第347話 味付け決定
気の重くなるような問題も後は丸投げすればいいだけとなり、なんとか解決に導けた。
あのマルスソムになりかけていた魔物たちは、竜郎の従魔に一度してから正和に預けている。
竜郎が風のクリアエルフ──セテプエンルティステルの相棒、ウゴー君の治療に使っているスキルを使えば、彼よりも簡単に性質を変えていくこともできるが、そこは正和のやる気に任せることにした。
その方が何かイレギュラーなことが起きて、プラスに働くこともあるかもしれないという期待も込めて。
それからまた数日が経ち、いよいよサンプル用の『エリクサー』と『アンブロシア』が完成する。
「これが皆さんの要望を聞いて味付けした、『エリクサー』と『アンブロシア』です。味見していってください」
「おお、これがそうか。これで少しは我がダンジョンも栄えてくれるといいのだが……。
まあ今は我が友のおかげで暇を持て余すこともなくなった。だから前ほど望んでいるわけでもないが、やはり我々の使命でもあるからな」
「早く選んで、これをどう使うのが効果的なのか、いろいろと実験していかなければいけませんねー」
この場には竜郎たちと繋がりのできたダンジョンの個たち──シュワちゃん、玉藻、ドロップ、ノワールもいた。
そしてサンプルも同じエリクサーであっても、同じアンブロシアであっても、複数種類リアが用意してくれている。
原材料となっているマメクサーが凄いだけで、これらは言ってしまえば豆乳とおから団子でしかないため味付けもしやすいからと。
これはダンジョン別に違う味の方が、個性が出ていいのではという遊び心が発端となっている。
それぞれ自分のダンジョンには、どんな味の物を出すのか。それを決めるために集まったというわけである。
「ではさっそく、俺の本命をいただかさせてもらおうかね。どれどれ」
「ぼくはこのショーユ味をたべてみるね」
黒猫の姿をしているノワールは、猫用の小さなボウルに注がれたラム酒を味付けに使ったエリクサーを舌でチロチロ舐めはじまる。
一方で雫型の水色スライムに短い手足をつけたような、ゆるキャラのような見た目をしているドロップは、その短い手を伸ばして醤油で味付けされたアンブロシアを口に放り込む。
それを見ながら味見係でやってきた竜郎、愛衣、ニーナ、楓、菖蒲。それに加えてレーラ、フローラ、ヘスティアたちも、それぞれの気になるフレーバーを足されたエリクサー、もしくはアンブロシアを口にしていく。
竜郎は極上蜜とスパイスを少量混ぜたエリクサー。
「お、なんだかエリクサーって感じの……と思ったけど、なんかエナドリみたいな味がするな。まあこれはこれで有りか」
「たつろー。こっちのハーブとレモンで味付けしたアンブロシア、なんか爽やか系でいいかもよ。あーん」
「そうなのか? どれどれ、あーん。ングング……ああ、なんかちょっとおしゃれなスイーツっぽいかもしれないな」
「でしょー」
「ん、それもいいかもしれないけど、こっちも捨てがたい」
「あはは♪ ヘッちゃんは、ほんと甘い物ばっかりだね♪」
「ん、甘い物こそ正義」
ヘスティアがお勧めしてきたのは、黒蜜ときな粉を混ぜ込んだアンブロシア。
片栗粉も入れてモチモチにさせており、白玉に近い弾力も相まって甘い和菓子のようになっている。
「ならこれを飲んでみると、幸せになれるかもしれないね♪ 私が考えてみた味付けだよ♪」
「ん、飲んでみる。ほぁぁああ…………フローラおねーちゃん天才」
「「あう!」」
ヘスティアの甘味センサーを利用して餞別していた楓と菖蒲も、フローラ考案のエリクサーを口にしてはしゃぎだす。
フローラが考案したのは、彼女が考えた特製カラメルシロップを使ったもの。
エリクサーに使うとあって高級感を出すことを目標にしただけあり、一口飲むと上品な甘さが口いっぱいに広がる。
かなり甘めのシロップなのだが、上手く豆乳とカラメルのほんのりとした苦味が包み込んでくれてくどさもない。
甘党でなくても、いくらでも飲めそうな飲料だ。
双方の味を上手くカバーし引き立て合う。そんな完璧なエリクサーだった。
「ほんと美味しいわね……。でももうなんだか、目的が美味しい飲み物やお団子づくりってなってる気がしてるんだけど気のせいかしら。
エリクサーもアンブロシアも凄いのに、このメンバーじゃ効果は二の次ね」
真面目に飲み比べ、食べ比べしていたレーラが、苦笑しながらフローラ考案のエリクサーに口をつけていた。
これにはレーラも、さすがフローラだと感嘆する。
「かー! やっぱ俺はこれがいいねぇ。なあシュワちゃんよ。やっぱりこっちを俺に譲ってくれないか?」
「だめだ! この焼酎割りのエリクサーは、酒竜もいる我がダンジョンに相応しい」
「うーん、まさか焼酎割りがここまで俺好みだとは誤算だったな」
「別にダブっててもいいんじゃないですかー?」
「これは心の友が、我々のダンジョンにも個性をと考えて開いてくれた会でもある。
その想いを無碍になどできない」
「いや、別にそこまで気負わなくてもいいんだが……」
「ぼくのダンジョンのアンブロシアはこれにする!」
シュワちゃんとノワールが、酒で割ったエリクサーで口論している中で、ドロップも自分好みの味を見つけて嬉しそうにしていた。
彼が選んだのはピスタチオを砕いて入れたアンブロシア。水飴も少し入れているおかげで、甘さとモチモチ感も相まって彼の琴線に触れたようだ。
「ああ、ドロップさんはそういう系が好きなんですね。私も好きかもしれません。
ですが、こちらのさつまいも味も捨てがたいですよ」
「あ、それぼくも食べたよ。確かに美味しかった。じゃあじゃあ、こっちの──」
リアはドロップと食の好みが一致しているようで、こちらはこちらで盛り上がっていた。
そして食の好みは意外な所でも一致して──。
「ニーナはこのフルーツの味がするお団子が好きかも」
「おや奇遇ですねー。それを私のダンジョンで出そうと思ってたところなんですよー」
「へーそうなんだ! じゃあニーナ、玉藻ちゃんのダンジョンに遊びに行こうかな」
「いやー、ニーナさんが遊びに来ても面白くないんですけどねー」
「えーなんでー!?」
──ニーナと玉藻は、そんなことを言い合っていた。
一部味の取り合いも発生していたが、おおむね和気あいあいと試食、試飲も終わり、それぞれ気に入ったフレーバーのエリクサーとアンブロシアを選択していった。
ちなみに竜郎たちのダンジョンは、この世界でのエリクサーやアンブロシア発祥……というのは少し烏滸がましいかもしれないが、いちおう総本山となるので味よりもイメージを優先することにした。
もちろん味が悪いというわけではない。
そこで選ばれたのは、エリクサーは竜郎の眷属の魔物であるバラ美ちゃんに分けてもらったバラの蜜と花びらを使ったローズウォーターを使い、そこへ味の調整としてフローラが選んだハーブやスパイスをブレンドしたことで、ほんのりとした甘さの中に華やかな香りが口内から鼻を抜けていく、神々しさすら感じる味わいに仕立て上げた。
アンブロシアも統一するために似たような味付けでまとめ上げ、竜郎たちのダンジョンで見つかるエリクサーやアンブロシアは、非常に奇跡の飲料と食べ物っぽさを演出したものになった。
またシュワちゃんなどは焼酎割りの豆乳エリクサーに、まるで酒の肴とばかりに岩塩を盛り込んだしょっぱいアンブロシアに──と非常にシンプルだ。
「うむ。やはり我がダンジョンではシンプルなのが一番だ」
玉藻は味に意外なほどこだわった。
「効果だけでも人は来てくれそうですけどー、やっぱり美味しければそのぶん自分のところに来てくれるかもしれないじゃないですかー」
とのこと。エリクサーもアンブロシアも、彼女のところは海もあるダンジョンということで、トロピカルなイメージも入れたフルーツ系のものとなった。
普通に効果なしでも飲み食いしたくなる一品だ。
ノワールは、ほんのり香ばしさが香る甘さ控えめのコーヒーリキュールを入れたエリクサー。
アンブロシアはナッツコーヒー風の味付けの物に。
「うちのエリクサーには、これが合うんだよ。
シュワちゃんのところが辛めだから、うちは甘くしておいたのさ。酒は絶対に入れたかったしな」
最後にドロップは抹茶豆乳ラテとしかいいようのない味わいのエリクサーと、リアと盛り上がっていたピスタチオ系のアンブロシアに。
「やっぱりぼくは、この二つの組み合わせがいいかなーって」
「冷静に考えて、それを味わう目的で口にする人はいないと思うんだけど……まあ、今更よね」
「そんなに数を出す予定もないし、よほどの食狂いが噂を聞きつけて……なんてのも難しそうだしな」
「別に美味しい魔物食材ってわけでもないし、このくらいの味の豆乳飲料だとかお団子は普通に作れちゃうしね。
ぶっちゃけ味はオマケだし」
「だねー♪ でもフローラちゃんが考案したのは選ばれなくて残念かなぁ」
「ん、おかしい。あれが一番だったはず。
だから今度はあのカラメルシロップで、プリンアラモードを作ってみるといいかもしれない。是非そうするべき」
「「ぷいん!? たべう!」」
「もう、ヘっちゃんもおチビちゃんたちも食べたいだけでしょう? まあ、いいけどね♪」
プリンだけでにとどまらず、プリンアラモードにするあたりがヘスティアらしいと竜郎と愛衣は笑ってしまう。
それからリアがメモを取り、それぞれの製造魔道具に調整する算段をつけたところで、試食試飲会はお開きとなった。
「じゃあ俺たちは、リオンたちのところにこれを見せに行くか」
「うん。この町のダンジョンでこんなのがー!? ってやりに行かないとだしね」
「ニーナもその役やりたーい」
「別に良いが張り切りすぎないでくれよ? ワザとらしくない感じで頼む」
「任せて! ニーナそういうの得意だから!」
「うーん、これはちょっと不安になってきたかも?」
「「あう……。パッパ、マッマ……ぷ、ぷいんあらもちょ……」」
フローラにプリンアラモードなるオヤツを作ってもらうのに、パパとママはどこ行くの? というような、不安そうな視線を菖蒲と楓に向けられる。
竜郎と愛衣は微笑みながら腰を下ろし、二人の頭をなでた。
「それはフローラが、ちゃんと取っておいてくれるから安心しろ」
「私やたつろーのも、ニーナちゃんの分も作っておいてくれるみたいだしね」
「ふふー、ニーナも楽しみだなぁ」
「「あう!」」
今回のエリクサーとアンブロシアは、竜郎たちのところで見つかったと公表することで、さらなる注目を集めるのが目的だ。
沢山の人が集まれば、その分素晴らしい才能を持った料理人も来たり生まれたりしてくれるかもしれないのだから。
「やっぱり私たちの町は、食の都にもしたいからね」
「ああ、せっかく最高の食材を用意しているんだから、いろんな料理人の人に料理を作ってもらって、俺たちもその恩恵に預かりたいからな」
そのためにも、まずは竜郎たちの町──エリュシオンの代表となるリオンに知らせるのが一番早い。
これが町の宣伝の最後の一押しになるだろうと、竜郎の転移で町の方まで一気に飛んで行った。




