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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十二章 世界間貿易足がかり編

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第235話 キャトルミューティレーション

「……いったい何が言いたいの? 私とあなたは、そんな冗談を言い合うような関係ではないと思ってたけど」

「ええ、そうね。決して場にそぐわないジョークを言って、笑い合えるような関係ではないと私も思っているわ」

「じゃあ、さっきのはなに? 宇宙人? 何か私の知らない別の意味でもあるとでも言うの?」



 目の前には気になって仕方がない大粒の黄金に煌めく不思議な宝石が置かれ、ロレナの心の余裕はないところに宇宙人発言されたことで、かなりイライラしている様子がはた目から見てもよく分かった。



『いや、そりゃそうだよねぇ。私だって事情知らなきゃ何言ってんの? ってなるもん』

『まぁなぁ。人によってはバカにしてるようにも思えるが、スーザンさんはどういうつもりなんだろう』



 ともすれば煽っているようにも思えてしまい、竜郎と愛衣はハラハラしながらも助けを求める気配もないので黙って見守ることに集中し続ける。



「いいえ。そのままの意味であっているわ。宇宙人、いると思う?」

「あのねぇ……。わざわざこんなものまで用意して呼びつけておいて、何を馬鹿げた──」

「──馬鹿げてなんていないわ。これや他の商品をもし今後やり取りしていく気があるのなら、この質問に答えてほしいの。

 どんな回答でも構わないわ。いると思っていても、いないと思っていても、あなたを交渉の場から落とすなんてことは絶対にしないと誓うから」

「………………」



 スッと冷めた目でロレナはじっとスーザンの目を見つめ、その真意を図ろうとするが優雅な笑みを崩さない彼女からは何も読み取れない。

 けれどその問いに、何らかの彼女なりの意図があり、ふざけているわけではないことはなんとなく察することができた。



「……答えはイエスでありノーよ」

「と、言うと?」

「広い宇宙のどこかにはいるかもしれないとは思っているけど、この地球にまで来られる宇宙人はいないと思っているから、実質的にいないものとして考えているの。

 どお? これで満足?」

「ええ、忌憚のない素直な意見感謝するわ」



 満足そうに微笑みながらそう言ったスーザンは、今度はおもむろにカバンの中から別のモノを取り出し、黄金水晶の隣に一つ置いた。



「──っ、なにこれ!」



 隣に置いたのは虹色水晶のファセットカットされた見本品。

 黄金水晶と同じように内から溢れるような美しさを持ちながら、それ以上に目を引く煌びやかなその姿にロレナの目は釘付けになる。



「なんならお手に取って見てもらっても構わないわ。それはあくまで、見本品として預かったものだから」

「見本品? こんなに素晴らしいものが、ただの見本?」

「ええ、そうらしいわ。私も最初聞いたとき驚いたものよ」



 触っていいのなら遠慮なくとばかりに、ロレナは自前の白い手袋とピンクダイヤがワンポイントあしらわれた鑑定用ルーペを小さなバッグから取り出しセットしていく。

 摘むように、けれど丁寧に黄金水晶の方を持ち上げ、まずは肉眼でじっとりと見つめ、それからルーペを使って覗き込んでいく。



「やっぱり、こんな宝石知らない……。あぁ……でもなんて綺麗……。母さんが見たらなんて言うかしら……」

「やはり目の肥えたあなたでも、魅力的に映るのかしら」

「ええ、そうね。なにこれ……、これ自体が発光してるわけじゃないのに、なんでこんなに煌めいて見えるの? 不思議……でも綺麗……。

 じゃあ、こっちは──」

「あらら、私の声は聞こえてないみたいね」

「ええ、そうね。これはもっと色彩豊かで──」



 スーザンの言葉は右から左に流す勢いで聞き流し、黄金水晶と虹色水晶の2つを食い入るように肉眼で見たり、ルーペで覗いたり忙しなく手元を動かすロレナ。

 今話しかけても無意味だろうと、スーザンも自分たちと同じように黙って気が済むまで見守り続けるのだろうと竜郎たちは踏んでいたのだが、彼女はさらにもう1枚札を切っていく。



「これ自体が発光して──なんて言っていったかしら、思い出したわ。

 そういえばこういうのもあるみたいなんだけど、あなたはこれをどう思うかしら」

「ええ、そ──それはっ!? 見せて!」

「お好きにどうぞ」



 もう1枚の札とは、星天鏡石を長方形に切り出し丁寧に磨き上げた見本品。

 こちらは水晶系のように透明度はないが、まるで星空を落とし込んだかのような美しさは、リアによって丁寧に加工されたことでより煌びやかにその姿を映し出していた。


 異世界では非常に高価な素材としての面が強いが、宝石としての価値も非常に高いのでこちらでも商品になるだろうと用意してもらっていたのだが、竜郎たちの予想以上に好評なようだ。

 ロレナはまた丁寧にそれを摘み上げ、頬を赤く染め恋する乙女のような顔で星天鏡石に魅了されていく。


 もちろん他の2種も魅力的だったようだが、彼女は一番それが気に入ったらしい。虹色や黄金の水晶以上に、そちらを眺める時間の方が長かった。



『虹色とか黄金水晶の方がド派手だし、そっちのほうが人気が出ると思っていたんだが、そっちの界隈の人からすると星天鏡石のほうが受けがいいのか?』

『さぁ? 単に自分の感性に合ったってだけかもしれないよ? だって水晶の方も凄い気に入ってるっぽいし。

 それに普段からキラキラしたダイヤとか見てたなら、ああいう大自然的な綺麗さが押し込められた美しさってのが刺さるのかもしれないね』

『あー、それはあるかもな』



 充分に3種の宝石を堪能したロレナは、ようやく我に返ったかのように視線を上げてスーザンと目が合った。

 少しだけ恥ずかしそうに手に持っていた宝石を布の上に戻し、未だ頬を上気させたままゆっくりと浮かせた腰を椅子に戻した。



「聞くまでもないようだけど、どうだった? あなたやあなたのお母さまのお眼鏡にかないそうかしら?」

「間違いなく適ったし、母さんも絶対にこれを欲しがるでしょうね。ふふっ、私の方が先に見られたなんて得した気分だわ。

 こういう特別なモノは、いつも母さんが先に見てしまっていたから。ありがとう、スーザンさん。今回はこれを直に見られただけでも来たかいがあったわ」

「そう言ってもらえると、ロレナさんを誘ったかいがあるというものよ」

「……それで、今更だけど別に私にこれらを自慢するために呼んだわけではないと思っていいのよね?」

「ええ、先方は欲しいというのなら売ってもいいと言っているから」

「さっきは貸してもらっているとか言っていたからなんとなく分かっていたけど、先方……ね。

 のライト家の者に、こんな使いパシリのようなことをさせられる人なんて思いつかないのが恐いわね……」



 冗談ではなく本当にそのことに思い至り、ロレナはぶるりと一度身を震わせた。

 アメリカ大統領とてタダで動かすことなどできないだろう相手に、平気で使いパシリをさせられる存在だ。

 たとえ大企業のトップを張る父親が後ろにいても、それが身を守る盾になるかどうか不安が残る。


 しかし使い呼ばわりされたスーザンは、相変わらずニコニコとして害意は一切感じられないのだから、それが余計に不気味に彼女の目には映った。



「そんなに怯えなくても大丈夫よ。先方はとても気のいい人たちだから。

 けど怒らせた場合、どうなるかは私にも想像はできないけど。だってその人たちは──」

「待って! その先方とやらは、私が聞いてもいい相手なの? そうじゃないなら、今すぐ帰りたくなってきたのだけど」

「だから大丈夫よ。別にあなたが知ろうが何をしようが、どうすることもできない相手だし、よほどのことをしない限り怒るような人でもないわ。私たちの恩人でもあるんだから」

「恩人?」

「ええ、私の息子のこと。知っているでしょ?」

「あ、え? あぁ、たしか不治の病を患っていたけど、治ったっていう?」

「ええ、その息子のことであっているわ」

「それじゃあまさか、その病を治したって言うのが、先方さんとやらなの……?」

「ご名答。現在の地球の医学ではどうすることもできなかった私の息子を、いとも容易く治してくれたの」

「地球の……? ──っ!?」



 ここまで言われてしまえば、さすがのロレナでもスーザンが何が言いたいのか察しがついた。

 思わず口に手を当て驚くも、そんなはずはないと理性が否定する。だが、絶対にそうだとはいいきれないとも今は思ってしまう。



(あの宝石は3つとも全部、私が見たことのない新種の宝石だった。

 けどあれほどの宝石が新しく見つかったにしろ、作れるようになったにしろ、そういう情報は絶対に母さんが掴んでいるはず。

 けどそれがもし、地球以外の星の鉱物だったとしたら……)



 わざわざあんな質問を唐突に投げかけてきて、さらに大学では鉱物学も学んだ上に金に物をいわせてありとあらゆる宝石を見てきた彼女が知らない未知の、それも美しすぎる鉱物まで実際に見せつけられた。


 そんなものが突然この世に現れるなどありえないのではないか。

 いくらライト家であってもそんなものをポンと用意できるとは思えないし、なによりここまでして自分を騙す理由など彼の家には存在しない。

 総資産額も影響力も、ロレナ父──ディック・ベイカーより格上なのだから詐欺などのリスクのあることをするわけがないからだ。


 またライト家の直系の孫が死の淵をさまよっていたことはロレナも知っていた。

 可哀そうに──くらいには思っていただけに、突然治ったというニュースを聞かされたときには驚きもしたのでよく覚えている。

 そしてその病とやらが重い癌であり、到底助かるような病状でもないということも。



(けど、もし本当に私たち地球人にも気づかれず、遠い彼方から来られるだけの技術力を持った存在なら……治すことだってできるんじゃ…………)



 考えれば考えるほど、意味の分からないタイミングで聞かされた言葉がグルグルと頭に絡みついていき、ついにそれが口からポロリと零れ落ちた。



「……宇宙人」

「ご名答。実は我々ライト家は、凄い宇宙人さんたちと知り合うことができたの」

「ありえ……」

「ないって断言できる? これを見て」

「それは……」

「じゃあ、実際に会ってみれば信じることもできるかしら」

「会えるの!?」

「だってどれだけ言葉や物を並べ立てても、実際に見ないことにはどうしても違うんじゃないかって考えは払拭ふっしょくできないでしょ?」

「それはまあ、そうだけど……え? ホントに? だって宇宙人よ?」

「ホントホント。だってもうここに来てもらってたし」

「はいぃいっ!?」



 バッと音を立て椅子を転がす勢いで立ち上がったロレナは周囲を見渡すも、この場にいるのはスーザンしか見当たらない。

 しかしだ。不治の病を簡単に癒すという奇跡のような技術を持った存在なら、自分の目を欺くことなど容易いのではと嘘と断言することもできず、ロレナはただただ動くこともできず視線だけを周囲に巡らせる。



「というわけでエーイリさん、アンさん。姿を見せてほしいのだけど、お願いできる?」

「いや、2人合わせてエイリアンって、そんな安直な……」

「ああ、かまわないよ」「おっけー」

「ひっ、変な声が──」



 何もないところから不意に2人分の声が耳に届き、ロレナは小さく悲鳴を上げるが竜郎たちは気にしない。



「あ、でも万が一他の人が来ても面倒だから、我々の宇宙船に連れて行ってもいいかな?」

「そのほうがより話も分かってもらえそうだしね」

「え? えっ!? スーザンさん!!??? キャトられるの!? 私!?!? 助け──」

「確かにそのほうが良いかもしれないわね。姿を見るだけで宇宙人さんだってことは分かってもらえそうではあるけど」

「まぁ、念のためね。じゃあ、行こうか」

「──ひっ」



 思わず扉の方へ駆けだそうと一歩踏み出したところで、竜郎たちにスーザン。そしてロレナ一行は、仲良く竜郎が《強化改造牧場・改》内に作った宇宙空間モドキへと一瞬で移動した。


 一歩前に出した状態のまま、突然目の前が暗くなった──かと思いきや、目に飛び込んでくるのは先ほど見ていた宝石のようなキラキラと瞬く星空に──。



「ち、地球……?」

「そう。あれが君たちの住む星だよ。外から見てみるのも案外いいものだよね。ロレナさん」



 青く輝く地球に目を丸くさせて固まっていたロレナの後ろから、急に男性というには少し若い声が投げかけられる。

 その瞬間ロレナはもう『彼』がなんなのか予想がついてしまっていたために、壊れかけたブリキのおもちゃのようにギギギっと振り返ってみれば、そこには人型で地球の言語を操りながらも、絶対的に宇宙人とはっきり分かる存在が2人並んで手を振っていた。



「どーもー、私がエーイリで」

「私がアンでーす。よろしくね、ロレナさん」

「は、ははっ、ロレナ・ベイカーです……よろしく……」



 さすがに驚かせすぎたかと竜郎と愛衣は、どこぞの漫才コンビのような名乗り方をして場を和ませようとしてみたのだが……、当のロレナは一気に老けこんだような引きつった笑みを浮かべ、そう力なく挨拶を返してくれたのであった。

前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。

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