第141話 玉藻が望む理由
ダンジョンという概念がこの世界に構築され、ある程度の安定が図れるようになった程度の、昔々の話。
その頃のダンジョンを司る神──迷宮神は、それまでにあったいくつかの失敗の経験をもとに、新たなダンジョンを生み出す際には、できるだけ性格がいい個を生み出すようにしていた。
けれど『いい性格』というのは非常に曖昧で、具体的な数字で成り立つようなものでもない。
なので、その結果どういう個が生まれるかまでは予想しづらかった。
そのため性格決めの実験も何度か試しており、その実験の内の1つがこの、竜郎たちが今回訪れたダンジョンだった。
このダンジョンを生み出す際に望んだのは、とにかく『いい性格』。
他の細かいところは全て置き去り、性格の良さだけを望んだのだ。
結果として生まれたのは、人で例えるのなら天真爛漫で裏表のない元気な少女のような存在。
最初は大成功ではないだろうかと、今後の生み出す際の指標の1つにしようとすら思っていた。
けれど残念ながら、すぐに性格以外のところで大きな支障が生まれていたことに気が付くことになる。
まず理解力が低く、人の話をあまり聞かない、覚えない。
迷宮神があれこれと指示を出したとする。
けれどこの個は元気も愛想も非常にいいが、内容をあまり理解しないままに返事をし、勝手に自分の中で自分が納得できる解釈に変換してしまう。
そのうえ一度集中してしまうと、迷宮神の言葉すら耳に入らなくなり、思うがままに、自由に行動してしまう。
非常に熱心なのはいいのだが、自分の中の『最高にかっこいい、私のダンジョン』を作りたいがために。
そのままでは個自身が危険だと何度注意しても、理解したと返事はする。
だが自分の中での解釈に勝手に照らし合わせて、自爆コースへと舵を切ってしまうのだ。
もはや、そういう個性として受け入れるほかない。
しかし迷宮神も学んでいる。そんな規定違反ばかりのダンジョンは、勝手に解放できないようダンジョン創造の構造に練りこんであった。
だからこそ、このダンジョンは今現存するほぼ全てのダンジョンよりも古くからあったのにも関わらず、後続がどんどんと自分のダンジョンを解放させていく中、ただただダンジョンを作ったり壊したりを繰り返す。
何がダメなのかも理解できないままに……。
それでも自分なりに、頑張ったほうではあったと迷宮神は思う。
分からないなりに、分かろうとはしてくれたからこそ、クリアへの裏道を作ることで全体の負担を減らすという、運営におけるテクニックも不器用ながら頑張って盛り込んではみせたのだから。
けれどそんな小手先の技ではどうしようもないほどに、ここの個は発想が自由すぎた。
いつまでもただ園児が粘土を無邪気にこねるかの如く、一生懸命に頑張った末に、ただ悪戯に時とエネルギーを消費して──壊れてしまった。
それも致し方がないことだと、迷宮神も割り切った。
下手に手を貸して強制的に修正して運営させたところで、その後ダンジョンの個としてうまくやっていけるとは思えない。
ならばそのまま長い時間をかけて、ちゃんとした方向に向かうも良し、自滅するも良しと、遠くからただ黙って見守り続けていたのだ。
生みの親として無責任なのかもしれないが、それも世界の安定のために行っている試行錯誤から生まれた結果。
その中で下手な情を出して最悪な結果を生み出したことだってあるのだから、すぐに切り捨てず、よくなる可能性も最後まで見捨てずにいただけ、温情のあるほうではないだろうか。
けれど誤算だったのが、妖精たちの結界や、元のダンジョンの個の性格の良さから、生み出したボスの魔物たちに心から愛されていたことが起因し、妙なダンジョンのような空間ができてしまったこと。
そこで勝手にダンジョンごっこが、はじまってしまったこと。
すぐに処分しようかとも迷宮神は考えた。
けれど、もはや残骸。世界に負担をかけるほどでもなく、溜まったエネルギーが閉じた世界で勝手に循環してグルグルしているだけで、非常に安定している。
まれなケースだったこともあり、自然な成り行きに任せて観測し、情報収集することにした。
そうしてこのダンジョンモドキは、長い間妖精大陸に存在し続けることになったというわけである。
だが何の因果か竜郎たちが、その場所に足を踏み入れることになった。
観測結果は十分で、言い方は悪いが神たちの視点では世界に居座る置物程度の価値しか既にない。
そこで迷宮神は、生前世界のためにと頑張ってはくれていたのだから、最後くらい満足のいく形で逝ってほしいと考えた。
竜郎たちの行動の結果、上手い具合に事が運ぶことを願った。
そのためにまずしたのは、ダンジョンモドキに入ってから、竜郎たちへ神たちが接触を図らないように頼むこと。
いくら個としての状態が薄くても、さすがに神が直接コンタクトを取れば何かしら察してしまう可能性が高い。
神様が手を貸したから、簡単にクリアできた。そう思われてしまっては、気持ちよく逝くこともできないだろう。
「それじゃあ、やっぱり迷宮神さんが裏で動いていたから、武神ちゃんとも連絡が取れなかったってわけだったんだ」
『ええ、そうよ。面倒事に、つき合わせてしまってごめんなさいね。今度、その埋め合わせはさせてもらうわ』
状況を理解するためにと、向こうから出てきてくれた迷宮神を捕まえ話を聞いてみると、「ここまで来たらしょうがない」と話してくれたのが、以上のこと。
随分と奇抜な性格だと思ったが、実験として性格を一方向に極振りしたダンジョンを生み出した結果だとしたら、それも納得できた。
それに承諾もなしに勝手にあてにされはしたが、結果的にこちらもいくつかプラスもあったし、埋め合わせもしてくれると言っているので、竜郎や愛衣たちからしても、「まあ、いいか」と許せてしまう程度のこと。
あのまま『少女』が流れのままに成仏していれば、それはそれで丸く収まっていたはず…………なのだが、それに玉藻が異を唱えたことで状況はややこしくなった。
『それで、ここまでの話を聞いてなお、この個を引き取りたいと言うのかしら?』
「ええ、もちろんですー。非常に熱心な方のようなので、助かりますよー。
迷宮神さまなら、私の中に吸収させるくらい簡単ではー?」
『あのね。私の話を聞いていたのかしら? あの個は重大な異常を抱えてしまっていたのよ。
正常……………………せ、正常なあなたに、そんな個の因子を混入させることは認められないわ。
逆になんでそんなに拘るの? そんなに今、あなたは運営が大変だとでもいうの? 違うでしょう?
私から見ても、たまに変なことをするけれど、しっかりと余裕をもってできているのだから』
「拘る理由ですかー。それはもちろん、私のダンジョンをもっと面白く、魅力的なものにするために決まっていますー」
『この個を取り入れることで、それが叶うとでもいうの?
ここまでの道のりを、あなたも見てきたでしょう。あれがあなたの望む、魅力的なダンジョンだとでもいうのかしら?』
声だけで迷宮神が竜郎や愛衣に見えるわけではないが、少しだけ周囲の温度が下がったように感じた。
竜郎からしても、あれはもうダンジョンという枠を超えていた。
あれが玉藻の理想だとでも言うのなら、彼女もまた危険思想を持ったダンジョンと思われても不思議ではないのだ。
これは大丈夫なのかと、少し心配げな視線を2人は玉藻に向ける。
けれども当の本人は、そんな危険な状況に立っているかもしれないというのに、どこまでも飄々として、マイペースなまま気にした様子もない。
「確かにここまでの道のりで見てきたものはー、お世辞にもいいダンジョンとは言えませんでしたねー。
点数をつけるとしたらー、0点をあげちゃいますー」
「0テん……? そ、ソんな……」
ショックを受けている存在がいたが、今は誰もそこには触れず話は進んでいく。
『そう。そうよね』
迷宮神と玉藻の大元は繋がりを持っているがゆえに、嘘をついているかどうかはすぐに分かる。
その繋がりからしても今の発言に嘘はないと分かり、迷宮神は安堵する。
冷え込んだ空気も温かさを取り戻したことで、竜郎たちも同様に胸をなでおろした。
しかし玉藻の話は、ここで終わりではない。
「けれどー、だからこそー、私は欲しいと思ったんですよねー」
『……はい?』
迷宮神がここに人の姿でいたのなら、目が点になっていたであろう声音が漏れ聞こえる。
「ダンジョンとしてはー、確かにダメダメですー。
けれどー、あの自由な発想はー、私のような普通で常識に囚われた個ではー、たどり着けない境地でもあるわけですよー」
『普通で常識に囚われている?』
ダンジョンの個たちの間でも変わり者として見られている玉藻が、普通で常識に──などヘソで茶がわかせる冗談にしか聞こえないのだが、本人としてはその意識はないようだ。
引っかかりを覚えたのは迷宮神だけではないが、玉藻は堂々としている。
「私ではー、どうしても現実的になせることを前提にでしかー、考えられませーん。
どんなに荒唐無稽な形を思い浮かべようとしてもー、結局は現実な側面から逃れることはできないんですよねー」
『それでいいのよ? それじゃあ、いけないの?』
「いいと言えばいいんですよー? 実際にそれでー、今もなんだかんだ楽しいわけですしー。
ですがー、それと同時に発想が絞られすぎてー、もっと大胆なこと、面白いこともできたのではー? なんて考えてしまうこともあるわけですよー。
なのに常識的な私の考え方だけではー、なかなか難しーい。
ですから今回、新たな発想を求めてー、タツロウさんたちに同行させていただいたわけですしねー」
要は自分にない発想を持っているから、スカウトしたい。なんでもいいから、自分とかけ離れた意見をくれる存在が欲しいということらしい。
『そのために異常を抱えた因子を組み込んで、最後には自滅したとしても、その発想が欲しいと思うのかしら?』
「それはあの程度の欠片を取り込んだくらいでー、私が私のダンジョン作りに支障をきたすとでも、おっしゃりたいのですかー?」
『まず無害と言えるでしょうが、絶対ではないわよね?
そうする必要もないし、1パーセント以下の可能性でも0ではないのなら、許可することはできない』
「別にいいじゃないですかー。そんな低い可能性をー、この品行方正でいい子な私が引くわけありませんしねー。
それにー、もし私がおかしくなったのならー、──遠慮なく消してくれても構いません」
『……なんでそこまで言うのよ。今のままでも楽しいのでしょう?』
「今よりも楽しいと思えそうなものを見つけてしまったのですから、しょうがないですねー。
長い時を生きるダンジョンとしてー、楽しいはとっても重要なんですー」
『……あなたっていうのは、まったく』
迷宮神は昔、つまらないから、飽きたからと、いとも簡単に死んでいったダンジョンを思い出した。
玉藻という別の個として生まれ変わっても、やはり本質は変えられないらしい。
『何が品行方正でいい子な私よ。とんだ問題児じゃない』
「なにか言いましたかー?」
『いいえ、別に。………………はぁ、分かったわ。了承しましょう。やってあげるわ。やってあげないと、自分で勝手にやってしまいそうだしね』
「おやおやー、私がそんな悪い子に見えますかー?」
『見えないとでも?』
「見えるわけがありませんねー」
『はぁ……。タツロウくんたちは、どうかしら。タマモはあなたたちのダンジョンとも繋がりを持ってしまっているし、意見を言う権利はあると思うけれど』
大きなため息とともに、今度は竜郎たちに水を向けられる。
「もし最悪な方向に傾いた場合、僕らのダンジョンになにか支障は出ますか?」
『私がやるのだから、最後まで責任は持つわ。もし何か異常がでたとしても、タマモというダンジョン以外に、一切影響を出さないと約束する』
「なら僕はいいです。愛衣はどうだ?」
「私もいいかな。玉藻ちゃんは、どうしてもそうしたいみたいだし」
だが竜郎と愛衣だけのダンジョンではない。ここにいるジャンヌや、他のダンジョンの管理者権限を持っている者たちに念話を飛ばして確認は取っておく。
「自分たちのダンジョンに、何があっても影響がないのなら否はないそうです」
『そう。なら最後に──アナタはどうしたい? さすがにアナタが拒否するのなら、タマモも納得して諦めてくれると思うけれど』
「まーそうですねー。むりやり取り込んだらー、せっかくの自由な発想が潰れてしまいそうですしー」
「エっと……」
ここまで自分のことだけれど、どこか他人のことを話し合われているような感覚で、ぼうっと突っ立っていた元ダンジョンの個の欠片である『少女』。
突然来た自分の出番に、思わず口ごもってしまう。
とんとん拍子に勝手に進んでいく話に、ついていけていなかったという理由もあるのだが。
『アナタがまたダンジョンの運営に関わりたいか、関わりたくないのか。その2択だと考えてもらっていいわ』
「こノこたチは、どうナる?」
"この子たち"というのは、いうまでもなく、今まで『少女』がここにいられるようにと器になったボス魔物たちのこと。
少女は自分というよりも、ここまで思ってくれていた魔物たちのほうが大事らしい。
『もうアナタと完全にくっついてしまっているし、引きはがしてしまったら欠片でしかないアナタが消失しかねない。
嫌でもそのまま一緒に、タマモの元に行くことになるでしょうね』
「ずっト、イッしょ?」
『ええ、ずっと一緒』
「なラ、わたシは、それでイい。アナたも それデイい?」
「私はかまいませんよー」
『了解よ。──なら、やってしまいましょうか』
「お願いしまーす」「お、オねがイしまス……」
自分が変わってしまうリスクもあるというのに、なんの不安も抱いていない玉藻。
一方でどうなってしまうのだろうかと、少し不安そうに自分の体として存在している6体の魔物たちに視線を落とす『少女』。
これではどっちが異常だった方か分からないなと、迷宮神はまた小さくため息をこぼすのであった。
『お願いだから、私に殺させるようなことはしないでね──』
「分かってますよー」
次話は水曜更新です。




