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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十六章 ドゥアモス復活編

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第301話 ドゥアモス料理お披露目

 イシュタルを含め、エーゲリアやアルムフェイル側はいつでもいいとのことだったが、せっかくならちゃんと準備をしておきたいと、こちらの世界での一週間12日後に指定しておいた。

 その間にカルラルブにいるアーロンに、某国の貴人に食べさせたいから特急でドゥアモス用のスパイスを調合してくれないかと無茶ぶりをしたり、数をできるだけ揃えたり調理法を考えたりと頑張った。


 そんなこんなであっという間に当日に。

 面倒なやり取りは待ちきれないエーゲリアがいることで全てカットされ、アルムフェイルのいる海の上までやってきた。



「じゃあ長門を出してもいいか?」

「ああ、いいぞ」



 足場もない海上にいるので、落ち着いて竜郎たちも食事ができるようにするためにも船の魔物──長門を《強化改造牧場・改》から呼び出しその上に着地していく。

 だがイシュタルとエーゲリアは竜形態のままで、ニーナも大きいままで船の上には着地せず飛んだままでいた。

 その理由は分かっていたので、竜郎は気にせずアルムフェイルが来るのを待っていると、相変わらず尻尾の先が見えないほど大きな龍が海面から顔を出した。



『なんか少しだけ肉付きがよくなったみたいだな。アルムフェイルさん』

『ニーナちゃんが届ける美味しい魔物食材なら、胃にすんなり入るらしいし、たぶんそれが原因だろうね』



 今のアルムフェイルも年老いて目が濁り視力を失った老龍というのは、さすがに変わりない。

 けれど最初に出会ったときのような骨に皮と鱗が張り付いているだけといった痩せ衰えた印象から、少しだけ肉が付いて健康的に見えるようになっていた。

 これならば今日明日にでも死ぬということは、まずないだろう。



「アルムフェイルおじさん! こんにちは!」

「おぉおぉよく来たな。こんにちは、ニーナ。

 そしてイシュタル様、エーゲリア様、ようこそいらっしゃいました。この度はわざわざご足労いただきまし──」

「──堅苦しいのはいいから、早く話を進めましょう。いいわよね? アルムフェイル」

「ええ、エーゲリア様がそうおっしゃるのであれば。イシュタル様も構いませんか?」

「私も問題ない。ということでタツロウ、頼めるか?」

「ああ、任せてくれ」



 いろいろと美味しく食べるために準備はしてきたのだが、アルムフェイルたっての希望──『まず最初は丸々一匹を、あの時のように丸齧りしたい』というものだった。

 彼が他二体の九星たちとドゥアモスを絶滅させたときは、やはり料理などというしゃれたことなどせず、本能のままに食欲のままにガブリとやっていたのだ。

 当時の薄れた記憶を呼び起こし懐かしむためにも、そうして食べてみたいのだと。


 そしてニーナやイシュタル、エーゲリアが未だに竜形態というのもそこにある。その話を聞き、自分も一度はその食べ方をしてみたいと言い出したのだ。

 正直表皮を覆う硬化した羊毛が、邪魔だったり歯触りを悪くするのではと竜郎からすれば思ってしまうのだが、本人が熱望するというのなら否はないと受け入れた。



「じゃあ出しますよー」



 せめてもと痛みを感じさせることなく優しく〆たドゥアモスの新鮮な死体を、竜郎は大変失礼ながらワニにエサをやる気分で風魔法で宙に舞わせ空を飛ぶニーナたちの前へと運んでいく。



「ギャウ!」



 ニーナは大きい姿でも6メートルクラスの竜なので、体高4メートルはあるドゥアモスを一飲みに──というのは無理そうで、高速でかみ砕いてあっという間にお腹に収めるという器用なことをして見せた。


 その近くでは、余裕しゃくしゃくとそんなドゥアモスを一口で口の中に入れてしまうイシュタルたちは、ゴリバリと硬い羊毛も骨も咀嚼で砕き、その滴り落ちる血液の一滴からも美味しさを味わって打ち震えていた。



「これだ……これだった……。おぉ……冥途の向こうにいるオラリカ、クランジェの姿が見えるようだ…………」



 そして特に思い入れのあるアルムフェイルは、白目をむきながら幻想のかつての仲間を見るかのように天を仰いで大粒の涙を流していた。



『えっと……今すぐ逝っちゃうなんてことは…………ないよね? たつろー……』

『さすがにそれは…………ないと思いたい』



 蒼汰に聞くところに寄れば、かなりアルムフェイルの槍を扱う感覚が分かってきたと言っていた。

 そう言う意味でなくとも死んでほしくはないのだが、今死なれては非常に彼が困るのも事実だ。

 それに竜郎が渡した食事のせいで死なれたとあっては、さすがに寝覚めが悪すぎるので止めてほしいと切に願うばかりだった。


 その後も何体か一口でそのまま丸齧りで食べ、その食べ方に満足がいってくれたことでようやく次の料理へと移っていく。

 人間用の料理なので、ニーナは小さくなりイシュタルやエーゲリアは人型へ。アルムフェイルも、いつかのようにエーゲリアの力によって老人の姿へと変化した。


 竜郎が船上に用意した椅子に全員が腰かけていき、テーブルに置かれるであろう料理をまだかまだかと皆が楓や菖蒲のような子供のように目をキラキラとさせて待っていた。


 その様子に竜郎も分からなくもないが苦笑してしまいつつ、一品目のドゥアモス料理を並べていった。



「一品目はオーソドックスにラムチョップです」

「たまらない匂いだな……」



 しかもただのラムチョップではなく、スペルツをつかったスパイスも使い、肉の甘みを引き立たせつつ、ピリリと程よい辛みが後から追いかけてくる来るようなタレがたっぷりとかけられている。

 香辛料の香り高い匂いが、湯気の上がる焼き立ての肉からふわふわと立ち上り、皆の鼻孔をこれでもかと刺激する。


 女帝という地位も忘れて、だらしなくヨダレを垂らしそうになるのをこらえながら、イシュタルは皆と同時にアルミホイルが巻かれた肋骨の持ち手を握り、クリスマスのチキンのようにガブリと頬張った。

 ナイフとフォークでお上品に食べるより、これはこうして食べたほうが美味しいだろうと。



「──っ! うますぎる!!」

「ん~~~~~っ!!! 美味しいわっ! このスパイスの調合はアーロンに間違いないわね! さすがだわ!!」

「おぉ……まさに極楽とはこのことか…………」



 腹ペコドラゴンズ代表とも呼べるエーゲリアにすっかり名前と、スパイスの調合の癖を憶えられたアーロン。

 そんな彼の名前が世界最強の竜であり、大帝国の先帝の口から飛び出した。


 一般人からすれば、神にも等しい物語の存在レベルのエーゲリア。

 もしそのことを知ればアーロンは気絶するかもしれないので、竜郎はいつも「某国の貴婦人がまた喜んでくれていたよ」というだけにとどめている。


 そんなことを考えながら、竜郎もラムチョップに豪快にかじりつく。

 ジュワっとこんがり焼けた表面から肉汁と旨味が口の中に零れ落ち、中の生焼けな部分から柔らかな触感と甘さが広がっていく。

 だが表面にタップリかけられた辛みのあるタレが、最後にぴしっと味を引き締め豊かな味わいをさらに演出してくれる。


 あっという間に全員の前から肉が消え去り、肉について骨すらもイシュタルたちはペロリといただいてしまい皿の上は綺麗なものだ。

 さすがはドラゴン……と変なところで感心しながら、竜郎は次の料理を愛衣と一緒に手早く並べていった。



「次はちょっと趣向を変えて、ドゥアモスの肉を使った揚げたてのコロッケです。これも美味しいですよ」

「私にはタツロウくんが天からのお迎えに見えてきたよ」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ、アルムフェイルさん……」



 さらに馬鹿なことを言い出す前にと、ささっと竜郎も席に戻って湯気が立ち上るコロッケに箸を伸ばしていく。

 それを合図にしたかのように、皆も一斉にサクッと揚げたての衣を切り裂き、まずはソースをかけずにそのまま口に入れていった。



「……これはっ! …………これもいいな。

 優しい味ながらも、しっかりとその美味しさが舌の上から伝わってくるようだ……」

「このホクホクサクサクの触感の中に、ドゥアモス特有の甘さのあるお肉と甘いジャガイモが合わさって────もう最高ね!!」

「これならいくらでも食べられそうだ……」



 これならというが、美味しい魔物食材なら何でも美味しそうに食べているじゃないかというツッコミをアルムフェイルに入れるのを我慢しつつ、竜郎もそのコロッケを味わっていく。

 野菜コロッケと違い肉肉しい羊肉コロッケなのだが、臭みもなく使われた野菜たちと上手く調和し合い、非常に優しい味わいを醸し出していた。

 野菜はもちろん、愛衣の父──正和がスキルも駆使して改良して作り上げた最上級品ばかり。油もレティコルの種から取った美味しい魔物由来のものと、他の食材にも抜かりは一切ない。


 次にこのコロッケのために調合されたスパイスを混ぜ込んだ、濃い口のタレを染み込ませサクッと頬張れば、優しい味からパンチの利いた味わいに早変わり。されど食材の持つ美味しさを妨げることなく、綺麗に調和がとれている。


 これもタレを付けたり、そのまま食べたりとおのおの楽しみながら綺麗に完食し終わった。



「じゃあこれが最後の一品です。どうぞ、召し上がれ」

「これはシチューか。こういうのも美味しそうでいいな」



 最後の料理はゴロゴロと大きなドゥアモスの肉が入った、羊肉シチュー。

 熱々の湯気から立ち上る香りは、これまた最高の一品だと確信を持つに足る極上のもの。こちらにも香りづけにスペルツを使ったスパイスがちゃんと使われてもいるので、普通のシチューよりもずっと匂いが強い。


 大き目のスプーンで野菜と一緒に肉をすくい、シチューのソースと一緒に口の中へ。



「「「──っ!!!」」」



 こちらは最初からクライマックスだとでも言わんばかりに、ガツンとその美味しさを口内に伝えてくる。

 キノコは妖精郷で取れた美味しいキノコ。野菜はコロッケ同様の高級野菜。それらとドゥアモスの出汁がコトコト煮られて混ざり合い、ほんのりと利かせたスパイスが一つの形にキッチリとまとめ上げていた。


 これは竜郎に言わせれば確かにシチューはシチューなのだが、カレーにも近い味ともいえる代物だ。



(これ単品でも最高に美味しいが、ご飯に絡めて食べるとそれはそれで最高なんだよなぁ……)



 試食と評して以前にご飯と一緒に食べたことを思い出し、食べながらもお腹がすくような感覚を味わう竜郎。

 米を愛するところは、さすがは日本人といった所なのかもしれない。


 食欲を刺激する刺激のあるシチューを食べ終わると、皆が皆一様に幸せそうにその味の余韻に浸っていた。

 皿の上には何もなく、しばし楓や菖蒲たちも含め、船上では静かな時が流れるのであった。

次話も木曜更新です!

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