第339話 妖精樹とカデポエ
ダンジョンの入り口でもある虹色に輝く湖に聳え立つ巨大な樹木──妖精樹。
そこへ竜郎たちが行ってみれば、妖精樹の化身──ルナと彼女が召喚した幽霊や植物の魔物を相手に、ランスロットが全力で挑んでいる姿が見えてくる。
最近では強さを求めること以外にも趣味を見つけてはいたが、強くなることを止めたわけではない。
たとえ世界中に身内や知り合いくらいしか戦いになる相手がいなくなろうとも、ランスロットはまだ高みを目指し研鑽を積んでいた。
「「う~~! らんたん、すおい! うなもすおい!」」
「ほんと凄いね。てか今のランスロット君でも修業ができちゃうルナちゃんも、さすがイフィゲニアさんの力で生まれた妖精樹の化身って感じだね」
「だな。とりあえず邪魔したら悪いし、終わるまで待っていようか」
「ん……早く食べたいのに……。ランスロットおにーちゃんのバカ……」
はやく甘いものが食べたいヘスティアからの恨み言が飛び、ランスロットは修行の最中だというのに背筋に寒気が走る。
だが集中が切れたぞとお叱りをうけるように、ルナから指導の一撃が飛んできて──すぐに思考を切り替え目の前のことに集中していった。
10分ほどそれが続いたところで、ようやくランスロットが疲労で膝を突き終わりが告げられた。
あれだけランスロットの猛攻を防いでいたというのに、ルナは少し疲れた程度の様子しか見せず竜郎たちを出迎えてくれる。
「どうした……の? 管理者さん……」
「いや実は、ルナに頼みたいことがあって──」
竜郎はここに来た経緯を、短くまとめて彼女に伝えた。
「その……カデポエ……っていうの、みせて……ほしい……」
「こいつなんだけど、どうだろう?」
「……なんか……気持ち……悪……い………………」
「ほらね、やっぱお父さんがおかしいんだって」
「えぇ……、そうなのかなぁ。あのウネウネ、可愛いと思うんだけど」
禁断症状を起こしたヤバイ人のように、早く俺に寄生させてくれと竜郎の手の中で根をくねらすカデポエに、ルナは誰がどう見ても分かるほど「こいつキモイな」という表情を見せていた。
「けど……管理者さんには……いつも美味しい魔力……貰ってるし…………、あっちの……すみっこの方……なら……いいよ……?」
「ほんとか!? ありがとう、ルナ。助かるよ」
「いよいよですね。どうなるか私も楽しみです」
ルナが指さしたのは、大樹から伸びた枝の先の先。見た限り一番、幹から遠い場所だった。
どんだけ嫌われてるんだよと竜郎はツッコミを入れたくもなったが、カデポエも言葉を理解できるわけではないので伝わってはいまい。ならば、まあいいかとお礼を述べた。
リアもどんな存在になるのか興味が尽きないとばかりに、珍しくグイグイ前に出て目を輝かせている。
「ん、早くしよ」
「分かった分かった。直ぐにやるから待っててくれ。ヘスティア」
早く甘いものを食わせろとばかりに、ヘスティアからの圧も強くなってきている。
竜郎は急いで指定された場所まで魔法で飛んでいき、そこへカデポエを近づけた。
「──!!」
「凄い元気だね~、ママ」
「ほんとだねぇ」
待て、から解き放たれた犬のように竜郎の手を弾き飛び出すと、妖精樹の枝の先に寄生していく。
それを飛べないメンバーはニーナの背中に乗せてもらった状態で観察していると、すぐに変化がおとずれる。
「──!!──────!!!!」
「えっと、あれは大丈夫なのかい? 竜郎くん」
「いや、ちょっと不味いかもしれま──あ」
最初の威勢は良かったが、次第に蔓全体が風船のように膨らんでいき、色も白から汚らしい茶色に変わっていき……最後には枯れてしまった。
「えーと……さすがに妖精樹は、やりすぎだったってことなのかな?」
「強すぎる栄養は逆に毒だったか……」
「………………いえ、そう思うのは早計かもしれませんよ、兄さん。ほら、見てください」
「え?」
完全に精も根も尽き果て散っていったかと思いきや、枯れ果て触れただけで崩れそうな蔓から一粒の小さな小さな豆を何とか作りだし、それを最後に自身の根元に自分で植え付け──完全に風にさらわれ崩れて消えた。
しかしそこからが、カデポエの快進撃の始まりであった。
その植え付けた一粒の豆が発芽し急成長。本来のカデポエの3分の1程度の大きさになったところで、またもや枯れながらも今度は少しだけ先ほどよりも大きくなった豆粒を今際の際に残して消える。
そしてまたその植え付けた豆が発芽し、またそれよりも大粒の豆を植え付け──といったループを繰り返していき──。
「や、やり遂げた……。お前凄いよ、ほんとに……」
「なんか感動した! 諦めなければ願いは叶うんだね!」
「やっぱりこの子は可愛いよ! それでいてこのガッツ! 僕も見習わないといけないね!!」
何度枯れようとも一粒種だけはひねり出し次の自分に後を託し続け、ついにカデポエは『カデポエ?』となって、妖精樹に適応してみせた。
属性によって質感や色を変えていた蔓は虹色に輝き、大きさも元のカデポエよりも二回りは大きく太い。
がっしりと愛する人を抱きしめるように、妖精樹の枝の先に根を張り巻き付き、虹色の豆鞘を見事に実らせてみせたのだ。
それはもう生命の神秘をドキュメンタリーで見ていたかのような感情を竜郎たちに抱かせ、ニーナや楓、菖蒲、そして甘いものを早く食べさせろとソワソワしていたヘスティアでさえ小さな拍手をカデポエ?に贈っていた。
「うぅ……、なんか……き…………気持ち……悪い…………」
だが妖精樹本体ともいうべきルナには、粘着質なストーカーがニコニコしながら自分の髪の先にへばりついてきた……とまで言うのはさすがに酷だが、それに近い何かを感じていた。
とはいえ、特に害はないと言えばないのだが。彼女の精神以外には。
「よし、これで妖精樹に寄生したカデポエの豆も入手完了だ」
「ん、やっと食べれる」
「うーん……? ちょっと兄さん。それを見せてもらってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
竜郎が人数分の豆を入手したところで、リアがそれを受け取り鞘の中から豆粒を取り出し《万象解識眼》で観察していく。
その間に竜郎たちは湖の縁まで戻って来て、何とも言えない難しい顔をして調べているリアの言葉を待った。
「それでリアちゃん。どうしたの? なにか、その豆には問題があったのかな?」
「問題……といえば問題でしょうかね。まずはじめに、姉さんたちが期待していた美味しい魔物食材から、このカデポエ?は外れてしまいました。つまり、食べてもそこまで美味しくはないです」
「えぇ……ニーナしょっく……」
「「あう…………」」
「それは確かに問題だな。というか外れたっていうことは、もはや別の存在になったっていうことか?」
「はい、そうなんです。あの数分の間に、カデポエは別の種へと、妖精樹に適応するためだけに自身を進化させたんです。
その過程で〝カデポエ〟という魔物ではなくなっていまい、味が落ちてしまった……ということですね」
「……あの子はあんなに頑張っていたのに、それは本当に残念だよ。
まさかあれだけのことを成し遂げたっていうのに、ただの豆になってしまっただなんて……」
「いえ、正和さん。それも違います。というか、これはもはや豆という概念すら超越した、とんでもない代物になってしまっているのですから」
リアは摘んだ虹色の豆を皆に見せるように、掲げてみせる。
「とんでもない代物……それは、なかなかに気になるワードだな。
それで、いったいどんな豆になったっていうんだ。俺たちにも教えてくれ、リア」
「そうですね。ですが私たちなら問題ないですし、せっかくなので食べてみてください。その方が実感もできて、分かりやすいと思いますので。
どうせこれはもう、美味しい魔物食材ではなくなってしまったので試食の内には入らないでしょうし」
どうせなら全部揃えてからと言ってここまできたのだが、美味しくなくなってしまったのなら、いつ食べても同じこと。
美味しいものは後から食べたほうがいいだろうと、竜郎は言われた通り皆に豆を一粒ずつ配っていく。
「それじゃあ、食べるぞ。せーの────っ!?」
「えっ!?」
「なんか凄いよ!」
「ち、力が漲ってくる……」
「「うーーーーー!!」」
「ん!」
「やっぱり……。これは凄いですね……」
食べた瞬間、竜郎たちの力が漲っていき、魔力も気力も含め全ステータスが一時的に上限を突破して強化されていく。
一粒食べただけで、体感で少なく見積もっても1割は全ての力が上昇したといっていい。
そこいらの者ならそこまで驚くこと……ではあるのだが、それでも竜郎たちほどの人間がこうなってしまうほどの力を、その豆が持っているという時点で異常といえよう。
「体験してもらえたと思いますが、豆粒一つだけで力が増強されます。
しかもたとえ魔力や気力が尽きた状態でも、上限を超えて一瞬で回復できます。
それに腕が千切れていたとしても、これを食べれば一瞬で生えてくるでしょうね。
それがどれほど古い傷であろうと、問答無用で元に戻すことだってできてしまいます。
生きた状態で食べられさえすれば、どれほど瀕死の重傷を負っていても、この強化された状態に持ち直すこともできるはずです。
とんでもなくありませんか? この豆は」
「おぉ……なんか7つのボールを集めたい気分になってきたよ、たつろー」
「どこの仙〇だよ……。いや、あれは回復するだけで強化はされないけど……」
どれだけ死の淵を彷徨っていようと、この豆一粒で完全回復し一時的な強化まで受けられる。
こんなお手軽で完全な回復手段など、この世界にもなかったものだ。
「これはさすがに……売れないな。というか、世には出せないぞ……。
せいぜいイシュタルやエーゲリアさん、プリヘーリヤさんとか、ごく身近な俺たちの事情を知ってる人だけに、こっそり渡すくらいが関の山だな」
「はい、それが賢明かと。万能であるように見えて、欠点もありますので」
「あ、そういえばリアちゃん。食べる前に私たちなら問題ないって言ってたっけ? 普通の人は食べちゃダメなの?」
「はい。少なくともレベル10ダンジョンに平気で挑めるレベルの人物、もしくは高いポテンシャルを宿した種でもなければ、どんなに健康な状態であろうと体が爆発して死んでしまいますので」
「それはまた……ヤバすぎるな」
「強すぎるんですよ……良くも悪くも。こんなものを世に出して、その良い効果だけを信じた人が食べでもしたら大惨事が待つだけです」
効果だけ見れば戦争を起こしてでも欲しがる者もいそうな代物。
これはたとえリオンやハウル王にも絶対に言えやしないと、竜郎は恐ろしい力を秘めた豆粒を手に、思わずため息を一つついてしまった。
次も木曜日更新予定です!




