第245話 ムンポポとの話
ニーナの情報はまだ極秘事項だ。ここは帝国領内ではなく、他の竜たちから隔離された場所であるとはいえ、トトポポたちに話すわけにはいかない。
そこで竜郎は、非常手段を取ることにした。
『いしゅえもーん、たすけてー』
『いしゅえもん? なんだそれは』
すなわち、この件においての最高責任者にぶん投げてしまおう──である。
竜郎が簡単に事の次第をイシュタルへと説明すると、「はぁ……」とため息が念話越しに響いた。
『まぁ、ニーナにも悪気あるわけでもなし。母上がそう呼ばせているのにも、少なからず責任がある。
あとの対処はこちらでどうにかしておくから、とりあえず適当に切り抜けておいてくれ』
『適当に切り抜けるって言ってもなぁ。真実を語るわけにはいかないんだろ?』
『長年我が国に忠義を尽くしてくれている臣民たちであることは間違いないが、公表するしないに限らず、この件を他よりも先に知っていていい立場というわけでもない。
そうだな……、ニーナはとある名家の隠し子で、タツロウは母上に頼まれて育て親として匿っているとかそういう設定にしておいてくれ』
『本当に適当だな。エーゲリアさんがわざわざ育てるように頼む名家とか、ほとんどないだろうに。
それに頼まれた俺は何者!? ってなりそうだが、そんなんでいいのか?』
『まぁ、良くも悪くもそこの住民たちは朴訥というか……純粋だからな。それでも信じてくれるだろう。
それに私の許可証でなくとも行ける場所に、わざわざ私の許可証を持っている時点で私と親しいというのは明白だ。
母上に頼まれるような立場という説得力もあるだろうし、いちいちそんな人物の腹の内を探るような真似もしないだろうさ。
純粋さに付け込んで騙すようで心苦しくはあるが、今回はそうしておいてくれ』
『分かった。イシュタルがそれでいいっていうなら、そうさせてもらうよ。何かあったときはまたフォローを頼む』
『ああ、任せておけ』
頼もしい返事が聞けたところで、未だに土下寝をしたまま黙る竜郎をチラチラとうかがう彼らにイシュタルが言っていたままの対処をすることに決めた。
「頭を上げてほしい。そして聞いてくれ」
「「「は、ははぁ~」」」
イシュタルが純粋だと言っていたのが分かるほど、無垢な瞳を向ける彼らに少し可愛らしさすら感じてしまいながら、少し傷む心を抑えて嘘を口にする。
「ばれてしまってはしょうがない。だがこれは帝国内においても極秘事項だ。家族たちにたいしても、他言無用で頼む」
「「「…………」」」
知りたくないが、ここまで来てしまったら聞くしかないとトトポポたちはゴクリと大きくつばを飲み込み頷き返した。
「実はニーナはとある名家の令嬢なんだが……、いろいろと事情があってエーゲリア様に頼まれ俺が育てることになったんだ」
竜郎とイシュタルの念話は愛衣やニーナたちも聞いていたので、事情は既に知っているので皆そういうていを装っている。
「だからあまりこのことを詮索しないでほしいし、そういう子だということを知ったという事実もなかったことにしてほしい。
と堅苦しい言い方になったが、ようはさっきと同じような態度で接してくれってことだな。
だからそんな感じで頼むよ、トトポポ、ニケロロ、ケーレレ」
「「「しょ、承知いたしました……」」」
彼らにとってはニーナの生家である『とある名家』とやらがなんなのか、どのレベルの名家なのか。エーゲリアからも信を置かれている竜郎とは何者なのか。
それらがもの凄く気になるところだったのだが、そこにツッコミを入れられる空気でもないのはよく理解できた。
トトポポたちはそれら全てを飲み込んで、訛りのない綺麗な言葉で承諾した。
ややぎこちなさは残っているものの、ゆっくりと進んでいたため彼らの暮らす地周辺に着くころにはトトポポたちの態度もかなり自然な様子に戻ってきていた。
「おぉ! あれは何かな? ニケロロ」
「あれはワシらが飼育してる〝モロンガ〟だがね。けっこう美味いんよ」
まず目に入ったのは大きく真四角に凹ませたようにできた深い穴。
エンターが好奇心のままにそれが何か近くにいたニケロロに質問した視線の先には、モロンガと呼ばれた全長3メートルはありそうな顔がひしゃげたブサイクなリスのような魔物が自由に闊歩していた。
「あれほんとに美味しいの……?」
「見た目は確かに悪いけども、本当に味はいいんよ? アイ」
「んだんだ。それに雑食でな~んでも食べるもんだから育てやすいじゃんね。適当に余りもん食わせときゃ勝手に増えとるもん」
愛衣はその見た目に忌避感を覚えたようだが、クーレレやトトポポがそう言っていって穴の中のモロンガを捕食者の目で見つめだす。
鈍感なのか慣れているのか、それでもモロンガたちは呑気に歩き回っていた。
「なぁ、話の後でいいから少し食べさせてもらうことはできないか?
こっちもその分だけ食材を提供するからさ」
「お? 外の食材だか? それはワシらも興味あるで一緒に夕飯でも食うけ? 客人ってのも珍しいし、歓迎するじゃん」
「パパのもってる食材はすっごく美味しいんだよ!」
「ほーだかぁ。それは楽しみだで」
ニーナにも慣れたのか、トトポポたちは自慢げに語る彼女を微笑まし気に見つめた。
また少しいったところで、今度は広大な畑が見えてくる。そこではケーレレと同じ蒼い鱗の竜種たちが数名で水をやったり土に魔力を送ったりと農業に励んでいる。
土から大量に生えている作物は、巨大なアスパラのようなもの。
「あそこでは何育ててるん?」
「ケラボーっていう野菜だに。ちょっと苦いが慣れればけっこういける」
「子供たちはあんまり好きじゃないもんで、そん子らには口に合わんかもしれんね」
「「うー?」」
地球でいうピーマンのようなものだろうかと考えながら、竜郎は仲良く首を傾げる楓と菖蒲の頭を撫でた。
ここに来た目的は彼らが持つ謎の粉。その食生活を知れば、話を聞く前に何かしらのヒントが得られるかと竜郎たちはそのほかにも何を食べてるのか聞いてみた。
するとどうやらトトポポたち守護の一族は、あまり狩猟などはせず基本的に自分たちで食べ物を育てて暮らしているとのこと。
メインは先に出てきた『モロンガ』の肉に、『ケラボー』という棒状の野菜で、あとはたまに出くわした魔物や余った小さな畑で育てている雑多な野菜類が少々という食生活を送っているらしい。
基本的に料理をするということはなく、ワイルドに丸のみ、丸かじりスタイルが普通で、年に何度かある祭事などのときに少しだけ手を加える程度だという。
『今のところスペルツかもしれないと思っていた、振りかければ美味しくなるっていう粉の話は一切出てこないわね』
『実は一族秘伝の粉ってことは……ないかもね。だってトトポポさんたち、何か隠している感じは一切しないし』
『だろうなぁ。都会に行ったら騙されるなよ! って言ってやりたくなるくらい、なんだか素直な人たちだし』
『ピィュー~ィユーピィイ?(となるとやっぱりないのかしら?)』
『火のないところに煙は立たないとも言うけどなぁ。やっぱり直接ここの人たちに話を聞いてみたほうが早いか』
事前に少しでも情報を得ておけば交渉ごとになっても優位に運べるかもと思っていたが、目ぼしい情報は一つもなく、竜郎たちはそのまま彼らの暮らす村に到着した。
イシュタルの許可証の効果か、はたまた彼らの性格なのか、村の雰囲気は歓迎ムードが漂っていた。
仕事があるものたちはのぞき、ほぼ村民全員がお出迎えをしてくれる。人数にすればここにいるだけでも20人以上いる。
その地は町と呼べるほどの賑わいや施設もないが、全体にゴミが落ちていたり排泄物で汚れていたりなんてこともなく、土魔法で綺麗に舗装された道からも非常に綺麗で文化的な装いが感じられた。
家はそれぞれの体格や形に合わせた作りになっているようで、三種類の大きな家屋が並んでいる。
竜郎たちは歓迎の言葉をくれる村民たちに笑顔で応じながら、村の代表だというトトポポと同じ薄緑色の鱗を持つ老竜──『スアポポ』という人物を紹介された。
スアポポの家は他の2種類の種族が暮らす家と比べて、横に広く縦に低い形状で、木の枝を幾重にも編んだようなものだった。
応接室なんてものはないが、客人が来たらここに通すことになっているのだろう。いろいろな大きさの種族に合わせた座布団が沢山積み重ねられているのが目に入った。
その中から竜郎たちにあったサイズのものを、ここに残ったトトポポが並べてくれ、その上に全員が腰かけたところで竜郎は改めてイシュタルから貰った許可証をスアポポに渡した。
スアポポはそれを大事そうに受け取り、しっかりと村の代表としてその旨を確かめてから竜郎へと返却された。
「イシュタル陛下からの直々のお言葉。このスアポポ、しかと受け止めさせていただいた。
それによれば、なにかワシらに聞きたいことがあるだとか。ワシらに答えられる事だったら、なんでもお答えいたそう」
最初の挨拶のときはトトポポたちと同じような話し方だったのに、公式の場ということなのか、スアポポは訛りのない流ちょうな言葉で竜郎たちに話しかけてきた。
そのことに少し面を食らいながらも、彼らに回りくどいことをすることもないだろうと、竜郎は直接的に今回ここまで来た経緯を語ることに決める。
「実は今回ここに来たのは──」
その説明にどんな反応を示すかも一応見ていたのだが、スアポポは「はて?」と首を傾げるばかり。
これは大ハズレだったのかもしれないと、内心ため息をつきそうになっていたところに「もしかして……」という村長の斜め後ろに控えていたトトポポの声が耳に届く。
「じいさん。もしかして、おじきのアレのことじゃねーだか?」
「おじき……? っていうと、ムンポポのことか? なんぞあったか?」
「ほれ、随分と前に攫われてから帰って来たときがあったじゃんか。アレのことじゃないだか?」
「ああ! あれか! 確かになんか粉ふいとったのぉ! じゃが、あんな昔のこと覚えとらんにぃ」
「ったく、しっかりしりんよ~、じいさん」
「はっはっは! すまんの」
「あの~、なにか2人で分かられているところ申し訳ないんですが、スアポポさん。そのアレというのは?」
「それに攫われたやら物騒な言葉があったけど、そのムンポポはんは大丈夫なん?」
「なぁに、攫われちまうなんてうちではたまにあることだで、誰も気にしとらんよ」
「いやそれって、どんな村なの……。ちょっとは慌てようよ、村の人がいなくなってるんだよ?」
たまに人攫いならぬ竜攫い、それも上級竜が攫われるようなことがあるというのに誰も気にしない。
そんなことがあっていいのかと竜郎たちは、あまりにも呑気なトトポポやスアポポの様子に呆れすら感じてしまう。
しかしそれすらもスアポポたちは笑いながら、また言葉を改めて話し出した。
「まぁまぁ、お客人たち。確かにそれだけ聞けば大変なことのように感じるかもしれないし、村の者が知らない者に攫われればワシらとて慌てるもの。
だがこの村で起こる竜攫いは、セテプエンイフィゲニア様のご意思。それのどこに慌てる必要があるというのか」
「……セテプエンイフィゲニア様のご意思? ということはまだ、セテプエンイフィゲニア様がご存命の頃の話ということでしょうか?」
「いいや、竜攫いが起こるようになったのは、セテプエンイフィゲニア様がお隠れになられた随分と後のこと」
「なのにそのご意思だと?」
「そう。そのように我々は考えている」
竜郎たちはどういうことだと仲間たちと視線を合わせるが、誰もその言葉にピンときた様子はない。
頼みの綱であるもっとも博識なレーラですら、要領を得ないと小さく首を横に振る。
「そうじゃのぉ。そのことを説明するのなら、当事者がおったほうがいいだろう。トトポポ。ムンポポを呼んでこりんしゃい」
「分かった。すぐに呼んでくる」
そういってトトポポが出ていったかと思えば、本当にすぐもう1人の竜を連れて戻ってきた。
その竜からは老竜というほど老いた雰囲気はないが、どっしりとした老練な雰囲気に熟練の戦士のような力強さが感じ取れた。
スアポポ、トトポポも竜界隈でも強い部類に入るというのに、その2人がかりでも敵わないだろうというほどに。
そしてそのままトトポポが、その竜こそ先に話していたムンポポだと紹介してくれた。
「ワシを呼んだだか? じいさん」
「おお、呼んだ。じゃが用があるのは、こっちのお客人さんほうだに」
「ほーだか。それでワシに何の用け? 外のもんらに、ワシが教えられるようなことなんぞないと思うだがねぇ」
「えーと、さっきスアポポさんたちが話していたのですが、なんでも一度竜攫いにあったことがあるだとか」
「おお、そのことだか。あったよ。いやぁ、光栄なことだに」
「光栄……。なにやらそれはセテプエンイフィゲニア様のご意思だとかいう話ですが、そのあたりについて詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「おお、いいよ。ワシでよければ話そうじゃんか」
先ほどのスアポポとトトポポの話からして、件の粉もその話に関わっている可能性が出てきた。
そして何より既に故人となったはずのセテプエンイフィゲニアの意思というものが気になってしまった竜郎たちは、その被害者?でもあるムンポポから、その謎の現象について詳しく聞くことにしたのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




