげようよ、たつろー』
『そうだな。変な王様みたいだからあんまり会いたくないけど、このチャールズっていう人はなんか上手くやっていけそうだしな。
それにホルムズの職人の人たちとは、これからも仲良くしたいから、その国の王族と仲がいいに越したことはないだろうし』
サインを使って良からぬことをという様子は当然ない。
竜郎たちにそんなことができるわけもなく、もしできたとしても世界最高ランクの冒険者に喧嘩を売れば冒険者ギルドはもちろん他国にまで非難されてしまう。
ただのコレクションにというのならと、チャールズの使用人が持ってきたガラスのケースの中に入った、立派な金箔で装飾された豪華な色紙を一枚ずつ受け取った。
『サインと言われても芸能人じゃないから適当に名前を書いておけばいいか』
『漢字で書いたらビックリするかな?』
『どこの国の文字だと言われても面倒だし、ヘルダムドの国の言葉に変換したほうがいいだろう』
『りょーかい』
向こうがさらに渡してきた劣化防止の魔法まで込められた、魔道具のペンとインクを手に二人はできるだけ丁寧に綺麗な字を心掛けて書いていった。
「これでいいですか? チャールズ王子」
「私のはこっちね。はいどーぞ」
「ああっ、お二人とも本当に助かりました! この礼は必ずっ」
「ただサインを書いただけなので、そこまで気にしなくても──」
「──いえ、そういうわけにはいきません」
報酬云々の話をこの場でするのは周りの迷惑ということで、彼はちゃっかりと次の約束まで取りつけてから去っていった。
リオンはそれを見て、「あいつやるな」と密かにヘルダムドの次代の王と見なされるチャールズ王子の評価を一段上げた。
また竜郎たちの中での、ヘルダムド国王──オドアケル・フィンス・ヘルダムドの評価が一段下がった。
そんな事とも知らずにオドアケルは竜郎たちに会えなかったことを悔しみながら、次の機会を伺いつつ、息子が持ってきてくれるであろうサイン色紙に想いをはせ……公務に勤しんでいた。
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