第255話 巡り巡って
穴のような出口から出てくると、外ではイドラがポツンと待っていた。
中で色々と複雑な事情を聴いてしまっただけに、なんだかイドラに優しい気持ちになり竜郎はポンとキャンディーを渡した。
「くれるの!?」
「ああ、イドラにも、イドラのマスターに会わせてくれたお礼をってな」
「ありがと──ムグムグ」
渡すなり食べはじめたイドラに苦笑しながら、竜郎はエーゲリアの方へと振り向くと彼女も竜郎を見てこくりと頷く。
「イドラ。あのね、少し聞いてほしいのだけれど」
「ん? なあに?」
ここに戻ってくるまでの道中。竜郎はエーゲリアに相談を持ち掛けていた。
それは記憶を何十年分も取られるのは厳しいというものと、竜郎たちの強さをそのまま再現しては不味いのではないかということ。
今後イドラによってここに連れ込まれてしまった守護の一族の誰かがいた場合、下手に修行だとこの世界で再現された偽物の竜郎たちの誰かに挑んだとき……大怪我では済まない可能性が十分にあるからだ。
エーゲリアが管理者権限を受け取ったときの情報によれば、この宝箱に招かれた住人はある程度イドラによって守護されていると竜郎たちは聞いていた。
しかしそれなら大丈夫かと言えば、どうやらそうでもないのだとも。
まず今まではほぼ同格でよく知った種族、さらにここに連れてこられるということはイドラの琴線に触れるなにかしらの力を持っていた上にイドラの保護も受けていたこともあり、大事に至る可能性は皆無だった。
しかし今の竜郎たちは力を付けすぎたことで、軽くなでる程度の攻撃をしただけでも上級竜クラスを瞬殺しかねない威力を持っている。
イドラが直接守っているならともかく、ただの保護程度の恩恵では例え偽竜郎たちに殺す気がなくとも何かの拍子に殺してしまう可能性もゼロではない。
もし万が一にでもそうなってしまった場合、竜郎たちもいい気はしない。だからこそわざと弱体化なりなんなりして対応できないか。記憶がイドラの宝箱内の偶像の完成に必要ならば、それを中抜きすることでそれができるのではないかと考え、エーゲリアに相談したわけである。
そして相談した結果、記憶を最低限必要な骨子を作り出す程度に留めれば完成品は目に見えて弱体化する。
竜郎たちの場合は弱体化したくらいで、いい勝負相手になるでしょうとエーゲリアも言ってくれたことで、それについて管理者でもある彼女に説得をお願いした──というわけだ。
『スペルツを見つけたら、その試食会に呼ぶ。それをフローラが使った目新しい料理が開発されたら、食べさせる。
この2つを出したら一も二もなく頷いてくれたな』
『それくらい別に言ってくれれば、いつでもやってあげるのにね』
『ふふふ、おねーちゃんったら食いしん坊なんだから』
『あら、ニーナちゃんだって同じくらい食いしん坊でしょう?』
『そ、そんなこと…………あるかも……』
などと邪魔しないように竜郎たちが念話で会話している間にも、エーゲリアによる交渉は進んでいく。
最初は完璧に仕上げたいという意志の元、イドラはエーゲリアの命令ではなくお願いという名の説得に難色を示していたが……。
「イドラだって常に見ていられるわけじゃないでしょ?」
「うん、ずっとだと イドラ つかれちゃうし、おひるねもしたいし……」
「せっかく呼んだのに、その人が死んじゃうのも嫌よね?」
「うん……それは かわいそう……」
というイドラの善性に訴えかけることで何とか、そのお願いを聞いてもらうことに成功した。
『イドラちゃんは、ただただ純真というか、いい子なんだよねぇ』
『だなぁ。そしてこれからも、ずっと変わることなく無垢なままここで中にいるあの存在を見守っていってくれるんだろうな』
説得に応じた代わりに……というか、元からそういう約束はしていたのだが、竜郎たちの他の仲間たちもちゃんと紹介すると改めて約束を交わし、まずは描きかけだというエンターを置いて他のメンバーは先に帰ることになった。
もちろんエンターもしばらくしたらここから出して、自力で帰ってこられるように約束してあるので問題はない。
「じゃあな、イドラ。また俺たちの誰かがここに来たら、ちゃんとキャンディーのお土産も用意してくるからな」
「ほんとに!? イドラ、たのしみにまってるから! ばいばいっ!」
「ばいば~い!」「「あうあうーい」」
イドラとニーナ、楓と菖蒲の可愛らしい別れの挨拶を聞きながら竜郎たちはイドラの宝箱から脱出を果たした。
「えーと……なにこれ? 新しい宗教でもはじまったん?」
「あー……、これはたぶんエーゲリアさんが来たからこんなことになっているんだと思うぞ、千子」
脱出したのはいいものの……出た瞬間目の前に広がっていたのは、何体もの上級竜が土下座のようにひれ伏して微動だにしない光景だった。
エーゲリアがレーラにここに連れてこられたときのこと。
突然の訪問に慌てふためいていた守護一族に構っている暇はないとばかりに、さっさとエーゲリアをイドラの宝箱に引っ張り入れてしまった。
なので彼らもどうしたらいいのか分からなくなり、とりあえず出てくるまでひれ伏して待機しておくのが臣下として、失礼のない礼の尽くし方ではないか──という考えに思い至ったのだ。
ニーナがエーゲリアのことを『お姉ちゃん』と言ったのを聞いただけで、恐縮していた者たちだ。
その『お姉ちゃん』本人が来たのなら、こうなるのも仕方がないことであろう。
とりあえずこれを何とか出来るのは、この場ではエーゲリアくらいしかいない。
竜郎ができることと言えば、ひれ伏す竜たちの光景を見てはしゃいでいる楓と菖蒲を大人しくさせるくらいだろう。
「頭を上げなさい」
「「「「「「「ははっ」」」」」」」
勧善懲悪な時代劇を見ているようだと呑気に竜郎が見ている間に、エーゲリアはさっそくこの場を収めていき、丁寧にここを守ってくれていることに労いの言葉を述べていく。
それだけで守護の一族全員は涙を流し、より一層一族をあげてその任を勤め上げて見せますと、代表のスアポポが竜郎が見たこともないほどキリリとした表情で宣言していた。
「それと1つ、あなたたちに話しておかねばならぬ事があります。
それはここにいる──」
さらにこれから竜郎たちの誰かがイドラの宝箱を訪ねるさいに、ここにもちょくちょく来ることになるだろうから便宜を図ってほしいと口添えまでしてくれた。
そう言えばそうだったと、気が抜けていた竜郎もエーゲリアに礼の意味を込めて頭を下げた。
「ということで、僕らの仲間の誰かが訪れることになったので、もし良かったら美味しい食材の交渉なんかも受け付けます。そのときにでもご入用なら気軽に話しかけてください」
「おおっ、それはありがたい!」
彼らは基本的にここで育てたもの、狩ったものを食べて自給自足の生活をしていた。
今まではそれで満足できていたようだが、竜郎たちが持ち込んだ食材によって、新しい欲が出てきてしまったのだ。
上級竜の抜け落ちた鱗や生え変わった牙、伸びすぎないようにと削った爪のカスなど、彼らにとって何の価値もないものでもリアが喜ぶので、ここと取引するのは竜郎たちにとっても悪くはない。
それらの素材によって造られた装備品などが、自分たちのダンジョン内で売られるようになり、それがまた町に人を呼び寄せる要因の1つにもなってくれることだろう。
「またね~」
「またくるだに~」
最後は守護の一族たちの中でも一番親しくなっていたトトポポたちに見送られながら、竜郎たちはそのままカルディナ城に帰る──ことはせず、そのまま目的地へと急行する。
どこへと聞かれれば、それはこの世界のどこかにいるはずの、本物のスペルツのいる場所へだ。
「あっちだ! ニーナ頼んだ!」
「はーい!」
予想していた通りスペルツの存在を竜郎が認識したことで、《完全探索マップ》で調べることができるようになっていた。
それはここより大陸を挟んだ向こう側とそこそこ遠かったが、カルディナと融合した状態の竜郎が空を飛びながら誘導し、愛衣たちを乗せたニーナも頑張ったのであっという間に辿り着く。
ちなみにエーゲリアは目立たぬよう人型になって、自前の翼で後ろからついてきていた。捕らえてすぐにご相伴にあずかろうという腹であろう。
そのことに文句はないので竜郎はさっそくスペルツを魔法で細かな位置まで割り出していく。
スペルツがいた場所は海の中で、海水に化けて漂っている様子。
「こんなの分かるかよっ」
「あはは……。普通に探してたら、とんでもない時間がかかってたかもしれないね」
「大陸どころから海の中までとなったら、文字通り世界中を隅から隅まで探し歩く羽目になっとったやろうしねぇ」
「それはゾッとするわね……。下手したら別の方法でタツロウくんが、1から作り出したほうが早いってことになっていたかもしれないわ」
「イドラちゃんに感謝だね!」
「「あーう!」」
偶然ではあったのだろうが、イドラが宝箱の住人としておいてくれたおかげで、こんな場所にいたスペルツも簡単に見つけ出すことができたのだ。
ニーナの言う通り、これは感謝しておかなければなと竜郎は次のお土産の増量を決めた。
そうして実にあっさりスペルツを手に入れ、その魔卵もちゃんと手に入れることができたので、これを育てて増やしいろんな人のテーブルに並べることもできるようになった。
すぐに食べたそうにしているエーゲリアには少し待ってもらう。
「こういうのは俺みたいな素人じゃなくて、専門家に任せた方が美味しいですよ」
「それは絶対にそうね! じゃあ、さっそく帰りましょう!」
「うわっ──」
竜郎が転移を発動する前にエーゲリアが自分で転移魔法を発動させ、全員をカルディナ城へと連れていく。
いきなりで少しだけ驚き、思わずレジストしそうになったのを何とか堪えた竜郎は、そのまま竜郎たちの専門家──フローラのいる場所へと直行した。
夕方より少し早い位の時間。これくらいのときは、だいたい台所で料理をはじめているのがフローラのルーティンなので、とくに探すこともなくあっさりと出会い、スペルツを渡してみた。
絞めたことでキノコのような傘は萎れて全体が硬質化し、長い木の棒のようになったそれを受け取ったフローラは、爪の先で一欠けらパキッと千切って口の中に放り込んだ。
そのまま飴玉を噛み砕くような音を響かせながら、舌の上で転がして味をみていくフローラ。
「んー! これはいいかも~♪ まだまだ研究のし甲斐はあるけど、今日の献立が決まったよ♪」
「凄いな。もう合う料理が思いついたのか」
「どっちみち、今日はそれを創ろうとしていただけなんだけどねー♪」
「おい」
「あはは♪ でもバッチリ合うから期待しててね、ご主人様♪」
なんだか自信ありげだったので、何なのかはお楽しみにとっておき、邪魔にならないように素人たちは去って晩御飯ができるのを一休みしながら待つことにした。
今は人型状態の腹ペコドラゴン──エーゲリアがソワソワとしだした頃、美味しそうな香りが漂ってきた。
その匂いだけで今日の献立が何なのか察しがついた。
「分かった! 今日はカレーライスだね!」
「ぶっぶー♪ 違うよ、アイちゃん。でも惜しいっ、今日はカレーうどんでーす!」
「「「「「「「おおっ」」」」」」」「うっうー!」
スパイシーな香りに釣られて他の面々も食堂兼リビングに集まりはじめていた。
そんな中でエーゲリアはお客様なのもあって、優先的にテーブルの前に料理が用意されていく。
いつものように大量に作ってはあるが、スペルツを使ったものはまだそこまで作れないので、全員お代わりをするならソレなしのカレーになるが、しょうがない。
今回探しに行ったエンター以外のメンバーたちも自分たちの分が並べられたところで、いただきますをしてエーゲリアと共に先にカレーうどんへと箸を伸ばした。
コシのあるツルツルとした麺をカレーによく絡めて、ズルルッと勢いよく口の中へと頬張っていく。
「「「「「「「──っ!?」」」」」」」
その味は普段食べていたカレーとは別格だった。
カレーというのはどれも美味しいものというザックリとした感想しか持っていなかった竜郎たちが、それを改める日が来たようだ。
今回は辛めではなく、どちらかと言えば甘口に近いカレー。
だが味わえば味わうほど、混ざり合った香辛料たちが一斉に口の中に広がり主張してくる。
「コクがあるってこういうことを言うんだろうね!」
「俺は辛口の方がどちらかと言えば好きだったが、これはそんなのが気にならないくらい、濃厚で美味しいな!
けど香辛料が強すぎるってこともなくて、ただただ味に深みを出している気がする。食材が一つ増えただけで、ここまで味が変わるのか……」
「今回は即興で作ったから、一番簡単に合わせられそうな甘口にしてみたけど、結構美味しくできたでしょ♪
いつもと香辛料の調合を変えなきゃだったけど、うまくいって良かった♪」
「ムグムグッ──ツルルッ。さすがね、フローラちゃん! このカレーは素晴らしいわ!
それに中に入ってる肉はチキーモだし、麺を作るときにはメディクの水を使っているようね!
それぞれの味が染み出して混ざり合って、口の中で蕩けていって…………あぁ、幸せだわぁ…………」
エーゲリアも満足そうに料理の感想を述べながらも、上品に麺を啜っていく。
先に食べはじめた竜郎たち以外の仲間たちにも好評で、その日は誰もがこれまでで一番美味しいカレーを味わい、幸せな気分のまま眠りにつくのであった。
そんなことがあった数日後、エーゲリア島にて。
エーゲリアはふと思い出したように、近くにいたセリュウスを呼び止めた。
「なんでしょうか? エーゲリアさま」
「そういえばカレーうどんの衝撃で忘れてて、たった今思い出したのだけれど、近いうちに天魔の国に行くことに決めたわ」
「は? はぁ。それはかまいませんが、またどうしてゼラフィムに足をお運びに?」
「なんでもタツロウくんたちが言うにはね、あそこでお母さまに所縁のあるモノを大切に奉納してあるそうなのよ。
最近お母さまのことが懐かしくなってしまっていたから、無聊を慰めるためにも見せてもらえないかなと思ったの」
「そうですか。あちらもセテプエンイフィゲニア様のお子であらせられるエーゲリア様が訪れるのですから、見せろと言って否とは答えないでしょう。
さっそく、そのように調整いたします」
「ええ、頼んだわ。セリュウス」
こうしてさらにその数日後。エーゲリアは天魔の国ゼラフィムを訪問した。
今は皇帝ではないとはいえ、れっきとした皇族だ。ちゃんと先ぶれも出しておいたので、すぐに目的の場所へと案内された。
先ぶれを受けてからというものの、国中が大パニックにおちいり、お祭り騒ぎもあちこちで勃発。
けれどエーゲリアが来たときは、示し合わせたかのように誰もが静かにかしずいて彼女を迎え入れた。
真竜でも通れるサイズの本教会に、実際に真竜が通る姿を目に焼き付けながら涙を流す教皇や枢機卿たち。
感動に震える足をなんとか動かし、イフィゲニアの遺物や所縁のあるものが奉納されている塔も案内していった。
そしてそのとき、ふと。枢機卿の1人が思い切って、なぜ急にここに来てくれたのかと問いかけた。
失礼だろうと教皇や他の枢機卿たちにも睨まれることになったが、エーゲリアは気を悪くした様子もなくこういった。
「タツロウくんたち、ああ、この前ここに、あなたたちが案内した子たちがね。
私のお母さまに所縁のあるモノが飾ってあると教えてくれたものだから、つい見たくなってしまったのよ」
「「「「「ぉおおおおおおおっ!!!!」」」」」
こうしてエーゲリアが訪れたこの日はゼラフィム国にとって、とても大事な日として認定。
先ぶれを受けた日から、訪れた日、その後の余韻に浸った日数までも国民の休日と祈りの日に認定されたほどに。
そしてゼラフィム国はエーゲリアが来る切っ掛けを作ってくれた竜郎たち、楓や菖蒲に至るまで全員を〝聖人〟認定し、冒険者としてだけでなく宗教的な意味でも未来永劫この国にとって大きな存在になってしまうのだが……、そのことに気が付くのはそれからもうしばらく後のことである──。
これにて第十三章『竜の秘宝編』は終了です。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
今回の話はレベルイーターのどこかで入れようかなと思いながらも割愛した話をリメイクしたものでした。楽しんでいただけていたら嬉しいです。
例によって次章のはじまりですが一週間お休みをいただきまして、9月16日(木)から再会予定とさせていだきます。
そちらでは、ダンジョンの町の方の話を進めていこうと考えています。
また散々だすだす言っていた、新作の目途がようやく立ちました。
正直、待たせすぎて興味がなくなってしまった方も多そうですが、なんとか一章を書き上げましたので、あとはこれに細かな修正を入れれば投稿開始できるかと思います。
9月中には〝おそらく……〟アップされると思いますので、そのときは読んでやるかぁくらいの気持ちで気軽に触れていただけると幸いです。それではまた。




