第344話 再調査にて
カルディナにも調査のために協力してもらうため、今回は一緒に付いてきてもらう。
まず竜郎の転移でやってきたのは、死の森と呼ばれるボダやクシャスのいる場所。
ここで改めて痕跡を探り、調査隊以外の侵入者たちが帰っていったであろう道筋を正確に把握し辿っていく。
「この方角にあるのは……」
昨晩のうちに《完全探索マップ》でカポスの毒豆自体を検索したが、この森と竜郎以外の反応はなし。
もはや容疑者は目的のために使った後だということ。
「毒として使うなら乾燥させてもいいから気にする必要はないが、品種改良を目的にするなら鮮度が失われれば効率も悪くなるし、最悪何もできなくなる可能性もある。
だから最低限、採取してからそれほど間を置かず使える範囲にいるはずだ」
なので地道に地図を皆で共有して、範囲を絞っていく。
痕跡を残さないよう注意しながら死の森のカポスの地から、無事に帰還する大よその時間を、残された跡から力量を割り出し算出。
さらにそこから森を抜けた後、使用者が品種改良に用いるのに問題ない鮮度を保てる範囲。
その条件が当てはまる範囲を、カポスのいる場所を中心に円を描くように示していく。
「冷凍保存して持って行っても鮮度は保てないのかい?
それができるなら、もっと範囲は広がりそうだけど」
「レーラさんくらい……とまでは言いませんが、それと比べられる程度の能力がなければ仮死状態ではなく、豆が死んでしまいます。
そこまでの力の使い手がいると考えるのは、少し難しいのでその考えは除外しています。
もしもこの範囲にいなければ、それを考慮する必要はありますけど」
「ってなってくると一番怪しいのは、過去に問題を起こした町があった場所じゃない?
そこのどっかしらから、ヒントになる何かが出てきたのかもしれないしさ」
「もし『マルスソム』が目的なら、ノーヒントで死の森のカポスに目をつけるなんてそうそうあり得ることじゃないからな」
そんな偶然よりも、過去に消し切れなかった資料などを見つけて研究に乗り出した。というほうが可能性は高い。
「ニーナも、どっかで何かの情報を知っちゃったって思うほうが自然だと思う」
「ピュィユィーー」
「「あう?」」
楓と菖蒲はよく分かっていないようだが、概ねそういった内容で話がまとまり、まずは一番怪しいと思われる、元マルスソムが流行した町が過去にあった場所の調査を開始する。
やり方は竜郎とカルディナで、鋭敏な探査魔法への知覚能力を持っていようと気づかせない、解魔法、闇魔法、呪魔法の逆探知妨害とでも呼べばいいか。
そんな効果を追加した探査魔法を町全体にかけていく。
「もはや力技でのゴリ押しだが、これが一番手っ取り早い」
「ピュィ~~~♪」
「割とシャレになんないものだし、速度重視でいったほうがいいしね」
「聞いただけでも百害あって一利なしといった感じの代物だからね……。
まあ生産者側には、いろいろと利益があるのだろうけど」
「見つけたらニーナが消滅させちゃうね!」
「かーでも!」
「あーめも!」
「いやいや、町ごと消滅させる気か」
「あはは……オーバーキルもいいところだね」
「ピィィ…………」
楓と菖蒲もすくすくと竜王種に相応しい圧倒的な才能を見せてきているので、その二人だけでも簡単にマルスソムなど消滅させられる。
どころか、こんな小さな体でももう町一つくらいなら壊滅させられるだろう。
そんなところに町どころか、ほぼ全世界を更地にできる力を持ったニーナが加われば、鬼に金棒どころの騒ぎではない。
竜郎や愛衣が苦笑している間に、町全域の探査が完了する。
「ここは外れだな。次にいこう」
「一番怪しそうだったのに違ったのか……、早く見つかればいいけど。
そうだ、地下とかの可能性はないのかい? 竜郎くん」
「隠し倉庫みたいな地下室を持っている家は数件ありましたし、ちょっと怪しげなところもありましたけど、マルスソムに関係ありそうなものはなかったので見過ごしはありえないです」
「ピュィ!」
いっぺんにやることもできたが、念のため絶対に調査ミスが起こらないよう地下と地上を分けて探査したので間違いはないと竜郎とカルディナは断言する。
「それにそもそも、俺の早とちりって可能性だってあるわけですし。全部空振りの可能性もありますよ」
「まあそれならそれで私らがちょっと手間をかけただけだし、ある意味一番いい終わり方なんだろうけどね」
「マルスソムの性質を理解した上で、そんなものに手を付けている人間がいるとすれば、百人中百人頭のおかしな奴ってのは間違いないだろうしな」
「コソコソやっているから悪事に手を染めているという自覚はあるはずだし、いたとするならそうだろうね……」
そんな人物と会いたくはないが、子供たちだけで会わせるのも親として、知ってしまったからには不安だということもあり、正和はいないことを願った。
あまりそういう人物に関わって欲しくないと思うのは、一般的な親としては当たり前の感覚だろう。
「それじゃあ、次に行ってみよー!」
「ニーナちゃんは元気だねぇ」
「えへへ」
張り切るニーナの背に乗って移動し、調査範囲内にある町を虱潰しに調査して回った。
だがその全てを調べても、それらしい場所は見つからなかった。
「ってことはだよ? レーラさん並みの力で、冷凍保存してどこかにやったとか?」
「…………いや、まだ他にも調べていないところがある」
「え? ニーナはパパが言ってた範囲内にある、全部の町を回ったよ?」
「ああ、それは間違いないよ。けど町の外に研究小屋なり施設を設けている可能性だってある。
少し面倒だが、今度はそっちを調べてみよう。ニーナ、また頼めるか?」
「まかせて!」
危険度の高い研究ならば、町の中でするのすら警戒して外に用意することもある。
その考えの元、町よりもずっと範囲の広い町外側の調査を開始。
ニーナが忙しく動き回ってくれたおかげで、さほど時間をかけることなく終了した。
「ここだな」
「ピユィィィ」
「え? ここなの?」
竜郎とカルディナの奮闘もあり、無事それらしき場所を発見。
死の森から侵入者らしき者たちが抜けていった方角とも、ある程度合致する場所に。
だがいざ降り立ってみると、そこには一本の成木が生えているだけ。
しかも死の森のような危険はないが普通に弱い魔物は出没する、どこにでもある小さな森。
なので同じような木は、他にもあちこち生えていた。
広い町の外からこの一本を見つけることなど、竜郎レベルの解魔法の使い手でもない限り、ほぼ不可能だろうといった巧妙な隠し場所だ。
「まさに木を隠すなら森の中状態だな。この木の下に地下への入り口が、埋まってるみたいなんだ」
「ピュィ!」
「……これはまた、ファンタジーだなぁ」
「魔法錠を外すと、木がずれる仕組みになってるんですよ」
木の下に魔法的な鍵がかかっていたが、それは竜郎が何かする前にカルディナがサクッと解魔法で開錠。
すると地面ごとスライドするように、成木が後ろに一メートルほどズレていった。
地面が抉れたように露出し、そこには人一人入るのがやっとといったハッチが見える。
「これは魔法と物理両方の鍵か。なら──」
「ピィィ」
魔法錠はカルディナがまた開錠し、物理は竜郎がレーザーで鍵穴を焼き切ってこじ開ける。
「壊して大丈夫?」
「必要があれば復元魔法で直すから大丈夫だ」
「なーる」
音魔法で消音しながらハッチを開けて、認識阻害も完璧にかけた状態で中へと侵入していく。
今現在も竜郎とカルディナの探査魔法によって、一人地下にいることは分かっているからだ。
マルスソムに手を出している時点でありえないだろうが、万が一にも何かやむにやまれぬ事情があったり、竜郎たちが想像もできないような善良な目的があるかもしれない。
まずはバレずに、どういう人物なのか探っておきたいと。
念のためハッチを閉めてから、梯子を伝って降りた。
中も簡単な探査魔法では見抜けない加工がされた金属板で囲っていたりと、入り口のギミック同様なかなかにお金をかけて、ここを隠そうとしているのがよく分かる。
だがお金も無限ではないと言っているかのように、幸い地下はそれほど広くはなく、三つの部屋しかなかった。
一つは最低限の寝床と食料が用意された個人の部屋。
もう一つは壁一面に設置された本棚に、びっしりと敷き詰められた本と資料。
安そうな木製のテーブルには、この地下の主による研究レポートのようなものが、乱雑に積み重ねられたり散らばっていたりした。
さしずめここは資料室兼研究結果をまとめる作業部屋、といったところだろうと判断しつつ机の上の資料を覗き込んでいく。
「はぁ……。このレポートを読む限りでも、完全に黒っぽいねぇ」
「マルスソムに至るまでの、効率のいい育成理論を自分なりに纏めているみたいだしな。
これが残っていると、この資料の持ち主以外でも作れそうなほど細かく書いてある」
「そんなもの、絶対に外には持ちだせないね……。使用目的とかはどこかに書いてないのかい?」
「うーん、私が見た限りではないっぽいなぁ。たつろーは?」
「俺もないな。ここの資料を全部漁ればあるのかもしれないが……」
部屋は小さいが、みっちりと敷き詰めるように本と資料が大量にある。
それを片っ端からというのは、あまり現実的ではない。
「そんなことするくらいなら、ニーナがパンチして聞いてあげるよ?」
「ニーナがパンチしたら消し飛んじゃうから止めてあげなさい」
「えー、ニーナだって手加減できるのに~」
「正直言って強さという点で見れば大して強くもなさそうだし、頑丈でもなさそうだからな」
「こんなとこに暮らしてたら、不健康になりそうだしね」
「そういうことだ。でも提案自体は悪くない、とっとと最後の部屋に行って、そこにいる奴に聞いた方が早い」
ひとまず資料室はそのままに、最後の一番大きな部屋に辿り着く。
そこには寄生先のボダと、それに寄生するカポス……とはまた少し違う、品種改良の進んだモンスターが数体ずつ、壁際の地面が露出している部分に植えられていた。
「確実にマルスソムに近づいているし、あれが品種改良中の種で間違いないな。
ただ幸いなことに、まだ完成はしていないみたいだが」
「ならセーフだね」
「あの男はアウトだろうけどね」
魔道具による人工の光を浴びせ、水の入った大きなタンクに、植物の魔物用の肥料らしきものも用意されており、最低限の育成環境は確保されていた。
あとは実験室のような機材まであるため、本格的に育成研究をしていることも察せられた。
そしてその部屋には、後ろ姿だけでも痩せていることが分かる、細身の男がそれらを観察しながらカリカリと記録をとっている姿が確認できた。
「……3番は効率が悪いな。2番の方法を参考に、栄養剤を変えてみるか……。いや、しかしそれだと…………」
「「あう……」」
「楓と菖蒲、あの人なんかブツブツいってて気持ち悪いみたいだよ、パパ」
「みたいだな……。純粋な研究目的だったとしても、ろくでもない題材だが……いちおう話は聞いておくか。
死の森への侵入者たちはここにいないようだし、そっちの情報もいるからな」
竜郎は相手の力量をしっかりと把握し、絶対に抵抗できないことを確認したうえで、呪魔法による洗脳を試みた。
次も木曜日更新予定です!




