第341話 味のイルミネーション
マメクサーからエリクサーとアンブロシアという、地球においては伝説の代物を称するアイテムの生産が決定する。
だがそこで一つ竜郎は、心配なことが思い浮かんだ。
「エリクサーとかをダンジョンに設置するのはいいんだが、それはリアほどじゃないにしろ、元の素材がバレるといった心配はないのか?
さすがに原材料がばれたところで用意できないだろうが、カデポエと関連付けられたら俺たちが用意していると考える人もいるかもしれない」
バレたところで知らぬ存ぜぬで押し通せるだけの力はあるが、それでもエリクサーやアンブロシアを作れる存在だと知られれば、いらぬ諍いの種になるかもしれない。
その種すらも燃やし尽くせるだけの武力もあるが、そんなことでこの世界の情勢を乱したくもない。
だがそんな竜郎の心配をよそに、リアは笑みを浮かべた。
「ふふっ、その辺りも問題ないですよ、兄さん。
なんといっても、私たちには力強い協力者がいますから」
「協力者? ……ってまさか」
竜郎たちにとって〝力強い〟がつくような存在で、この件に協力してくれそうな存在となると、ほとんど限られてくる。
竜郎もリアが何を言いたいのか、ここで察した。
「はい。物質神様からお言葉をもらいまして、他の神々からの協力も得て、どれほど──それこそ私と同程度の解析能力者であろうと、絶対に原材料や私たちに辿り着けないようにしてくれるそうです」
事情を知っているどころか発起人であるリアは普通に観ることができるが、そうでなければ、たとえ《万象解識眼》であっても『エリクサー──神の慈悲』『アンブロシア──神の慈愛』といったような欺瞞情報を見せるだけで、それ以上の詳細情報がでないようにしてくれると、約束してくれたのだ。
「けどなんだって、神様がそんなことしてくれるんだろ?」
「一つの実験でもあるみたいですね。
それを目玉として押し出したダンジョンの、人々の考え方だったり扱い方。
それが与える世界力の流れや影響などなど、いろいろな角度で観察してみたいんだそうです。
このマメクサーは神々にとっても、面白く興味深いサンプルのようですね」
「なるほど。だからとりあえず、やってみてもらおうって感じなのか」
「ええ、何かあったら私たちで対処してくれ──とも言われていますが」
「ちゃっかりしてるねぇ、神様たちも」
神々からすればマメクサーという異次元の植物と、それを使った実験もこなせる。
なにか不都合が起きても、自分たちで対処できる力を持った者ばかりが揃った存在に任せられると、あちらにもしっかりと利もあった。
ならこちらも協力しようと、この世界の管理者の頂点──統括神すら認め、神々の間で取り決められたのだ。
竜郎たちとしても、その方が都合がいい。
どれだけ高い解析能力を持っているものが見ても、これからこれは豆乳でもおからでもなく、神様公認のエリクサーとアンブロシアになるわけなのだから。
「けどカデポエってのは凄いね、パパ。
実はもっと面白い種が、他にもあったりするのかな?」
「……確かに。それも、あとでちょっと調べてみるか。
それと今更だが、ノーマルのカデポエの豆を入手するのも忘れてた」
「あ、属性樹に寄生したのしか採取してないね。そういえば」
「ん~~~~、まだ~~~~?」
ヘスティアの甘いもの欲への禁断症状が出始めている。
これは急いで用意しようと、竜郎はちゃっかり入手していた「ボダ」の素材から「ボダ」系の毒のない魔物をと、最適なものを《魔物大事典》でサクッと探していくと……。
「これは…………」
「どったの?」
「ちょっと興味深い亜種を見つけた。けど……」
「ん~~~~~」
「「あう~~~~~」」
「それよりも試食が先だな」
「ああは、確かに」
まだ脱線する気なの? というヘスティアと楓、菖蒲からの視線に、竜郎は両手を挙げて降参する。
ボダの素材から魔卵を作ったほうが早いと、すぐに《強化改造牧場・改》で強引に、成長の早い毒無しボダに改良した種を、一分もかからず改造し終わる。
それから《強化改造牧場・改》内に孵化させた毒無しボダを植え、急成長してカデポエに耐えられるだけの力を貯えさせたところで、新たなカデポエを寄生させる。
問題なくカデポエは定着し、あっという間にノーマルカデポエの豆も入手成功した。
ここまで実に5分。三人の圧により、大急ぎで仕上げた結果だ。
「では、まずノーマルから試食といこう」
「でも正直豆っていう時点で、美味しいって言われても想像もできないなぁ」
「そこは食べてみれば分かるんじゃないかな。僕はこのノーマルがある意味、一番楽しみなんだ」
豆腐に限らず醤油や味噌を作るというのなら、ノーマルの味が気になるというもの。
皆が一粒つまみ、ノーマルなカデポエの豆を口の中へと放り込んだ。
「んん!?」
外側はほぼ無味。少し豆っぽい風味がするかな? といった程度だった。
けれどその豆粒を歯で砕いてみれば、小気味よい噛みごたえの後、実に豊かな風味が口の中一杯に広がっていく。
豆といえば単調な味かと思いきや、まったくそんなことはない。
ほんのりとした甘さの中に豆本来の、ここまで来てしまえばそれすら忘れてしまいそうになるほどの旨味とコクが、一気に口の中にはじけ飛ぶ。
芳醇な豆の香りが鼻を抜けていき、たった一粒だけで心が満たされるような気すらした。
「やっぱり凄いな……。さすが美味しい魔物……」
「だねぇ。なんといっても、味のバランスとでも言えばいいのかな?
凄く美味しくて味も濃厚なのに、何粒でもいけちゃいそうな絶妙な感じ!」
「……驚きすぎて、僕は言葉を失ってしまっていたよ。
まさに極上の一粒だ。これ一粒で、地球上のどんな美食も圧倒している気すらする……」
言葉だけで聞けば大げさだが、食べている竜郎たちは全員その言葉に否を唱えることはできなかった。
他の美味しい魔物でも言えることだが、地球ではまず、ここまで美味しい食材はないだろうと。
それほどに、美味しい魔物に恥じぬ美味しさを、竜郎たちに届けてくれた。
「ん! これは甘いのも期待できる」
「あはは……でも案外これが一番、美味しいような気もしていますけどね。
他の物は一つの味に特化しているような豆ばかりですし」
「それも食べれば分かるよ! パパ! ニーナ早く次の食べたい!」
「分かった分かった。じゃあ次は甘い豆、光属性の属性樹に寄生したカデポエにしてみるか」
「ん!!」
「「あうあう!」」
散々じらしたせいか、ヘスティアの目はギラギラと光り輝き、未だかつてない大きな声で返事をしてきた。
ヘスティアの期待度が楓と菖蒲にも伝わっているからか、この2人もやたらとはしゃいでいる。
これ以上待たせる意味もないので、竜郎たちはそれぞれ一粒ずつ手に持ち、光属性樹の豆を口の中に放り込んだ。
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!」
もはやそれは咆哮と言えるほど、ヘスティアは天に向かって「ん」と叫ぶ。
甘い、ただただひたすらに甘い。
砂糖の甘みをさらに濃縮させたような、舌がおかしくなりそうな甘さが口に広がる。
だが美味い。甘いものが好きでなくとも、上手いと感じさせるだけの謎の力がその豆にはあった。
それにそれほど甘いというのに、人工甘味料のような不自然さのない、雑味が一切ない純粋な甘みだ。
そんな代物を甘いもの好きが口にすればどうなるか……、それは今のヘスティアが証明してくれている。
「僕はそこまで甘いものが好きってわけでもないのに……、それでも美味しいと思えるね。不思議な感覚だ」
「しかもこれ砂糖ではなくちゃんと豆なので、カロリーも豆一粒分なんですよね。これだけ甘いのに」
「なんというか……カデポエは、やたらと汎用性が高そうだな」
続いて舌が甘ったるくなっていたので、闇属性樹の苦味の豆を試食。
こちらも非常に苦いというのに、ちゃんと苦味の中に美味しさがあり、食べ物としての体をなしていた。
とはいえ楓や菖蒲などのちびっ子二人に加え、ヘスティアもこれはないなという顔をしていたが。
ただ使いようによっては、コーヒーのようなこともできそうだと、正和には非常に好評だった。
火属性樹の辛みの豆。
こちらは唐辛子系統の、燃えるような辛さが舌の上に広がった。
だが唐辛子と違い粘膜に触れても痛くなく、辛味は痛みといわれているが、それとは違う辛いという味がしているという、これまたなんとも不思議な感覚のする豆だった。
土属性樹の渋みの豆。
こちらはカカオ豆のような渋みを持ち、非常に濃い無糖のビターチョコのような味がした。
「もしかしてこれ、カカオ豆の代用にしてチョコレートができるんじゃ……」
「ん! チョコは素敵。なんか変な味だったけど、土豆も実はいい奴かもしれない」
「「うっうー! ちょおれーちょ!!」」
「ほんと不思議な豆だねぇ」
「ニーナ楽しくなってきちゃった! まだたくさんあるし、どんどんいこー!」
樹属性樹の豆は、酢などの酢酸系の酸っぱさを感じる酸味が口いっぱいに広がった。
一方で雷属性樹の豆は、レモンなどの酸っぱさを濃縮したようなクエン酸系のものだった。
「同じ酸っぱさでも、こんなにも違うんだね! タマモ」
「そうですねー。同じ痛みでも違う表情をする人間のような奥深さを感じましたー。わびさびというやつかも、しれませんねー」
ちゃっかり試食に参加している玉藻と陽子がなにやら言っているが、どこがわびさびじゃいと心の中でツッコミを入れ、竜郎はさっさと次の豆も口にしていく。
氷属性樹の豆は、非常に塩味の強い塩辛さが特徴的。
普通なら塩分の過剰摂取で倒れるのではないかと心配なるような味だが、けっきょくは豆でしかないのでそんな心配もない。
生属性樹の豆は、みたらし団子のタレのような甘じょっぱい味がした。
呪属性樹の豆は、デスソースのような苦みのある辛さで、やはり甘いもの好きには不評だった。
解属性樹の豆は、スイートチリソースのような不思議な甘辛さがあった。
そしてヘスティアが楽しみにしていたもう一つの、風属性樹の豆。
「ん~~~!! これもいい」
「「あう~~~」」
こちらは甘いリンゴのような、フルーティーな酸味のある甘さで非常に爽やか。これには楓と菖蒲もニッコリだ。
「うぅ……なんか舌が混乱しそうです……」
「ほんとだね。ちょっと水を飲まさせてもらうよ」
イルミネーションのように、一粒だけでコロコロ味を変える豆を連続で食べているせいか、リアや正和は味をリセットしようと水を飲む。
二人の水休憩が終わったところで、最後の豆の番がきた。
最後にとっておいたのは、水属性樹の豆。
リアの話では旨味の味という、想像がしづらいものだった。
試しに口にしても、やはりそれほど美味しくはなかった。
けれどすぐに別の食べ物を口に入れると、その食べ物の味わいをよりコク深く、味わい深く、スペルツの香辛料のように他の食材をアシストすることに特化した豆となっていた。
「不味い食べ物も、これと一緒なら美味しくなる可能性があるな。
それが何に使えるかは謎だが」
「そもそも不味い料理なんて、うちじゃ……………………あんまり出てこないしね!」
若干一名、竜郎たちの仲間の内でとんでもないメシマズ料理をつくる人物が思い浮かぶが、そればかりはこの豆でも無理だろうなと、この場にいる全員の意見が一致する。
「なんにしても一種で何粒も美味しい、かなり面白い食材だったな」
「畑違いかもしれませんが、これもスパイスの研究をしているアーロンさんに渡してみる、というのも面白いかもしれません」
「それ、いいかもしれないね。細かい味のスペシャリストだし!」
「ん、フローラおねーちゃんも忘れたらダメ。
フローラおねーちゃんなら、きっと美味しくて甘い物、たくさんたくさん作ってくれるはず」
「フローラはフローラで忙しそうだが、料理自体は趣味みたいなものって言ってたしな。それも良いかもしれない」
なによりフローラは、竜郎たちの普段食べている料理のほとんどを担当している。
もしもこれらの多種多様な味を使いこなせれば、さらに普段の食卓も味わいを増すはずだ。
ただの美味しい豆一種を復活させるという目的から、エリクサーやらアンブロシアも含め随分と発展していったものだと、竜郎は改めてカデポエの秘めているポテンシャルに感心したのだった。
次も木曜日更新予定です!




