第206話 謎肉
一通り挨拶を済ませたあと、竜郎がジャンヌたちとも融合した状態も見せたのだが、こちらの反応も種族柄なのか他よりも随分とのんびりとしたもの。
王妃──ディレッタはまだ普通だったが、似たもの親子であるフォルス王──イノグランスや姫──マーテレミラは「わーすごーい」程度の反応しか示さなかったのだ。
しかもマーテレミラにいたっては、それ以上に気になることがあるようで、もじもじしながら別のことに興味をすぐに移していた。
「あのタツロウさん……」
「えっと、なんでしょう?」
「そのぉ……、そこにいるちびちゃんたちを、抱っこさせてもらえませんか?」
マーテレミラがちらちらと向ける視線の先には、フォルテやアルスはもちろんのこと、楓や菖蒲、イルバにアルバと幼竜たち全員がロックオンされていた。
本人は「きゃっ、言っちゃったっ」などと恥ずかしがっているが、もはや隠す必要はなくなったとばかりちびっ子たちに熱視線を向けるものだから、フォルテとアルス以外は若干引き気味になっていた。
しかし聞かれたからには対応すべきだろうと、竜郎は嫌がればすぐに穏便に断ろうと思いつつ眷属のパスを通して抱っこされてもいいかイメージを伝えると──。
「「フィ~リィー」」「「うーー」」「「クゥー」」
「えっ? いいのか!?」
「やりましたわ!」
「ミラだけというのは狡くはないだろうか……?」
「それなら私も……」
王と王妃が喜ぶ娘を見ながら何やら口をとがらせているが、竜郎はそれよりも驚きのほうが大きく楓たちへと視線を向けた。
ずっとボケーとしていたフォルテとアルスは気にしないだろうと思っていたので意外でも何でもなかったし、イルバとアルバもそこまで人見知りするような子でもなかったのでまだ理解できた。
しかし楓と菖蒲が生まれたばかりのころは、竜郎以外が近づくとすぐに彼の背中に隠れてしまうような子たちだった。
段々と周りの仲間たちにも慣れてきていたし、竜郎から離れることもできるようになってきていた。
しかし出会ったばかりのお姉さん? に、それもあんな熱のこもった視線を向けられているというのに、近付くどころか抱っこまで許すようになっているとは思いもよらなかったのだ。
「「うーうー」」
そんな竜郎に楓と菖蒲はそろって、とある人物と感情のイメージを送ってきた。
言葉に翻訳するのなら、「レーラよりはマシ」といったところだろう……。
『レーラさん……あんたって人は……』
『あはは…………、この子たちの成長の足しになってくれたと思えば…………ねぇ?』
『ヒヒーーン(ものはいいようだねー)』
あまりにもしつこいものだから、最近ではもうレーラが近づいてきても彼女たちは無視するかされるがままになっていた。
それが彼女たちの人見知り脱却から一役買ってくれた? のだとすれば、良いことだったのだろうと竜郎は無理やり納得した。
『変人に耐性ができたってことっすかね』
『────……(それはいいやら悪いやら……)』
なにやらアテナと月読が話しているが、竜郎は聞かなかったことにして今も早く早くとワクワクした視線を向けてくるマーテレミラに父親として返事をしよう──と思ったのだが、一つ疑問というか不安が浮かび上がってくる。
「あの……抱っこ自体はまあ、この子たちもいいと言っているのでいいのですが、その大きさですとこの子たちが押しつぶされそうで恐いんですが」
まだ幼いと言っても特級クラスの竜種であり、ステータスも高い。のしかかったくらいで潰れるような体はしていないだろうが、それでも彼女は頭部だけでも竜郎が見上げるほど大きいのだ。
体重を聞くのは失礼だとか、そんな問題どころではない重量を持っているのは想像に難くない。
しかし当の本人は「うふふ」と上品に笑う。
「あらあらタツロウさん、そんなかしこまった話し方をしなくてもよろしいのに。
それと疑問に対してですが、ご心配には及びませんわ」
そういった途端、マーテレミラの体が光りはじめる。そして数秒も立たぬ間にその光はやみ、そこには190センチほどの身長をし、エルフのように耳が長くとがっている美しい女の子が立っていた。
しかしそれが誰かは人化する瞬間を目撃していなくても、想像がつきそうなほどちゃんと特徴は残っている。
具体的には愛衣と同じか少し下くらいの年かさにしか見えないというのに、竜郎よりも大きい身長。植物のような翼と尻尾はそのまま体のサイズに合わせて縮小しただけ──など。
190センチくらいなら人間でも十分いるサイズなので、これなら安心だと竜郎がどうぞと手で大人しくしている幼竜たちを指し示すと、頬を染めながらちびっ子たちにゆっくり歩み寄っていく。
そしてペタンと女の子座りで床に座ると、壊れ物を扱うように優しく、まずはフォルテとアルスを左右の腕で抱き上げた。
「「フィリリリィーー♪」」
「はぅ……。可愛いですわ~」
フォルテやアルスはやはり波長が合うのか、彼女から漏れ出す同種の力に気持ちがよさそうに挟み込むように彼女にほおずりする。
なついてくれたのが相当嬉しいのか、ふにゃっとだらしなく顔を緩ませフォルテとアルスを抱きしめる。
そしてそのまま人化しても十分に立派な尻尾を器用に動かし、楓と菖蒲の前でゆらゆらと揺らす。
「「あうっ!」」
そして猫がおもちゃに飛びつくように2人が尻尾につかまったところで、そのままからめとって自分に密着させる。
さらに翼を大きく広げて伸ばし、包み込むようにイルバとアルバも自分の元へと手繰り寄せた。
「「う!」」「「クォーー」」
「はーい、恐くないですわー」
楓と菖蒲は「しまった!」とばかりに抜け出そうとするが、マーテレミラの尻尾が器用に彼女たちの体を掴んだまま離さない。
そしてそのままゆっくりと揺りかごのように揺れはじめ、2人は大人しくなる。
マーテレミラの翼をハンモックのようにして収まっているイルバとアルバも、同じように揺られて眠たげにあくびをする。
腕の中にいるフォルテとアルスも、同様に揺られ寝息を立てた。
「幸せですわぁ……」
あっという間に幼竜たちを寝かしつけたマーテレミラは、それぞれの寝顔を見ながら蕩けるような笑みを浮かべる。
「マーテレミラさんは、お姫様なのに随分と子供の扱いに慣れてるんだね」
「ミラで結構ですわ、アイさん。わたくしはこのように小さくて愛らしい子たちが大好きで、昔からお父さまの家臣や親せきの子が生まれるたびに、触らせてもらいに出向いたおかげで、幼竜たちの扱いに慣れましたの」
「そうなんだぁ」
「ええ、わたくしも早く一人前になって、子供が欲しいですわ」
「その子たちを王配に望むのなら、一人前になってからも待たなくちゃいけないですの」
「まあ、そうでしたわ。この子がわたくしの将来の夫になるかもしれないんでした。
あんまりにも可愛いものだから、ついそのことを忘れてしまっていましたわ」
「おいおい、それじゃあ困るぞ。なあ、タツロウくん」
朗らかに笑う今のマーテレミラとそっくりな翼と尻尾を持った、人の姿をした2メートル越えの成人男性がいつの間にか竜郎の近くまでやってきて笑いかけてきた。
「いや別に僕としてはどっちでもいいんですが……、なんでイノグランスさんやディレッタさんまで人化しているんですか?」
その男性の横には、ディレッタと思われる人化した女性もちゃっかりいる。
「順番待ちだ! 次は私が抱っこするのだ」
「いいえ、次はわたくしです」
「私の方が早かったではないか」
「いいえ、わたくしの尻尾があなたよりも前に出ていました」
「そ、そうだったか……? なあ、タツロウくん、どっちが早かったか分かるか?」
「知りませんよ……。もう、あの子たちが嫌がらなければ2番目でも3番目でも好きにしてください」
「恩にきるぞ、タツロウくん」「ありがとう、タツロウさん」
そうしてたっぷり3人が幼竜を楽しむまで、この和やかな空気が続いていた。
幼竜たちがお昼寝から覚めた頃になって、ようやくいつもの食べ物による交渉がはじまった。
幼竜たちは王族たちにあやされたままなのだが、竜郎はもう気にしない。
最近はヴィント王国で提供した頃よりも少し余裕が出てきた特別なマヨネーズを使ったサンドイッチだが、それでも竜郎たちも一緒にそれを食べて舌鼓を打つ。
セリュウスはそそくさとエーゲリア用のお土産分をちゃんととってから、目を真ん丸にしながら無言で食べている。
王族の3人も、この時ばかりは幼竜たちのことも忘れて美味しすぎると叫んでいた。
そこで竜郎はこれらの食材を材料に他と同じように、フォルス鉱石の取引を持ち掛け問題なく受諾された。
さらにフォルス種が居ついたことで変異した、ソルエラ王国とはまた違う特殊な土壌を手に入れるために交渉し、マーテレミラたちにも畑の世話もかねてちょくちょく会いに来ると約束することで用意してもらえることが決まった。
ここまでとんとん拍子に進んでいき、竜郎たちも大満足な結果に収まりつつあった……のだが、今度は竜郎たち側ではなく、イノグランス王たち側から何やらさらなる交渉ごとの気配がしてきた。
「まずその詳しい話をする前に、こちらで用意したものを食べてみてもらえないだろうか?
ソルエラとフォルス王国で自前の畑を欲しがるほどに、様々な食材に目のないタツロウくんたちなら、気に入ってもらえるかもしれないものなんだが、どうだろう」
「──それは、とても興味がありますね。ぜひお願いしたいです」
気に入ってもらえるかもといいつつも、今だ人化したままのイノグランスの表情は自信ありげだ。
これは面白い食材の情報が手に入るかもしれないと、竜郎はすぐにその提案に乗った。
しばらく待っていると、竜郎たちのサイズに合わせたテーブルの上に、ここまで案内してくれたファリーズが再びやってきて手ずから皿が並べられくれる。
視覚はレストランで見られるような銀色のドーム型の蓋──地球ではクローシュと呼ばれるそれが、かぶせられているので中はまだ見えない。しかし、そこから匂いは零れだしていた。
『私たちの美味しいものを使ったときみたいに、やばい美味しさを感じるような匂いじゃないけど、いい匂いがするね』
『この匂いからすると、俺の前にあるのは揚げ物か?』
出された皿ごとに入っているものが違うのだろう、料理の匂いはそれぞれ違う。
竜郎が表情は静かに、心の中はワクワクと見守る中で、それぞれの蓋が取り払われていく。
中から出てきたのは、何かの肉料理らしきもの。唐揚げ、てんぷら、ステーキ、ハンバーグ、串焼きなどなど。
「これらにはすべて同じ食材が使われている。さあ、食べてみてくれ」
「では、いただきます」
ちゃっかり自分用の椅子とテーブル、料理を確保しているセリュウスも竜郎にならって手を合わせていた。
そんな彼を横目に見ながら、竜郎はまず目の前にあるてんぷらに軽く塩を振って食べてみる。
愛衣たちもそれぞれ近くにあるさらに手を伸ばす。
咀嚼し、よく味わってから飲み込んでいく。
『うーん……? 美味しいよ? 美味しいけど普通だよね?』
『美味しい魔物や準美味しい魔物にも匹敵しない、普通にスーパーで売ってそうな肉って感じだな』
『──────、────────?(けれどわざわざ食べさせてくるのだから、何かあるのでは?)』
『月読の言う通りっす。他のも食べてみるっす』
さっきとは違う料理に竜郎たちは手を伸ばしてみる。そうやって全種類の料理を食べてみたが、美味しいは美味しいが食材としては並み──という評価しかあがらない。
わざわざ一国の王が自信ありげに出してきた食材で作られたものがこれなのだろうか、と失礼ながら竜郎たちは感じてしまう。
しかしそのように竜郎たちが困惑しているのも分かっているはずなのに、それでもイノグランスは自信ありげに笑ったままだ。
竜郎は思わずセリュウスはどうだったのだろうかと、近くで食べていた彼の方に視線を向けると、そうなることを見越していたかのように微笑む彼と目が合った。
「味が普通で困惑しているようだな。タツロウくん」
「えーと……」
提供者が目の前にいる手前、はっきりとそれを口に出していいのだろうかと迷っていると、セリュウスは竜郎の返答を聞かずにイングランスへと声をかける。
「イングランス。これは──ポルポムだな?」
「ええ、まさしくポルポムでございます。セリュウス様」
「そうか…………、懐かしいな」
「懐かしいですか?」
よく分からないやり取りに、竜郎は思わず会話に割って入っていく。
「ああ、昔よくこれを食べていてな。そもそもこれは──」
「セリュウス様。そこは直接現物を見たほうが面白いのでは?」
「ははっ、それは言えているかもしれないな」
「もしかしてとんでもないゲテモノ料理だったとかなの……? セリュウスさん」
「くくっ、違うよ、アイくん。けっして忌避するような見た目でないことも私が保証しよう。では彼女たちの心配を打ち消すためにも、はやく現物を出してあげてくれ」
「はっ、かしこまりました」
イングランス王も口調は恭しいが、セリュウス同様いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、その『現物』を竜郎たちの前に出すのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




