第257話 町の打ち合わせ
責任者となる予定の王子リオン自らの仕切りによる打ち合わせの第一段階目として、町の大まかな施設の建設地、またはその予定地などが書かれた地図が彼の護衛騎士によって机の上に広げられていく。
全体像としては横から見た御碗をさかさまにしたような形状。
御碗でいう底の出っ張った高台の部分は基本的に立ち入り禁止で、その先は竜郎たちが普段いるカルディナ城のある方角へと続いている。
この部分に関してはカサピスティ側もノータッチなので、今回はただの空白地として記載されている。
「我々が今いる場所はここで、私やルイーズが住まう区域がこの辺り。
そして貴族区画もこの辺りにまとめることになっている」
「私たち側のほうに繋がる門があるところの真ん前にあるんだね」
「ここは本来なら人が住めるはずのない魔境の中だからね。
私たち、特にお兄様がそんな場所でも一番安全圏から遠い場所に住まうことで、ちゃんと安全対策は取っていると内外へ示そうってのが一番の理由かな」
「確かに王族がそこにいるとなれば、手っ取り早く信用させられそうだしな」
ここは公の場ではないので、竜郎と愛衣もリオンとルイーズと気さくに話していく。
まず王族が住まう区画は町の裏門を守るように、その真ん前に建てられていた。
そうすることで本当に人が住んで大丈夫なのかと不安に思う人たちへのアピールにもなるし、安全になったと勘違いして不用意に魔境に入り込もうとする輩の侵入も防ぎやすくしている。
そして貴族区画は裏門側から見てそこを中心に、半円状に切り取ったように紫色で塗られおり、その中央に今現在竜郎たちがいる庁舎が建っていた。
つまり一般人にとっては貴族区画、王族区画の防衛網を越えなければ裏門へはたどり着けないようになっているのだ。
「まぁ、来たところであの門を、あの壁をどうにかできるとは思えませんが」
「めちゃくちゃ硬いですからね……アレ」
ウリエルの言葉に実感の籠った声で、ハウル王の近衛レス・オロークが深く頷いた。
あの壁に突きを放ったことで、国から下賜されていた槍を壊してしまった記憶がぶり返したのだろう。
今はダンジョンで取れたといって竜郎たちが渡した、リアお手製の槍を持っているのでプラスマイナスで言えばプラスなのだが、苦い記憶はなかなか消えないようだ。
リオンもその辺りの事情は聴いているので、苦笑だけ返しながら話を進めていく。
「あとは緑色の部分が一般市民地区。赤色の部分が上級市民地区。
他が誰でも通行可能な下級市民地区となる予定なんだがどうだろうか?」
下級市民地区は表門側から見て、町全体の半分あたりの場所に弧を描くように点在しているそれぞれのレベルのダンジョンの入り口がある場所より内側全部。町の半分以上は大体が下級市民地区に指定されていた。
下級と言っても上の地区に入れないのと、国の保護が受けられないこと以外は別段扱いが悪いわけではないので、一般的な外からきた観光客や冒険者などはこの中で行動することになる。
また上級市民地区は貴族区画を覆うように、一般市民地区は上級市民地区を覆うようにした残りの区域全てを指している。
この辺りは基本的に国に属し、この町で働く者たちが生活をして営む区域となっており、納税額で一般と上級が分けられる。
全体の比率で言えば下級が圧倒的に多く、次に一般、上級、貴族と王族の区画になっていた。
竜郎たちが以前にできるだけ身分だけで入れない場所は少なくしてほしいといった内容を頼んでいたこともあってか、リオンはその辺りの確認もかねて確認を求めたのだ。
「リオンたちがそれでいいって言うのならそれでいいんだが、貴族区画は思ってたよりも小さいがこれで大丈夫なのか?」
「大丈夫なはずだよ。問題ないな?」
リオンが後ろにいる温和な顔をした初老の男性貴族の1人にそう問いかけると、恭しく頷き返した。
「問題ございません。なにせここは本当に聞いている通りの町になるとすれば、かなりの利権が絡む我が国においても重要な場所になることは間違いありません。
そんな所で貴族区画を大きく取ってしまえば、欲の張った馬鹿を入れる隙を作りかねませんので」
「ということだ。今はまともな貴族であっても、この町の誘惑に目がくらみそうな者だってたくさんいる。
下手に権力を持ったそういう輩を弾くためにも、最低限の広さでという話に決まったんだ」
この場にいる町の運営に深く関わってくることになると言われている貴族たちは、王族からの信頼の厚い者たちの中からさらに厳選して選出してきている。
そういった意味で、万が一にでも変な気を起こして竜郎たちに迷惑をかける心配のないと断言できる者しかハウルもリオンも招き入れるつもりはないのだ。
「基本的な運営は任せる形になってしまうし、リオンたちに不都合がなければいいんだ。
それでこの一般と上級の区画はカサピスティの他の都市と同じ扱いと考えればいいのか?」
「概ねそう考えてもらって大丈夫だよ。
ただこの町においては別の特典も受けられることになると思うけど」
「別の特典?」
「そう、特典だね。簡単に言ってしまえばグレードの高い店が、上級市民地区にいくつか建つことが決まっていてね」
「店って、もしかしなくても料理関係の?」
「ああ、その通りだよ」
今回この町の移住希望を現段階で受けいれた者たちの中には、王族すらうならせる腕を持つ一流の料理人が何名か存在していた。
いずれこの町が世界の食の中心地になるといち早く察知していたのか、わざわざ大陸をわたってまで移住を希望してきた猛者までいる。
その腕は世界でも名が知れており、ハウルが王宮で召し抱えたいと切望するほどの者ばかりで、上級区画にて高級飲食店として居を構えることになっているのだ。
「つまり上級国民以上なら、その世界でも名の知れた料理人に腕を振るってもらえると」
「そういうことだね。逆に言えば、それ以下かランク3以下の冒険者だと食べることはできないってことでもある。
まぁ、それ以下だと支払いが厳しいというのもあるのかもしれないけどね」
カサピスティ国において、冒険者はランク4以上になれば上級国民扱いだ。なので素行がよく実力のある冒険者なら、この町でそういった有名な料理人の店に入ることもできる。
「もしかしたらそのおかげで、ランクを上げようと冒険者たちの素行がよくなるかもしれませんね」
冒険者ギルドの長になる予定のエディットも、口角を緩やかに上にあげた。彼女からしても、荒くれ者が来ることも予想されるこの町の仕事が楽になるかもしれないと考えたのだ。
あわよくばギルドへのアピールとして、そういった者たちを諫めようとする冒険者まで出てくるかもしれないとも。
商会ギルドとしてもお客の素行が良ければ商売もしやすいと、マックスも心なしか嬉しそうだ。
それに彼女たちギルドの長ともなれば貴族区画へも入ることができるので、自分たちもその料理を食べることだってできる。
そういう意味でも今の話は朗報だったのだろう。
一般区域は特に説明する必要がいりそうなことは少なく、軽く聞き流す程度に話してから、今度はギルド関係の話へと移っていく。
「冒険者ギルドと商会ギルドは本部を中央の大樹の前に造り、それぞれ支部を各所において欲しい」
「そうですね。この町はダンジョンの影響で物資の流れも多いでしょうし、各所に支部は必要でしょう」
「冒険者ギルドとしても、ダンジョンに潜る支援をするためにもその必要があると考えています」
「タツロウもそれでいいかな?」
「ああ、うん。大丈夫」
ほとんどイエスマン状態でこれでいいのかと思うものの、ウリエルからしても異論はなさそうなので竜郎はそのまま話を聞いていると、エディットに急に話を振られた。
「そういえばあの大樹はタツロウさんたちが用意したとのことですが、本当にあの葉の効果は素晴らしいですね。
あのおかげで冒険者たちの生存率も上がりそうです」
「ああ、あれですか」
先ほどから大樹と呼ばれているのは、竜郎が用意した魔物の『ギャー子』だ。
今も町のど真ん中に鎮座して、空から来る魔物たちを処理してくれている。
そしてその枝から落ちる葉は、様々な加工を施すことで治癒能力を上げたり体力を増強したり傷を癒したりと、冒険者たちにも嬉しい効果を持った魅力的な素材だ。
しかも効果が高いうえに採取量も多いので、安く広く提供できるといいことずくめ。このおかげで確実に貴重な人材を減らさずに済むのは間違いない。
しかしその正体は木に擬態した蜘蛛であり、木や枝は足、葉は体毛だ。
それをここで暴露したらどうなるだろうかと悪戯心がわき出す物の、竜郎がぐっとこらえて有効利用してくださいとだけ愛想笑いで答えておいた。
その後もつつがなく話は進んでいき、重要な施設の建設場所もテンポよく決まっていく。
そして移住者についての話が出たところで、冒険者ギルドからパーティ単位での推薦がきた。
「今現在いくつかの高ランク冒険者たちもここに興味を持っていまして、我々冒険者ギルド側からしても推薦してもよい者たちをここにまとめておきましたので、ご確認いただきたいのですが」
「私も事前に目を通したが、有名どころばかりだったよ、タツロウ。
なんと、あの〝ディオノルム〟も名前が入っていた」
「でぃおのるむ?」
リオンが凄いだろう!と言わんばかりに声をかけてくるが、竜郎はその〝ディオノルム〟なるパーティの名前にぴんとこず首を傾げた。
『愛衣、ウリエル知ってるか? どっかで聞いた気もするんだが……』
『うーん……、私はわかんないなぁ。どっかで聞いたっけ?』
『私も存じ上げませんが、大国の王子がこうも反応を示しているのですから、さぞかし高名な冒険者たちなのでしょうね』
竜郎たちがぼんやりとしている様子を感じ取り、室内の空気が一斉に『まさか……』という色一色に塗り替わっていく。
「タツロウ……、まさか知らないのかい? 君も冒険者だよね?」
「いや、待ってくれ。聞いたことはある気がするんだが、そんなあったこともない冒険者パーティの名前を出されてもだな」
ここで完全に誰か分かっていないと確定し、リオンやその取り巻きたちもポカンとしている。
冒険者ギルドのエディットなぞ、ポカンどころか愕然としていた。本当に知らないの!?と言いたげに。
そんな中で今まで黙って聞いていただけのハウル王が、遠い目をしながら〝ディオノルム〟について教えてくれた。
「ディオノルムとは、タツロウたちが最高ランクの冒険者になるまで、ずっとトップだった冒険者たちのことだ。
向うは興味津々だというのに、まさかタツロウたちがこうも無関心だったとは私も驚いたぞ」
「あー! 思い出しました! 聞いたことありますよ!」
「聞いたことあった程度の存在なんですね……」
竜郎は以前、カルラルブの王と話したときに少し話題に出ていた名前だったことを思い出した。
けれど元世界一の冒険者たちの扱いが、そこいらの少し聞きかじったことがある程度の冒険者たちと変わらないことに、エディットは冒険者ギルド側の人間としてショックを受けていた。
「あー……、まぁ、悪い人たちではないでしょうし、リオンたちがいいなら、こちらは好きに拠点を構えるなりしてくださいと言うことで一つ」
「と、いうことだ。この様子では他のパーティの名も知らないだろうから、その辺は後で我々だけで詰めていくとしよう」
「わ、分かりました……」
なんだかすごく微妙な空気になってしまったので、竜郎は話題を変えようとリアと相談していた、こちら側の提案をせっかくなのでここでしてみることにしたのであった。
「そ、そういえば突然ですが! こちらから提案が──」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。
それと明日の昼12時から別の新作を投稿する予定です。
もしお暇な時間がありましたら、読んでみていただければ幸いです。




