第216話 フォンフラーの女王
突然のオプスアティのはしゃぎぶりに、フォンフラー王家一同が目を丸くする。幼竜のユピタニアに至っては恐がっているのかじりじりと後ろの方へと下がって丸くなってしまう。
けれどそんなことなどお構いなしに、オプスアティはぽぽぽぽっと間の抜けた効果音を鳴らしながら複数の小さな分身を作り出し周囲に展開。
「これで先ほどの形態での戦いの記録をじかに見られる! 一切合切見逃さないようにしないと!」
ミニアティは言ってしまえば、オプスアティの目にして記録媒体。この分身で見聞きした映像と音声は、彼女の脳内にある特殊な記録庫に劣化することなく保存され、望んだ時にいくらでも閲覧ができる。
今回は異世界人である竜郎が、完全な竜の状態で戦う姿が記録できるとあって大興奮といったところだろう。
フィスタニカが醸し出していた真面目な雰囲気もどこかへ吹き飛び、竜郎はげんなりとした気持ちになってしまう。
「えーと……やるんですよね?」
「……も、もちろんです」
しかしフィスタニカの意思は変わりがなく、オプスアティのことは気にしないようにしているようなので、竜郎もいないものとして考えることにした。
しかしここでとある問題が浮上する。
「えっとそれで、どこでやるのでしょうか?」
「え? どこでとはどういう意味でしょう」
何を言っているのかしらとばかりに、フィスタニカ女王は優雅に首をこてりと傾げた。
それが自然な動作だったために、竜郎も「どういう意味とは?」と純粋な疑問を抱き首を傾げる。
「えー…………と、だってここでは戦えないでしょう? 僕と竜王種であるフィスタニカさんが戦うとなれば、その余波だけで城が吹き飛びますよ」
「ああ、なるほどそういうことですか」
得心したとばかりに優雅に口角をあげ大きく頷き返してきたので、竜郎もここでは戦えないことくらい当たり前のことすぎて疑問にも思っていなかったのだろうと納得しようとする。
しかし横の王配──ベユナーガが「まさかフィスタニカ……」と、小さく声を漏らしていたことでなんだか嫌な予感がしはじめた。
そしてその予感は見事的中することになる。
「全く考えていませんでした!」
「えぇ……」「やはりそうか……」
クワッと目を見開き、威風堂々たるまさに女王の風格を全面に押し出しているが、言っていることが言っていることだけに後ろで愛衣がずっこけてしまっている。
フレイムとアンドレ以外の幼竜たちが、それをマネしてコロンと床に転がる姿がかわいいのがせめてもの救いだろうか。
「すぐにその考えに至るとはさすがですね。竜王種を生み出すだけのことはあります」
「いやいやいや……えぇ……?」
そんなことで褒められるとは思ってもおらず、竜郎はこの見た目と雰囲気が頭脳派に全振りなくせに、中身が武闘派という彼女が少しだけ分かったような気がした。
『ふふっ、なんだか思ってたよりもお茶目な人みたいだね』
『おちゃめで済ませていいことなんですの……? おかーさま』
『堅苦しい王様より、あたしは好きっすよ』
『ヒヒーン、ヒヒーーン、ヒン(でも逆に、この性格で王様としてやってけてるのはすごいかもー?)』
『────、────、──(昔ならともかく今のご時世、王の仕事は戦うことが主ではないでしょうしね)』
『────、──────(あの王配のベユナーガさんが、頭脳派なのかもしれませんよ、月読)』
などと竜郎の後ろで愛衣たちが好き勝手に念話で話しはじめる。
そして天照が月読へ言ったことは実は正しかったりもする。
戦うことが大好きでお転婆だったフィスタニカ。勉強が嫌いで最低限、王として必要なこと以外はお世辞にもできるとは言い難い女王である。
けれどせめて雰囲気だけはと前王であるフィスタニカの父とその妻が、全力でそれっぽく見えるように所作だけは叩きこんでしまったがゆえに、見た目だけはしっかりして見えるようになった。
そしてそんなフィスタニカだったからこそ、その王配となる竜を探すにも両親は苦労した。
なにせ女王の夫として支えるとなると、相当な実務能力が必要となるのは間違いなく、竜で神格を得るのは武闘派が多いからだ。
しかしベユナーガは違った。なぜなら彼は武勇ではなく、勉学において神格を獲得した稀有な存在だったからである。
戦闘能力は元の種としての格から見ても低い方だが、頭脳は明晰。隣のドルシオン王国の天才王子にも頭脳方面だけなら引けを取らないほど。
前王夫婦は君しかいないのだと半ば拝むようにして、ベユナーガを婿入りさせたというのは身近な人物たちだけの秘密だ。
エーゲリアももちろん知っていて、その話を聞いたときはお腹を抱えて笑っていたという。
そんな両親の苦労など気にもせず、毎日修行に明け暮れていたフィスタニカであった……。
とはいえ彼女の国民からの人気は高く、女王としてとても慕われている。
竹を割ったような清々しいほどの脳き──まっすぐな性格で、誰よりも前に出て国を民を守ろうとする意志はしっかりと皆に伝わっているのだろう。
「はてどうしましょう」
「どうしたものか……」
そして現在、そんな彼女は困ったわとおっとりとした風に見えるが自分で考える気がなく、よこの夫に視線を送っている。
ベユナーガはまったくしょうがないなぁと苦笑しながらも、妙案はないか思案しはじめた。両親が必死に連れてきたとはいえ、現在の夫婦仲は良好だ。
「ちょっとちょっと困るよー。私は闘いの記録が欲しいのにさー」
「いや、アティさんに困られても知ったことではないんだが……」
ないのだが、竜郎もあの角は欲しい。それに持ち帰れば義妹はとても喜ぶし、持ち帰らなければ義妹はとても悲しむのが目に見えている。
ならば戦うしかあるまい。だが今回の訪問は一応お忍び。
人目に付かないことが最大の条件ではあるが、竜郎たちが戦うとなれば広いとはいえ竜大陸のどこにいても目立つだろう。
なおかつこの2人が暴れたことによる生じる災害級の被害が出てもいいところ──となるともはやどこにもない、普通は。
けれど竜郎はそんな都合のいい場をすぐに思いつき、こちらのほうから場を提供することにした。
「そちらに妙案がないとのことなら、こちらが指定した場所でもいいでしょうか?
そこなら誰にも目に付かず、どれだけ暴れても被害を気にする必要がない場所なのですが」
「それは素晴らしい。ならばそこにしましょう」
「フィスタニカ……。君はこの国にとって大事な存在なのだから、それがどこなのかくらい聞いてから判断してほしいのだが」
そうなの? とこれまた優雅に首を傾げているフィスタニカは置いておいて、竜郎は会話の先をベユナーガの方へと切り替えることにした。
「こちらが提供できる場所とは、言ってしまえば亜空間にある僕の竜力などによって創造されたところで、ここからは隔絶されてはいますが、いつでも行き帰りができるところでもあります。
さらにその場がどれほど壊れようとも、僕の竜力などが尽きない限り無限に修復されていきますし、環境への被害を気にする必要もありません」
「亜空間……、またとんでもないものを創造できるのだな、タツロウくんは。しかし修復には竜力も…………いや、これは愚問か」
「いえいえ」
そんな大掛かりな創造ともなれば修復するだけでもどれだけのエネルギーが必要になるのか──とベユナーガは考えたようだが、竜郎の真の姿を思い出しそれを心配するような存在ではなかったことをすぐに思い出したようだ。
「いいね! 私も早く行きたい!行きたい!行きたい! はやく道を開いておくれ!」
「アティさんもやはり来ますか」
「それこそ愚問だよ、タツロウくん。ここで私を入れなければ、入れてくれるまでまた君にまとわりつくと断言しよう!」
「そんなことを断言するなよ……。せめてエーゲリアさんから見ているように言われてるから~とか、言い訳くらいしてくれ……」
「どうせ入ることには変わらないのに、それに何の意味が?」
「ああ、もう分かったよ」
ここまでくるともはや怒りすらわかない。これがオプスアティという竜であると、改めて竜郎は認識した。
「それじゃあ、こちらから中へ入ってください」
「分かった!」「分かりました」
何も疑うことなく竜郎が開けた《強化改造牧場・改》へと通じるかまぼこ型の巨大な穴へとオプスアティとフィスタニカが入っていく。
女王が率先して先にいくのかとは思ったが、前女帝の側近眷属も我先にと並ぶように進んでいるのだから今更かと竜郎は何も言わずに後姿を見送っていく。
「ベユナーガさんはどうします?」
「このような戦いを観る機会はもうないだろうし、後学のために見学させてもらってもいいかな?」
「ええ、問題ないですよ」
そういうとベユナーガは娘も連れて、《強化改造牧場・改》の中へと入っていく。
「愛衣はどうする?」
「もっちろんついてくよ。この子たちも見たそうだしね」
「「あーう」」
「「クゥォ~」」
「「グァ~」」
幼竜たちも父親があの姿で戦うことがなんとなく分かっているのか、みたいみたいと見上げてくる。
おいていく理由もないので、愛衣や幼竜たちも入っていった。
「それじゃあ、ジャンヌたちもおいで」
「ヒヒーン」「了解ですの」「はいっす~」「────」「────」
入る前に竜郎もここで既に融合しているカルディナ以外のジャンヌたちも、自分の中へといれて準備ができたところで今回の闘技場となる空間へと足を踏み入れていく。
入った先にあるのは、どこまでも広がるまっ平らな平原地帯。それ以外には何もなく、今回の時のようなただ好き勝手に暴れてもいいように作った領域で、養殖中の魔物や住んでいる魔物たちとは完全に隔離されている。
そんな平原に威風堂々と戦意をむき出しにして、四本の足でしっかりとフィスタニカが大地に立っていた。
他の見学者たちは怪我をしないように、十分に距離を取って遠巻きにこちらを覗いている。
ただオプスアティの分身であるミニアティだけは消し飛んだところで痛くも痒くもないようで、竜郎たちの周辺のあちこちに何体もうろうろしている。
それになんだか戦うという気がそがれてしまいそうになりながらも、竜郎はジャンヌたちによる追加の武装や部位を身に着けフィスタニカの前に立った。
「こちらは流石に全力を出せませんが、フィスタニカさんは全力でかかってきてください」
「そちらも全力で──と言いたいところですが、それが無理なことはさすがの私も理解できます。
なのでこちらは、胸を借りる気で全力でいかせてもらいます」
今の竜郎が全力でやってしまうと、フィスタニカどころかこの空間すら消滅させてしまう可能性が高い。
むしろ手加減するほうに気を回す必要があるだろう。しかしそれは決して侮っているわけではないとフィスタニカの矜持を気にして声をかけるが、戦いに関しての察しはいいようだ。
特に気を悪くした様子もなく、先ほどの優雅さなど一切かなぐり捨ててギザギザの牙を剥き出しにして不敵に笑う。
以前に襲撃してきた星九家の一族を名乗っていたケチな竜などとは比べ物にならないほどの圧倒的な力が噴き出してくる。
向こうの準備も大丈夫そうなので、竜郎とフィスタニカは開始の合図を口にするのであった。
「では──」
「──尋常に勝負!」
一方、そのころ。竜郎たちが《強化改造牧場・改》の中へ入っていく様子を別次元から見ていた存在たちが、そのことについて話し合っていた。
「ふーむ……、タツロウは邪なる力を持つ竜とあの姿で戦うか。さすがにあれに気が付きそうじゃのう」
「まぁ、別にいいのではないかな? 等級神。彼に限ってはもう今更だ。そのときになったら少し話をする程度でいいだろう」
「それもそうじゃのう。ならば儂も魔神と共にのんびりと結果をみさせてもらうとしよう」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




