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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第九章 竜の王国・前編

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第156話 ヴィントの竜王種

 王城の中庭に直接降りても、騒ぎが起こることなく紋章の入ったエメラルド色の肩当てをつけた1体の竜がその場で待っているのみ。

 その竜は全長12メートルほど。全身くすんだエメラルドグリーンの鱗でおおわれ、ユニコーンのような灰色の一角が額から生えていた。

 その姿は、まるで色の違うヴィント種のようである。


 ただその強さは神格竜には及ばず、上級竜から頭一つ抜けた格を持った竜といったところだろう。


 周囲には他に誰の気配もなく、意図的に人払いされているようだ。

 その竜はウィルアラーデや竜郎たちが完全に地面に足をつけるまで、微動だにせずこちらを見ていた。

 竜郎たちの実力をぼんやりとでも理解できた竜ならば、多少なりとも驚きの視線を向けてくることもあったのだが、こちらの竜は分かっていても動じていない。


 そしてジャンヌの空駕篭からも全員でて、こちらが落ち着いたのを見計らってから静かに頭を垂れた。



「お待ちしておりました。ウィルアラーデさま、およびお客人の皆さま。

 私はグレウス王陛下の守護を任せられております、ラトーと申します。以後お見知りおきを」

「ご苦労様です、ラトー。こちらにいらっしゃるのが、話をしていたタツロウさんたちです」

「竜郎・波佐見です。よろしくお願いします。ラトーさん」

「聞き及んでおります。タツロウさま。それと私のことは、ラトーと呼び捨てにしてくださってかまいません」

「いや、初対面の人をいきなり呼び捨てにするのは抵抗があるので……」



 それに見た目からして、目の前の竜は王族となんらかの血縁関係があるとみていい。

 ここで気軽に接してしまえば、どんどんヴィータとの婚約など外堀を埋められかねない。



「そうですか……。では、こちらへどうぞ。王陛下の元へとお連れいたします」



 それなりに強力な力で魔道具による認識阻害をしているのだが、明らかにヴィータとアヴィーがいる場所もなんとなく分かるのか、さりげなくそちらに視線を巡らせながら、ラトーは王城に繋がるであろう扉のほうへとゆっくり歩を進めはじめた。

 扉といっても竜郎や愛衣たちのサイズからいったらもはや巨大な門であり、巨人の国に来たかのような錯覚すら覚える代物なのだが。


 扉を開けた先にも巨人サイズの廊下が長く伸びているが、そちらも誰の気配もない。

 足音だけが響く通路をまっすぐ進んでいけば、ひときわ豪華な造りの扉がすぐに見えてくる。

 そちらには2体、別の上級竜が立っていたが、ラトーが声をかけるとすぐに立ち去って行った。


 その2体の姿が完全に見えなくなったところで、ドアノッカーを鳴らし中にいる人物に入っていいのか伺い立てる。

 すると返事もないままに、自動ドアのように扉が開いていく。


 気にせず中へとラトーが入っていくので、竜郎たちも硬い床石を踏み鳴らしながら後に続く。



『部屋の中なのに風が吹いてる?』



 念話を竜郎たちに飛ばした愛衣の髪が、微風を受けて微かに揺れている。もちろん竜郎もすぐに気が付いた。



『どう考えても、あそこにいる竜の影響だろうな。竜王種っていうのは、成長しきると全員こんな風になるのかね』

『それは分からないっすけど、ヴィント鉱石なんて呼ばれるものができるのも頷けそうっす』



 玉座として中央に置かれているのは、椅子ではなく茣蓙ござに近い。

 城にも使われている高純度のヴィント鉱石で作られた枠に、柔らかそうな薄緑色のクッションが敷き詰められている。


 そんな玉座に威風堂々と座しているのは、ヴィータがこの先成長した姿とも思える立派な竜。

 身の丈は14メートルほど。全身エメラルドグリーンの光沢のある美しい鱗で覆われ、背中には折りたたまれた体格相応の竜翼。

 額からは全てを貫けそうなほど大きく鋭いプラチナ色の一角が、まっすぐ伸びている。

 そして顎の下には全体像は竜郎たちからは見えなかったが、一部エメラルドブルーに色が変わった神印らしきものがうかがえる。


 ラトーをよく似た竜と評するのなら、こちらはまさに大人版ヴィータそのものと言っていい姿。


 そんな竜王からは無意識的に風の竜力が漏れ出しており、その竜を中心にして渦を巻くように微風を起こしていた。



『あの隣にいる竜王種ではない神格持ちの竜は、王妃かもしれませんの』

『ヒヒーン、ヒヒン、ヒーン(ここにいるのなら、まぁそーだよねー)』



 その玉座から一段下がった隣には、黄色の鱗を持つ竜が色の違う茣蓙に優雅に座っている。

 明らかに神格者特有の気配を持っており、竜王と並び立っても見劣りしない神格竜なのは見てすぐに理解できた。



『そうは言っても、同じ神格竜でも竜王さんのほうが強そうではあるけどね。

 竜王さん相手だと、私1人だと勝つのは難しいかも?』

『平常時のレーレイファさんや、ここにいるウィルアラーデよりも普通に強いみたいだしな』



 エーゲリアの側近眷属であるセリュウス、アンタレスは、平常時でも常に圧倒的な力を持った存在だが、他の側近眷属たちは『真域解放』という特殊な状態にならなければ今のカルディナたちの相手ではない。


 というのも先の2人は余裕をもって生み出すことができたが、他の側近たちにはとにかくすぐに即戦力が欲しいと願って生み出された存在だったので、『真域解放』するだけで大幅に力が増す能力を得た代わりに、素の力が伸びにくくなってしまったからである。


 なので今目の前にいる、この王国で最も強い竜王の力を雑に評価するのなら、竜郎がカルディナたちの誰か1人でも分霊神器で繋がった状態、もしくは2対1の状況であれば勝てる。

 けれど1対1でタイマンを張るとなると、こちらも死を覚悟する必要があるくらいには強い──といったところだろうか。



『そんでもって、あそこにいる竜王さんより小ぶりなドラゴンさんが、ペーメーさんで間違いなさそうだね』

『あっちの竜なら、1対1で勝てるっす』

『いや、俺が変に勝ち負けで強さを表したのも悪かったが、念話での会話とはいえ、あんまり物騒な発言は控えてくれよ、アテナ』

『はいっす~』



 王妃らしき竜からさらに一段下がった茣蓙に座っているのは、絵姿で見せられた通りのペーメーという名の女性竜。

 大きさは竜王グレウスよりも2回りほど小さいが、それ以外は神印も刻印された、れっきとした竜王種。



「「ぁぅーー」」「「クォー」」



 竜郎たちとグレウスたちが互いに観察しながら近づく中、自分たちとは違う生まれ、されどあの目の前の力強い気配を放つ2体の竜は、自分たちと似た存在だと気が付き、楓と菖蒲、イルバとアルバは強烈な印象を受けて目を丸くしたまま小さくうめく。



「キュ~~!」「キュー……」



 だがまだ認識阻害をかけたままのヴィータとアヴィーは、それ以上に近しいものを感じ、ヴィータは自分も将来ああなるのだと魂レベルで確信し喜びの声を上げる。


 そしてアヴィーは、自分にはない神印の有無による差を魂レベルで感じ取り弱弱しい声を上げた。

 ヴィータは届くが、自分アヴィーには届かない場所なのだと。


 その気持ちが竜郎にも伝わってきたので、アヴィーに何か声をかけようと思ったところで、案内していたラトーがぴたりと止まったので、何も言えずに目の前のことに意識を取られた。



「よく連れてきてくれた、ラトー。あとは扉の外で見張りをしていてくれ」

「はっ」



 止まるや否やすぐに退室を命じられ、ラトーはウィルアラーデや竜郎たちに頭を下げてから、足早に去っていき、そこで後ろの扉は完全に閉じられた。

 エーゲリアの側近眷属がいる前で竜王を傷つけるなど、彼女への敵対行為でもあるとみなされる。

 エーゲリアの知り合いが彼女の強さを知っていないわけもない、という信頼もあって護衛の彼も素直に下がったのだろう。


 それから3拍の静寂の後に、グレウスが大きな口の奥から野太い男性の声を発する。



「ウィルアラーデさまにおかれましては、わざわざのご足労、誠にありがとうございます」

「ことがことでしょうし、竜王が簡単にその地を離れられるものでもありません。

 そしてなによりエーゲリアさまが気にしておられないのですから、お気になさらず」



 竜王と先帝の側近眷属では、後者のほうが立場が上。

 普通ならば呼び出される立場であるのに、今回は竜王側の都合で呼びつけるような真似をしてしまった。

 そのことに対して、申し訳なさそうにグレウスが頭を下げた。


 明確な階級社会の中で生きる竜王たちの世界はヴィータたち幼竜には理解できなかったのか、「なぜ自分よりも弱そうな相手に頭を下げているのだろうか」という疑問を持って首を傾げていた。

 まだこの子たちの中での序列は、強いか弱いかでしかないのだ。



「そして客人たちも、我々の都合とはいえ急遽呼びつけるような形になってしまった。申し訳ない」

「前々から予告はされていましたし、準備もしていたので気になさらないでください」



 頭を下げることはしなかったが、それは立場上の問題。その言葉にはちゃんと心からの感情が籠っていた。

 確かにイシュタルから聞いていた通り、感じのいい王さまだなと竜郎は感じた。


 堅苦しい空気が少し弛緩してきたところで、ウィルアラーデが後ろに下がる。



「では私のことはお気になさらず、どうぞお好きに話をしてみてください」

「お気遣い、ありがとうございます。ではご厚意に甘えさせていただきまして──まずは互いの自己紹介といこう」



 ウィルアラーデが気を使って後ろに行ったところで、慇懃な態度を解きグレウスの素が顔を出す。

 ニヤリと笑いながらのその提案に、竜郎が「そうですね」と返そうとする前に、また相手が口を開く。



「だがその前に、そろそろその魔道具を解いてもらえないか。

 俺ははっきりと見ることができるが、娘には少しぼやけたように見えてしまっているはずだ」

「もう解いてもよろしいので?」

「ああ、ごらんの通り今は他の者たちは下げ身内しかいない。気にせずここで解いてくれ」

「分かりました。ヴィータ、アヴィー。こっちにおいで」

「「キュッ」」



 素直に竜郎のほうに近寄ってきたヴィータとアヴィーの、首元についていた魔道具のペンダントのスイッチを切る。



「まぁ!」

「はしたないですよ、ペーメー」



 ヴィータとアヴィーの認識阻害が切れた瞬間、喜色の声をあげたペーメーを、その隣にいた王妃であろう神格竜が嗜める。

 それにペーメーは「えへへ」といった具合で目をそらす。


 こういうところが、イシュタルが言っていた『少しお転婆』な部分なのだろう。

 だが竜郎が気になったのは、その声がどの種類の喜色なのだろうかという点。

 新たな同種の竜王種に対しての喜びなのか。それとも0歳児の男の子に約800歳の女性が恋愛対象として喜んだのか。


 竜と竜郎たちの感覚には大きなずれがあるとはいえ、後者だとさすがに犯罪臭がしてしまったが故である。


 そんなどうでもいいことを竜郎が考えている間に、向こうからの自己紹介がはじまっていた。



「俺はこの地をイシュタルさまから任されている、ヴィント王国の竜王、グレウスだ。そしてこっちが──」



 黄色い鱗の女性竜をさして王妃の『ペイト』と紹介し、娘をさして『ペーメー』と改めて紹介してくれる。


 なので竜郎たちも順番に自己紹介していき、幼竜たちの紹介の番がやってくる。



「まずこの子が生まれていたかもしれない竜王種、魔滅のカレヤル種の楓。その妹──亜種として生まれてきた菖蒲です」

「「あう!」」

「そしてこちらが縛呪のイルイス種のイルバ。その弟──亜種として生まれたアルバです」

「「クゥォ~~」」

「ほう……」「この子が……」「かわいいわぁ」



 グレウスはイフィゲニアが考えていたという、新たな同胞の誕生に、そして出会えたことに対しての喜びを。

 ペイトは新たな竜王種という存在に、尊敬と畏怖の念を。

 ペーメーは純粋に幼竜たちの幼さに対して、微笑ましさの情を──と三者三様に反応を示す。


 そして──。



「既にお分かりでしょうが改めて、こちらの子がヴィント種のヴィータ。こちらが弟のアヴィーです」

「「────」」



 グレウスとペーメーは自分たちとは縁のない、まったくの同種がいるという奇妙さと、まごうことなき将来自分たちに比肩するであろう子だと認識し、ぎらついたまなざしをヴィータに送るのであった。



「キュ~?」

次話は水曜更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  取り敢えず年の差はともかく、もし(システムインストール前の)幼児を恋愛対象で見てるなら不味いと思いますw  アヴィーは神格を得られれば竜王種に届くまではいかずとも、努力次第で眼前の竜王妃…
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