第263話 灼熱区画完成(仮)
『氷雪』区画は竜郎が魔法で作った雪と氷の大地によって、向こう千年は余裕で融けることなく冷気を放つ極寒地帯にしていた。
もし熱を通さない竜水晶のガラスが間になければ、普通の人間などすぐに氷漬けになってしまうほどの。
そして今から作りはじめる『灼熱』区画は、その逆だ。
ガラスで仕切られていなければ、一瞬で常人は焼死する地獄のような空間。
そこまでくるとさすがの楓や菖蒲も不快に思う熱さになってしまうので、最初に魔法で保護しておく。
周囲に涼しい風の膜ができたことで、2人はきゃっきゃとよく分かっていないのに楽しそうにはしゃいでいる。
「それじゃあ、はじめるか」
「こっちはどんな感じにするの?」
「ヴィーヴルの要望に応えつつ、派手で見ごたえのある空間にしてみたいな」
火竜──ヴィーヴルの要望を従魔契約のパスで聞いたとき、マグマの中を泥浴びするようなイメージが伝わってきたので、マグマプールは確実に設置することに決めていた。
だがプールだけでは芸がないと、そこを起点にしたマグマの川も用意することに。
まずは月読と一緒に竜水晶でケージを作り、外への影響を出さないように最初に囲ってしまう。これで下準備は完了だ。
「この辺でいいかな。天照、一緒にやるぞ」
「──!」
強力な火炎球を天照と一緒に作り出し、ちょうど灼熱区画の真ん中、奥側に近い場所に落としていく。
見る見るうちに地表は溶け出し、火炎球はその中に沈んでいく。
ボコボコと大地が沸騰する音を響かせ、灼熱区画全ての大地がマグマへと変わり果て足の踏み場すらなくなってしまう。
愛衣は気力で作った足場に立ちながら、マグマを触りたそうにしている楓と菖蒲を抱っこする。
「全体のイメージはこんな感じかな。いくぞ」
「────」
ジュゥッ──と今度は陸地になる場所をあえてマグマを程よく冷やして固めて、マグマを泳がない魔物たちのスペースも確保していく。
こうしたほうがリアルで雰囲気のある陸地になると踏んだからなのだが、竜郎が思っていた通りいかにも火属性に偏った魔物がいそうな大地ができた。
黒い地面全体に広がるヒビ割れた隙間から、固まり切らなかったマグマの光が薄っすら差して見る分には美しいが、何の耐性もない者が裸足で歩けばあっという間に肉が焼けて足がなくなるほど熱い大地が。
上から見ると火炎球を落とした区画の中央奥側付近に大きなマグマのプールがあって、そこから横1~4メートルの不規則な幅のマグマの川が6本、放射状に広がって区画全域に伸びていく。
マグマ川の流れはマグマプールからはじまり、地表の終点からは地下を通ってマグマプールに戻るような流れになっていて、止めなければ永遠にその流れを保ち続けるよう魔法でいじってある。
また川とは別に地表にもいくつか穴が開いて地下で繋がっており、間欠泉のように時々マグマが噴出するギミックも付けておいた。
あとは周りの意見も聞きながら大小さまざまな溶岩石を不自然に見えないようあちこちに設置して、魔物たちの隠れ場や登って遊べる場所も作る。
さらに装飾もかねて竜郎の火の魔力をたっぷりと吸った、赤く光る筋模様が入った特殊な透明水晶をあちこちに飾り立てていく。
周囲の光に反射して水晶がキラキラと煌めいて観客の目を楽しませてくれる他に、火の魔力を好む魔物たちにとって、その水晶の周りは心地いい空間となるなどいいことづくめな代物だ。
この特殊な水晶のベースとなっている水晶自体はありふれたものだが、リアが適当にエーゲリアの側近眷属としてセリュウスと双璧を成すアンタレスの鱗を少し混ぜただけで、火の魔力限定だが優秀な魔力蓄積鉱石に変化してくれた。
「これで完成?」
「いや、もう一つ特別な空間を作る」
「おー、それは楽しみだ」
最後に作るのはドラゴンの住処。
マグマプールの周辺を円錐台の天井だけ空いた壁を作り上げて囲っていく。
材質は溶岩石に見えるように作った竜水晶製で、ヴィーヴルが間違えてぶつかっても壊れないほど頑丈だ。ここはあえて外からは見えないようにした。
広さは18メートル級のドラゴンであるヴィーヴルでもゆったりと寝ころべる程度で、空を飛んで壁を越えて区画内ならどこへでも移動できるようになっている。
横から見れば小さな火山のようにも見えるだろう。
そしてその小山の中心地から一方向にだけ、区画の中央にまで真っすぐ繋がる洞窟のような広いトンネルを通していく。
そんな洞窟トンネルが唐突にあるのは客観的に見て不自然なのだろうが、逆にアトラクションぽさが出ていいのかなと竜郎は思っている。
トンネルの内装はしっかりと作りこみ、いかにも何かがその先に待ち受けているであろう、どこか神秘的ながら畏怖を感じるような荘厳な空間を演出していく。
ところどころに明かりとしてただ光魔法を付与しただけの宝石を内壁に埋めてちりばめていき、足元は見える程度のほんのりと薄暗い雰囲気を出す。
宝石はギラギラとさせず、ちらりと見えるさりげない程度に煌めいて、見せびらかすような下品な明かりにしないように気を付ける。
「ここには透明になれる洞窟ヘビの魔物がいるから、その子がいきなりここで姿を現して通り抜けていくってのも良いかもしれない」
「気配とか分かんない人だとビックリしちゃいそうだね」
『ピュィーイ、ピィィーーューィ?(なんだかお化け屋敷みたいになってきてないかしら?)』
「ここのイメージは、洞窟の奥にある魔竜の寝床を目指してやって来た勇者が通る道って感じだなんだよ。
この世界の人なら子供の頃、寝物語や絵本で出てきた竜を倒す主人公に憧れたりしたことはあるんじゃないかなってな。
それなのに何のハプニングもなしで竜にまでたどり着いたんじゃ、正直拍子抜けしちゃいそうじゃないか?
約束された安全に、だけど危険な場所なんだって思わせるエッセンスは必要だと思うんだ」
『ピューィ、ィィーーイュイ(あー、それならわかるかもしれないわ。パパ)』
ようはここで現実では本当に限られた人間にしかできない〝竜の巣への潜入〟を、安全に体験できる空間を作りたいと竜郎は思ったのだ。
せめて疑似体験ができれば子供の頃の憧れを思い出して、この世界の人たちも楽しめるんじゃないかと。
もちろん大人だけじゃなく、子供がその想像力を生かして腕利きの冒険者になりきりながら楽しんでもらっても構わない。
「そして魔竜の巣への潜入を果たした冒険者たちは出会うわけだ。本物の竜に」
洞窟の内装づくりをしながら奥までたどり着けば、そこにはマグマ池が広がっている。
そしてそのマグマの奥には、この世界の上位存在──竜が悠然と待ち構えていた。
……というシナリオが、竜郎の頭の中でできていく。
「どうせなら地面にただ立っているなり、寝そべっているんじゃなくて、ヴィーヴルちゃんが映えるようなラスボスの玉座みたいなのがあってもいいかもしんないね」
「玉座か……、椅子があったら違和感が凄いが、さらに箔をつけるような豪華な住処はあってもいいかもしれないな」
試しにヴィーヴルが待機するに相応しい座を用意してみることにした。
とはいえイシュタルやエーゲリアたちが座るときに使っているようなフカフカ座布団では、さすがに雰囲気が壊れそうだ。
かと言って鳥の巣のような粗末なものを作っても大なしだ。
ヴィーヴルほどの迫力があっても視界に入り、けれど主張しすぎずこの場の主を最大限に引き立てる座を作らなくてはならない。
「それにヴィーヴルちゃんの居心地が悪いのもかわいそうだよね。長時間そこに座ってることもあるだろうし」
「それもそうだな。よし天照、月読」
「「──」」
何となく固まってきたイメージを膨らませながら、あれこれ試行錯誤しつつ形にしていく。
どうせ後でリアの持つ抜群の美的感覚で、これまでの道なども含めて微修正してくれるだろうから、自分がやるのは大雑把にこうしたいというのを見せればそれでいいはず。
そう開き直りながら竜郎は、天照や月読と一緒に火竜の玉座を創り上げた。
「おー、けっこう良い感じじゃない?」
「「あうっ!」」
「この子たちも良いって」
「なら悩んだかいがあったよ」
それは黒曜石と真っ赤に輝くルビーのような質感で作り上げた、炎のような輪郭をした薄く平たい豪華な大岩──と表現すればいいか。
実際にヴィーヴルを呼んで、座り心地を確かめてみてもらう。
「ギャオッ♪」
「こっちも良い感じみたいだね」
中央には竜郎の火の魔力を吸った特殊な水晶が大量に埋め込まれているおかげで、常に力強い火の魔力に囲まれ非常に心地よさそうだ。
さらにすくっと宝石のような大岩の上で立ち上がると、下からライトアップするように赤く光っているので、竜の体をぼんやりと浮かび上がらせ、ただ恐怖を植え付けるだけではなく、どこか神秘的な竜といった装いを見せていた。
これはなかなかよくできたと竜郎は自画自賛しつつ、この『灼熱』区画は特殊なつくりにするつもりだったので、まだ通していなかったお客が通る竜水晶のトンネルを設けてから、この区域で過ごしてもらう魔物たちも解放して住み心地を確かめて来てもらう。
ここではヴィーヴルがメインとなっているが、他にも亜竜の巨大火蜥蜴の番やフェニックスそっくりな火鳥、マグマを泳ぐ巨大ウナギ、マグマゴーレムなど目を引く派手な魔物もちゃんといる。
他にも小さな火蜥蜴や火の玉のウィスプ、火炎コウモリ、火テントウムシなどなどバリエーションも取り揃えてにぎやかだ。
「それじゃあ、後で迎えに来るからここの居心地の感想をあとで教えてくれ」
「グルォオオオ!」
ここは他と違って絶対的な上位者がいる。野生で出てくれば問答無用で襲い掛かってくるような魔物たちも、ヴィーヴルの前では反発することなく統率を取ってばらけていった。
今後開園までに微修正していくだろうが、ひとまず魔物本来の姿を見せることを目的にした野生コーナーは完成した。
なので次に入り口から見てその左隣、可愛い魔物たちを見て心を癒してもらう〝清福〟コーナーに着手していく。
野生コーナーは大きく6区画──『サバンナ』『森林』『氷雪』『砂漠』『沼地』『灼熱』と分けてきたが、こちらは大きく三つの区画に分けようと昨夜話し合って決めている。
まずは入ってすぐの一つ目の区画『妖精の森』。
地盤や地形の調査をしてから竜水晶で巨大なケージを作り、地形の改変を魔法で押し進めていく。
だがここはこれまでと違い、たっぷりと樹魔法の魔力を大地に浸透させて、綺麗に切り揃えられた草花を自然な様子で生やしただけで他には特別なことはしていない。
「これだけだと殺風景だねぇ」
「だから早く呼んでやらないとな」
そう言って竜郎は《強化改造牧場・改》から、いわゆるトレントと呼ばれる魔物に分類されるものたちを複数召喚していく。
ただそれらはかなり上位の木の魔物で、12種類──この世界にある『闇、火、水、風、土、樹、雷、氷、生、呪、解、光』の12属性それぞれの属性分存在していた。
闇ならば影でできたような木、火ならば枝の葉が燃え続けている木、ゼリーのような葉を生い茂らせ水滴を滴らせる水の木、などなど自分と同一属性の木同士で纏まっていく。
「互いに干渉しあわない程度に離れてから、根付いてくれ」
「「「「「「「ゥォォォォォ」」」」」」」
木の洞に風が通った時のような不気味な音で返事をしながら、12種類の木たちが同じ種同士で行列を成して散らばっていった。
「あとはあの子たちが勝手に環境を作ってくれるんだよね」
「ああ、だからこの場所は12属性全ての森が見られる場所にもなるってことだな。
そして上手く根付いて環境を作り終わったら、それぞれの属性の妖精を放って妖精の森の大枠は完成だ」
竜郎たちの想定通りことが進んでいけば、この地はそれぞれの属性に別れた上位のトレントたちのもとに、蜜を求めて吸い寄せられるハチのように、それぞれに対応した小さな妖精の魔物たちが暮らすことになる。
その小さな妖精は手のひらに乗れる人型の魔物で、目の部分が少し昆虫のようになっているが、ほとんど人と変わらない可愛らしい容姿をしている。
気質も個体差はあるが、概ね温厚。好奇心旺盛で人懐っこい部分もあるので、ガラス越しに何だろうと近寄っては、お客を楽しませてくれるのではないだろうか。
ガラス越しなのは、この妖精の魔物は非常に珍しく、愛らしいために、持っていこうとする輩が出てくる可能性が高いから。
攻撃性は低い魔物たちだが、それでも怒らせて敵に回れば集団で襲い掛かってくるので、普通の人からすれば充分危険──という面もある。
他にも妖精以外に、属性で翅の質や色が変化する美しい蝶々の魔物たち、12属性分の小さな花の魔物。
12属性に分かれたリス、サル、イタチ、タヌキ、キツネなどなど、見た目が可愛らしかったり綺麗な小、中型動物系の魔物たちも放つ予定だ。
ここが完成すれば、『妖精の森』に相応しい光景を見せてくれることだろう。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




