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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第九章 竜の王国・前編

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第168話 アテナの気まぐれ

 なかなかに厄介な難題を押し付けられたスッピーに、竜郎は彼に何かできないか考える。


 一番簡単で手っ取り早い方法は、竜郎の眷属たちのように《強化改造牧場・改》内でのパワーレベリング。

 レベルさえ相手を大きく超越してしまえば、種族差の壁すら超えられるという力技。

 今のスッピーとユティリトールなら、50~70レベルほど上回っていれば勝つのは難しくないはずだ。


 しかし問題は、竜郎はこれを家族や眷属たち以外にできれば使いたくないというのもあるが、まず本人がその手を望まなさそうというのがある。


 己の身一つで自分の場所を掴み取ろうとしている彼が、竜郎の力におんぶにだっこで強くなりたいなどとは思わないだろうからだ。

 そんな手を選べるような男なら、とっくにレタルを継ぐと自分から言っていたはず。


 他にもいろいろと竜郎たち側が干渉することで強くする方法はいくつか思い浮かぶも、スッピーが望みそうにないものばかり。

 竜郎がどう伝えたものかと頭を悩ませていると、念話だけで口は噤んでいた人物が1人声を上げた。



「ちょっといいっすか?」

「アテナ殿……で、ございましたな。なんでござりましょう」

「その条件だと、レタルの元となった竜を超えろってことにもなりそうっすよね。

 同じ身分を勝ち取った相手より、条件が高いってのはどうかと思うっすよ」

「祖レタル様の時代はどこにいても、武勲を上げる機会があった時代。

 されどスプレオールは、人生で一度あるかどうかすら怪しい時代。

 祖レタル様も決して、一度のいくさで上り詰められたわけではござりませぬ。

 それなのにたった一度で並び立つ、もしくはそれを超える英雄をと望むのなら、同等の力では話にならぬでしょう。そうは思われませぬか?」

「まあ、それは言えてるっすね~」



 別段おかしなことは言っていないし、アテナもそう言ってくるのが分かっていたのか、特に思うところもないように気軽に頷く。

 一度の戦いで存在が認められるような相手と戦う必要があるのなら、上級竜の域に入っているようでは死ぬだけだ。



「左様でござりまする。だからこそ、それすらできぬというのなら、所詮それは夢物語の戯言たわごとだったと諦めてもらいたいところ」

「なるほどっす。でも多少のヒントは欲しいっすねぇ。

 あたしとしては、スッピー側の応援に回りたいって思ったっすから」

「す、すっぴー? ……いや、それはいいとして、アテナ殿は先ほどから何が言いたいのでござろうか?

 ヒントと言われましても、皆目見当が付きませぬ」



 なんだか歯に物が詰まっているような物言いを感じ、言いたいことがあるならハッキリ言うようにユティリトールはアテナをせかした。



「ぶっちゃけて言っちゃうと、あたしといっちょ戦ってみないっすか?」

「は、はい……?」



 だが返ってきた答えが予想外過ぎて、よけいに混乱する羽目になる。



「なんかユティっちみてると、その種族として最適な力を考えてつけてる気がするんすよね」

「……某には才能が有りませぬ故、ただ我武者羅に考え努力した結果でござりまする」



 内心なぜそんなことまで分かるのだろうかと心拍数を上げ、ユティっちなどという未だかつて呼ばれたことのないあだ名で呼称されても気が付かなかったが、それでもユティリトールは何でもないようにふるまった。


 ……ただ、アテナの場合はただのあてずっぽうなので、別になにか特殊なことをしたわけでもないのだが。



「やっぱりそうっすか。実はあたしは、スッピーに稽古がてら模擬戦することがあるんすよ。

 だからユティっちの理想的な動きを覚えてけば──」

「なるほど、スプレオールに教えることができると」

「それにだいたいどれくらい強くなれば、圧勝できるようになるかも分かりやすいっすからね。

 それで、ユティっちは敵に塩を送るのは嫌っすか? ならそれはそれでいいっすけど」

「そもそも某とアレは考え方も戦い方も違いまする。

 それで参考になるかどうかは分かりませぬが、ご許可さえいただければなんなりと」



 そこでユティリトールは、マルトゥムの方へと伺うような視線を送る。

 自分の意思で勝手に竜王ですら歓待する客人の1人と、模擬戦とはいえするわけにはいかない。


 視線を向けられたマルトゥムは、少しだけ考え込むように目を閉じつつ、横にいる夫の気配を感じ取る。

 リーガァはなんだその面白そうな展開は! 俺も混ざりたい! とでも言いたそうに、戦の血が荒ぶりはじめているようだ。


 だがさすがにパラフトもいる前で、彼まで戦いに興じられても困る。

 彼までやると言い出したら、パラフトもやりたいと言い出しかねないし、収拾をつけるのが面倒になるからだ。

 せめて見るだけで我慢してもらおうと、アテナとの模擬戦を認めることにした。



「分かりました。許可します。今の時間、空いている修練場にでも行けばいいでしょう」

「ありがとうっすー」

「承知いたしました」

「ただしあまり無茶をしないでちょうだい」

「そこは僕が結界を張るので、2人も修練場も保護します。こちらから言い出したことですし」

「それは助かるわ」



 竜郎はジャンヌにまだ楓たちが起きないか念話を送ると、まだ大丈夫と返ってくるのでそのまま修練場とやらに案内されるがままに進んでいく。



『スッピーさんのために情報収集なんて、アテナちゃんも優しいね』

『え? あー……それもあるっすけど、ぶっちゃけユティっちが話してるときの荒い空気にあてられて、戦ってみたくなったってのが一番の理由なんすよね~』

『えぇ……ま、まあ、スッピーさんのためにもなるし、いっかぁ』

『そうっす。できるだけ相手の動きを引き出して見せるっすよ』

『相手へのダメージは月読と一緒にこっちでカットしとくから、好きなようにやってくれ』

『それは助かるっす~』



 そんな念話を送りあいながら誰もいない道と水路をそれぞれ進んでいくと、修練場というよりは闘技場のような円形の部屋に辿り着く。


 その中央にアテナとユティリトールが立ち、他の面々は円形の縁のあたりの観客席でそれを見ている。

 そこで竜郎は月読と一緒に、この闘技場全体とユティリトールにそれぞれ膜を張るようなイメージで魔法を発動し保護していく。

 闘技場には完全ダメージカットの、ユティリトールには攻撃によって増減し最低限のダメージしか通らないものを。



「準備できました。いつでも大丈夫ですよ」

「ええ、わかったわ。けど便利な魔法ね……。それに信じられないくらい硬い」

「俺が本気で壊そうとしても、絶対に壊せそうにない」



 その魔法を確かめるように、マルトゥムとリーガァが軽く闘技場に攻撃し、その強度に驚いていいやら、呆れていいのやら、複雑そうな表情をしていた。

 それと同時に2人きりでポツンと修練場に立つアテナとユティリトールが視界の端に移った。



「──と、そんな場合じゃなかったわね。では、はじめ!」

「はっ!」



 開始の合図と同時にユティリトールの口が開いたかと思えば、そこから光があふれ閃光弾のように周囲を光で染め上げる。

 そしてそのままアテナに向かって真っすぐ飛んでいき、挨拶だと言わんばかりの拳をお見舞いする。


 先の光はただの目くらまし。それ自体に殺傷能力はないが、初見でいきなりこれをやられると嵌まってくれるものが多い。

 ユティリトールの性格上卑怯なことはしないと周囲に思われていることもあるが、彼は勝つためならば意外と搦手も使ったりもするのだ。


 顔面を容赦なく殴った感触とともに、ユティリトールは口を開く。



「卑怯だとは言わせませぬよ」

「言うわけないじゃないっすか~」

「ぬっ!?」



 確かに殴った感触があったのに、もっと言えば今現在もあるのに声が後ろからする。

 驚きながら後方への防御姿勢を取ろうとしたが、その前に容赦なく後頭部を殴られた。


 《成体化》状態でダメージカットも入っているので、ユティリトールは前方につんのめりながらも片足を軸に半回転して身構える。

 すると飄々とした顔で笑うアテナが、何もせず立っていた。



「荒ぶる気から戦闘特化の竜かと思いきや、幻竜の類だったでござるか」

「それはどうっすかねー。んじゃあ、もっと次いくっすよ」



 《成体化》から《真体化》へと存在を高めていけば、アテナは手足に琥珀色の霧が出るトライバル柄に似た琥珀色のタトゥーが刻まれ、琥珀色に白の虎縞の尻尾が生えてくる。


 見た目はそれほど大差ないが、隠されていた力が表に出てきたことで感じる圧が数倍に跳ね上がる。

 そんな中でもユティリトールは恐れることなく、聖力を全身にかけ巡らせ持久力や傷などあらゆる身体的消耗を回復しつつ、強化もできるスキルを行使しながら突っ込んでいく。


 アテナはその中で適度に殴りながら、ユティリトールの攻撃をさばいていく。

 その中で見えてきたのは、スッピーやユティリトールの種族は、どちらかといえば防御に重きをおいた戦闘が向いている聖竜であるということ。


 そこまで範囲は広くないが、味方にも回復効果や強化をばらまけるので、自分を守りつつ軍を率いるときも重宝しそうではある。


 しかしユティリトールのほうが洗練された使い方をしているが、ここまではスッピーもできる範囲ではある。

 けれどこの種の一番の特徴は、防御を一切捨て攻撃に一点集中するスキルがあるようだということ。


 防御主体で攻撃性能が低いところを補うためなのか、それを大幅に反転させ攻撃特化にするという諸刃の剣だが、補うどころかむしろ防御能力よりも高くなるので直撃したときのダメージは計り知れない。


 そしてユティリトールは、その切り替えが恐ろしくうまい。

 フェイントや搦手を駆使してタイミングを計り、確実に決められるときだけ一瞬だけ切りかえる。

 攻撃方法は近距離、中距離、遠距離と多種多様で、どの距離であっても何かしらの攻撃ができるのも強みか。


 経験のなせる業かアテナですら反応はできるものの、虚実に騙されそうになる芸当はまさに戦闘の技術を突き詰めた先にあると言えるだろう。



「むぅ……まさか、ここまであしらわれるとは……」

「その戦闘技術は、あたしも勉強になるっすね~。思わぬ成果っす」

「勉強でござるか……」



 戦いながら自分の技術を勝手に盗み出しはじめたアテナに、最初は強者に揉んでもらおう程度に思っていたユティリトールも冷や汗が出てくるのを感じた。

 そして今はもう、自分とアテナの格の違いに腹すら立つ。


 自分がここまでくるのにかけた年月をあざ笑うかのように、あっさりと盗んで真似してくるのだ。世の不条理を呪いたくもなってくるだろう。



「でももうあらかた見終わった感じっすね。出し惜しみはもうしてないっすか?」

「最初から最後まで全力で挑み申した。もはや出せる手などございませぬ……。であれば」

「であれば? なんすか?」

「どうかアテナ殿の全力を見せていただきたいでござる。

 はるか高みの攻撃を、タツロウ殿のおかげで安全に受けられる機会などそうそうありませぬでしょうから」

「そういうことっすか。色々見せてもらったっすから、全然いいっすよ」



 そう言いながらアテナは《真体化》からさらに《神体化》に、存在を高めていく。



「は、ははっ……」



 現れたのは成人女性から中学生ほどまで小さくなったアテナの姿。

 恰好もトラのかわいらしいパーカーと、肉球手袋、肉球靴と、見た目だけならふざけているようにも思えるが、その身から放たれる圧力は成熟した竜王たちにも引けを取らない。


 思わず笑いすらこみあげてくるユティリトールを前に、アテナは神力を全力で消費して作った雷属性を右拳にまとう。



『とーさん。防御は頼むっすよー』

『はいよ』



 ──消えた。そうユティリトールが感じた瞬間に、目の前で目が潰れるほどの爆発が起きる。

 爆発元であるアテナの肉球手袋が額に触れているのに、攻撃を大きく上回る竜郎の魔法で全てをカットしているのでダメージ自体は全くない。

 それでも間近で感じる自分を数万人余裕で殺せる力に微動だにすらできず、ただ見入ることしかできなかった──。



「おい、レタル・ユティリトール。いつまでそこに立っている気だ」

「……はっ、ここはいったい」



 気が付いたときには、竜郎たちは帰った後だった。

 わざわざ目を覚まさせに再び来てくれたリーガァに聞かされたところによれば、もうここで数時間立ちっぱなしだったらしい。


 謝罪と感謝の言葉をユティリトールは、リーガァへと送る。



「それにしてもレタル継承の件。さすがに意地が悪かったのではないか?」



 リーガァと別れるまでの道中、ユティリトールはそんな問いを投げかけられた。



「さようでござりまするな。某ならば、ふざけるなと父親を殴っていたでしょう」

「お前が言うか」

「実のところ……圧勝などとは申しましたが、某をそれなりにあしらえるほどならば、いいと思っていたのです。

 けれどああいえば、スプレオールはもっと上にいけるのではないかと欲が出てしまったのでござりまする。なにせ周りが周りでしたので」

「ああ、それは……な」



 限界を超えるほどに竜郎たちに鍛えあげてもらえたのなら、もしかしたら種族すら超えてくれるかもしれない。

 そして神格者だらけということは、それだけ神からの注目も集まりやすい場所ということでもある。

 もしかしたら息子もリーガァのように神格を得られるかもしれないとも。


 そうなってしまえばもはや誰も文句は言えない。

 ぜひレタルを継いでほしいと思っているマルトゥムであっても、神格を得た生き方を変えさせるのは無理だろう。



「某以外にもスプレオールを推す親族は大勢おりもうした。

 あれだけ純粋ならば、簡単に操れそうと思っている馬鹿もいる始末。

 けれど神格さえ得られれば、倅は誰(はばか)らず自由に生きることができるでしょう」



 さてどうなるか。リーガァとユティリトールは、まだ見ぬ未来へと思いをはせるのであった。

次話は水曜更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  そういえば竜郎らのダンジョンを拡張する時の個選びを鑑みると、ラマーレ王国は氷雪に覆われた土地というほどには寒くも豪雪にもならないみたいですな  イシュタル曰く帝国に氷雪地帯のみで構成される…
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