第300話 ドゥアモス実食
最初に生み出されたドゥアモス。楓と菖蒲が勝手に『ぶっちゃ』と呼びだし、それが名前になってしまった個体とともに、さらに数体のドゥアモスをアモスの素材などを複製し創造スキルで数十体一気に生み出していった。
それから『ぶっちゃ』と繁殖用個体は残して、数体をしめて肉に加工する。
そのときの脳や心臓を使って魔卵も創り出し、これで本格的なドゥアモス畜産の下地が完成した。
「あも~あも~♪」
「ふわっふわっ♪」
「「ガウゥ~~♪」」
「メェェェエエ~」
そして竜郎たちが作業している間に、楓と菖蒲にドロシーとアーシェはすっかりとアモスに夢中で、もこもこの羊毛を触ったり背中に乗ったり頭を撫でたりと完全に愛玩動物やぬいぐるみ扱いだ。
ただそれだけ好き放題にされようともアモス本体は一切気にすることなく、ひたすら竜郎が魔法で生やした草が気に入ったのかモシャモシャと食べ続けていた。
「ベェェェ~」
「ニーナはお姉ちゃんだから、ちゃ~んと『ぶっちゃ』ちゃんの面倒見てあげるからね!」
「あはは……ヨダレ垂らしながらじゃなければ素直に褒められたんだけどねぇ」
「ニーナさんは花より団子のようですの」
「見た目に反してミルクがめちゃくちゃ美味しかったんだよなぁ、ドゥアモス」
味を簡潔に説明するなら甘いヨーグルト──もっと言えばフローズンヨーグルトが一番近いか。
それもそんじょそこらでは、まずお目にかかれないレベルの最上級の。
質感はドロドロとしておらず、滑らかでサラサラとした舌触りで喉へと流れ込んでいく。
あくまでその身の肉がメインで、美味しい魔物食材としてしまうと少しだけ物足りないが、それでも準美味しい魔物食材クラスのミルクだ。
甘いくせに後味は妙にさわやかでスッキリ。甘いものをたくさん食べられないような者でも、どんどん飲めてしまう。
甘さ自体も甘ったるいばかりでなく、ほんのりと酸味も感じられる。
それを知ればちびっ子たちの反応も変わるかと思いきや、ミルクは美味しそうに飲み、ぶっちゃにお礼もちゃんと言うがそれでも飲み終われば用はないとばかりにアモスの元へとさっさと帰って行ってしまう。
ニーナだけはその味に文字通り味を占め、積極的にそちらのお世話をしてつまみ飲みしようという魂胆のようだ。
「まあその気持ちも分からなくはないんだけどな。──と、試しに凍らせてみたんだが皆どうだ?」
「うん、もらうね!」
「いただきますの」
「ニーナも! ニーナも!」
「「あうあ!」」「「ガウゥー!」」
これならばただ凍らせただけでもアイスのようで美味しいだろうと、氷魔法でほどよく固めガラスの容器にいれたものを順に配っていく。
「ん、私も貰う」
「うわっ!? って、いつのまに」
「ん、──甘い物の気配がした」
「どんな気配ですの……」
今までいなかったはずのヘスティアが湧いて出たかのように渡す列に並び、竜郎を驚かせながら容器を受け取った。
「あー……原液というか、ミルクの方もいるか?」
「ん、ほしい」
大の甘党である人竜──ヘスティアに見つかれば、この子も毎日のようにドゥアモスの世話をしようとするだろうと思っていたが、案の定気に入ったようだ。
ドゥアモスのミルクアイスを食べては目をキラキラと輝かせ、ミルクを飲んでは頬を緩ませる。
「ぶ、ぶっちゃはニーナがお世話をする子だからね」
「ん、ずるい。私もぶっちゃほしい」
「ぶっちゃはニーナの子だから……ね! パパ!」
「あーはいはい。ちゃんとお世話するならヘスティア用の子もちゃんと用意するから。それでいいか?」
「ん、ありがと。がんばってお世話する」
そんなにケチケチせずともと本来ならニーナに言うところであるが、実はこのミルクには一つだけ欠点があった。
それは一体あたりが出すミルクの量が、体の体積のわりに少ないということ。
それだけ少しの量で抜群の栄養価を、我が子に与えられるということなのだろう。
それでも竜郎や愛衣のような普通の人からすれば十分な量をとることはできるし、楓や菖蒲たちのようなちびっ子ならば分けたところでたかが知れているので問題はなかっただろう。
しかしニーナのように元の体が大きかったり、ただの人よりも頑丈で食欲旺盛な胃袋を持つヘスティアにかかれば、二人分を満足いくまで用意しようとすればそれでは足りない。
故にニーナは頑なに、ぶっちゃは自分のだと主張していたのだ。
ヘスティアが知れば一体は確実に欲しがるだろうなと思っていたが、まさかこんなにすぐに生み出すことになるとはと考えながら竜郎はヘスティア用のドゥアモスを魔卵から孵化させた。
「じゃあこの子はヘスティアに任せるからな」
「ん、任せて。よろしく、ぶっちゃ2」
「ベェェェ~」
「……えーと、ヘスティアちゃん? それがその子の名前なの?」
「ん、分かりやすくていい名前」
「そ、そうなんだ」
愛衣ですらそれはどうなんだと思うような名前であったが、本人ならぬ本羊は気にした様子もない。ヘスティアにも特に悪意があって、そう付けたわけではなさそうなので竜郎はあえてスルーすることにした。
「あとで適当に放牧場でも作っておくかな。さて、あとはお楽しみのお肉の実食だ」
「おっ、いいねぇ。待ってました!」
「ニーナもお腹ペコペコ」
「さっきあんなにミルクをがぶ飲みしてましたのに……」
心なしかお腹がぽっこりしているような気がしなくもないのだが、それでもニーナにとって肉は別腹のようだ。
さすがにアモスやドゥアモスの前で食べる気にはならなかったので、一時的に竜郎の《強化改造牧場・改》の中へと入ってもらう。
それから既に綺麗に部位ごとに《無限アイテムフィールド》内で分けてあるので、さっそくここにいない人たちに先駆けて味見をしてみることに。
いつもならさっさと帰ってしまいそうなフレイヤまで残っているのは、この役得が残っていたからと言っても過言ではないだろう。
即席のバーベキューセットを取り出し組み立て、竜郎は炭火であぶられる金網の上に肉をおいていった。
ジリジリと強火で表面が焼かれ、周囲に香りが広がっていく。
「お~~♪ チキーモとは違う香りだね」
「羊肉というと癖のある印象があるが、匂いからはぜんぜんそんな感じはしないな」
「ん、ちょっと甘いにおいもする。さすがミルクが甘いだけはある……」
「脂身はそれほどなさそうですの。ですが匂いからして淡白というわけでもなさそうですわ」
「ジュルリ──」
ちゃっかりつまみ食い班に加わっているヘスティアは「肉まで甘そうとかマジ神食材?」と捕食者の目付きになり、ニーナは妹たちの前で必死にヨダレを垂らさないようこらえるのに必死だ。
「あんまり焼きすぎても肉本来の味がなくなるだろうし、まだ赤いがレアでいってみようか」
「だね!」
レアな焼き加減の状態の肉を金網からとってそれぞれに冷める前にさっさと手渡し、いざ実食。
まず最初は塩も何もかけず、そのままの味を楽しむべく竜郎は愛衣と同時に箸で肉を摘まんで口の中に放り込んだ。
「「っ!!」」
やはり初めて味わう美味しい魔物食材は、声にもならない衝撃だった。
チキーモよりも弾力のない、柔らかすぎるほど柔らかな肉の触感。噛むという溶けるように口の中に消えていき、クセも臭みもないコクのある肉の旨味が口いっぱいに広がっていく。
「ん! これ好き!!」
思わずヘスティアが大声を上げるほど、彼女のお口に合ったようだ。
というのもドゥアモスの肉には、チキーモや白牛たちの肉にはない独特な甘みがあった。
独特と言ってもそれは嫌な甘みではなく、優しい甘さ。じわじわと肉の旨味に遅れて、後味にアクセントを利かせるように甘さが鼻腔を抜けていく。
「なんといいますか……今まで食べたお肉の中で一番上品な味がする気がしますわ……」
余韻に浸るように、フレイヤもうっとりしながら頬に手を当てその味を楽しんでいた。
肉の味はもちろんするのだが、肉だ!という肉々しい力強さのある味ではない。羊毛のように柔らく包み込んでくれるような、そんな柔らかで優しい肉の味。
「「ガゥガッ──ガウッガッ!」」
「「まっ──うままっ! うまうまっ!!」」
ちびっ子たちにもその優しい味は大盛況。もちろんチキーモも大好きな四人だが、これはこれで最高だと必死に竜郎に次の肉をせがんでいた。
そのリクエストにこたえながら、竜郎は他のここにいる皆の分も追加で焼きながら網の上で炙られる肉たちに視線を向ける。
「しかし驚いた。同じ肉食材だって言うのに、こうも違うのか……」
「これは三体目の肉食材の時も楽しみだね! たつろー!」
「ああ、そうだな。とはいえ次も肉というわけにはいかないんだけどな」
「えー、ニーナは次もお肉でいいよ!」
「お肉続きはちょっと。魚介も復活させたばかりですし、私は次はお野菜系がいいかもしれませんの」
「ん、次は断然果物一択」
今まさに新たに手に入れた美味しい魔物を食べている最中だというのに、もう次の話かと苦笑しながら竜郎は次に赤みがほとんどなくなるまで焼いたドゥアモスの肉を食べていく。愛衣たちもそれに続く。
「っ!! これはこれでいいぞ!」
「ほんとだ! 甘みはちょっと薄まったけど、それでも柔らかいし、さっきより肉の味がくっきりした気がする!」
「ん……、美味しい、美味しいけど、さっきの方が良かったかも」
「けれどこれはこれで良い物ですの。少しだけワイルドになったといいますか、こちらの方がお肉を食べている気になれますわ」
「おいしー!」「「ガウガウッ!」」「「あうあうっ!」」
肉自体の硬さは増したが、それでもお年寄りでも簡単に噛み切れるほど柔らかい。トロトロの触感から、フワフワに変わったと言えばいいだろうか。
焼くほどに甘みは飛んでいってしまうのかあの上品さを醸し出す甘みは薄まってはいるが、それに反比例して肉の旨味がよりダイレクトに舌に伝わってくる。
焼くほど肉汁が落ちてジューシーさが失われていくのが普通なのだが、ドゥアモスは焼くほどにジューシーな肉らしさが顔を出す不可思議な肉のようだ。
「これに合うスパイスが作れたら、また違う味も楽しめるだろうし、やっぱり研究ができる人を確保しておいて正解だったな」
「同じお肉でも無限に違う味が楽しめそうだもん!
はやくフローラちゃんだけじゃなくて、アーロンさんにも食べてもらって研究してもらわなきゃだね」
カルラルヴ大陸にいるアーロン。フローラは生まれ持ったセンスで調合するのに対して、彼はセンスもあるのだがそれ以上に蓄えた知識と経験に裏打ちされた実直なスパイスの調合をしてくれる。
なので同じスペルツを使ったスパイスであろうと、フローラだけで作ったものとアーロンだけで作ったものでは味が違ってくるのだ。
もちろんそのどちらも、最上級に素材の味を高めてくれるのは間違いない。
──と、仲間であるフローラ以外に、アーロンという名前が出たことでニーナの脳内にとある人物の顔を思い浮かんだ。
「あ! そうだ、パパ! アルムフェイルおじさんにも食べさせてあげよーよ!
最初にあったとき、食べたいって言ってたでしょ?」
「あーそういえば……」
竜郎の「そういえば」の中には食べたがっていたという情報よりも、『他2体のはらぺこドラゴン──オラリカ、クランジェと共にドゥアモスを滅ぼした原因』という旨の方が比重が大きかったが、確かにと思い出す。
「まあもうこっちでいくらでも生み出せるようになったわけだし、蒼太の件もあるから行ってみてもいいか」
「あ! でも待ってたつろー。それならエーゲリアさんも誘ったほうがいいんじゃない?」
「それは言えてますの。ニーナさんのおじさまのためにも、その方がいいと思いますわ」
「そ、それは確かにっ。急いでいつならいいかイシュタルに聞いてもらおう!」
「ぎゃう?」
ニーナはどういうことだろうと可愛らしく首をかしげているが、ニーナがエーゲリアよりも先にアルムフェイルを思い浮かべたという嫉妬、自分よりも先にそんな美味しい食材を食べるなんてという嫉妬などなど、そんな後でチクチク愚痴を言われそうな状況からアルムフェイルを救い出すためにも、せめて同時に食べてもらうのが重要なのだ。
なにせ食べ物の恨みは恐ろしい──というくらいなのだから。
次も木曜日更新予定です!




