第338話 カデポエという魔物
新たに生まれたのは、根から直接蔓と葉を生やしたような純白の植物。これこそが『カデポエ』の姿。
だが生まれたばかりだというのに、心なしか萎れているようにも見える。
「あれ? 豆が付いてないよ? パパ。あのまま食べちゃえばいいのかな?」
「食べちゃダメですって、ニーナさん。寄生先の植物がないと栄養が足りず、実をつけられないんですよ」
「リアちゃん、やっほー」
「はい、こんにちは。姉さん」
たまたま休憩中だったのか、リアがふらりとやって来て《万象解識眼》でニーナの疑問を一発で見抜いてくれた。
だが他にも注意点があるようで、愛衣に挨拶を返しながら言葉を続ける。
「ただかなりの大食漢のようですから、並の植物ではすぐに枯らして自身も枯れ果ててしまいますね」
「やっぱりそうか。となるとボダを……って言いたいところだが、そいつは毒もあるし他所にも売ることを考えればダメだな。
となると一応そっちもこっそり素材を収集してきたから、ボダと同じくらい生命力の強い毒のない近縁種がないか《魔物大事典》で調べてみるか」
「ボダ……がどういう植物かは観ていないので知りませんけど、他にも属性樹を使って育てるの良いかもしれませんよ、兄さん」
「属性樹を? まあ確かに頑丈そうではあるが」
属性樹はその名の通り闇や光、火や水など、この世界における属性という概念が強く宿った樹木のこと。
なるほど確かに属性を保ったまま根を張れるような土地に生えているのであれば、そこいらの植物とは比べ物にならないほどエネルギーに満ち溢れている。『カデポエ』がどれだけ力を吸い取ろうが、殺しはしないだろう。
カデポエとて宿主を殺そうとは思っていないだろうし、そもそもちゃんと根を張った属性樹を枯らすほどともなれば、どの植物なら満足するのかという話になってしまう。
そんな危険な魔物であったのなら早晩誰かしらに駆逐されるか、あちこちを草一本生えない死の大地に変えて自分も死んでいくのがおちだ。
「どうやら寄生した植物が持つ属性エネルギーによって、味が変わるようなんです。
けれど普通の少し属性を宿した程度の植物ですと、余程舌が鋭敏な人でもない限り分からない程度の違いしか出ません。そこで──」
「属性樹ってことだね」
「はい。あれほどハッキリとした属性……、というよりほぼ全てが同一の属性エネルギーの塊ともいえる樹木ですからね。
それ一本から育てれば舌が鈍感であろうと、明確に違いが分かるほど変わってくれるはずです」
「面白いな。メディクがしめ方で味を変える……みたいなものか」
「それに近いのでしょうね」
「具体的にどんな味になるか分かったりする? ニーナ凄く気になるんだけど!!」
「え、ええ。分かりますよ」
ずずいっと顔を近づけてくるニーナの圧に押され、リアは数歩後ろに下がりつつも目で観た情報を語って聞かせてくれる。
「まず闇の属性樹は苦く。光は甘──」
「甘い? ん、光は絶対に必要」
「本当にどこからきた……」
「すっごい地獄耳だねぇ」
甘いものを取りにいくとは一言も言っていないし、今回は豆と聞いてそれほど興味を持っていなかった。
だというのに運命が彼女を引き寄せているとでも言わんばかりに、リアの甘いの一言にヘスティアが突然現れた。
「どうせ味の違いの分だけ全部作るから、ひとまずこれ食べて大人しくしててくれ」
「ん、期待してる」「わーい♪」「「あままっ!」」
これでは話が進まないと、ヘスティアとニーナ、楓、菖蒲に極上蜜の飴を渡して黙っていてもらう。
突然気配もなく現れたヘスティアに驚き胸を押さえていたリアは、もういいかと続きを話していった。曰く──。
闇──苦い。光──甘い。火──辛い。水──旨味。
風──甘酸っぱい。土──渋い。樹──酸っぱい。雷──酸味。
氷──塩辛い。生──甘じょっぱい。呪──苦辛い。解──甘辛い。
──と、なっているとのこと。
「全部の属性に対応しているのか。一種類だけで汎用性が高いな」
「酸っぱいと酸味の違いもあるのだろうか? 気になるね」
「ん、風の甘酸っぱいも甘いとどう違うのか楽しみ」
「となると、12属性全部の属性樹がいるっぽいね」
「まあ、その全部の属性樹もちゃんと揃えてあるから問題ないけどな」
「魔物園にも12種の属性樹を植えたりもしてましたしね」
「そういうことだ。というわけで、このままだと可哀そうだし属性樹のところまで連れていってやろう」
寄生先がなく力なく萎れている『カデポエ』を竜郎が持ち上げ、向かった先は《強化改造牧場・改》の中。
竜郎のコレクション癖というのと、その中で好き勝手創った世界であれば環境も簡単に整えられると、そちらに属性樹用の領域を設けていた。
その領域に入り口を繋げ皆で入っていくと、まずはヘスティア激推しの光属性の属性樹が生えた場所に辿り着いた。
キラキラと光を振りまき、思わず目を覆いたくなるほど非常に眩しい空間だ。
「お、反応してるな。こいつも気に入ったみたいだ」
「ほんとだ。根っこがウネウネしてちょっとキモイかも」
「そうかい? 僕は可愛いと思うけど」
「え~? 変なの」
「へ、へん……」
娘に一刀両断され落ち込む正和をよそに、竜郎は持っていた『カデポエ』を一本の光の属性樹に近づけた。
すると根を伸ばし幹に注射でもするかのように、ゆっくり根が中へと入り込んでいく。やがて根の部分が完全に幹に侵入し終わると、純白の体から光の粒子をまき散らしながら、これはもう私の木とでもいうように蔓を巻き付け元気を取り戻していった。
「あ! パパ! ママ! もう豆ができ始めてるよ」
「お~ほんとだ。今寄生したばっかりなのに凄いね」
「俺たちが欲しいってのは分かってたみたいで、とりあえず少しだけ作ってくれたみたいだな」
「ええ、本来はもう少し栄養を蓄えてから実らせる種のようですし」
竜郎が何を期待しているのかは眷属のパスを通じでカデポエも気づいていたようで、これほど良い木を用意してくれた主人へのお礼にと頑張って、ここにいる人数で分け合える程度の豆鞘を最優先で実らせてくれた。
採っていいという感情も伝わってきたので、竜郎は遠慮なく光属性のエネルギーで実らせた豆を入手した。
「ん、はやく食べよ」
「いやいや、せっかくだし12種全部採ってからにしよう」
「えー……」
「一気に食べ比べた方が比較もしやすいからね。もうちょっと我慢してね、ヘスティアちゃん」
しょぼくれるヘスティアは愛衣たちに任せ、竜郎は新たに11体のカデポエをその場で創造。
そして《強化改造牧場・改》にある、それぞれの属性の木に1体ずつ寄生させ、それぞれの豆鞘を採取させてもらった。
「火属性とか、雷属性とか。普通に触っただけで怪我しそうなのにも平気で寄生してたね」
「相手に合わせ適応することで、さまざまな種に寄生できるようになっているのでしょうね」
燃え盛る火が木の形をしたかのような火の属性樹。植物など触れただけ燃えてしまいそうだったが、カデポエは何の躊躇もなく根を伸ばし火の属性に適応。
その純白の身体を赤く染め上げ、火の粉までも蔓からまき散らしていた。
雷属性のときも黄色に体の色が変化し、小さな火花のような雷撃をパチパチと蔓から飛ばしていた。
氷などは蔓が凍り付いたように青く硬くなったが、それでも平然と生きてエネルギーを吸収し豆鞘を実らせる。
本当にことそれが植物であれば、かなりの適応性があるようだ。
「…………待てよ?」
「どったの? たつろー」
全ての属性分の豆鞘を集め終わり、さて試食でもしようかというところで、ふと竜郎の脳内に一つの思い付きが生まれた。
急に難しい顔をする竜郎に愛衣が首を傾げる中、リアはその顔を見てハッとする。竜郎と同じことを思いついたのだ。
「もしかして兄さん」
「リアも同じことを思ったのか? でも実際に気になるよな」
「え、ええ。こればかりは私の目でも、実際に観ないと読み取れないと思いますし」
「もー、たつろーもリアちゃんも何のことを言ってるの? 私にも教えてよ」
「ごめんごめん。ちょっと思っちゃったんだよ。これだけ適応能力が高いなら、あれもどうかなってさ」
「姉さん、うちにもあるじゃないですか。特大にして最高の属性樹が。それも全ての属性を宿した」
「全ての属性……──って、妖精樹のこと!?」
竜郎たちの領地内に大きくそびえる妖精樹。その元はここに生えているのと同じ属性樹なれど、セテプエンイフィゲニアが力を注いで作りあげた、もはやその理すら超えた最高にして最強の樹木。
竜郎とリアは元を同じくするのなら、そちらにも寄生できるのではないかと考えたのだ。
「ご名答。ルナに試していいか聞いてみてからになるが、本人がやっていいっていうなら寄生もできると思うんだ。
それに純粋に、どんな豆ができるか気になるだろ」
「た、確かに……」
竜郎たちの領地内にいる妖精樹の化身──ルナに許可を取らなければ、強力すぎてカデポエ程度では寄生するなど不可能だ。
けれど本人が寄生させて力を吸わせてもいいというのなら、それもできるはず。
それがなされれば全ての属性を宿した、妖精樹のエネルギーを養分として作り上げた豆が出来上がるという寸法だ。
リアも好奇心を刺激され、どんな豆となるのかと期待に体をウズウズと揺らしている。
「というわけで、ヘスティア。もう少し食べるのは待ってくれ。ほら追加の飴だ」
「……ん、分かった」
またヘスティアたちに飴をあげると、未知の13個目の種類を求めて《強化改造牧場・改》から皆が出る。
そして人数が増えた一行は、その足で妖精樹のある湖へと向かったのであった。
次も木曜日更新予定です!




