第346話 裏工作と筋書き
竜郎たちの理想の落としどころとしては、マルスソムの件は一切表に情報を出さずに、きっちりと法の名のもとに罪を償わせる。
かつ死の森について教えてくれた、今もゲイリー・ゲインのせいで頭を悩ませている町の不安を完全に解消する。
ここまでいければ、全て丸く収まってくれると考えた。
「まあ償わせるっていっても、もうこいつ一人の命でも償いきれないけどな」
「どう考えても死刑だろうけど、せめてその命を今生きている人のために役立ててほしいね」
「でも国のトップやその周りの考えによっては、処罰したことにして囲う……なんてことはないのかな?
彼の知識はある意味で、使いようによっては為政者も便利に使えそうじゃないかい?」
「あー……そういう面倒なのが王様なりなんなりしてる可能性も、ないわけじゃないですよね」
ここがカサピスティでハウル王に裁定を任せれば、彼は間違いなく死刑を選択するだろうが、解魔法による調査でも突然死と判断されるような毒を作り出せる知識を魅力と捉える者もいる。
その辺りのことも考えて少々面倒ながらもしっかり準備をしていき、それが済んだら最後に死の森近くの、この一件の発端となった町へと向かった。
「えーと……本当に?」
「はい。これが証拠となる資料と、彼らの拠点がある場所を示した地図です
証人というか首謀者や実行犯、共犯者も捕まえたので、そちらで自由に尋問なりなんなりしてください」
「は、はあ……」
冒険者ギルド長のマージェリーは、縛られ猿轡をされた状態で転がっている複数の男女に視線を向ける。
あの森に手を出している者がいると聞いて激怒していた町長も、この状況に理解が追い付かず目を丸くするばかり。
竜郎たちは冒険者ギルドに着くと、ギルド長や町長を呼んで今回の件が分かったと報告し、こちらの都合のいい情報だけを流していった。
まず首謀者であるゲイリー・ゲインは、危険な恐ろしい薬物となる豆を実らせる魔物『マルスソム』の復活……ではなく、『エフェミラル』と彼が名づけ売りさばいた、一つ前の研究。完全犯罪向きの毒薬の、さらなる研究をしていた。
という筋書きに持っていくことにした。
その筋書きの中では、ゲイリーは『エフェミラル』の死後10分経てば毒の痕跡が消えるというものを、ある程度服薬後から死亡するまでの時間を使用者側が調整できる上に、死亡後さらに短い時間で痕跡が消せるような、そんなより完璧で魔法のような毒を目指して研究していた。
そのスポンサーに『エフェミラル』を買い取り気に入った裏の組織がつき、裏組織がさらなる完全な毒薬を手に入れようとしていた。
というように、筋書きではなっている。
『エフェミラルの買い手側の組織も物騒だし、どうせなら一緒に潰しちゃえば一石二鳥だからね』
『ニーナも凄く効率的な方法だなって感心しちゃった!』
まだ魔法で洗脳状態だったゲイリーを竜郎は一度カルディナ城に転移で連れ帰り、ミネルヴァの元へ大量の資料と共に何でも言うことを聞く人形として受け渡した。
ちょうど明瞭簡潔にまとめられた『エフェミラル』の資料もあったので、それも利用して筋書きの証拠となる、それっぽい資料を作って欲しいと頼んだのだ。
エフェミラルは情報が広まれば、逆にその対処法も付随して知ることができるため、隠さずにむしろマルスソムの隠れ蓑に使うのにも都合がよかった。
資料作りにはミネルヴァだけでなく、レーラと竜大陸のドルシオン王国から引き取った竜──ネオスも協力してくれた。
レーラは彼女も知らない未知の情報を読み漁るためという欲望から、ネオスは竜郎たちの役に立ちたいからと健気な感情から。
魔竜から人間の竜に至ったほどのネオスの頭脳も冴え渡り、三人で協力して穴のない実にそれっぽい、真実を知らなければ信じるに足るだけの根拠と信憑性を持たせた資料ができあがった。
そして彼女たちが資料を作ってくれている間に、竜郎たちはもう一仕事。
ゲイリーから聞いた情報を元に、竜郎たちは『エフェミラル』を大金を投じて買い取った組織を探した。
ゲイリーがエフェミラルの製造法を売る相手を見極める際には、ストーカーも真っ青なほど執拗に情報を調べてから行っていたため、彼の知っている頃とは別の拠点に移っていたが、それほど苦労することなくボスとその側近、毒薬製造の責任者を攫ってこられた。
当然彼ら彼女らにも洗脳をかけ、情報を念入りに聞き出し、エフェミラルを使った犯罪を中心に悪行を詳らかにしてまとめ上げた。
証拠も拠点から持ってきたので完璧だ。
後は彼の組織がゲイリーの共犯者であるという証拠をでっち上げ、洗脳で深層心理から書き換える勢いで認識も上書きして、組織側の人間たちに本心からそうであったと思い込ませた。
続いてその足で今度は死の森に町や国の許可なく踏み入って、ゲイリーからの依頼を請け負っていた冒険者崩れの五人組も捕縛。
こちらも洗脳で情報を聞き出したが、本当にそれが何に使われていたのか知らないどころか興味もなかったようで、金さえ貰えればいいというスタンスで引き受けていた。
ならば認識の上書きは別にいいかと、こちらは実行犯としてそのまま突き出すことにした。
あとはカルディナ城に戻って資料を受け取り、竜郎が魔法でそれっぽくミネルヴァたちの指示通りに、資料別に細かく調整しながら経年劣化させ、何年にも渡って書かれた研究資料のように見た目もでっちあげる。
裏組織の拠点で作られていたエフェミラルと、カポスの毒豆を使ってそれっぽい成果物も作って証拠に加えておく。
最後にゲイリー・ゲイン。彼は証拠や資料のでっちあげにも協力させ終わり、完全に用済みとなった。
彼自身の頭の中からもマルスソムに関する全てを、呪と闇の魔法で別の情報で上書きし、心の底から自分は裏の組織と組んでエフェミラルを超える最高の毒の研究をしていたと、今では錯覚している。
最悪思いだしても洗脳状態の際に、竜郎の契約魔法で勝手に不利な契約が結ばれているので、そちらも破らなければ一生口にすることも考えることすらもできない。
どうせやったことからすれば、どこの国の法であろうと確実に死刑が言い渡されるだけの数の人を殺めてきた男。
殺人だけでなく他にも吐き気を催すような悪行を、研究のためという免罪符のもと嬉々としてやってきた異常者だ。
なので竜郎は何の憐憫の情も抱かずに、そこまで徹底的にゲイリー・ゲインという個を歪めることができた。
「さらにこのゲイリーという男ですが、研究が完成すると実験したがる性格の持ち主です。
この町や他の町で、またエフェミラルのときと同様の……いえ、それ以上の犠牲者を出すような人体実験の計画も練っていたようです」
「なんですって!?」
「そ、それは本当なのですか!?」
困惑していたギルド長や町長も、さすがに聞き流せなかったのか大きな声を上げて、床に転がるゲイリーを睨みつける。
「ええ、本人もそう自供していましたからね……。
僕らはたまたまその情報に行きついたのですが、そうなる前に捕まえられてホッとしています」
「本当に何と礼を言えばいいのか……。ではこの者たちを捕らえたことで、死の森の方も……?」
「はい、これ以上クシャスの縄張りが広がることはないでしょう。
あの場所を踏み荒らしていた連中も、無事に捕まえられましたので」
「さすが世界最高の冒険者……といったところでしょうか。
私たちが何もできず右往左往していた間に、根こそぎ問題を引っこ抜いてきてしまうなんて……改めてその意味を思い知らされましたわ」
世界最高ランクの冒険者という肩書もあって、竜郎たちの言葉は疑われることなくマージェリーも町長も信じてくれた。
実際にこれから竜郎たちが用意した関係者や証拠を元に裏付けしていくことにはなるが、そちらの偽造に気づくこともまずないといっていい。
その道の研究者であろうと、たとえゲイリー本人であろうと、裏の事情を知らなければ信じてしまえるだけの完璧な物を、ミネルヴァたちが作ってくれたのだから。
「実行犯はまだしも、ゲイリーを含め他の者たちはどうなりますかね?」
「間違いなく死罪かと」
「死刑に決まってます! こんな奴ら実行犯も含めて、今ここで俺が殺してやりたいくらいだ!!」
町長はようやく事態を呑み込み終わったのか、禿頭の頭まで真っ赤にしながらテーブルを叩き、怒りをあらわにした。
一緒に聞いていた町の役人やギルド職員たちも、そこまで露骨でないにしろ、ゲイリーたちに侮蔑や怒りの視線を向けている。
だがそんな熱くなってきていた彼ら彼女らを、冒険者ギルド長であるマージェリーが落ち着かせていった。
彼女も怒っていないわけではないが、町長の怒りを見て逆に冷静になれたようだ。
「さすがにこの町だけの問題ではない、規模の大きな犯罪です。
なのでこの件は国が預かり、最終的にそちらが処罰を下すことになるでしょう。
まさかこれほどの大犯罪が、こんな何もない町の近くで行われていたなんて……寒気がします」
「あの……こういうことを言うと気を悪くされるかもしれないんですが……一ついいですか?」
「はい。遠慮なく聞いてくださいませ」
「この国の王やその周りの人たちは、この男たちを正しく裁くような人たちですか?」
「それはいったい………………ああ、ゲイリー・ゲインの能力を欲しがらないか。ということですね?」
「はい。正直そいつを野放しにするのは危険ですからね。
下手な欲を出して逃がしてしまった日には目も当てられません。逃げるのも得意なようですし。
僕らはこの国の王を知りません。ですからマージェリーさんや町長たちから見て、この国は、この男たちをどう扱うと思うか聞きたいんです」
「犯罪を暴き捕縛した側としては、当然気になることだと思います。
しかし私が知る限りでは、この国はそこまで腐ってはいないはずです。ですよね、町長?」
「え? あ、ああ。俺たち一般人から見ても、ちゃんとした王様かと……」
さすがに下手なことは言えないと、町に所属している側の町長は不敬だと評価をハッキリ口にできず、言いづらそうにしていた。
だがそちらの反応を見ても大罪人すら利用し、懐に収めようとする国ではないようだ。
そう竜郎は判断し、安堵する。
『良かった。俺の仕掛けを発動させずに済みそうだ。
ここまで関わっておきながら、自分の手を汚したくないっていうのは卑怯かもしれないが、できれば自分自身で人を殺したくなんてないからな』
『うん、それでいいよ。だって私たちには地球での生活だってあるんだから。
簡単にそれができるようになっちゃったら、きっと周りからもっと浮いてきちゃうと思うよ』
『だよな。今でも大概、こっちの世界の力のおかげで常識が壊れてきてるわけだし』
もしもゲイリーが処罰されたと公表されておきながら生きていた場合、竜郎はそれがすぐ分かるように魔法的な仕掛けを打ち込んでいた。
彼がどこにいるかも分かる、強力な仕掛けを。
そしてそれは竜郎が望めば、ゲイリーを一瞬で殺す力に切り替わるようにもなっていた。
ゲイリーが生きていれば、また何かの拍子にマルスソムに辿り着いてしまうかもしれない。
自分でできなくても、他人にそれを気付かせてしまうかもしれない。
マルスソムの実験を町でされれば、致死の毒よりもさらに恐ろしい現実が待っている可能性が高い。
だからこそそうなったときのために、確実に彼をその罪と共にあの世に送れるようにと、竜郎は保険をかけておいたのだ。
心の変化は自分でも知らない間に、表に出てしまうもの。
自分自身の精神を守るためにも、ちゃんと国に裁いてもらえそうだと分かり、竜郎に重くのしかかっていた肩の荷が降りた。
「タツロウさん方がそれほど危惧するのですから、余程危険な男なのですね……。
ですが安心してください。冒険者ギルド側でもしっかりと彼の処遇を確認しますし、もし怪しいところがあれば徹底的に国王であろうと調べてみせます。
こんな何もない町のギルド長風情では、心もとないかもしれませんが……」
「いえ、そんなことないですよ。国とは切り離された冒険者ギルド側が、そこまで対応してくれるというのですから、僕らも文句なんてありません。
ただもしまだクシャスの縄張りが広がるようであれば、冒険者ギルド経由で知らせてください。
最悪クシャスを滅ぼすこともできますし、逆に手懐けることもできますから」
「そ、そんなことまでできるんですか? はぇ~、もう何でもありですなぁ」
「何でもはさすがに……。ただやっぱり自然相手に人間が悪戯に手を出せば、おかしなことになるかもしれないっていうのは、今回の件でもよく分かりましたからね。
できることなら、自然に収まってくれるのが一番だとは思います」
「ですね。しばらくは町でクシャスの監視にとどめておきたいと思います。
本当にこの度は、我々の町のためにここまでして下さり、ありがとうございました」
町長をはじめ、この町の人たちに感謝されながら、竜郎たちはやっと解放された心持で帰ることができた。
その後。マージェリーや冒険者ギルドが何をしなくても、この国は厳正に法の裁きを下す。
ゲイリー・ゲインをはじめとし、裏組織のボスたちも余罪も含めて公開処刑が決まり、きっちりと執り行われ全員の死亡が確認された。
実行犯だけは何も知らず、お金で動いていただけと分かったため死罪は免れたが、将来的に町一つ滅ぼしかねない行動だったことが決め手となり、重犯罪者たちが送られる施設で過酷な労働を強いられることとなる。
これにて豆の魔物探しからはじまった物騒な騒動は、これをもって完全に終息を迎えたのだった。
次も木曜日更新予定です!




