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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十八章 エリュシオン解放編

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第334話 奥地にいるもの

 冒険者ギルドの受付にて情報を集めようとすると、あたりさわりのない住民たちから聞いたような、それよりも少しだけ具体的になっただけの話を聞くことしかできなかった。

 だが国境すら跨ぎ世界中に根差すほど巨大な冒険者ギルドが、魔物への対処や捜索の専門家でもある組織が、近場にいる〝とんでもない危険な魔物〟について一般人と同程度の情報しか持ち合わせていないというのは、さすがにおかしい。

 そのようないつ安全を脅かすかもしれない存在を放置するのではなく、人脈も用いて最低限の調査はしているはずだろう。


 そんな疑念を交えて改めて情報を聞いてみたが、やはりそれだけしか知らないと言われてしまった。



『でもなーんか知ってそうだよね』

『ニーナもそう思う! 何か隠してるよ絶対』

『隠すっていっても、冒険者ギルドだし悪い思惑ではないとは思うけどな。

 一般人や普通の冒険者には知らせたくない、何かがあるのかもしれない。となると……』

『私たちの身分を出すしかないのかも』

『ぱぱっと行って帰るくらいのノリだったから、知られないなら知られないまま帰りたかったんだけど、そうも言ってられないか』



 何故かこの町は入るときの身分確認も適当でしていなかったので、竜郎たちが世界最高ランクの冒険者だとはまだ誰も知らないし、来るとすら思っていない。

 知られれば少しばかり騒ぎになるのは毎度のことと心得ていたので、受付で対応してくれている男性にも伝えていなかったのだが致し方ない。

 竜郎と愛衣はシステムから、冒険者ギルド証を提示して自分たちの身分を明かした。



「──これって、え……ほんとに?」



 そんないつものような驚きのリアクションをもらい、三度見四度見と何度もその情報に目を通し直した後、慌ててその支部の冒険者ギルド長へと取り次いでくれた。

 こっそりと受付の男性が教えてくれたのだが、竜郎たちが欲しがっていた情報はギルド長の許可がなければ話せなかったらしい。



『やっぱり何かあったね。パパ、ママ』

『みたいだねぇ。今日中に豆の魔物、捕まえられるかな?』

『それはこれから聞かされる話次第だろうな』



 受付の前でベラベラと喋るわけにもいかないと、竜郎たちはギルド長のいる部屋に通された。

 その部屋の主は、人種の恰幅のいい五十代かそこらの女性。彼女がこの町の冒険者ギルドを取り仕切っている、マージェリー・オークウッド。

 竜郎の見立てでは魔法特化型の元冒険者であり、フィールドワークはもう苦手になっていそうではあるが、今でも普通の冒険者以上に戦うことはできそうな強さはちゃんと持っている人物だ。


 そんなマージェリーと挨拶をかわしつつ、地元民から死の森と呼ばれる場所の奥地にいるであろう魔物について問いかけていった。

 するとやはり彼女は──というより、冒険者ギルド側はその情報について詳しく知っていたことが発覚する。



「一般の方々はただただ危険な魔物がいるとだけ知らされていますが、実はあそこには三種の魔物が存在しています。

 一種目は『ボダ』と言われる大木の魔物。二種目は『カポス』と言われる、その大木に寄生し豆をつける魔物──」

『今豆をつけるって言ったよね? かぽす? って魔物で合ってる? たつろー』

『ああ、木に寄生してるっていう特徴からしても間違いないと思う』



 やはりそこにいたのかと、あっけなく出てきた情報に心の中でガッツポーズをとっている間に、三種目の魔物についても語られていく。



「三種目は『クシャス』と言われるサルに近い魔物。その三種が共生してあの森の奥地を支配しているのです」

「共生……ですか?」

「ええ、共生。その三種は互いに利用しあって生きているのですよ。

 あの地で気ままに動き、狩りができるのは『クシャス』だけ。

 戦闘能力も非常に高いとされていますが、その実力を支えているのは強力な毒の牙や爪があるからなんです。

 そしてその毒は自分だけでは作れず、『カポス』の豆に含まれる毒成分を日常的に供給──つまり食べることで、その毒を生み出しています」

「え? カポスには毒があるんですか?」

「ええ、記録にはそう記されていますね」



 竜郎が《大魔物事典》で調べたとき軽く見た情報では、『カポス』に毒があるとは記載されていなかった。

 なのでつい聞き返してしまったのだが、やはりその答えが変わることはない。



『どういうことだろ? 実は似たソックリさんとかかな?』

『でもこの辺にいるのは間違いないんだよね? パパ』

『ああ、そのはずだ。分布図を見る限りだと、この辺りになっているわけだし』

『うーん、じゃあやっぱり違ってるかもしれないけど、とりあえず冒険者ギルドが把握しているカポスを探しに行くしかないかもね』

『ニーナは毒があっても平気だから、美味しいならそれでもいいよ』

『そりゃニーナはそうだろうが、美味しくても毒があったら普通の人には食べてもらえないだろ?

 けどとりあえず、そっちを見に行ったほうがいいか。他に情報もないし、毒を持つ要因だって他にも考えられるわけだしな』



 もしかしたら寄生している木の魔物が原因で、その性質が変わっている可能性もある。そう考えてマージェリーの話にそれ以上口を挟まず、そのまま続きに耳を傾けていく。



「そして『クシャス』は狩った魔物の食べ残しを『ボダ』の根元にばらまき、『ボダ』はその食べ残しから安全に栄養を吸い取って養分とする。

 そうして栄養を蓄えた『ボダ』から、寄生した『カポス』が栄養を吸い取り実をつけ──」

「『クシャス』が食べて毒を体内で生成し、新しい獲物を狩ってくると」

「はい。そうして循環し互いを必要としているからこそ、逆にその地に縛り付けられ人類にとって危険な『クシャス』が人のいる町に来ることもない。

 それどころかあの森は魔物が比較的生まれやすい地という調べもついていたのですが、『クシャス』は食欲旺盛でそういった魔物まで狩ってくれるため、ここまで出てくることも稀という、ある意味では人間側の役にも立ってくれているのです。

 だからこそわざわざ危険を犯し、犠牲が出る可能性も高い『クシャス』を討伐するのは不利益の方が大きいのではないか。ならばこのまま現状維持したほうが、町のためだろうと冒険者ギルドと、この町の有力者たちの間で決めたのです」

「けど放置するのは恐くないですか? 思いもよらない行動をするかもしれませんし」。

「ええ、ですので定期的に刺激しないよう、こっそりと監視は続けているのです」

「なるほど。でもそれくらいなら、別に町の人とか普通の冒険者が知っていてもいいんじゃないですか?

 なぜ僕らが身分を明かすまで、隠そうとしたのですか?」

「それはですね。数年前から少しずつ、カポスが森の奥から我々の住む町の方に向かって生息域を伸ばしていることが、長年の定期調査の積み重ねで発覚したのです。

 しかもそれにつられるようにしてボダも株分けして増え、クシャスも基本的に2から3匹を維持していたというのに、カポスの実をより多く供給できることが分かったのか、その数を少しずつ増やしているのです」

「ということはこのまま放置していると、そのうちこの町まで大量に増えたクシャスが襲撃しにきかねないと」

「ええ」

「だったら隠していないで、すぐに住民たちを連れて逃げたほういいのでは?」

「それも一つの手段ではあります。ですが一本のボダが成長するまで、時間がかかります。それでいて、カポスはボダのような沢山の栄養を貯えられる木でないと枯れてしまいます。

 なので拡大のペースは非常に遅く、我々冒険者ギルド側で出した計算によれば最悪の事態に陥るまで、およそ60年ほどの猶予があるのです。

 ならばその間に原因を突き止め勢力拡大をとどめることができれば、今のままここに住まう人々も変わらず生活することもできます。

 それが一番、この町の住民にとってもいいでしょう?」

「60年……意外と猶予があったんですね。確かにそれだけ時間があるなら、いきなり町中の人を避難させる必要もないのかもしれませんね。

 それだけで大きな混乱を招きそうですし」



 未だ町の有力者たちしか知らないのは、余計な混乱を避けるため。もちろんいつ町民が避難する事態になってもいいように、水面下で冒険者ギルドと協力しながら準備も進めている。

 少なくとも10年やそこらでどうなるものでもなく、まだまだ森の中腹に来る気配もないので現状を維持し続けられるのだ。



「けど放置していれば、厄介なクシャスの数が将来的に大量に増えていくことになりますよね?」

「そうなんです。なのでできるだけ早く原因を究明し、今のうちに危険を犯してでもクシャスを滅ぼすべきなのか、それとも生息域の拡大を押しとどめ放置することで森の番人のような役目をしてもらえるのか。それらの判断をつけたいところなのですよ」



 けれど今のところ、その原因が掴めていない。クシャスをできるだけ刺激しないように、慎重に行動しているため大胆な調査もできない──ということもあって。


 そこまで話したところで、マージェリーから期待するような視線を竜郎たちに向けられる。

 さすがにそれで何のことかと分からない竜郎でもない。すぐにその意図を理解した。



「なら僕らが調査してみてもいいですか? 実は僕らは、その豆の魔物──『カポス』を探しに来たので」

「え? そうなのですか?」

「はい。少量でいいので、その素材を手に入れたいなと。

 もしもこの町にとっても安全な方法でなら、カポスの採取をしてもいいというのなら、僕らの都合にもあいますので、すぐにでも調査に行けますよ」



 なぜ竜郎たちがこんな何の変哲もない普通の町に来たのかと不思議ではあったのだが、そんな理由だったのかとマージェリーは目を丸くする。

 しかし相手は世界最高ランクの冒険者。クシャスに後れを取るとも思えないし、調査能力も高いはず。

 ならばここで採取の許可を出して調べてもらうことが、多少依頼料が割高になろうと最も確実で最善の選択だろうと考え頷いてくれた。



「お願いいたします。ですが、もちろん分かっているとは思うのですが……」

「はい。この町に被害は絶対に出させないよう動くので安心してください」

「ありがとうございます」



 それから報酬の話にもなり、冒険者ギルド側から妥当な金額が提案された。

 竜郎たちは別に豆の魔物さえ手に入れられれば、あとはついでに調べればいいだけだ。

 なので報酬なんて別にいい──とは思うものの、それでは体面的にもよろしくないとは既に理解している。

 逆にここで返答を遅らせ報酬を吊り上げられるほうがよくないと、その金額で承諾し冒険者ギルドから今回の件の資料を受け取ってから、その場を後にした。



「なんだか別の仕事をする羽目になったみたいだね」

「最悪力づくで片付けちゃうって手もあるし、私たちならどうとでもなるよ、お父さん」「だな。一度綺麗に全部滅ぼして素材を手に入れた後、俺の従魔として産みなおして森の番人として過ごしてもらう──なんてこともできるわけだし。

 それなら生態系もそのままだし、町の人たちも安全にこの町にいられるはずだ」

「倒すだけならニーナも得意だよ! まっかせて、おじいちゃん」

「はは……それはさすがに力づくすぎる気もするけど、それができるだけの能力があるということだしね。

 別に僕のことは気にしなくていいから、愛衣も竜郎くんもニーナちゃんも好きにやってくれ。

 僕よりもこっちの世界のことは、よく分かっているだろうしね」

「「まーじい!」」

「そうだね。楓ちゃんと菖蒲ちゃんもね」

「「あう!」」



 最近ではすっかり、おじいちゃん呼びにも慣れた正和は、私たちも忘れないでと主張してきた楓と菖蒲の頭を撫でた。



「それじゃあ、頼まれた調査をしながらカポスを見つけに行くとしよう」

「「おー!」」

「「うっうー!」」「そうだね」



 そうして竜郎たちは仲良く次の目的地、死の森と呼ばれる場所へと向かうのであった。

次も木曜日更新予定です!

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