第151話 ヴィント王国について
竜郎にはいまいちよく分からないカッコいいドラゴンの絵姿が描かれた巻物を丁重に巻きなおし、改めてイフィゲニア帝国に仕える狂嵐のヴィント種の竜王とその娘について詳しく聞いてみることにした。
「将来、義理の娘になるかもしれないのだからな。知っておきたいと思うのも分かるぞ」
「ちなみにその娘さんは、今いくつなの?」
「たしか私とそれほど変わらないはずだから、800歳かそこらなはずだ。
まだ少し結婚適齢期には早いが、こういうのはできるだけ早く決めておかないと他の竜王種にいい婿や嫁をとられてしまうからな。
これくらいから探すほうがいいだろう」
「……いや、適齢期うんぬんとかは知らんけども」
大分イシュタルたちの時間の感覚になれてきたとは思っているが、それでも200歳ほど違うはずなのに『それほど変わらない』年齢であることにも驚きだし、義理の娘(になるかもしれない相手)が自分からしたら10世代くらい上というのも、20年すら生きていない今の竜郎では違和感しかない。
(俺や愛衣ももっと長く生きていけば、そういう認識になっていくのかもしれないなぁ)
ただ短命な竜種もいるので、竜全般が長命というわけでもない。
竜王種は非常に寿命が長い竜でもあるので、800歳では竜郎の中での17、18歳ほどの感覚なのだろう。
「う~ん、私たちじゃよく分かんないけどさ。うちの子はまだ0歳だよ? 800歳も違ってて大丈夫?」
とはいえそれでも違和感が拭い去れず、愛衣が思わず本当に大丈夫なのかと確認するも、イシュタルは当たり前だろうとばかりに大きく頷き返す。
「800歳程度、たいした歳の差でもないだろう。気にするまでもないな。
なにせあいつ──ペーメーの父にして現竜王のグレウスに嫁入りした竜は、2000年以上年下だったはずだ。
それにソルエラ種の竜王の父親は嫁探しに苦労した結果、万単位で年が離れた妻を娶ることになったのだしな」
「それはそれで凄いな。というか、やっぱり嫁婿探しに竜王たちは皆苦労してる感じか」
「それはそうだろう。竜王の嫁、婿になる最低条件が神格を得ていること。
九星を祖に持つ星九家の一族や、竜王種の親族──カエデでいうアヤメのような存在ですら、本来は簡単に神格が得られるわけではないのだ」
「「うー?」」
竜郎たちが話しこんでかまってくれないので、仲良く地面に絵をかいて遊んでいた楓と菖蒲が、自分の名前に反応して顔を上げる。
2人に何でもないぞというように、イシュタルがその頭を微笑みながら撫で再び竜郎と愛衣に視線を戻す。
「うちの大陸では神格を得た竜が現れたと分かった瞬間、竜王家が囲いに走るくらいだからな。
それだけ聞けば、神格竜がどれほど稀有な存在なのか分かってもらえるだろう?
まあ、こっちの世界に疎いうえに、身内が神格者だらけのタツロウたちには伝わりづらそうではあるが……」
「やっぱ、うちって特殊なんだねぇ」
「そりゃあ、な」
言い方が悪くなるが、竜郎たちの場合は神々と癒着しているようなもの。
元から竜郎たちのことを神々が注目していたという恵まれた状況があったからこそ、ほいほいと神格を得ることができたが、本来はそれほど簡単に神が与えてくれるものではない。
そのことを改めて竜郎たちは実感する。
「じゃあ、アルムフェイルさんとこの子孫で神格を得た龍がいるって言っていたが、そっちも竜王たちが囲い込もうとしてるのか?」
「あれはあれで星九家の直系であり、なおかつ次期当主候補の1人でもある存在だ。さすがの竜王も婿にくれとは言えない。
むしろあれに見合う嫁を竜王たちを除いて見つけなくてはならないのだから、竜王たちと相手探しを争う……とまでは言わないが、互いにあちらよりも早く見つけたいとは思っている間柄と思ってくれていい」
「あれ? 次期当主候補なのに、ニーナちゃんのお婿さんに薦めてきたんだ。アルムフェイルさんは。
てっきりお家の跡継ぎとは離れた人だと思ってた」
「当主候補とはいえ、本人は家を継ぐことに乗り気ではないからな。
それに星九家の当主は血筋さえちゃんとしていれば、神格者である必要もない。
あの九家に求められるのは正当な血であり、必ずしも力ではないんだ。
もちろん箔がつくという意味では神格者がいるのなら、そちらが望ましいとは考えられているがな」
神格を得てなかろうと星九家の直系ともなれば相応の力があるから、という大前提はあるものの、必ずしも神格を得られる種でもないので、生まれたときからその家の長になることが決められているわけではない。
その家々が崇める祖に恥じない気質が、なによりも重要視されるのだ。
「だけど聞いた話じゃアルムフェイルさんにかなり憧れている様子なのに、家は継ぎたくないのか。その人は。
アルムフェイルさんが薦めてくるほどの人なら、気質には問題ないだろうに」
「あれの場合はアルムフェイルに憧れすぎているからこそ、だな。
あれが目指しているのは星九家という九星から派生した家を守ることではなく、かつてのアルムフェイルのように真竜に仕え、必要とされる存在になることなのだから」
現在そのアルムフェイルの子孫の1人は、帝国軍を率いる将の1人としての任を得ている。
竜郎たちとは会ったことがないが、真竜の側近眷属以外の種ではかなり昔のアルムフェイルに近しい役職で働いているともいえる。
だが家を継いでしまえば、その任は解かれ実家に戻り長としての務めを果たさなくてはならなくなる。
それはある意味ではイシュタルたち真竜のためになる重要な役割なのだが、かつてのアルムフェイルとはまた違った役どころになってしまうために、不満があるようだ。
また竜王の婿になるというのも、それはそれでベクトルが違いすぎるので家を継がないからと言って竜王たちのもとに行くこともない。そんな立ち位置に立っている龍なのだそう。
「なるほどね。竜王さんたちの権力でも強引に婿にすることもできない御家柄で、自分が当主や王族になることも望んでないのかぁ。
それなら確かに竜王さんたちも、うちに来ないかとは言えないねぇ」
「だろう?」
そう言って苦笑を浮かべるイシュタルの顔を見て、竜郎は頂がしっかりと定まっていて盤石に見えるイフィゲニア帝国であっても、その内部はなかなかにごたごたしているのかもしれないなと思う。
そしてそれと同時に、別のことも。
「ん? その子孫さんが婿として照準を合わせられていないのは分かったが、神格竜であれば竜王の婿やら嫁やらとしての基準は満たしているんだよな?」
「そうだな」
「ならニーナは特殊としてのぞくとしても、うちのカルディナたちや蒼太、アーサー、ミネルヴァ、ヘスティア、そして将来神格を持つことが確定している楓なんかも候補に挙がっておかしくないのか」
「……竜王種を竜郎が生み出していなければ、何かしらの形で縁談の勧めを持ってきていたかもしれないといえるくらいには、候補として適してはいるな」
「ああ、そっか。カルディナちゃんたちも、れっきとした竜であり神格者だもんね」
「まあな。…………だがカルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナ、天照、月読の場合は、二重神格者という頭一つ抜けた存在ゆえに、竜王よりも私や母上の側近眷属の伴侶にどうか……なんていうように思っていたりなかったりも……?」
ちらっ、ちらっと伺うような視線を竜郎や愛衣に向けてくるイシュタルに対し、それでも毅然とした態度で2人は返事をした。
「「それは当人たちが決めることだから」」
「そう言うと思っていたよ。だが必ずしも反対ではないのだな」
「カルディナたちが、心からそうなりたいと望むのなら反対はしないさ。
けど神格がどうだとか、そういう肩書みたいなものだけで、伴侶だとかそういうものを決めてほしくはないと思ってる。うちの竜王種の子たちも同様にな」
「母上のところで言えばファイファーが、かなりカルディナに熱を上げているようだから、あれは肩書なんかじゃないぞ」
「でもあの人、グイグイしすぎてカルディナちゃん引いちゃってるよ。
まずあの性格をどうにかしないと、無理じゃない?」
ファイファーとは一度カルディナと模擬戦をしたことがある、エーゲリアの側近眷属の1人で青い飛竜。
模擬戦の際に華麗に空を舞うカルディナの姿を見て以来、キザなセリフを口にしながら彼女にアプローチした結果、グイグイくる男性が苦手なカルディナに見事に避けられるようになったという経緯を持つ竜でもある。
あれならば今の蒼太に対してのニーナのほうが、まだ脈があるといっていいレベルだ。
肩書だけじゃないというアピールをしようとしての発言だったが、カルディナを追いかけ逃げられているファイファーの姿を見たことがあるイシュタルは、愛衣のその言葉にぐうの音も出なかった。
けれど互いに長い命。これから何百年も何千年も関わっていく可能性がある間柄なのだから、ファイファーでなくとも他の誰かが誰かと──という可能性も捨てきれるものではない。
長命種ゆえの気の長い感覚で、がっかりとした気持ちをすぐに持ち直し、イシュタルは話を戻すことにした。
「その話は長い目で見るとして、今は本題に集中するとしよう。まず──」
ヴィント種の竜王グレウス。彼はイフィゲニア帝国が保有する、イルルヤンカ大陸南部に位置するヴィント王国を治めている王。
性格は気さくで、身分問わず他人にも寛大。民衆にも慕われている良き王と、イシュタルもエーゲリアも認めている。
だがひとたび敵と相まみえれば、容赦なく叩き潰す苛烈さも持ち合わせている。
またその娘──ペーメーは、ややお転婆なところはあるが文武両道で気立てもよく、人懐っこい明るい性格をしている。
次期王としての才覚も悪くなく、日々女王として民衆を導くために努力をする責任感もしっかり持ち合わせている。
イシュタルとも彼女たちの感覚では同年代の同性ということもあり、ヴィントの国を訪れたさいに時間があればお茶をする程度に仲がいい間柄。
比較的にイシュタルと他の竜王種の見合い相手の中では距離が近いというのもあって、一番最初に竜郎たちと会うことになった。
ここでは竜郎たちに言っていないが、かなり熱心にまだかまだですかとせっつかれていたから……というのもあるのだが。
「まとめると、王様もお姫様も話しやすそうな感じってことだね」
「竜王たちの中では、一番裏表のない素直な性格をした2人であるとも思う。
そういった意味でも、タツロウたちがはじめて会う竜王として、いいんじゃないかと考えたんだ」
「なるほどな。王様相手だしヴィータがなにか悪さしたらどうしようかと思ってたが、話の通じそうな人ならこっちも安心だ」
「ああ、そうなのだがな。竜王たちは皆、王として相応しい者たちばかりだ。
生まれたばかりの子供が何かしたところで、一方的に怒るようなやつは1人もいない。
そこだけは、ちゃんと知っておいてほしい」
どこぞのアホな王様を知ってしまったせいで、竜郎たちは無意識的に、はじめて会う王族という相手に少しばかり警戒していた。
相手もメリットがあってのことなので悪いようにはされないだろうが、子供のしたことで言いがかりをつけられたら嫌だな──と思う程度には。
そんな竜郎たちの心情をイシュタルはちゃんと見抜き、うちの王たちは他とは違うと胸を張って断言した。
この世界でも信頼のおける仲間であり友であるイシュタルが言うのならと、竜郎と愛衣も偏見を持っていかないようにしようと改めて心に誓った。
それから日時の確認やヴィント王国までの移動について話し合っていき、おおよその段取りが決まったところでイシュタルと別れヴィータを探しに行く。
イシュタルにも頼まれた、先ほど貰った絵を見せるために。
のんびりと散歩しながら周囲を探していると、海側のほうから今日は別行動していたニーナに首根っこを摘ままれ、しょんぼりしたヴィータと、その後ろから申し訳なさそうに続くアヴィーの姿が目に入った。
「あ、パパ! この子たちったら、また外にあるララネストの生け簀に入り込んで、つまみ食いしようとしてたんだよ!」
「またか……。欲しいときはちゃんと欲しいって言いなさいって、言ってあるだろ?
いつも好きなだけとはいかないが、ちゃんとララネストをあげているだろ?
眷属だからといって、命令で無理やり止めさせるようなことはしたくないんだが」
「キュ~……」
竜郎が分かりやすく作ったむっとした顔に、ヴィータはさらにしょんぼりする。
だがヴィータは怒ったときはしょぼくれるが、すぐに忘れるような子なので、もう少し厳しくしたほうがいいのかとも竜郎は思う。
自分もまだ大人と呼べるような年齢でないがゆえに、こういう子供に対しどうすればいいのか、両親に聞いてみるのもありかもしれない──とも。
「アヴィーも一緒にいたなら、ヴィータにダメだよって言ってほしい」
「キュゥ……」
アヴィー主導で悪戯に走ることはまずないので、こちらには諫めるように言っておく。
普段は大人しく慎重な性格をしているのに、ヴィータといるとどうしても兄のような存在である彼につられてしまうらしい。
その後も少しだけ怒ってますと分かるように叱ってから、反省はしてくれたようなのでニーナにヴィータを離してもらう。
それからヴィータとアヴィー、楓と菖蒲と少しじゃれあってから本題に移る。
「今度、ヴィントという国に一緒に来てくれるか? 会ってほしい人たちがいるんだ」
「「キュ!」」
今回のメインは竜王種であるヴィータだが、その亜種であるアヴィーも一緒に来てほしいと言われている。
なので今回は、どちらもついてきてもらうことになっていた。
ヴィータとアヴィーから眷属のパスを通じて伝わってきた返事は、イエス。
久しぶりに竜郎とお出かけだと、どちらも喜んでくれているようだ。
そんな無邪気なヴィータとアヴィーに、竜郎はもう少し一緒に遊んであげる時間を増やしたほうがいいのかもしれないなと思いつつ、ペーメーと呼ばれるヴィント王国のお姫様の絵姿を見せてみた。
「キュ?」「キュー!」
まずヴィータの反応。こちらは思った通り「なにこれ? 食べ物じゃないよね?」というもの。
次にアヴィー。こちらは単純に「カッコイイ! 僕もこうなれるかな」といったような反応。
分かり切っていたことだが、この絵姿の相手に対し、どちらも色気づいた反応を示すことは一切なかったのであった。
「だよなぁ」「だよねぇ」
次話は金曜更新です。




