第275話 香辛料無双
視察を終えた後は弾丸ツアーで疲れているであろう皆をもてなすためにと、地下鉄に乗って移動し、魔物園の中央辺りにあるフードコートエリアまでやって来た。
今いるのは三つのランクに分けた飲食店の中で、最上級クラスの高級料理を出す予定の店内。
現在設備は最低限のものしかないし、そもそもリアくらいしか今いる人員で今いる人たちに提供できるレベルの料理を作れる者もいない。
けれど竜郎の《無限アイテムフィールド》には、事前に今日試しに出してみようと考えている料理が収納されている。今回はそちらを提供する予定だ。
『試作段階だが、アーロンさんも色んな意見が欲しいって言ってたしな。
ついでに試食もしてもらって意見を聞いてみよう』
『ニーナもお腹すいたー!』
『ふふ、じゃあ沢山用意しないとね』
竜郎たちがいる時点で安全は約束されたようなものだとはいっても、職業柄座るわけにはいかない護衛の者たち以外は全員席に着き、既に料理を待っている状態。
だが護衛たちも食べられないのは可哀そうだと、立ちながら交代で食べられるように、別途後ろに机を用意した。
竜郎たちの出す料理の美味しさを一番わかっている、護衛の中に含まれている近衛隊長のレスは、目を潤ませながら竜郎たちにお礼を言ってくれた。
竜郎たちが手分けして、それぞれの席に料理をサーブしていく。
今回の料理の主役は香辛料となる魔物『スペルツ』。他の美味しい魔物シリーズは、あえて封印し、香辛料だけでどこまで舌の肥えた人たちを満足させられるか試すつもりだ。
試すと言ってもちゃんと竜郎たちが食べて、これはいいと思った物ばかりなので自信はある。
「なんというか、食欲をそそる香りだね」
「ほんとうですな、殿下。私は野菜がそれほど好きではありませんが、これは今すぐにでも食べたくなるほどです」
最初の一品目は香辛料を使ったサラダ。
使われている野菜は全て愛衣の父──正和の、もはや農園と呼んでもいい場所で採れた品種改良が進んだ野菜たち。
美味しい魔物ほどの衝撃はないが、こちらも高級野菜として売り出しても文句がないほどの味に仕上がっている。
そんな野菜を食べやすいようにカットして盛り付け、日々スパイス研究に励んでいるアーロンが配合したスペルツ入りの香辛料を振りかけただけの軽い食べ物。
しかしそこから漂う独特なスパイスの香りに、野菜が得意ではないと言った老貴族も早く食べたそうに無意識にお腹をさすっていた。
サラダを配膳し終わった後に、飲み物も配っていく。
こちらはお酒と果物の炭酸ジュース、どちらかを選んでもらう形となっている。
リオンやルイーズも含め、大概のものはこの後、視察した内容についての話し合いや調整など、まだまだ仕事があるのでジュースを選択。
その中でこの後はオフにする気満々のハウルや冒険者ギルドのエディット。商売の香りを察したのと、アルコールに強いということもあって商会ギルドのマックスなどはお酒を選んでいた。
こちらも配膳し終わった後は、簡単に料理の説明をしてから竜郎たちも座り、食事の時間がはじまった。
「「「「「「──っ!?」」」」」」
スペルツが入った香辛料さえなければ、本当にただのいい野菜を使ったサラダ。
けれど香辛料の風味が食欲を誘い、野菜それぞれの旨味を引き立て、皆が衝撃を受けながらペロリと一皿をあっという間に平らげてしまった。
「これは本当に普通の野菜を使っているのですか!?」
「こんなに野菜を美味しいと思ったことなんて、ありませんよ!」
「今回の野菜は、特別な美味しい魔物の食材というわけでもなく、こちらで栽培した野菜ですよ。
今回は香辛料をメインに据えているので、他は全て手に入れやすい食材を使ったものを出していく予定ですから」
「これが手に入れやすい野菜……?
信じられない……香辛料一つでここまで変わるものなのか……」
舌の肥えているであろう貴族たちですら、香辛料の力に唖然としていた。
だがまだまだ始まったばかり、この程度で驚かれては話が進まない。
「飲み物にも香辛料を使っているので、そちらもご自身のタイミングでお試し下さい。
では二品目を並べていきますね」
飲み物にも!? とこちらが二品目を配っている最中に、皆が興味津々な様子でそちらにも口を付けていく。
「う、うまい!」
「ただの炭酸果汁だと思っていたのに、なんなんだこの風味はっ」
リンゴの果汁と炭酸水に、フルーツにあう配合の香辛料を混ぜ、甘みを引き立てさせながら、よりスッキリとした後味の上品な飲み物に仕上げていた。
「この酒も何とも言えない風味があるな……。素晴らしい酒だ」
「こちらは、さぞいいお酒を使っているのでしょうね」
「いいえ、そちらは大きいボトルで2000シス程度の値段のお酒ですよ。エディットさん」
「なにっ!?」「「ええっ!?」」
ハウルもエディットも、そして高級酒だと思いながら味わっていたマックスも、目を見開いて声をあげる。
貨幣価値は日本と大差ないので、2000シスは2000円程度だと考えてもらえばいい。
実際に今回のお酒は酒竜の物ですらない、日本のネット通販で普通に売られていた安いジンを使ったものなので、それで高級酒というには無理があるだろう。
「これが、たった2000シスの酒だというですか!?」
「はい。事前に香辛料を入れて数週間、寝かせただけのもの──だと聞いています。
なんでも安いお酒の方が、逆に香辛料の風味を感じやすいからだとか」
香辛料を漬けたお酒に、こちらもスペルツが混ざった香辛料をブレンドした特製トニックウォーターで割ったものを今回は提供している。
そのままでも充分に美味しく仕上がっているが、ロックでジンは度数が高すぎるし、ただの水で割るくらいなら──ということもあって今回はこうした。
竜郎がそれぞれの質問に答えている間に、二品目がそれぞれのテーブルに配り終える。
こちらもまた違った香りが、室内に充満していく。サラダで食欲を刺激されていたおかげで、飲み物の事も一度忘れて皆そちらを見入っていた。
「次はパンとスープです。スープは熱いので、気を付けください」
タマネギとベーコンが入ったコンソメスープに、小さなパンを一つずつ。
こちらも双方に合うようなブレンドが、ほどこされた香辛料を使っている。スペルツ以外は、普通の食材しか使っていない。
タマネギの甘さとベーコンの持つ旨味、そしてコンソメの深い味わい。
こちらは香辛料自体はそれほど主張していないが、それら三つの味をより一つの味へと昇華させ、高級食材すら敵わないコクと旨味が舌の上に広がっていく。
スープを口につけ、パンを一口。するとまた舌の上で味が変わる。
スープでは主張が抑え目だった香辛料が、パンを口にすることで強くなり独特な風味が鼻から抜けていく。
スープ、パン、スープ、パン。それが無限に繰り返せそうな、二品目に高級食材を食べ慣れている人たちも夢中になって最後まで平らげた。
二品目が終わると三品目──魚料理を並べていく。
「こちらもさきほどと同じく、手ごろなお値段の一般家庭の人でも手に入れられる白身魚を使っています」
切り身半分程度の量が乗った白身魚のポワレ。食材も調理法もいたってシンプルで、乱暴に言ってしまえば皮ごと焼いただけの魚料理だ。
最初に振り掛けた塩すらオブスルの高級塩ではなく普通の塩。だが焼いている最中に香辛料を味付けとして振り掛けたことで、ただの魚料理から最高の魚料理に格上げされていた。
「何度聞いても信じられませんな……。これまで食べて来たものは何だったのか……」
「魚というのは、こんなにも味わい深い物だったろうか……」
皆うっとりしながら食べているそれは、一口食べればカリカリに焼かれた皮がサクッと、それでいて身はふんわりとして、この料理のためにブレンドされた香辛料が旨味を濃縮させたかのように、ほのかに香るエスニックな風味とともに魚本来の味が広がっていく。
サラダにスープとパン、焼き魚。それぞれ量は少なめだが、それでもそれだけ食べれば、お腹が空いていてもある程度、満足感もでてくる頃合いだ。
食が細い人なら、もういいですと言ってもいいくらいには食べたはずなのだ。
しかし男性も女性も関係なく、普段それほど食べるわけでもない人であっても、未だに空腹冷めやらぬとばかりに期待の眼差しを竜郎たちに向けてくる。
『これ本当に、美味しすぎて食べ過ぎちゃう人量産しそうだよね』
『ニーナももっと食べたーい!』
『美味しいからって言うのもあるし、美味しい魔物の食材は大概そうだが、食べても食べても次が欲しくなるんだよな』
『兄さんたちは老いなくなったのと同じように、体型が変わることがないんですから関係ないでしょうけど、私はたまにちょっと怖くなりますね。
普通に自堕落な生活をしていれば、太ってしまいそうです』
『リアはまだまだ痩せすぎですの。もっと肉が付いてもいいですの』
『リアさんが痩せすぎかどうかはともかくとして、魔物園や遊園地を回って歩くというのもいいかもしれませんが、大人が楽しく体を動かせる施設もやはりどこかにあった方がいいのかもしれませんね。
いくら生魔法があるとはいえ、太り過ぎれば早死にする人も増えるでしょうし』
『ならいっそのこと野球とかサッカー、バスケとかのチームを、スポンサーになって作ってみるか?
場所さえ用意すれば、触発されて草野球とか野良サッカーとかするかもしれないし』
『ただそうなると、こっちの人の身体能力に合わせたルールにしないとダメそうじゃない?
そのままだと、絶対ルールが滅茶苦茶になりそう』
『ある程度のレベルがあれば、地球じゃ簡単にエース選手になれてしまいますからね』
そこまで考える必要は竜郎たちにはないのだが、この食欲に取りつかれたような人たちを前にしてしまうと考えてしまう。
とはいえそういうのはリオンたちが何とかしてくれるかもしれないと、いざとなれば問題を丸投げする気満々で、四品目のメインディッシュ──肉料理を提供していく。
「こっちはせっかくなので、使っている肉も良い物です。普通の食材のときと比べて、美味しさに違いがあるかなど感想を聞かせてもらえると嬉しいです」
肉はチキーモではないが、今回の料理は準美味しい魔物と言ってもいいほど上質な魔物食材──白牛の肉を使用したステーキ。
肉に振り掛けた物と、ソース自体に香辛料を使っている。
これが一般的な食材でないのはメインだからというのと、良い食材を使えばより美味しくなるのかなど多くの人のデータが欲しかったからだ。
「これはまた美味しそうだ」
ハウルは生唾を飲みながらも、大人しく全員に料理が配膳されるのを待っていた。
目の前の皿の上には分厚い肉塊のようなステーキ肉。表面に焦げ目がついているが、まだ赤い部分が残っているミディアムレアな焼き加減。
肉やソースに使われた香辛料の香りが、暴力的なまでに食欲を刺激する。
「では皆さん、どうぞ食べてみてください」
練習でもしたのかというほど同時にナイフとフォークを手に持ち、我先にと切り分けた肉を口の中に放り込む。
外側の歯ごたえのある焼けた肉のジューシーさを抜けた先に、溶けていくような肉の柔らかさ。
肉汁が口の中にぶわっと広がるのと同時に、香辛料のスパイシーな辛みと肉の甘さが絡み合い、脳天を突き抜けるほどの旨味が口の中を支配する。
薄くかかった酸味のあるソースも噛むほどに口の中で絡まっていき、肉本来が持つ味により深いコクを生み出し、べたつくような感じを一切残さない引き締めるような後味を残していく。
そのせいで肉だけでは次第にくどくなりそうなものなのに、分厚い肉の塊も見る見るうちに消費されて行ってしまった。
「いやはや……、もう終わってしまった……」
「こんなに一度に肉を食べたのは初めてかもしれない」
お腹は満たされてしまったはずなのに、まだ体は肉の続きを求めて握ったナイフとフォークを誰も離さない。
そこで竜郎たちは、すぐにデザートを用意していく。
デザートはフォンダンショコラ。ちょこんと小皿に乗った可愛らしい焼き菓子のようなそれを見て、本能に従うかのようにリオンたちは持っていたナイフで切れ込みを入れる。
サクッとナイフをさしこむと、中から香辛料の香りとトロトロに溶けたチョコレートが零れだしてくる。
このデザートには、中のチョコに香辛料を混ぜ込んでいたのだ。
外側のサクサクの生地をフォークで刺して、中からこぼれ出てくるチョコに絡めるようにして口に運んでいく。
「甘いのに……なんて爽やかな味わいなんだ」
「チョコレートは、もっとこうくどいまでに甘いのが持ち味だと思っていたが、これは見る目が変わるな……」
サクサクの生地と温かなチョコレート。それだけでも美味しいのだろうが、ここでまた香辛料が活躍する。
チョコレートの最初の甘さは邪魔しないように、けれどミントほどの主張はないがスッとする風味が最後に残り、ただ甘いだけではない不思議な味わいのデザートになっていた。
そのおかげで口の中が甘ったるくなるのを抑え、膨れたお中であっても苦も無く胃の中に収めていける。
ここまで美味しい魔物シリーズはスペルツのみという縛りだったが、それでも皆が皆、他のシリーズの食材を食べたときと同様に幸せそうな顔をしていた。
そのことに満足感を覚えながら、竜郎たちは最後に食後のコーヒーとクッキーを提供していく。
もちろん、これらにも香辛料を使っている。
コーヒーはより香りを引き立て、味わい深くするように。クッキーは甘さ控えめのあっさりしたものだが、香辛料の豊かな風味を楽しめるように。
全員余すことなく食べ終え、お腹をぽっこりさせながら静かに食後の余韻に浸りはじめる。
『これは……詳しい感想とかは今、聞けなさそうだな』
『あとでアンケート用紙を作って、それぞれに記入してもらいましょうか? 主様』
『それもいいかもしれないな』
『けどこれで試作段階っていうんだから、香辛料って言うのも凄いもんだよね。完成したらどうなるんだろ』
『他に使っている食材も、ある程度の品質さえあれば高級食材に早変わりですからね。
スペルツ以外のコストを考えれば、恐ろしいほど有能な食材なのかもしれません』
しかしそれだけ優秀で使いどころが多いとなると、いくら他の食材を安く抑えたところで──という話になってくる。
他の食材と違い香辛料の組み合わせを試していくのにも必要になるし、自分たちでも使っていきたい。その上で他に流す分もとなると、そこまでの量はまだ出せない。
これはスペルツも急いでもっと量産体制を敷いていかなければ、そのうちとんでもない値で取引されることになりそうだと危機感を覚えた。
お金儲けがしたいならそれでもいいのだろうが、竜郎はもっと美味しいものをこの世界に広げていきたいのだから。
次も木曜更新予定です!




