第163話 ラマーレ王国へ
本日、ラマーレ王国に向かうことになっている。例によって竜郎たちは、カルディナ城前の砂浜で待っていた。
「「クォ~ン」」
「「クゥ~~?」」
その間ラマーレ種であるラヴェーナ、アマリアが、新しくできた弟たちを抱きかかえるようにして頭を撫でまわしていた。
撫でられているイルバとアルバは、満更でもなさそうにじっとそこに立っている。
これがフォルテやアルスを除く、楓たちも含めた幼竜たちでは長時間なでられっぱなしは嫌がるところなのだが、この子たちは誰でもいいから撫でてくれれば嬉しいらしく、ほっておくといつまでも撫でさせてくれるので、ラヴェーナたちのお気に入りとなっていた。
ちなみにフォルテとアルスも延々と撫でさせてくれはするのだが、それはただボーとしていたり寝ていたりするだけで、まったく嬉しいとも悲しいとも反応してくれないので、彼女たちにはあまり受けがよくなかったりする。
「お、来たみたいだな」
そうこうしている間に、海側のほうに時空のゆがみが生じたのを竜郎は確認する。
するとそこからエーゲリアがぬっと顔を出し、続いて竜郎たちには見覚えのない竜もやってくる。
その竜はエーゲリアと竜郎たちが挨拶を交わしてから、ゆっくりとしてハッキリとした口調の男性竜が口を開いた。
「はじめまして、私はパラフト。よろしく頼もう」
大きさは全長10メートルほど。上半身は灰色の鱗を持つかなり肩幅も広くがたいのいい筋肉隆々な竜人で、大きな竜翼が生えている。
また下半身はしなやかな灰白色の鱗をもつ龍になっていて、竜半龍という珍しいタイプの竜だった。
その表情はニッと自信に満ち溢れたもので、どことなく竜郎の眷属でもある「エンター」と似たような気配を感じ取れた。
そんなパラフトと名乗る竜と軽く自己紹介がてら挨拶を交わすと、さっそくラマーレ王国へ向かうことになった。
ニーナは今日もエーゲリアと一緒にいることになってるので、お留守番だ。
今回はラマーレ王国に向かうので、ラマーレ種であるラヴェーナ、アマリアには認識阻害の魔道具を忘れず持たせ、効果を発動させる。
「いってらっしゃーい」
そして手を振るニーナに「いってきます」と返し、今回行くメンバーと共に飛び立った。
竜郎はカルディナと融合し、最初は楓を抱っこした状態で、残りのメンバーはジャンヌの背負う空駕篭に乗った状態で──。
今回の道順は途中まではヴィント王国までの行き先と同じだが、そこの陸地には入らず海沿いに迂回して回り込むような経路で竜大陸南西部に向かう。
その道中ではヴィント、ソルエラ、フォルス、ラマーレの領海上を経由してきたのだが、ラマーレ以外の3国とラマーレのパラフトへの対応が少し違うということに気が付いた。
前回同行してくれていたウィルアラーデと3国までの間は同じような対応だったのだが、パラフトとラマーレ領海に入ってからの検問所を通過する兵たちの反応が違ったのだ。
具体的にいえば今までは、ただ手の届かない遥か高みにいる存在として畏敬の念を抱いている様子だったのだが、ラマーレでの反応はそれにプラスして英雄を見るようなキラキラとしたまなざしを送っていたのだ。
そのことについて軽く聞いてみれば──。
「今はリーガァが王国軍の兵たちの鍛錬に熱心に取り組んでいるのが原因だろうな。
少し恥ずかしくも思うが、いつまでも私に忠義を抱いていてくれていることには感謝したいところではある」
そう恥ずかしそうに苦笑を浮かべながら語ってくれた。
リーガァとは、今現在の女王マルトゥムの伴侶として迎えられた王配の神格竜のこと。
前述していた通り、リーガァはパラフトの部下として働いていた経緯があり、その忠誠は今も変わらない。
それゆえに国軍の鍛錬を行う際に、パラフトがいかに素晴らしい存在だったのかを国中で言いまわり、結果軍属の竜たちは少なからず彼の存在がただ高みにいる存在から、具体的な像を持った存在になり英雄視しだした──というわけである。
それはもちろん検問の際にいた兵たちも例にもれず、上官からその部下へ──そのまた部下へ──と本来なら王配と接する機会などないような身分の兵ですらその口伝を聞いたことがあるほどに、今では浸透しているようだ。
「私だけ特別扱いされているようで、良くないとも思ったのだがな。
エーゲリア様やセリュウス、他の皆も気にする必要はないと言ってくれたので、結局は今のままとなっている」
「よっぽどパラフトさんの下で戦えたことが、リーガァさんにとってはかけがえのないことだったんでしょうね」
「そうなのだろうな。あれほど慕ってくれるものがいてくれるとは、私も幸せものだ。
この縁は生涯、私も大切にしたいと思っているよ」
パラフトはそう言うと、リーガァという一角の竜に敬われることを誇りに思うと最後に付け足した。
竜郎はパラフトとそれほど話をした仲ではないのだが、それでもその言葉に嘘偽りはないと断言できるほどに胸を張ってハッキリと答えてくれた。
そこだけとっても、このパラフトという竜。そしてリーガァというまだ見ぬ竜に、竜郎は好感を抱いた。
ラマーレ王国についてまず目に入ってきたのは、やはりその建材に使用されているラマーレ鉱石製の街並み。
色合いは群青色にキラキラとした砂利が混ざったようなもので、いうなればヴィント鉱石の色違いのようなもの。
また街並みを見てイフィゲニア帝国やヴィント王国との違いは、とにかく水路が多く他よりも水竜系の竜が多いということ。
気温は低く、空には黒い雪雲が停滞し、白い雪を大地に向けてハラハラと降り注いでいた。
「のわりには、全然雪は積もってないね」
「ラマーレ鉱石は雪が触れると溶かして水にする性質があるのだ。
だから全てをこのラマーレ鉱石で作られたこの町には、雪は積もらず氷となる」
「そっちのほうが危なそうだが……、まあ平気そうですね」
街並みは一面氷に覆われていて非常に暮らしにくそうなのだが、それは適応能力の高い竜たちにとっては障害にもならない。
氷柱が落ちてこようとも下級竜の子供であってもその鱗や皮膚に傷をつけられるものではなく、運動能力も高いので逆に氷を利用してスイスイ滑って移動したり、水路を泳いだり、空を飛んだりと寒さをほとんど感じることもなく元気に生活を営んでいる様子が見て取れた。
そのまま街並みを観察しながら王都を目指すと、透明度は高くないがサファイアに似ており、白い粒子が雪のような結晶となって入り込みキラキラと煌めいている最高純度のラマーレ鉱石で作られた豪華な城が見えてくる。
「ヴィントの王城も綺麗だったけど、こっちの色も素敵だね」
「とっても綺麗ですの~」
愛衣と奈々もジャンヌの空駕篭の中から窓に頬をつけ、美しい城に目を丸くした。
じっくりと城を観察しながらパラフトの後をついていくように進んでいくと、やがて城内の広い一角へと案内されて着陸した。
そこで待っていたのは、全長12メートルほどで上半身は狐に近い。
頭部も狐に酷似し、頭の上には狐耳に灰色の角が1本生えている。
けれど前足はアシカやアザラシのような、ヒレの形状をしている。
また下半身は東洋龍のような形をしており、先端にはシャチのような尾ひれがついていた。
微妙に違うがラヴェーナやアマリアと、かなり近いフォルムをしていると言っていい。
『やっぱこの人も王様の親戚ってことでいいんだよね?』
『だろうな。この竜も上級竜より格上そうだし』
ぶしつけにならない程度に観察しながら、竜郎と空駕篭から降りてきた愛衣が念話で話し合っていると、その竜はこちらが落ち着いたころに深々と頭を下げてきた。
「ご無沙汰しております、パラフト様。そしてお客人の皆様方も、ようこそおいでくださいました」
「ああ、久しいな。チルグリ」
軽く挨拶をしてパラフトとチルグリと呼ばれた男性竜の話を聞いた限りだと、どうやら彼はマルトゥムの弟らしい。
『弟ってことはかなり近い亜種な気がするんすけど、竜王種の2親等に位置するにしては……って感じがするっす』
『ヒヒーン、ヒン、ヒヒヒーン(親同士の相性が、そんなに良くなかったのかもねー)』
『──(それはありそうです)』
アテナ、ジャンヌ、天照も竜郎が脳裏に抱いた疑問を念話で語り合う。
まずラヴェーナやアマリアと角の数が違うという時点で、もっと離れた等親の親戚だと思っていただけに少しおどろいてしまった。
『相性云々は分からないが、うちの亜種として生まれてきたアマリアたちがどれだけ恵まれた種か身に染みて分かってきたな……』
『だねぇ。そりゃ、嫁婿候補にあがってきてもおかしくないや』
竜郎たちは知らないが、ジャンヌの言った『親同士の相性が悪かった』というのも実は的を射ており、婚期が遅れてしまっていたこともあり、女王マルトゥムの親は伴侶として相性のいい相手を見つけることができなかったのだ。
幸い竜王種だけは世界の強制力をもって、完全な種を生み出すことができたが、それはその弟にまでは働かなかった。
よってヴィント王国で出会った亜種のラトーよりも親等が近いにもかかわらず、それよりも劣った亜種として生まれてしまったようだ。
実はそれくらい、竜王の伴侶というのは探すのが難しいということでもある。
そのことを現女王マルトゥムは気にしていて、自分のように運よく相性もいい相手を見つけることができればいいが、できれば息子もそうであってほしいと思うのが親心というもの。
それだけに竜郎たちの元に生まれた最上級の相性をもつ伴侶というのは、喉から手が出るほど欲しいお相手でもあるという意味も持っていたりする。
そんな背景があるとはいざ知れず、竜郎たちは城内にも巡らされた水路を泳ぎ案内してくれるチルグリの後を、広すぎる廊下を踏み鳴らしながらついていく。
「こちらです」
大きく豪華な扉を開き中に通されれば、中央にまっすぐ伸びる水路があった。
その先には全長は15メートルほどで、プラチナ色の角が二本生えている、まさにラヴェーナがそのまま大きくなったような竜王が水につかりながら優雅に待っていた。
そしてまっすぐと伸びる中央の水路の分岐した左側には、ラヴェーナよりも少しだけ大きい小さなラマーレ種の男の子が行儀よく水に浮かびこちらを興味深げに見ていた。
また水路の分岐した右側には、水場の上に蓋をして地面に、青色の竜が茣蓙のようなものに座っている。
その竜がリーガァと呼ばれるパラフトの部下だった竜で間違いなさそうだ。
息子の嫁候補たちよりも真っ先にパラフトに向かって視線を送り、ピンと背筋を伸ばして微動だにしていない。
竜郎たちが近くまで歩み寄ってきたところで、女王マルトゥムがヴィントの王──グレウスと同じような口上をもってパラフトを迎え入れる。
そして次にゆっくりと、竜郎たちに視線を向けてきた。
「今日は来てくれてありがとう。ぜひお会いしてみたかったから、とても嬉しいわ」
「こちらこそ、お招きありがとうございます」
特にマイナスな感情もなく、竜郎たちもにこやかに迎え入れてくれた。
そして軽く自己紹介していき、楓たちやイルバたちの存在についてもグレウスと同じような反応をされたり、息子の名前が『デリエンテス』ということを知った。
そして、いよいよ認識阻害の魔道具を解いてみれば、その姿をデリエンテスも認識することができるようになった。
「す、すごいっ。ぼくと同じ種族の方がいますよ! お母さま!」
「ええ、そうね。私も入ってきたときは驚いたものです。ですが、少し落ち着きなさい」
「は、はい。ごめんなさい……」
大人しく謝るものの、やはり同種のラヴェーナが気になって仕方がないようで、そちらをどうしても凝視してしまう。
けれどその凝視されている側はといえば──。
「「クォ~ン」」
あら似た人がいるわ──とばかりに軽く受け流し、弟のイルバとアルバを撫でまわしはじめるのであった。
次話は金曜更新です。




