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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十章 エデペン山編

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第179話 セテプエンルティステル

 なにやら双方で情報が錯綜しているようだが、ニーリナ自身と親交があったらしい風神のクリアエルフ──セテプエンルティステルに、ここで簡単に説明するのもどうかとも思う。

 ということで竜郎は、それも含めて落ち着いて話せる場所でと提案してみることに。



「それもそうだね。じゃあ、こっちだ。来てくれ」

「では遠慮なく、お邪魔させていただきます」



 空飛ぶゴーレムの方へと翼もないのに平然と飛んでいくセテプエンルティステルの背を、こちらもゆっくりと追っていく。

 その道中で竜郎は2人の知り合いへと急いで念話を送る。



『レーラさん。イシュタル。ちょっといいか?』

『ええ、いいわよ』『ん? なんだ? 今なら別にいいが』

『よかった。実は──』



 そこで竜郎は今に至るまでの経緯を簡単にまとめて、竜郎たちと親交のある唯一のクリアエルフのセテプエンリティシェレーラこと『レーラ』と、ニーリナと親交のあったイフィゲニア帝国の女帝イシュタルへ伝えていった。



『それで2人はセテプエンルティステルさんを知っているか?』

『風のクリアエルフか。おそらく私を産むための真竜卵生成に協力してくれた1人だとは思うが、少なくとも私自身は一度も会ったことはないし、顔すら知らない。レーラはどうだ?』

『私はかなり昔に何度か会ったことはあるはずだけれど、まともに会話を交わした記憶はないわね』



 数百年単位の時代を昨日のことのように語るレーラの『かなり昔』。それだけで目の前を行く女性が、途方もない時間を生きていることが理解できた。



『私が知っていることと言えば、その人は初代の風神の巫女。

 私よりもずっと昔に、それこそ初代解神の巫子セテプエンベルケルプと同期と呼んでいい最古クラスのクリアエルフよ』

『あー、やっぱりそうなんだぁ。確かに再会したときのレーラさんより強そうだったし、それも頷けるかも』

『そうね、アイちゃん。親は違えど私からしたら先輩にあたる人だから。それで、その人と今から話をするのよね?』

『ああ。そこで必要ならレーラさんの名前とか、あとニーリナさんのことを知っていそうだから、イシュタル的にどこまで話していいか念のため聞いておこうと思って連絡したんだ』

『私の名前は必要なら好きに出してくれていいわよ。なんならタツロウくんの転移で、私をそっちに連れて行ってくれてもね。

 まあ、そんなことをしなくても無意味な嘘をつけば風神が教えるでしょうし、その必要性はあまりなさそうだけれど』

『レーラちゃんは会いたくないの?』



 稀少な同種であるクリアエルフだったら会いたいのではないかと、ニーナが純粋な疑問をレーラに投げかけた。



『そうねぇ、私はクリアエルフ自体にそこまで興味がないから会っても会わなくても、といったところかしら。

 そもそも特殊な状況、それこそ恋愛感情のような強い情でも相手に抱かない限り、基本的にクリアエルフ同士でつるむことはないから』

『そうなんだぁ』



 クリアエルフ同士で集まるときと言ったら、それは世界の安定のために発生した強敵との戦いくらいだ。

 今の安定した時代ならば、もうほとんど会う機会はないといっていい。


 ──と、レーラはとくに会わなくても良さそうなのはわかったが、もう1人考え中なのか会話に入ってこなかったイシュタルへランスロットが声をかける。



『それでは、イシュタル殿のほうはどうなのだ?』

『うーん……セテプエンルティステルは、私の国との繋がりはほぼ皆無だし、今後深くかかわってくることもないはずだ。

 ニーリナが死んだことを知っているのも、昔になんらかの親交が彼女とあったクリアエルフたちには母上が知らせただけだろう。

 だからそれだけ今の帝国との繋がりが薄い人物だったら、ニーリナとニーナの関係を話してもそれが広がることはない』



 九星関係者や竜王たちの耳には、まだニーナのことはいれていないので、意図しないタイミングで伝わっても困る。

 けれどゴーレムと空高い場所を浮遊して暮らしているであろう彼女に話したところで、伝わることはないとイシュタルは判断したようだ。



『それならニーナの件はこっちで簡単に話すことにするよ。他に2人から彼女に伝えておきたいこととかはあるか?』

『ないわ』

『私もないな。タツロウたちと知り合っていなかったのなら、将来の娘のために居場所くらいは知っておきたかっただろうが』



 レーラとイシュタルとの話を終えた頃になると、竜郎たちは空飛ぶゴーレムの上にまで辿り着いた。

 これ以上の内緒話も難しいところなので、そちらとの念話は切って改めて周囲を眺めてみることに。



「なんか普通に地上にいるみたい」

「雲より上にいるのに地面の上って」

「不思議な感じー」

「キャンキャン!」



 愛衣や彩人、彩花、そして豆太は、ずっと空中にいたときとは違い、しっかりとした地面の感覚をコツコツと靴を鳴らしながら確かめはじめる。



「畑まであるのよ、パパ」

「みたいだな。それにけっこう大きい」



 ゴーレムの頭の上に敷かれた正方形の巨大な土台の上は、完全に田舎にポツリと佇む一軒家といった光景が広がっていた。


 家があるのは遠目に見えたことからも明らかだったが、床面にはしっかりと土が敷き詰められ、芝生まで生えて緑の大地と化している。

 そしてその草原の中に家が一軒、綺麗に区切られ様々な作物が生い茂る大きな農地、そこそこ大きなため池とそこを泳ぐ魚たち。

 住居には見えないが、余裕で人が住めそうなほど大きな謎のドーム型建築。

 目を覚ましてこの場に立っていれば、空の上など嘘かのような光景だ。


 けれど真後ろを見れば柵もなく、数歩下がってジャンプすればあっという間に地上に真っ逆さま。その景色の違いで、ここが空の上だと思い出させる。



「なかなか、よくできているだろ? ここだけで衣食住がちゃんと賄えるようになっているんだ。

 それに肉なんかもいちいち地上に降りて狩りなどせずとも、空を飛んでいる鳥や魔物をウゴーくんが捕ってくれるから、ちゃんと食べられるんだ」

「すごーい。あれ? でもウゴーくん? ってだあれ? ほかにも誰かいるの?」

「それはだね、ニーリナ」

「ニーナだよ?」

「……それはだね、ニーナ。今この箱庭を支えてくれている、私の相棒のことだよ」



 この空飛ぶ箱庭を支えているゴーレムのことを、セテプエンルティステルはウゴーと名付け相棒として接してるらしい。

 そしてそのウゴーは、道中に見た胴体?から生える無数の触手のようなもので獲物を捕らえて彼女にあげているとのこと。


 なんとも優秀な相棒だと感心しながら中心部のほうへ向かって歩いていき、竜郎たちはおしゃれなレンガ造りの家へと招かれた。



「あっちに──と、我が家に大人数を迎えるような椅子などないな。奥からいくつか持ってこよう。

 それでも数人は床に座ることになるだろうが……」

「椅子なら自前の物を人数分、持ってますよ」

「それは助かる。ならあの机があるあたりに適当に並べて、座っていてくれ。

 その間に私は、自家製のお茶でも振舞う準備をしよう」



 内装も外見相応で、一般的な西洋建築にありそうな家具の配置。

 ただし1人で暮らすことしか想定されておらず、椅子はぽつんと一席だけ置いてあるだけ。

 他の家具もこじんまりとまとまっていて、非常にスッキリとした印象を受ける内装だった。


 椅子を言われた場所周辺に並べていき、失礼にならない程度に大人しくあたりを見回していると、お湯と茶葉が注がれたガラスのポットを手にセテプエンルティステルが戻ってきた。



「すまない。コップも数個しかないんだ。自分たちの分を用意できるかい?」

「ええ、すぐにでも」



 椅子が自分の分しか用意されていない家に、食器が大人数分あるわけもなく、既にそうなるだろうと準備をしていた竜郎はささっと机の上に人数分のコップを置いた。


 さらに緑茶のような香りが漂ってきたので、お茶うけにとララネストの甲殻を砕いて粉末にしたものを練りこんだ、お煎餅『ららせん』も添えて。



「おお、ありがとう。気が利くね、助かるよ。来客なんてほとんど……いや、まずないからこういう準備には慣れていないんだ」



 自嘲めいた笑みを浮かべながら、セテプエンルティステルも自分の席について落ち着いた。



「それじゃあ、ゆっくりと話でもしようか」

「そうですね。では、セテプエンルティステルさん。まずは僕らがここに来た理由からお話ししたいと思います。

 それともニーナの話からのほうがいいですか?」

「いや、君たちの話したい順番でかまわないよ。こちらはまったく急ぎの用事などない、自由気ままな生活をしているからね。

 ああ、あと私のことはルティでいい。私の名前は長いからね、フルネームでいちいち呼んでいたら舌を噛むよ?」



 可愛らしくウインクをしながら、彼女は冗談めかして微笑んだ。

 それに竜郎たちは笑い、その場の空気もかなり弛緩したところで、今回ここまで来た理由を話していった。


 内容としては、空を飛んでいるであろうとんでもなく美味しい魔物を捕まえるべく探索していたら、偶然に空飛ぶゴーレム──ウゴーくんを見つけ、ルティと遭遇としたというもの。


 そのついでに彼女にも目撃情報を募ろうかと思っていたところで、ルティは「ん?」と小首を傾げた。



「もしかしてソレは、ラペリベレっていう魔物のことかい? それなら家で飼っているけれど」

「「飼ってる!?」」「「飼ってるの!?」」「「おーすごーい」」

「「うー?」」「ク~ン?」



 目撃情報どころか飼育している発言に、竜郎、ランスロット。愛衣、ニーナ。彩人、彩花はそれぞれ驚きの反応を示し、楓と菖蒲、豆太はなにを驚いているんだろうと不思議そうな顔をしていた。


 そんなびっくりした竜郎たちを見て、ルティはいたずらに成功した子供のように大きく笑った。



「はははっ、そうか。君たちはアレを探していたのか。

 だがそうなら、悪いことをしたかもしれない。実はもうこの辺りにはいないはずなんだ、私が全て捕まえてしまったからね」

「マジですか……」

「ああ、マジだとも。さっき外で見たドーム型の建物の中に全て入っているよ。

 おっと、そろそろお茶がいい塩梅に出てくれたね」



 明らかに気落ちする竜郎たちに笑いかけながら、ルティは手ずから完全に深緑に染まったお湯を、コップに入れてくれた。

 だがその緑茶に似た落ち着く香りに心安らげるはずもなく、竜郎はそれに口をつけることなく身を乗り出した。



「では、それを譲っていただくことはできないでしょうか。

 もちろんタダとは言いません。こちらにも同じくらい美味しい魔物があるんです。

 例えばこのお煎餅なども、その魔物の余った部分を利用して作ったものなんですよ」

「ほぉ、それは興味深い。では一口──おっ、おおっ! 美味いな」

「しかもそれは出汁を取った後の殻なので、本体はもっと美味しいですよ」

「なるほど、出がらしの再利用でここまでの味を出すか。ラペリベレと双璧をなしてもおかしくない。

 ……正直、君たちにならタダで譲ってもよかったんだが、本当に頂いてしまってもいいのかな?」

「ええ、もちろんです。こちらはそれを養殖しているので、たくさん……ありま……どうかしましたか?」



 竜郎としてもタダで貰うより、正当な対価と引き換えにしたほうが気持ちがいい。

 ルティの厚意は気持ちだけ受け取り、こちらも美味しい魔物でお返しを──と思っての言葉だったのだが、竜郎が養殖の一言を出したところで少しだけ彼女の表情が難しいものになった。



「養殖か……。もしかしてラペリベレも養殖する気なのかな?」

「え、ええ。将来的には販売も考えていますので……なにかまずかったですか?」

「いや、別に君たちが養殖する分には問題にないし、現に私もラペリベレを養殖している」

「養殖もしてるんですね。では何が気がかりなのでしょうか?」

「それがな。実はそのラペリベレという魔物は、なぜかこの地でしか繁殖しようとしないんだ。

 私は美味しいものの確保という意味もあるが、その謎の研究のためにこの場にとどまっているんだよ」

「この地……というのは、エデペン山と呼ばれている下の山一帯のことでしょうか」

「一帯というか、一番高い山脈の付近というのが正解かな。ちょうど私たちがいるこの辺りが、ギリギリ範囲内といったところだね」

「他の山の上とかじゃダメなの? ルティさん」

「ウゴーくんと一緒に、世界各所の空を巡って実験してみたけれど、なぜかここだけなんだよ、アイちゃん」

「繁殖する場所が限られている魔物もいるということなんでしょうかね」

「分からない。だからこそ私は面白可笑しく想像や推理を膨らませて、日々を過ごしているんだ。

 けれど空の上からだけではどうしても限界が……ああ、そうだ。ならば君たち、少しだけ私の研究を手伝っていかないかい?

 実はこの下の山に、前から一つ気になる場所があるんだ。

 もしかしたら……まあ、関係ない可能性も十分にあるのだけれど、ラペリベレの養殖業にあたってのヒントが見つかるかもしれないよ」

「はぁ、そのような場所があるというのなら、確かに調べに行くのもやぶさかではないのですが、ルティさんでも調査するのが困難な場所なんですか?」



 目の前のクリアエルフは竜郎たちから見ても、相当な力の持ち主だ。

 そんな彼女が気になっている場所があるのに、今の今まで調べに行けていない理由のほうが竜郎は気になった。

 もしかしたら彼女でも危険が伴う何かがあるのではないかと。


 けれど実際はもっと単純な理由だったのだが。



「ああ、いや、確かに怪しすぎるし警戒するに越したことはない場所なのだけれど、私や君たちが危険に──ということはまずないと思う。

 現に自由に行けたのなら、私1人でとっくに行っていただろうしね」

「ならいったいどうして、ルティさんは行かれないのですか?」

「その理由は簡単だ。私がウゴーくんから一定以上の距離を一定時間あけてしまうと、彼は崩れて死んでしまうからなんだ。

 ウゴーくんはもはや大切な相棒だし、せっかくここまで開拓した空の箱庭も失いたくはない」

「えっ!? ルティさんが離れるだけで、ウゴーくんは死んじゃうんだ!?」



 愛衣の驚きの声に、ルティは何かを思い出すかのように上を見つめるとゆっくりと頷き返すのであった。



「実はウゴーくんは、ちょっと特殊な魔物でね──」

次話は金曜更新です。

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