第153話 思わぬ解決策
さっそく実験をはじめていく。
まずは綺麗に復元した魔竜の死体を月読の水の触手を使って仰向けにし、天照の杖の先に氷と斬魔法のメスを生み出し、それで胸を切り開いていく。
「さっき死んだみたいに新鮮だね」
「血すら固まっていませんしね」
月読の水の触手で切った胸をぐわっと広げて固定すれば、だらだらと流れる血にまみれた内臓から生臭い香りが漂いはじめる。
愛衣が言った通り、先ほどまで生きていたかのよう。
「それじゃあ、心臓と似たような感じで移植できないかやってみよう」
血を水魔法で綺麗にどかし、胸骨と肋骨を外してから心臓と繋がっている太い血管を切り取ってスポッと外す。
そこへ複製済みの件の魔石を代わりに設置し、まずは無理やり血に含まれる水分を闇魔法で変質させて粘着水にしたもので無理やり心臓に繋がっていた血管をくっつけていく。
「形はそれっぽくなったっすね」
「あとはこれが、ちゃんと体と認識されるようになるかどうかですの」
見た感じではもともとそうなっていたんじゃないかというほど、ぴったりはまってくれた。
ここから復元魔法を闇魔法で変質させ、この死体の魔石になるようにしていく必要がある。
「いくぞ。カルディナたちも一緒に頼む」
竜郎の持つスキルを駆使し、カルディナたちと一緒に復元魔法と闇魔法を重ねて全力で発動。
結果はというと──。
「これは……ダメみたいね。タツロウくんたちからみて、どう思う?」
「やってる側から言わせてもらうと、まったくいけてる気がしない」
「私の目で観た限りでも、魔石持ちの死体の心臓を作ったときのような変化はまるでみられませんね」
先ほど竜郎が無理やりくっつけた魔石は粉々になって体内に零れ落ち、かわりに心臓ですらないただの肉の塊がそこに収まっていた。
これが魔石持ちの心臓を作ろうとした場合であったのなら、多少なりとも心臓モドキができてくれていた。
けれどその逆で、心臓持ちの魔石を作ろうとしても魔石もどきすらできてくれない。
その後、念のために解魔法での解析、《浸食の理》での固有属性構成の違いなども調べてみたが、やはりできあがったのは、中途半端にイメージを受け取って硬質化した肉の塊にすぎなかった。
そこそこ硬いので、棒の先につけて振り回せば鈍器になるのでは? くらいの価値しか竜郎たちにとってはない代物。
「これは回数をこなしたところで、どうこうなるような反応じゃない……か?」
「ピィユー」
カルディナも同意見のようだが、まだ試行回数はたったの1回。なにか打開策はないかと、いろいろ試してみることにした。
まず回数。50回ほど連続で試してみたが、何の変化もなし。魔石を50個粉砕し、肉の塊を錬成しただけに終わった。
他にも関係ない場所に傷をつけ、それを復元するどさくさに紛れて同化しないか。
《浸食の理》で属性構成を魔石と無理やり結合できないか。
血を無理やり水魔法で動かし、体内をめぐっている状態でやったらできないか。
奈々の《死霊竜術》でアンデット化したらできないか──などなど、様々な方法を試してみたが、どれも失敗に終わってしまう。
ニーナは完全に飽きてしまい、砂浜の上で丸くなって寝てしまっている。
楓と菖蒲もその背中に乗って、仲良くお昼寝中。
さらに近くの波打ち際で遊んでいた蒼海のラマーレ種の『ラヴェーナ』と妹の『アマリア』もやってきて、いつもポケポケ眠そうにしている森厳のフォルス種の『フォルテ』、弟の『アルス』も周りにきて眠り出す。
そこだけは、失敗続きで鬱屈とした竜郎たちの空気を微塵も感じさせない。
その光景に心癒されながら、冷静になった状態で竜郎はどたりと砂浜に腰を下ろした。
「どれもだめか……」
「おとーさま、やはり無理なんじゃないですの?」
「だがなぁ」
疲れた様子の竜郎に奈々も心配げに声をかけてくれるが、彼はどうしても諦めきれず眉間にしわを寄せる。
というのも、どうしてもわざわざこの魔石を渡したのには意味があると思えてならないのだ。
愛衣たちもその意見には同意したいところなので、竜郎と同じように諦めずもう一度頭を回転しはじめる。
「けっこう、いろいろやったんだよねぇ。あとは…………そうだ! お天気とかは?
雨とか雪とか、周りの環境が違えばなにかさ」
「竜の死骸だし、周りの環境での影響はほとんどないんじゃないかしら?」
「だよねぇ。うーん…………」
愛衣とレーラの会話に、竜郎は引っかかるものを覚えた。
(環境……? 環境といえば、本来魔石が付いた魔物はダンジョンでしか生まれないんだよな)
ダンジョンから外に出て、その魔物が外で繁殖しても生まれた子に魔石はない。
あくまでダンジョンの中で生まれた存在だからこそ、心臓ではなく魔石が代わりにできあがる。
「もし……もしなんだが、ダンジョンの外では絶対に魔石持ちの魔物が生まれないという法則があるのなら、ダンジョンの中でやった場合はどうなるんだろうか?」
竜郎が何とか絞り出した案に、それぞれがはっとして顔を上げる。
「それ、いい線いってるかもしれないっすよ!」
「ヒヒーーン!」
「「────!」」
最後は半ば無理だろうと苦し紛れな実験しかしていなかったが、ようやくそれらしい案が出たことで竜郎たちの顔も明るくなる。
さっそくダンジョンに行ってみようと、寝ているニーナたちはそっとしておいたまま妖精樹が植わっている場所まで急いで向かう。
そしてダンジョンの管理者権限で愛衣の学校の怪談をテーマにした階層にやってくると、邪魔な魔物たちにはどいてもらい、校庭の開けた場所で素材を広げて実験を開始した。
その結果はといえば、実にあっさりと簡単に成果を得ることができた。
「こんな簡単なことだったなんて……、盲点でしたね」
「まったくですの……」
魔竜の胸の奥には、4分の1ほど魔石化した心臓が収まっていた。
さらに闇魔法で変質させた復元魔法をもう一度やってみれば、半分魔石化した心臓になる。
これは明らかに魔石持ちの死体から心臓を生み出すときよりも進行が早く、これまでダンジョンの外でやってきたことが全て馬鹿みたいに思え全員が脱力する。
「まあまあ、進んだんだから、よしとしよっ」
「それもそうだな。残りもとっととやってしま──ん?」
いち早く復帰した愛衣の声に元気をもらい、竜郎が気持ちを新たに続きをしようとしたところへ、訪問者がやってきた。
「……なに……してるの? ……管理人さん」
「ルナか。これはな──」
やってきたのは竜郎たちのダンジョンの管理の手伝いもしてくれている、妖精樹の化身──ルナ。
このようにしてやってきたのは初めてだったので、竜郎もどうしたのだろうと思いながらも、ここまでやってきたいきさつを話していく。
すると彼女は納得がいったように、なるほどと口をこぼす。
「……そういう……こと……なのね。……異常事態じゃ……なくて、……よかった」
「異常事態? なにか変なことでもあったんすか?」
「……あった。……ここで、……不自然な……エネルギーの……消費が」
そう言うルナの視線の先には、魔竜の死骸とその心臓があった。
どうやら竜郎たちがダンジョンの中でないと魔石持ちに変質できないという予想は当たっていたようだが、その過程でダンジョンが保有しているエネルギーも消費していたらしい。
「それはどれくらい消費してしまったんだ? ダンジョン運営にかかわるのなら、今すぐやめなくちゃならないが」
魔石持ちの魔竜の素材も欲しいが、自分たちのダンジョンのほうが何倍も重要だ。
ここで失うわけにもいかないと、慌てながらも努めて冷静にルナへと竜郎が問いかける。
「……心配しないで、……管理人さん。……そこいらの魔物……1匹を、……再生させる程度……の消費だったから……。
……そのくらいなら、……魔石ができるまでやっても……大丈夫」
「ピィ……」
カルディナも安心したように、こわばっていた体を弛緩させた。
本格的に消費しているのは竜郎たち自身のエネルギーであり、あくまでダンジョンのエネルギー消費は、魔石を生成するための補助として自動で消費されていただけのようだ。
「……たぶん、……条件を満たした……管理人さんたちが……やったから、ダンジョンのエネルギー……を、使えたんだと思う」
条件とはダンジョンの設定をいじるために必要な認証権限。竜郎1人とカルディナたちで十分にその権限は満たされるので、ダンジョンマスターの権限においてダンジョンの機能を無意識的に解放したということらしい。
「なるほどな。驚かせて悪かった、ルナ。残りもここでやろうと思ってるんだが、念のため見ていてもらうことはできるか?」
「……わかった」
竜郎たちがダンジョンの状態を確認するには、いちいちシステムを起動しなくてはならないので、万が一がないようにルナに監視を頼んだ。
快く引き受けてくれたので、外で寝ているニーナたちが起きる前に済ませてしまうべく、急いで魔石化を進めていった。
ダンジョンから出て砂浜まで戻ってきても、ニーナたちは安らかにお昼寝中。
竜郎がいないことに気が付き、楓と菖蒲がぐずってないか心配だったが、大丈夫そうである。
このまま放っておいても問題ないだろうと、竜郎たちは彼女たちを寝かせたままさっそく苦労してそろえた材料を並べていく。
「ニーリナの心臓。魔竜の──」
心臓、脳、骨、鱗、牙、爪、眼、肉と、もともと所持していた素材を並べていき、最後に苦労して手に入れた完全な魔竜の魔石を魔竜の心臓の横に置いた。
「移植元のほうが弱かったせいか、そっちに合わせて魔竜の素材のレベルは下がったみたいだけれど、こういうのは平均的なほうがいいみたいだし、結果オーライかしらね」
レベル的にダンジョンボスだったという魔石の持ち主のほうが弱く、その魔石を核として復元したことの弊害ではあるが、それでもレベル10ダンジョンボス並みの素材の域にはちゃんと収まっているので、今回の創造の条件にも当てはまっている。
「だろうな。これで準備完了だ。それじゃあ、《竜族創造》いってみようか」
「おー!」
愛衣をはじめ全員が大きく頷いたところで、さっそくその全てを贅沢に消費してカルディナたちとともに新たな竜を生み出していく。
素材同士が液状化して混ざり合い、粘土のようにぐにゃとぐにゃと姿を変えながら竜郎たちから莫大なエネルギーを吸い取っていく。
そのエネルギーを感じ取り、ニーナたちも跳ね起きたのに気が付くが、ここで手を止めたら台無しだ。
そちらは気にせず注ぐ力を途切れさせぬよう集中した。
そして──。
「クォ~」
「おめめがくりっくりで、かわいい子だね」
生まれたのは鈍い黒に少し朱色を混ぜ込んだ色合いの、赤墨色をした小さな竜。
全長は30センチほどで、頭が大きくずんぐりむっくりした体形をしており、3頭身で目は丸く大きい。
背中にはコウモリに似た竜翼が6枚。頭部には目尻のあたりから後方に向かって真っすぐ、プラチナ色の角が2本伸びていた。
総じて現段階ではマスコットキャラクターのような、かわいさを持ち合わせている竜と言っていいだろう。
そんな幼い竜は甲高い鳴き声を上げて、竜郎のことをじっと見つめるだけで動こうとはしない。
だが撫でてもいいよと無言の催促は、眷属のパスを使って感情を送り付けてくる。
なんともふてぶてしい子が生まれたのかもしれないと、竜郎はその幼竜を抱き上げ頭を撫でる。
すると嬉しそうに大きな目を三日月形に曲げて、嬉しそうにまた鳴いた。
先ほど目覚めたばかりで、目がしょぼしょぼしていた他のこの場にいた幼竜たちも興味深げに近寄ってくる。
だが誰よりも興奮した面持ちで竜郎が抱っこしている幼竜に食い入るようにして近寄ってくるレーラの姿に、楓と菖蒲が近づくのをやめて後ろに下がった。
「そ、それで、この子はまだ見ぬ竜王種なのかしらっ」
「うーん、竜王種ちゃんたちには決まって神印っていうのがあるんだよね。とすると、これがそうなのかなぁ」
愛衣が赤墨色の幼竜に近寄って、顎の下をのぞき込んでみれば、そこだけ鱗が朱色になっており、『∞』マークが記されていた。
だがこれはもともとこの子の生まれ持った鱗の柄なのかもしれないし、竜郎たちでは断言できない。
「これはもう、そろそろ夕食を食べに来るであろう竜王種鑑定士に観てもらうしかないな」
「誰が竜王種鑑定士だ」
「おお、ちょうどいいところに」
「しらじらしい。私が来ていたことくらい気が付いていただろうに。母上のようなことはしないでくれ、タツロウ」
そこには竜王種を確実に見分けることのできる存在──イシュタルが、竜郎に向かって呆れた顔をしながら立っていたのであった。
次話は水曜更新です。
※前話で竜郎たちのダンジョンのボス竜素材のことを失念していたため、そちらがありきで話が進むよう少しだけ前話の会話が変化しています。
該当箇所はレーラとの会話部分で、
「それな
で文字検索していただければその個所にすぐいきつけます。
話の流れにほぼ変わりはありませんが、気になる方はご確認くださいませ。




