第345話 ゲイリー・ゲイン
痩せすぎて不健康そうな体躯をした、初老に近そうな見た目の白髪交じりの男性。
ぱっと見は普通の人間種族にも見えるが、そうでないことに解魔法で調べたとき竜郎は気づいていた。
彼の種族はヴァンパイアと人間のハーフ──ダンピール。
人間の血の方が強く出たようだが、口元から牙のようなものが伸びていて、彼が吸血鬼に連なるものだと主張している。
(つまり見た目以上に長く生きているし、種族的に多少は魔法への耐性が高いってことだな。
まあ俺の魔法を防げるほどじゃないから、心配する必要もないが)
今回の呪魔法における洗脳は、オーソドックスに竜郎のことを唯一無二の大親友。それこそどんな隠し事すらしない間柄で、言えばなんだって喜んで応えてくれるほどの、家族すら超えた存在だと認識させるもの。
自分でやっていることとはいえ、薬物を作っているような男と嘘でも友人など絶対になりたくはない。
だがただの操りに人形にして情報を聞き出した場合、本当にこちらが聞いたことしか答えてくれない。
それでは他にも裏があったりした場合や、竜郎たちでは想像もできない何かがあった場合など、情報を集めきれず見落としてしまう個所が出てきてしまうかもしれない。
大親友だと認識させることで、向こうが聞いてもない情報まで自ら聞かせてくれたりもするので、ただの操り人形にするより聞き取りもスムーズに行えることが多いのだ。
「というわけで、こんにちは。元気だったか?」
「……………………ああ、君か! 私は元気にしているよ。君こそ息災かい?」
「ああ、俺も元気にしてる。ところで、お前の名前は何だっけ?」
普通なら親友同士なのに、名前を忘れられるなどありえない。
多少洗脳がかけられる程度の魔法使いなら、その矛盾から覚醒してしまう問いかけなのだが、竜郎なみに強固にかけられるのなら、それすらも当然のように受け入れてしまう。
「え? 私の名前かい? ゲイリー・ゲインだ。忘れてしまったのかい?」
「ああ、そうだった。本当は知っていたけどな、ゲイリー」
「なんだ。冗談だったのか。君はいつも私を驚かせてくれるね」
「うぅ、なんか今、鳥肌立っちゃった……。いつもってなに? 私のたつろーなのに」
「まあまあ。魔法が強力すぎて勝手に頭の中で、架空の竜郎くん像を作り出してしまっているんだと思うよ。ここは静かに見守っておこう」
「うー、分かってるけどさぁ」
ここにいるのは竜郎だけ──としか認識できていないため、愛衣たちが後ろで何を喋っていても、ゲイリーには何も聞こえない……というより脳が受けつけない。
そして竜郎は、ちゃっかり自分の名前は伝えずに話を続けていく。
大親友だと思っている相手の名前すら知らないというのに、それをおかしいとも思われずに。
「それでゲイリー。お前はいったい、ここで何をしているんだ?」
「面白い植物の魔物の使用法を発見してね。今はその研究をしているところだ」
「へぇ、じゃあその植物の研究の行きつく先は、どんなものなんだ? 教えてくれよ」
「よくぞ聞いてくれた。なんとここにいる魔物たちは、品種改良していくことで強力な依存性を持つ豆を採取できるようになるんだ。凄くないかい?」
「ああ、まあ……凄いんだろうな。それじゃあ、なんでそんなものを作ろうと思ったんだ?」
「いくつか理由はあるが、やはり一番は私の知的好奇心を満たすためだな」
「知的好奇心? ただ作れるかどうか試してみたかっただけってことか?」
「ありていに言ってしまえば、そうなる。ちょうど前の研究成果が高く売れて、金もできたからね。
やりたいと思っていた、これの研究ができると思ったんだ」
「そんな危ない物、ほいほい作っちゃダメだってニーナでも分かるのに……。何考えてるの、このおじさん」
「なーんにも考えてないんじゃない? サイコっぽいし」
なにかそれで成そうとするのが目的ではなく、それを作り出すことを目的としている。
ある意味、一番厄介そうな思考の持ち主だったことが発覚し、ニーナも「こいつはヤベー奴だ」と顔を歪ませた。
「それじゃあ、それができたら、その依存性のある豆をどうするつもりだったんだ?
まさか捨てるつもりはないよな?」
「それこそ、まさかだよ。作った後は実験するに決まっているじゃないか。
どの町がいいか見極めてから、少しずつ流して私の生み出したそれが、具体的にどんな症状を引き起こすのか。社会にどれだけの影響を及ぼすのか。どういった行動を人間たちは取るのか。どういった対策を国は取ろうとするのか。
それらを観察し研究して、研究成果としてレポートにまとめるつもりだ」
「知的好奇心のために?」
「ああ、それと私の研究の集大成にもなる。せっかく長い時間と金をかけてやってきたんだ。そこまできっちりと研究したいじゃないか」
「そういうものか?」
「当然だとも。それに知っているかい? そうやって詳細に実験結果をまとめておいた方が、売るときに金になるんだ。
どんなことが起こるか分からない代物よりも、ちゃんと実際に使った上での使用例を詳しく記載してある方が、買取先も安心だろう?
私は知的好奇心を最後まで満たし満足でき、買い取り先は使い方を知り効果的に扱える。どちらにとっても有益なのだから、実験は必要不可欠だ。
そしてそうやって私は次の研究資金を生み出すんだよ。まだまだやりたいことは、たくさんあるからね。
ああ……早く実験してみたいものだ。きっと面白い結果が出るに違いない」
ゲイリーはうっとりとした笑みを浮かべ、未だ改良中の植物魔物に視線を移した。
「誰かじゃなくて、自分で試そうとは思わないのか?」
「は? おいおい、君もおかしなことをいうね。
そんな危ないものを自分に使うわけがないだろう?」
「なのに他人には使おうっていうのか?」
「だって私には関係ないからね。他人がどうなったところで、どうでもいいだろう?
誰だってそういうものじゃないか。ああもちろん、君は別だからね?」
「そりゃどうも」
竜郎はそのまま親友として話を聞くように、ゲイリーから根掘り葉掘り話を聞いていく。
結果としては分かったのは、この男がろくでもない、救いようのない、同情の余地のない、最低の男だったということ。
今回の研究費用のために売り払ったという前の研究でも、ゲイリー・ゲインは人を大勢殺している。
だが小賢しいことに保身には長けているようで、捕まるようなヘマはしなかった。
前の研究というのも少しの量で簡単に人を殺せる毒薬で、死後10分もたてば体の中で毒が消えて毒殺されたのではなく、解魔法で調べても心臓発作で死んだような形で殺せるという厄介な代物。
証拠すら残さず実験でき、その全てが突然死として片付けられてしまい、そういった実績も含めて買い取った側も気に入り大金を出して購入した。
買い取り主もろくでもないため、お金の受け渡しの際に殺されそうになるも、その辺りも上手く立ち回り、しっかりと命もお金も確保して逃走に成功。
しばらく雲隠れしつつ、別の大陸に渡り、次の研究のためにとまた活動を再開した。
「今回のこの研究を知っている者は、ゲイリー以外にどれだけいる?」
「私だけだ。まだできていないし、気付かれれば途中で私から研究成果や資料を奪おうとする者もいるだろう。
人手はどうしても足りないが、それでも万全を期して私しかこの中には入れないし、入れさせないし、知る者もいないように心がけているよ」
そんなところに竜郎がいる時点で異常なのだが、完全に術中にはまっているため、それすらも異常だと認識できていない。
豆を取りに行かせていたのもやはりこの男で、受け取りはここではなく別にそれっぽく用意した囮拠点と、徹底してマルスソムの情報を外部に漏らさないよう立ちまわっていた。
「じゃあ豆を採取に行っている奴らも、何のためにやっているのかすら知らないのか」
「ああ、知らない。そのために大金を払っているし、あいつらが捕まっても私に繋がらないよう常に注意していたからね」
「用意周到というかなんというか……。私、ある意味感心しちゃったよ」
「ねー。だからこそ見つからずに、何年もやって来れたのかな?」
「そもそも反社会的な研究を買うような連中とやり取りしているようだし、そうでないととっくに死んでいただろうからね」
「ピュィ~~……」
「「うぅ~」」
暇だな~というようにぼやいている楓や菖蒲に悪いと思いながらも、竜郎は念入りに知っている人物がいないか、その後もしっかりと調べていく。
本人すら忘れている、深層意識レベルでの情報まで思いださせて。
この男だけが知っているのか。それとも知らないのかで、この後の自分たちの行動も変わってくるので徹底的に。
「とりあえず知っているのは、ゲイリー一人と思って間違いないみたいだな。これで面倒事が少し減ったか」
「よく分からないが、君の面倒が減ったのなら喜ばしい限りだよ。
だがそろそろ研究に戻りたい。もう話は良いだろうか?」
「そんなことを言わずに、もっと教えてくれ。ゲイリーはどこで、この研究のきっかけとなる情報を手に入れたんだ?」
「そうか。まだ私と話したいのなら仕方がないな。
私がこの研究をはじめようと思ったきっかけは、その昔とある町に寄ったときに見つけた植物図鑑だった」
その植物図鑑は、当時のまだ若かったゲイリーが偶然見つけた代物。
町の露店で投げ売りされていて、露店主に断って中を見せてもらったときに、そこに大きな何かがあるとすぐに悟ったという。
それは一見、精巧な植物のスケッチが何枚も記載された、手書きの植物図鑑のようなもの。
だがスケッチの横に記載されている、手書きの説明文はめちゃくちゃで、子供でも信じないだろうというほどに荒唐無稽な内容だった。
ただスケッチの部分だけは綺麗だったため、捨てられずにゲイリーが見つけるまで残っていただけのもの。
そのスケッチ部分すらも経年劣化でかすんできており、もう処分寸前といった所だった。
露店主も価値など、ほぼないと投げ売りしていたくらいだ。
「けれど私にはすぐに分かった。そのスケッチと一見意味不明なことばかり書かれた滅茶苦茶な文章は、合わせて暗号になっていると。
何か大掛かりな研究の成果を、そこに記していたのだと。
私は値上げされないように、仕方ないから買ってやるくらいの素振りで、すぐに露店主からその図鑑を買い取ったんだ」
それはまさしく正解で、かつて一国を混乱に陥れた人間が残し、誰も気づかずに残り続けてしまった研究資料。
マルスソムという、その存在が──ではなく、その〝実〟が非常に危険な植物の魔物への品種改良法。
あちこち文字もかすれてしまっていたりもして、暗号を解読するのにはかなり苦労したが、ゲイリーは沸き立つ好奇心のままに続け、その方法を理解した。
だがそれでも、まず前提条件をそろえるだけでも大変だった。
品種改良の方法までは分かったが、物理的に文字やスケッチがかすれていたせいで、細かな部分までは解読できず、そこは自力で調べてやる必要もあった。
ゲイリーはきっといつか必ずと、大切にその研究を来たるその日まで温め続け──今に至る。
「その研究資料は、ここに全部あるのか?」
「ああ。それと《アイテムボックス》にも、写しをちゃんと入れている。もしもここを破棄しなければならなくなったときのためにね」
「じゃあそれも全部ここに出してくれ」
「もちろん、君の頼みなら喜んで。だが大切なものだから、扱いには気を付けてくれよ?」
「分かってる」
この研究所はいざというとき爆破して消し去ることもできるようにしてあり、そうせざるを得ないときのためにも、一からやり直せるだけの研究資料は自分でも常に持ち歩いていた。
原点である、植物図鑑と共に。
しかしそれらをあっさりと竜郎に渡していき、その全てを回収されてしまう。
それでもゲイリーは不満を一切抱かず、そうすることが当然だと微笑んでいた。
「これで全部か? どこかに隠していたりとかしないか?」
「あとは資料室と寝室のベッドの下の隠し収納だけ──かな」
こちらも本人すら忘れている情報がないか、しっかりとチェックしてから、ゲイリーの手に持っていた記録表も含め根こそぎ奪取する。
「マルスソムにするために必要なものは、そこの魔物で全部か?」
「そうだね。そこで全ての個体を管理していたから」
「なら良かった」
竜郎は手に火の塊を生み出し、それで目の前のマルスソムに近づきつつある魔物を焼却しようとした。
だがその前に正和が「あっ」と声を出したため、竜郎は動きを止める。
「どうしました? 何か見つけましたか?」
「い、いや……すまない。なんだかせっかく育てられたのに、燃やされるのは可哀そうだなって思ってしまっただけなんだ。
まだその子たちは、マルスソムになっていないんだろう? だったらまだ別の方向にしてやれないのかなって……」
「それは…………」
毎日植物と触れ合っている正和は、人間の都合で生みだされ、いじくられた上に、人間の都合で燃やされそうになっている魔物に同情してしまったようだ。
確かに作物を我が子のように育てている彼には酷な場面だろうと、竜郎はバツの悪そうな顔をする。
けれど愛衣が、ここでわざと大きくため息をついて場の空気を変えた。
「ならもういっそのこと、お父さんが育てて、いい方向に品種改良なりなんなりしてあげれば?
それってできないかな? たつろー」
「…………いや、別に俺たちの領地でなら盗まれる心配はないし、もしもマルスソムになってしまったら、そのときに改めて処分するってこともできる。
正和さん。愛衣が言うように、やりたいというのなら俺も手を貸しますよ」
「ほ、本当かい! ならそうしたい! そうさせてくれ!
きっとその子たちを、愛衣たちが生み出そうとしている町にも役立つような、いい植物にしてみせるよ!!」
「ならそうしましょう。それじゃあ、この魔物たちも俺が貰っていく。いいよな? ゲイリー」
「えーと……? あれ? いいんだよな?」
「いいに決まってる」
「うん、いいはずだ。そうだ。いいに決まっている」
ゲイリーの心の根幹部分にすら至るほどのことだったようで、少し竜郎の魔法に抗い迷う素振りを見せたが、すぐに何もおかしいことはないと笑顔で承諾した。
「よし。ならこんなところか。後は……この一件を、都合のいいところに着地させないとか。
ゲイリーにも、しっかりやった分だけの責任を取ってもらう必要もあるしな。
それじゃあ、最後にもう一仕事といこう」
次も木曜日更新予定です!




