第340話 ダンジョンの目玉アイテム
なんとも強すぎる豆の取り扱いは厳重に。こちらの事情を知っている関係者以外には秘匿し、外に出さないようにしよう。
そう豆の扱いについて決めた後で、リアが「その上で」ともう一つの提案を口にした。
「確かに非常に強力ですし、これを外に出すのは危険です。
ですが使いようによっては、私たちのダンジョンの目玉アイテムになりえるかもしれませんよ」
「いやいや、リアちゃん。もしかしてその豆を私たちのダンジョンの宝箱とかに入れようとしてる? それはダメだよ」
「ろくに知りもしないで口にした途端、ボンッてなっちゃうのはニーナも可哀そうだと思うなぁ」
たとえば今竜郎たちがいる国の王──ハウル。彼は6千年程度の時を生きる上位のニンフエルフだ。
一般人からすれば天と地ほども離れた強大な力を持つ王だと、周辺諸国ならず他の大陸にすら知られていること。
だがそんな彼であっても、この豆は危険だった。さすがに彼ほどとなれば、いきなり爆発するなどということもなければ、死にもしないだろう。
それどころか十年来の傷であろうと治るのも間違いない。ただしその代償として身に有り余る力が抜ける数週間程度の間、ずっと苦痛に苦しむことになるのだろうが。
彼であっても数週間。食べてもギリギリ死なない程度の人間であれば、もっと長い間苦しむことになる劇薬ならぬ劇豆。
そんな代償を支払うくらいなら、ハウルであれば地位と財を使って優秀な生魔法使いでも連れてきた方が利口というもの。
それだけこの豆は癒しという一面の裏に、凶悪な力の暴力を隠し持っている、おそろしい食材なのだ。
「でも……これ……おいしい……よ?」
「まあルナくらいの力があれば、ただの癒しの力を持った強力なエネルギーの塊だろうしな」
「兄……にも……、わけて……いい?」
「ああ、ルトレーテ様も欲しいならあげていいぞ。元はルナの力なわけだし、ルトレーテ様なら何粒食べても平気だろうからな」
妖精樹の化身であるルナやルトレーテにとっては、むしろ御馳走ではあるようだ。
普段から竜郎の12属性の魔力を欲しがり食べているだけあって、その豆に込められた力など意にも介さない器を持っている。
彼女たちからすれば、味の付いた魔力くらいにしか思っていないだろう。おつまみ感覚だ。
これなら気持ち悪さも我慢してもいいかなと、ルナに思わせることができる程度には気に入ってくれたらしい。
「まあルナさんたちのことはそれでいいとして、私が言いたいのはそういうことではありません。
確かにこの豆を〝そのまま〟使うのは非常に危険です。
ですがもし、安全に一般の方々でも使える形に加工できたとしたら……どうでしょうか?」
「そんなことができるの? もしかして砕いて小っちゃくしてから、宝として用意するとか?」
「いいえ、その方法でも事故が起きる可能性がありますから。
私が提案したいのは、もっと安全な方法です。私たちで────『エリクサー』、作っちゃいませんか?」
「「「「「エリクサー!?」」」」「「えうえうー?」」
もちろんエリクサーなんていうアイテムは、この世界には存在しない。
だがリアは竜郎たちとともに地球に行き、学校に通い日常生活を送る中でエリクサーという何でも癒してしまう魔法の薬が創作でよく使われていることを知っていた。
なので竜郎たちが想像している意味で、おおむね間違っていない。
つまり彼女は、この豆を使ってゲームや漫画に出てくるような万能薬──エリクサーを作ろうと言っているのだ。それが可能だとも。
「この豆があれば、それほど難しくもないんですよね。
作り方は乾燥させたこの豆を一晩水につけておき、水気をきってミキサーへ。次に水と一緒にミキサーで攪拌させたら──」
リアが語った手順は、本当に特別な力がなくてもできる料理の範疇だった。
別にミキサーなどなくても、人力ですらできる。やり方さえ覚えれば、誰にだってできるもの。
ただそれは、どこか見知った製法でもあった。
「えっと……もしかしてだけどリアちゃん。君がいっているのは……いわゆる〝豆乳〟ではないかな?」
「はい、正解です。正和さん。
ぶっちゃけていってしまえば、この豆で豆乳を作りましょうっていう話なんですよね、実は」
「豆乳って、むしろ豆の効果が濃縮しそうな気すらするんだが……リアがいうなら間違っていないんだろうな」
作り方を聞いただけでも、いくつもの豆を使って作られる豆乳など余計に効果が増しそうなものだ。
けれどリアの目がそう観たというのなら、そこに間違いはない。
そう思えるだけの信頼を、竜郎たちは彼女に置いているので疑う余地すらなかった。
「普通の大豆でいう、たんぱく質や食物繊維に当たる大部分を豆乳化によって取り除くことで、まずステータスを強化する効果がなくなり回復効果だけが残るんです。
その状態でもハウル王くらいなら平気で飲めるようになりましたが、それでも怪我や気力魔力、体力なんかを回復するだけにしてはオーバースペックすぎます。
一口二口飲んでも死にはしませんが、怪我は癒えても数か月寝込むなんてことも一般人ならありえます。
なので最後に何かしら……無難なところでいけば水で薄めたりしておけば、駆け出し冒険者でも飲めてしまう、怪我も癒し、気力魔力も回復する万能薬──エリクサー! となるわけです。
飲みやすさを考慮するなら、砂糖水を混ぜても良いかもしれませんね。その辺りは私たちのお好みで、いくらでも変えられます」
「ん、砂糖を入れるとはいい案。リアちゃん冴えてる」
「ヘスティアは甘ければ何でもいいだけだろうに……。けどそれなら確かに安全に外に出せそうだな」
「ああ、けど少し気になっているんだが……豆乳がエリクサーになるのなら、おからはどうなるのかな?
元が元なわけだし、何か使えるんじゃないかい? 捨てるのはちょっと、もったいない気がするけれど……どうだろうか」
「おからって豆乳を作るときにできるの? お父さん」
「え、えぇ……。愛衣、そんなことも知らなかったのかい?」
「うん、知らないけど。たつろーだって、知らないよね?」
「いや、俺は知ってたけど」
「え~そうなの? 豆乳屋さんじゃないんだから知らないよ~」
豆乳を作る際にできる搾りかすを、一般的に『おから』と呼んでいる。
日本以外では捨てることが多いようだが、ヘルシーで栄養価も高く食べることだってできる。
豆が手に入ったら豆腐作りもやってみたいと思っていた正和は、まっさきにその『おから』の使い道が気になったようだ。
「もちろん、そちらにも効果はあります。といいますか、正和さんが言わなければ私から提案していました。
実はですね、豆乳の方に回復成分が残ったように、おからの方には強化成分が残ります。
なのでこちらも混ぜ物をして安全にした状態で丸薬のように加工して、ステータスを一時的に底上げする魔法の強化薬として、ダンジョンでの報酬に使うのもありかもしれません。
そうですね……。名前はエリクサーのように地球の創作物から拝借するのであれば、さしずめ『アンブロシア』──神の食べ物なんてどうでしょう」
「わー! なんかカッコイイ名前! ニーナそれ気に入っちゃった!」
「そっちがアンブロシアなら、エリクサーを神の飲み物──ネクタルにしたくなってくるが……まあ、エリクサーの方が俺たちには分かりやすいか」
「ってことは、うちのダンジョンはリアちゃん製の装備品が買えたり、エリクサーやあんぶろしぁ?が手に入るようになるんだね。これはさらに人気出ちゃいそう」
「ですね。私が生産用の魔道具を作ってしまえば、豆や材料を投入するだけで自動生産もできるようになります」
「ははっ、豆乳だけに投入ってことだね!」
「お父さんさぁ……ほんとにもう……、恥ずかしいからやめてよ、ほんとにさぁ……」
「えぇ!? 面白くなかったかい……? お父さんの同僚がいたら、笑ってくれたと思うんだけどなぁ」
娘に恥ずかしそうな顔をされ、正和はしゅんとして背中を丸めた。
竜郎は未来の義理の息子として、フォローでもしたほうがいいかとも思ったが、余計に傷口を広げることにもなりかねないので止めておいた。
「にしても……、聞く限りだと実にお手軽なエリクサーにアンブロシアだな。効果は凄まじいっていうのに。
けど大量に配るのも色々バランス崩壊しそうだし、せいぜい低確率で手にできるレア物って感じにしておいたほうがいいだろうな。
身内の間で持っておくのも便利そうだから、多くある分には困らないだろうが」
「超激レアのSSRアイテムって感じにすると、でたときテンション上がるかも!」
苦労してたどり着いた先に見つけた宝箱。
そこにはどんな古傷も治し、どんな疲れも癒してくれる神の霊薬エリクサー(豆乳)が!
または一時的に神々から祝福を受けたように、その身を強化できる神の食物アンブロシア(おから団子)が!
と、竜郎たちがこれから一般公開しようとしているダンジョンでなるわけだ。
「これは特大の目玉ができちゃったねぇ。このことが世界に知られれば、いろんな人がエリクサーにアンブロシアを手にしようとやって来るかも!」
「へーそれはなにやら、いいことを聞いてしまいましたー」
「今度は玉藻か」
「どうも、玉藻ですよー。なにやらダンジョンに人を呼びこむー、素晴らしいものを見つけたみたいじゃないですかー。私にも教えてくださいよー」
いつの間にかやってきたヘスティアに続く闖入者。
竜郎たちのダンジョンと繋がりを持つ、水のダンジョンの個にして狐獣人のような見た目の女性──玉藻が目を輝かせながら、しれっと会話の輪の中に入ってきた。
「みんな、こんにちは!」
その後ろには玉藻がスカウトし同化した、彼女と瓜二つの小さな少女──陽子がペコリと笑顔で挨拶してきた。
「面白いっていうか副産物っていうか……。なんだ、玉藻のところでも出したいのか?」
「そうですねー。そういうエサをぶら下げて、実はあげませーーんってやったら、どんな顔を人間たちがするのか想像してーゾクゾクしちゃいましたーー!」
「あはは……相変わらずだね、玉藻ちゃんは。
でもそんなことしたら、怒って人が来てくれなくなっちゃうかもよ?」
「いやいやー、人間の欲の強さは私もよく知っていますからねー。
たまーにほんとに渡すだけで、執念深く欲しいものを追いかけてきてくれると思うんですよー。今回は手に入れられるかも──ってな具合にー」
「みんなが喜んでくれるなら、是非わたしたちのダンジョンでも取り入れたいよね! タマモ」
「ええ、その通りですよー。ヨーコ」
「どうするの? パパ」
「うーん、別に簡単に生産できるようだし、リアやルナがいいならいいんじゃ…………ない……かな…………って…………」
「どったの、たつろー」
「い、いや、なんか勝手に増えてないか……?」
「「「「「え?」」」」」
何のことだと竜郎が指さす方に視線を向ければ、妖精樹に根差していたカデポエ?が1体から10体にまで勝手に増えていた。
「なんか……もっと……増えても……いいかなって……気配がして……、私も……ちょっとくらいなら……って思ったら……ああなった…………。
うぅ……想像以上に増えた……気持ち……悪い……」
「何本か連れ帰るか?」
「ううん……、あれはもう……私か……兄じゃないと……養えないだろうし……、死んじゃうのは……さすがに……可哀そう……」
「なら、そのままにしておくか」
「おーーこれで沢山できますねー。ありがとうございますー!」
「あはは……もう作ってもらう気でいるんですね……。
まあどうせ機械的に作っていくだけですから、材料さえ確保できるなら大した手間でもないでしょうし、私も問題ありません。
生産用の魔道具も、出来合いのものを適当に改造すればすぐできますし」
「わーい! リア、ありがとう! これでわたしたちのダンジョンも、もっと賑わうようになるね!! やった!」
「ふふふふー、あれから陽子と新しいダンジョンの罠や仕組みを考えましたからねー。
それをより多くの人間に味わってもらえるなら、これほど楽しみなことはありませんよー。いったい、どれほど苦しんでくれるでしょうかー」
「きっと沢山、喜んでくれるに決まってるよ! ふふふ、嬉しいなぁ嬉しいなぁ」
玉藻と陽子が二人ではしゃぐ姿を見せられてしまうと、実に何とも言えない気分にさせられるが、今更ダメとはいえない。
竜郎たちのダンジョンだけの特産品ではなくなってしまうが、よくよく考えると1か所に集中したほうが、物が物だけに面倒事に繋がりやすくもあるだろう。
必ずしも独占するということは、いいこととも限らないのだから。
「ならシュワちゃんとかノワールとか、ドロップにも聞いてみようか。
そっちでも出したいっていうなら、渡してもいいだろうし。ルナやリアはいいか?」
「はい、私も構いませんよ。どうせ生産ラインさえ構築できれば、あとはただの流れ作業で私もいらないでしょうし」
「私も……ちょこちょこ……摘めれば……それでいい……。
管理者さん……たちの好きに……持っていって……いいよ……」
「そうか、ありがとう。となると、そろそろアレに名前を付けたいな。
もうカデポエではないようだし、いつまでもカデポエ?とかアレだと、さすがに今後困るだろうしな」
「ですね。これからある意味では、美味しい魔物と同じくらいお世話になるのかもしれませんし」
そこでリアが名前を付けるというと、この人が手を挙げるだろうと視線を向ければ……案の定、愛衣が神妙な顔で妖精樹に適応したカデポエ?の名前を既に考えはじめていた。
「よし決めた! 君は今日から『マメクサー』だよ!」
「言わんとすることは理解できるが……、なんだかエリクサー通り越して納豆みたいな名前になったな……」
「漢字で書くなら納豆というより、豆腐じゃないかい?」
「いや、別にどっちでもいいですって……」
とはいえ特に公表するわけでもなく、竜郎たちの間で分かればいいだけ。
本体も特に気に入らないという様子もなく……どちらかといえば妖精樹に住みつけるなら名前なんてどうでもいいといった様子だが、不満はないようなのでエリクサーを生み出すこの豆の魔物の名は──『マメクサー』に決定した。
次も木曜日更新予定です!




