第333話 聞き取り
次の仕事が舞い込んでくる前にとばかりに竜郎たちはさっさとやることを片付け、準備を済ませた。
「よし、それじゃあパパっと行って帰ってこよう」
「おー!」「はーい」「「あう!」」
「よ、よろしく頼むね。竜郎くん」
これから豆の美味しい魔物の復活のために最も効率のいい素材となる、現存する中で一番近縁種の魔物を探しに行くメンバーは竜郎と愛衣、ニーナに楓と菖蒲といういつも通りの面子に加え、愛衣の父──正和も参加することが決まった。
自分の発案からはじまったのだから、多少なりとも娘たちを手伝おうと。
農作業用のいつものツナギを脱ぎ去り、こちらの世界で浮かないよう外行き用にと妻に選んでもらった服を着て、ソワソワしている姿に娘に苦笑を浮かべられてしまっている。
「お父さん、なんでそんなに緊張してるのさ」
「いや、だってなぁ……。お父さん、こっちじゃあまり外に行かないから。
行ったとしても近くの王都に仁さんに連れて行ってもらうくらいだし」
「基本的に正和さんは農園で作業してますしね」
「そうなんだよ、竜郎くん。魔法も沢山使えて面白いし、なによりその日にやったことが目で見てハッキリ分かるからやりがいがあるんだ。
それになにより、家族が美味しいって僕の作ったものを食べてくれるのも嬉しいしね。
ついつい夢中になって、外のことなんて忘れてしまうんだ」
「それに比べて仁さんは、意外とあちこち行ってるよね。お酒も作ってるのに」
「父さんはもともと旅行とかも好きだったからな。
地球じゃ絶対に見られないような所も沢山あるし、飛べる従魔もいるから気軽に行って帰って来られるだろうし」
竜郎の父は冒険心が強く、外への関心も高い。酒造りに心血を注いでいるが、そればかりしているわけでもない。
その一方で愛衣の父は異世界に来ようと外に興味をそこまで向けるでもなく、敷地内に籠ってとことんまで自分の趣味を追及していっている。
同じ父親でも違うのは当たり前だが、その対比がなんとなく二人には面白く思えた。
「いいー? ちゃんと乗れたー?」
「「にーねー! ごーごー!」」
今回も全員でニーナの背に乗せてもらい、空から目的地へと向かっていくことになっている。
仁の従魔で空から行くのには多少慣れているため、ここに関しては正和も普通に彼女の背に乗りこんでいく。
全員が乗れたことを確認すると、楓と菖蒲の号令でニーナはフワリと宙に浮かび竜郎に示された方角へと飛んだ。
「は、速かった…………。何度か落ちるかと思ったよ……」
「仁さんの従魔はニーナちゃんほど速度は出ないからね! さっすがニーナちゃん」
「えへへ、ママに褒められちゃった」
「良かったな、ニーナ」
魔王種とはいえ魔物と、竜の中でも真竜を除けば最上級格のニーナとを比べるのは無理がある。
けれど正和はまさかここまでの速度とは想定しておらず、心臓のあたりを押さえるようにして数分にすら届かない──されどいつ放り出されるのかとヒヤヒヤした短い空の旅から解放された喜びを、大地に足を着け味わっていた。
「さて、件の魔物は《魔物大事典》によるとこの町の近くの森に生息してるらしいが、せっかくだし無策で探し回る前に現地で情報を集めてみよう」
やってきたのは田舎とはいわないが、都会ともいえないよくある普通の町といったところ。
町が属する国としても大きくも小さくもない、世界的に見ても中間に位置する国土と国力を持っている場所だ。
そんな特徴のない普通の町かと思いきや、実はそうでもなかったりもする。
「なんといっても、近くの森が死の森なんて言われてるらしいからね」
「え……、そんな場所なのかい? 平和そうなのに物騒なところだ」
ろくに身分証明すら求められず素通りできる町門。暮らす人々も平和そのものな表情で、ひっ迫した様子も緊張感も特に見受けられない。
毎日平穏で刺激の少ない町だからなのか、むしろ小さなドラゴンをつれた竜郎たちの方へ好機の視線が向けられている始末。
本当に『死の森』などといわれるものがあるのかとすら疑わしくもなるが、実際にそれらしき広い森は近くに存在しているのは空から確認済みなので違うとも言い切れない。
なので竜郎は近くにいた若い男性にまずは声をかけ、いろいろと訊ねてみることにした。
「こんにちは。少しいいですか?」
「おっ、俺か? な、なんだ? 何か用か?」
頭にニーナを乗せた竜郎が近づいてきたことで、はじめはおっかなびっくりしていたが、笑顔で挨拶を交わし少し世間話をしたところで打ち解けはじめ、警戒するような人物ではないとすぐに思い直してくれる。
もとのただの学生であった竜郎であれば、ここまでスムーズにはいかなかっただろうが、今現在は異世界で様々な立場の者たちと関わってきたため、対人能力が格段に上昇してくれたおかげだ。
もうこれくらいなら、魔法に頼る必要もない。
「そういえば近くの森は死の森なんて言われているみたいなんですが、そんなに危険な場所なんですか?」
「あーみたいだな。でも普通に山菜取りに少し入るくらいは平気だぞ。ヤバいのはその奥らしい」
「ヤバい……ですか。具体的にはどんな、とかは分かりますか?」
「俺もガキの頃から奥には絶対に行くなって言われてるだけで、実際に行ったこともねーんだけどよ。
あの森の奥には、とんでもない危険な魔物が何匹もいるらしい」
「……それなのに山菜取りに入るんですか?」
危険な魔物が複数いる場所に、入り口付近とは入るのは危険ではないか。それもただ山菜を取るためだけに。
どうみてもこの町は山菜を取らなければ生きていけないような場所でもなく、商会ギルドも根差し物流もちゃんとなされている。
他に食べるものがないというのならそれも分かるが、わざわざ命を懸けて取りに行くほどのこととは竜郎には到底思えなかった。
「いやいや、そいつらは奥にずっと引きこもったまま、町の方には出てこないらしいんだよ。
それどころか他の魔物を食ってくれてるらしくて、森の浅いとこならそこいらの森よりずっと安全ですらある」
「なるほど……奥に巣でもあるんですかね。それとも離れられない理由が他にあるとか」
「そこまではさすがに知らねーよ。ただそう聞いてるってだけだしよ」
「ちなみにその情報はどこから?」
「この町の奴なら親や爺さん婆さんとかから聞かされるんだよ。絶対に死の森の奥にはいくなって。
馬鹿なやつが奥まで行っちまって死んだ──なんて話も、たまに聞くしな。
お前さんらは間違っても森の奥に行こうなんて思うんじゃないぞ」
もう会うことがないとしても気のいいこの男性に、嘘はあまりつきたくないので笑顔だけで竜郎は返しておいた。
「ところで話は変わるんですが、豆の魔物がこの辺りにいる──なんて話は聞いたことないですか?」
「まめぇ? まめってあの食う豆か? うーーーーん…………知らないな。生まれてからずっとこの町にいるが、聞いたこともない」
「そうですか……。お話ありがとうございました。すみません、長々と」
「なあに、いいってことよ。……けどそういうなら一つ聞いてもいいか?」
「え? ああ、はい。答えられることなら」
「じゃあ会った時からずっと気になってたんだが……、頭のソイツ重くないのか?」
「え?」
頭のソイツとはもちろんニーナのこと。三十センチほどまで小さくなってはいるが、それでもドラゴン。
普通の生き物よりもどっしりとしており、見るからに重そうなのに平然と乗せている細身の竜郎の姿が不思議でならなかったようだ。
実際に竜郎のレベルが高いからこそ平気なだけで、目の前にいる男性のような戦いなどとは無縁な一般人が頭に乗せれば、動いた瞬間首の骨が折れていてもおかしくないくらいには重量がある。
「ニーナは重くないよ!」
「しゃ──喋った!?」
「ええ、はい。この子は人間の竜なので」
「はぇ~~、竜と話したのははじめてだぜ……。これは面白い経験をした。
すまねーな、嬢ちゃん。重いなんて言っちまって」
「別にいいよ。分かってくれれば」
「はははっ、そいつはありがてぇ。んじゃ、そろそろ行くわ。話せて面白かったぜ。じゃあな」
「ええ、さようなら。改めて、お話ありがとうございました」
去っていく男性に笑顔でお礼を伝え、今の話を皆でまとめていく。
「えーと……ずっとここに住んでる人も知らないけど、豆の魔物はこの辺にいるんだよね? たつろー」
「ああ、そのはずだ」
「ということは、おのずと町の住民が行かないような場所にいる可能性が高いんだろうね」
「そうなるでしょうね。となると目指すべきは死の森の奥以外にはなさそうですが」
「どんな魔物がいるのかなあ。美味しい魔物だったらニーナが食べていい?」
「にーねーちゃ、ずうい!!」
「あう!! ずうーい!!」
「いや、美味しかろうが素材が欲しいから食べちゃダメだからな」
他にも情報を求め町の住民たちに話しかけ聞きとりを行っていったが、豆の魔物の目撃情報はなく、皆が口をそろえて森の奥には行けば必ず人が死ぬ恐ろしい魔物が住み着いているという話を、繰り返し聞き直すだけだった。
「老若男女に聞いてまわってコレなんだから、これ以上続けても無駄だな」
「じゃあ冒険者ギルドで最後に話を聞いてみたらどうかな?
そこならさすがに魔物の情報も、もっと詳しく知ってるんじゃない?」
「俺もちょうどそう思ってたところだ。それでダメなら、もう森に突入してしまおう。正和さんも、それでいいですか?」
「あ、ああ。それで構わないよ。にしても死の森なんて場所に行くっていうのに、みんな平然としているね……」
「ニーナたちは、そんなの慣れてるからね!」
「油断するつもりはないけど、そうそう魔物なんかに後れは取らないからね。お父さんも安心して後ろについてきてよ」
「はは……頼もしい限りだよ」
異世界に来て逞しくなった娘に喜べばいいのか。それともそれだけの苦労をしたことに悲しめばいいのか、正和には分からず乾いた笑いが零れだす。
「正和さんだって森なら植物だらけなんですから、余裕だと思いますよ。
ピクニックくらいの気持ちでいてください」
「ああ……うん、そうさせてもらうことにするよ。ありがとう、竜郎くん」
竜郎も娘を嫁に出してもいいと思える好青年とは思っていたが、異世界に来る前はここまで逞しくはなかった。
今でこそ悠々自適に暮らしているが、その裏にはどれほどの苦労があったのか。改めてそのことを考えさせられながら、正和は先を行く竜郎たちの後を追うのであった。
次も木曜日更新予定です!




