第242話 イシュタルという存在
イシュタルから許可証を受け取った翌日。
行くことが決まっていたメンバーが、カルディナ城の前に集まった。
今回まず行くことになっているゼラフィムという国には以前レーラと再会するために行ったことがあったので、全員が集まったのを確認すると竜郎の転移魔法でさっさと国境に接する港に移動した。
さりげなくやってきたように見せかけながら、竜郎たちは急いでいるわけでもないので普通に入国審査の列に並んだ。
特殊な面子であるせいで、竜郎たちはいつものように周囲の視線を集めていく。
けれどやはり天魔の国と呼ばれ、その人口の多くが天魔種で構成されているだけはある。
いつもなら小さい状態とはいえ竜種であるニーナが一番注目を集めていたのだが、明らかに自分たちよりも上位種の風格を放つエンターが特に目立っていた。
「やっぱり目立ってるね。エンターくん」
「まぁ、悪目立ちしてるわけではないから問題ないだろうさ」
その身から隠しても隠しきれない聖なる気に、眩しそうな顔をする魔族たち。逆に憧れにも似たキラキラとした眼差しを向ける天族たちの姿が、竜郎たちにもよく分かる。
また同族でもないのに、なぜかエンターに向かって拝むものまでいる始末。
「竜のニーナはんを拝むならまだしも、なんでエンターはんを拝んでるんかいな? 彼らは初代真竜の信者やろう?」
「それは確かに。なんで? レーラさん」
「ピュィー?」
千子の疑問に愛衣とカルディナも同じように不思議そうにしながら、レーラの方へと言葉を投げかけた。
「おそらくだけど、アイちゃんたちのところで分かりやすく例えるのなら、エンターくんのことを荒行を乗り越え高みへ上った高僧だと勘違いしている人がいるのではないかしら。
レベルを上げたりクラスが変わることで、より上位の種へと昇ることもあり得るから」
やはり格の高い信徒には、それ相応の種族としての格もある程度求められる。
ゼラフィムにいる天魔=信徒という認識が高いこの地の人々にとっては、明らかに種族的な格が頭抜けているエンターがかなり高位の信徒に思えてしまうようだ。
「そうなのか! ならばマスターよ。私は、それらしきポーズでも取ってみたほうが良いのだろうか?」
「いや、やめておいたほうがいい気がする。
本当にエンターが大司祭とか枢機卿だとかならともかく、別にここの信徒でも何でもないんだから、変な誤解をこちらから与えるのは良くない。
エンターも騙す気はないとはいえ、結果的に混乱させてしまうかもしれない種を蒔くのは望むところじゃないだろう?」
「それはそうだ! 私が軽率だったようだ、マスター。控えておくことにしよう」
周囲の期待に応えようとするエンターを止め、それでも注目を受けたまま待っていると自分たちの番がやってきた。
「身分証をお願いします」
「むっ、私からか?」
この団体の代表をエンターだと思ったようで、入国審査の魔族の男性門兵がまっさきに彼に声をかけた。
レーラは認識阻害の魔道具で普通のエルフに見えるようにしているし、千子も真祖系吸血鬼種という特級の種族ではあるがパッと見は人種の女性に見える。
竜郎や愛衣もまだ少年少女。カルディナは大きめの鳥。楓や菖蒲、ニーナに至っては完全にお子様にしかみえない。
なるほど確かにこの面子ならばエンターに声をかけるよなと、視線で見せてもいいかと問いかけてくる彼に竜郎は頷き返した。
それを見てからエンターは心得たとニッと笑い返し、システムから身分証を門兵に提示する。
「おや、この国の方ではなかったのですね」
「ああ、ついでに言うと、申し訳ないが私はこの国が崇める神を信仰してもいないぞ」
「そうなのですね。残念です」
とは言うものの、それ以上自国の宗派を勧めたりなどすることもなく竜郎たちの身分証の確認へと移っていき……周囲の視線など気にもせずに冒険者のランクに驚愕の声を挙げられた。
どうやら竜郎や愛衣の名前はもうこの国の門兵たちには伝わりつつあったようだが、見た目のせいもあってかなかなか結びつくことはないのだろう。
かなり態度がかしこまったものに変わり、先ほどよりもビシッと背筋を伸ばして対応されることになる。
「それで、今回の来訪の目的をお聞きしてもよろしいでしょうか?
もちろん、あなた方ならば理由をお聞きせずともお通しすることもできますが……」
「いえ、聞かれても問題ありません。実は──とある地への立ち入り許可を求めてここまで来たんです」
「そうなのですね。私どもで対応できることならば、迅速に対応させていただきます。
して、どこの立ち入りをお望みでしょうか?」
「エトカニー大陸にある『竜の秘宝』がある場所です」
「えっ──エトカニー大陸の、竜の秘宝……です……か?
それは……そのぉ、確かに私どもの国でその地の守護を買って出てはいますが、こちらで許可できるような地ではないのです……。
それこそ、彼のイフィゲニア帝国へ問い合わせていただく必要が出てきてしまうので……そのぉ…………」
門兵の男性は非常に申し訳なさそうに、それでいて竜郎たちに失礼がないように丁寧に無理だという旨を伝えてきた。
けれど既にその問題は通過している。竜郎は《無限アイテムフィールド》から、一枚の用紙を取り出し男性の目の前に突き付けるように両手で広げ持つ。
「そちらの対応は済ませてあるので問題ありません。
ここに書かれているように、イフィゲニア帝国のイシュタル陛下より許可はいただいてきましたから」
「はっ、はいっ!?」
竜郎たちの身分証を見たときよりも大きな声をあげ、目を皿のようにしてその許可証を読み込んでいく。
何事かと他の門兵まで心配してやってくるが、そちらからかかる声も無視して無我夢中に。
「たしかにこれは……正式な書類……です。直に見るのは初めてですが、彼の帝国の皇印に間違いないはず……」
門兵の彼に完全に真偽を確かめるすべはないのだが、それでも竜郎たちの身分でイフィゲニア帝国の皇帝の名を騙るなどという馬鹿げたことをするわけがないという信用もある。
彼は近くに寄ってきていた同僚に、すぐ中央都市──イルメッカに連絡を飛ばすように指示を飛ばした。
「まさかあなた方はイフィゲニア帝国の皇帝陛下とも顔見知りなのですか?」
「はい。少しばかり縁がありまして。それで、僕らはこれからどうすれば?」
縁があると言いながら竜郎が無くしてはいけないと書状をしまいだしたあたりで、目の前の男性の体が震えはじめ、同じように声を震わせながらもちゃんと対応はしてくれた。
「これが本物だというのなら私共の国の許可などいらないのですが、そのご様子ですとこちらに気を使って許可を取りに来てくださったのですよね?」
「ええ、そのほうが良いかと思いまして」
「ならばこれをもってイルメッカへとおいでください。
そこで中央教会の者にこれを見せていただければ、すぐにでも許可を取ることが可能でしょう。
またお望みとあらば、中央教会の者をここに呼ぶこともできますがいかがいたしましょうか?」
「ここまで来てしまえば大した手間でもないですし、こちらから向かわせて貰います。
ではもう、ここを通過しても構いませんか?」
「は、はいっ! もちろんです────が、そのぉ……大変失礼なことなのは重々承知なのですが、お願いしたいことがあるのですが…………」
「お願いしたいこと? はい、何でしょうか」
急ぐ旅でもないと竜郎がそう声をかけると、目の前の男性が意を決したようにガバッと頭を下げてきた。
「もう一度だけ、先ほどの書状を見せていただくことはできないでしょうか!!」
「は、はい? 何か不備でもあったのでしょうか?」
「いえ、決してそのようなことは!! ただ……我らが崇め奉る主の尊き血を受け継し、イシュタル陛下のサインをもう一度この目に焼き付けておきたいのですっ!!」
「あ、あー……そういう。汚さないのであれば構いませんよ。……どうぞ」
「おおっ、神よっ!!」
もう一度竜郎が許可証を取りだし、門兵の前に広げて見せる。
すると皇印の横にちょこんと記載されたイシュタルのサインを見た瞬間に、大粒の涙をまき散らしながら膝をつき、その用紙に向かって拝み出す。
ここまでの話を聞いていた門兵の同僚たちも、同じようにその小さなサインを見ようと目をこれでもかと見開きながらズラズラと膝を突いて拝みはじめる。
竜郎はその瞬間、『この紋所が~』というセリフが脳内に浮かび上がった。
そしてそのあんまりな光景に愛衣も少し引き気味だが、楓と菖蒲に至っては「何だこいつらはっ!?」と言わんばかりに竜郎の後ろに逃げてしまう。
それに苦笑しながら、周囲の仲間たちに念話を送る。
『凄いな。イシュタルがパパっと書いたと言っていたサイン1つにこの反応か……』
『まぁ、彼らにとっては神の直系の子孫。
現在生きている者の中では、最も貴ぶべき存在の1人なのだからもう少し我慢してあげて』
『待つのはいいんだが……、なんか俺が拝ませてるみたいで居心地が悪いなぁ……』
彼らにとってエーゲリアやイシュタルは、生神にも等しい存在。そんな認識が末端の兵士にまで行き届いているのだと改めて認識し、この国がどれだけ竜神教に傾倒しているのか心の底から理解した。
それから代わる代わる最前列を交代しながら、兵たちがイシュタルのサインを眺める会に律儀に付き合うことになるのだった。
ほどなくして解放された竜郎たちは、大勢の門兵たちの感謝の声を背にゼラフィムの首都──イルメッカを目指す。
ここにも行ったことはあるので、さくっと転移で移動する。
あのまますぐに入国できていたら連絡が行き違いにならないように時間を潰そうかとも思っていたのだが、思わぬところで時間を潰せたので遠慮なく。
思っていた通りゼラフィムの連絡網は優秀だったようで、既に連絡は届いていた。
首都の門を守る兵たちには下にも置かぬ扱いを受け、町に入ってすぐに白い祭服をきた天魔種の男女4人に出迎えられた。
その中の天族の男性が前へとスッと出てくると、片膝をついて頭を下げてきた。
「わざわざおいで下さり誠にありがとうございます。
さてさて、このようなところでお待たせするわけにも参りません。
教皇様が中央教会で許可を出す準備をしていますので、こちらへおいで願えませんでしょうか?」
「えっと……、僕らはただ許可がもらえればそれでいいんですが……、わざわざ教皇様が許可を?」
「はい。聞けば今回お持ちになられた許可証は、イシュタル陛下がわざわざ用意してくださったものだとか。
だというのに我々の最高指導者である教皇が対応しないなど、ありえませんので」
「はぁ、そういうものですか……。なら案内をお願いできますか?」
「「「「はい。お任せください」」」」
前に出ていた1人に合わせるように、後ろに控えていた3人も優雅に頭を下げた。その光景に、周囲の町の人々からはどよめきの声が上がっていた。
中央教会に案内されるまでの間に、その4人についても少しだけ聞いたところによれば、この4人こそゼラフィムという国の枢機卿であり、この国のナンバー2たち。
確かにそんなメンツが揃って町中で頭を下げれば、どよめきの声も上がるはずである。
竜郎は毎日のようにお昼ご飯をモグモグ食べ、威厳もへったくれもない緩み切ったイシュタルの顔を思い浮かべながら、あんな彼女でもこの世界的には凄いやつなんだよなぁと微妙な気持ちになるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




