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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第七章 おつかい編

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第120話 処刑

 妖魔たちの根城から目ぼしいものを全てかっぱらった竜郎たちは、結界の要となっている馬型魔物の結晶体の前にまで戻ってきた。

 あとは、どう始末をつけるかだけである。



「さてどうするか。チムール。とどめを刺したいか?」

「それは…………」



 何度か頷くような素振りと共に、口を金魚のようにパクパクと開け閉めし逡巡すること数秒──ぎゅっと目を閉じたかと思えば毅然とした視線を竜郎へと向けてきた。



「いや、俺にはその資格はない。俺がここまで何か役に立つようなことができていればまだよかったのだろうが、全てお膳立てされた状態でとどめだけ刺すなどケイネスにも失礼だろう」

「そうか」



 竜郎たちからしたら、あの妖魔は経験値的にも美味しい魔物ではない。

 しいて言うのなら、そこそこレアな魔物らしいので素材くらいは欲しい──というくらいだ。

 人一倍おデブりんに思い入れのあるチムールに、譲ってもいいと思っていたのは本心だった。けれど彼の意志は固いらしい。



「だができることなら、あれの最期の瞬間を俺にも見せてほしい」

「分かった。チムールがそれでいいのなら、小妖精の代表として最後まで事の顛末を見届けてくれ」

「ああ」



 本当なら自分で決着をつけたかったのだろうが、彼の矜持にかけてそんなことはできないのだろう。

 ならば竜郎が魔法の刃でそっ首落として終わらせてしまおうかと考えたところで、思わぬところから声が上がった。



「なら私がやってもいいですか? 兄さん」

「ん? 別にいいが、自分から魔物討伐に名乗りを上げるなんて珍しいな」

「今回は思うところが沢山ありますからね」



 ちらりと少し離れた場所で、呑気にゴロゴロしているおデブりんの姿を見やるリア。

 そこには小さな怒りの炎がともっているように見えた。


 自分の作った作品の扱われ方も気に食わないところだが、同業者である腕利きの鍛冶師にして、兄弟子の父ケイネスを殺されたことも要因となっているようだ。



「誰がやったところで変わんないしね。私もそれでいいよ」



 リアとチムール以外に誰もおデブりんに思い入れはないので、すんなりと始末係が決まった。



「なら私は一網打尽するために、氷の壁でも作っておこうかしらね」



 この結界は結晶体を使って半自動的に発動させているが、おデブりんのスキルによって行われていることに変わりはない。

 もしもここでおデブりんを倒してしまった場合、発動主がいなくなってしまうので消えてしまう。


 そこでこちらが用意した壁で閉じ込めておけば、異変を察知した小妖魔たちも1匹残らず閉じ込められる。

 閉じ込めたところで一気に殲滅してしまえば、綺麗さっぱりお片付け終了だ。



「なら念のため、カルディナもそっちに回ってくれるか?」

「ピユュィ」



 ここまでは解魔法の探査を感じ取られないように、最小限の範囲でしか使っていなかったが、手を出してからなら問題ない。

 レーラ1人で事足りるだろうが、小妖魔1匹見逃さないよう探査にも長けたカルディナにも行ってもらうことに。


 軽く打ち合わせを済ませ、さっそく行動開始。



『定位置についたわ。いつでもどうぞ』

『了解』



 レーラとカルディナは結界の端に移動し終わったと、念話で知らせが入る。

 それに返事をすると、竜郎は魔法を発動させていく。


 今回の魔法は結界の内側を覆うような、色だけ似せただけの一回り小さい偽結界。

 呪魔法の応用で視認したものに本物だと思い込ませるようにもしておいたので、おデブりんたちでは見分けがつかない。


 真横にいたチムールですら気が付けないほど一瞬で張り終わると、レーラが上半分を氷魔法で、カルディナが地中を土魔法で、本物と偽物の結界の間に壁を挟み込んだ。


 見た目には少し結界の範囲が縮んでいるはずなのだが、竜郎の偽結界があるので妖魔たちは誰も包囲されたことにまだ気付いていない。

 お次は結界の起点となっている馬型結晶体に向き直る。



『それじゃあ、エネルギーの供給源を今から断つ。

 結界に異変が出たらさすがに気が付くだろうから、そうしたら戦闘開始だ。皆、準備を頼む』



 楓と菖蒲も竜郎からナイフを受け取り、やる気満々だ。


 おデブりんが寝そべっている裏からグサッとやってしまってもよかったのだが、リアが1対1の場を望んだのであえてしない。

 しかしそうなると結界が切れるタイミングをこちらで測れないし、なによりレアな馬魔物の結晶体を使い潰されるのはもったいない。


 そこでとっととこちらで結界を破壊し、レーラとカルディナが包囲。リアがおデブりんと戦い、竜郎たちは他の殲滅という手はずになっている。


 半自動的にエネルギーを吸い取られている結晶体に手をかざし、竜郎が時空魔法で空間に干渉して外界から隔離。

 結界との繋がりを絶ったところで、ありがたく頂戴していく。


 そこまでくると急激におデブりんの負担が大きくなり、さすがに何かおかしいことに気が付きはじめ飛び起きるも、重い体を持ち上げる前に結界がレーラとカルディナによって完全に破壊された。



「ビィイイイイイイーーーーッ!!」

「「「「「「「ビィーー!? ビィーー!?」」」」」」」



 竜郎が偽結界を解けば、周囲は氷のドームに覆われている。

 非常事態宣言とばかりに妖魔が声を上げて警戒を投げかけると、蜂の巣をつついたかのように一斉に小妖魔たちがウジャウジャと飛び回りはじめた。


 結界近くにいた小妖魔が破壊しようと突撃していくも──。



「無駄よ」



 氷に触れた瞬間、自動的に氷漬けにされて死を遂げる。

 地面を掘って抜けようとする小妖魔もいたが、硬い土の壁にすぐに行きあたる。



「ピィユィー」



 こちらはカルディナの解魔法が混合されているので触れた瞬間に察知され、そこから棘が飛び出し刺し貫かれる。


 いくら頭が悪かろうとも、目の前で同胞が死んでいくさまを見れば恐れをなして出ようとするのをやめた。

 そうなると頼るのはボスでもある、おデブだけなのだが、そちらはそちらで忙しそうだ。


 敵襲に気が付いたおデブりんは、素早く結晶体を持ってくるよう小妖魔に命令を飛ばしつつ、自分は自分の祭壇に使っている結晶体で自己強化すべく力を吸い上げようとする。



「ビィ!?」



 けれど何の反応もない。ただの石のように。

 ただの土の塊にすり替えられているので、それは当たり前のこと。

 だが竜郎がご丁寧に誤認させる魔法を付与していたので、何故だ何故だと慌てふためく。



「無駄ですよ。おデブりんさん」

「ビィッ!!」



 姿は一般的な外見をした人種の少女に偽ったまま、認識阻害だけを切ったリアが堂々とおデブりんの前に立ちはだかる。

 手に持っているのは9ピンを抜いた手りゅう弾型の何かと、小さな先の鋭いハンマー。


 まずその見た目でリアを侮る。自分よりも小さく、武器も大したことはなさそうだ。

 どうやって侵入されたかなど気にもしないで、リアさえ倒せばすべて片付くと、お尻に敷いていた杖を片手に、もう片手には未練がましく意味のない結晶体モドキを持ち、ゆっくりと歩み寄っていく。



「ビィ……?」



 自分の操り人形にして安全に殺そうとしたのだが、リアに何の反応もないことに首をかしげる。



「あなたのレベルとスキルでは、私に催眠をかけることなどできませんよ」

「ビギィイイイイッ!!」


 話しかけたところで言葉が分かるわけもないが、それが自分へのあざけりだとでも感じたのか、癇癪を起こし怒りの形相で怒鳴ってきた。

 だがリアはうるさいなぁくらいにしか感じず、赤色の目を空色に変えて冷静におデブりんを観察していく。



「あなたは魔物です。なので他者を害するのは本能のようなもの。生きるために殺し、戦力を拡大するのも分からなくはありません。

 あなたに腹を立てるのも、詮無いことなのでしょうね。野生の獣に法律などないのですから」

「ビィイイイ!!」



 話しているリアを無視して、毒の霧を吹き付けるが効果はない。



「あなたを始末したいというのは、私の──人間側のエゴでしかないのかもしれません」

「ビッ! ビィッ!!」



 手に持った短杖で殴り掛かってくるが、優雅な動きで全て小さなハンマーにはじかれてしまう。



「ですからせめて最後くらいは、正々堂々と正面からあなたを打ち倒しましょう」

「ビェーーーーーィイイイイッ!!」



 いつまでたっても力をよこさない結晶体をリアに投げつけたかと思えば、そのまま空いた手に生えた爪で切り裂いてやると息巻き左手で引っ掻いてきた。



「話はこれで終わりです。では、あなたを殺しますね。準備はいいですか?」

「──ビィッ!?」



 だがリアに手りゅう弾型の何かを投げつけられ、体中に何かが染み渡るような気味の悪い濡れた感覚に驚き動作が止まる。



「ビィ……?」

「実際に試してみても、改良版の特殊鍛冶炎材は浸透率がかなり上がっていますね。結果は上々のようです。

 ですがもう少し改良の余地はありそうですね。今後の課題として覚えておきましょう」



 リアはそこで、手に持ったハンマーに赤茶色をした鍛冶師の炎をまとわせた。


 一方おデブりんは骨や内臓まで濡れていくような気味の悪い感じはするが、透明の液体が体に付着しただけで何の害もなく思える。

 こけ脅しかと紫色の醜い顔をさらに醜く歪め、右手の杖から雷を放射しながら接近し、左手の爪で首を掻き切ってやろうと走り出す。


 魔物にしては理にかなっていて、右手の雷は目くらまし。当たらなくても、効かなくてもいいし、痺れて動きが鈍れば御の字程度。

 あの人間は左手の爪で接近戦をしようとした瞬間、妙な行動をしたのできっとこれだけは危険なのだとちゃんと魔物なりに考えたうえでの動き。


 けれど、どれもハズレ。雷魔法は軽くいなされ、振りぬいた左手はハンマーのとがった部分で打ち付けられて穴が開く。

 そして穴が開くと同時に、全身にハンマーの鍛冶炎が燃え移っていく。



「ビィェエエエーーー!? …………ビィ?」



 左手の痛みと体中が火だるまになったことに動揺し声を上げはしたが、赤茶の炎は熱くもなければ体を焼きもしない。

 むしろ体中に染み渡るような濡れた感覚がなくなり、気分がいいくらいだ。


 左手には穴が開いたが、それほど大きくもなく命に関わるような怪我ではない。

 結果、また見掛け倒しの大したことのない攻撃だと判断。

 地団太を踏みたくなるほど苛立ちを覚えるが、あいつは大した攻撃はできないのだという間違った認識から余裕が生まれる。


 未だにその目は怒っているが、先ほどよりも冷静にリアの動きを見極めようとする理性を見せた。


 それに対しリアは左手から零れ落ちる血を空色の目で舐めるように観察しながら、今度は自ら悠然と歩み寄っていく。


 今までその場から動かなかったリアに警戒しつつも、ありとあらゆるスキルを使って行動を制止させようと試みる。

 けれどどれも効果がない。思わず地面を蹴り飛ばして八つ当たりする。


 近くに小妖魔がいたら憂さ晴らしに何体か殺してやるのに──と考えたところでふと、周りが妙に静かになっていることに気が付いた。


 結晶体を持ってくるように小妖魔に言いつけておいたのに一向に来ないことも不思議だが、あれだけいた小妖魔たちの気配すらないなどありえない。


 恐る恐る周囲に視線を配ると、そこには何もなかった。

 いや、自分の良質な強化パーツともいえる小妖精。そして使える道具を持ってきてくれる人間が大勢いるので、厳密にはその表現は正しくない。

 けれど自分の味方である小妖魔たちが、見渡す限り1匹もいない。あとはだだっ広いだけの、雷山の山肌のみ。


 信じられない光景に思考を止めてしまっていたおデブりんだったが、トン──という目の前で小さな足音が止まったのに気が付きリアのことを思い出す。

 バッ──と視線を前に向けると、赤茶色の炎をまとった小さなハンマーをハンドベルのように構えたリアと目が合った。


 おデブりんは慌てて遮二無二手を振り回し応戦しようとしたが、その前にポンと血の流れる左手の穴にハンマーを軽く押しあてられた。


 それは攻撃と呼べるような動作ではなかった。けれどそれが逆に不気味に感じた。



「よそ見をするなんて不用心ですよ。まあ、結果は変わらないのですから、最後にどう生きるかは自由なんですけどね」

「ビ──」



 最初の異変は、体が石のように固まって動かなくなったこと。



「さようなら」

「────────!?」



 次に襲い掛かってきたのは全身の激痛。

 味わったこともないほどの痛みにのたうち回りたくなるも、体はまるで動かない。それどころか呼吸すらできない。


 耐えられない痛みの中で、すぅっと意識が遠のいてく。

 解放されるにはそれしかないと、その感覚に身を委ね──おデブりんは立ったまま息絶えた。


 おデブりんは最後まで、意味が分からなかったことだろう。

 だがそれは、近くで妖魔の死を見届けていたチムールも同じこと。


 自分が憎んだ相手が息絶えた状況が呑み込めず、あえぐような声を何とかひねり出し、リアへと問いを投げかけた。



「い、一体……何をしたんだ?」

「なんてことはありません。体中に流れる血液を、鋼鉄よりも硬く凝固させただけですから」

「──は、はぁ?」

「人を結晶化させて殺す魔物に対しては、おあつらえ向きな最後だと思いませんか?」

「……は、はい。ソウデスネ」



 言い知れぬ寒気を放つリアの赤い目に、チムールは固まった笑顔でそういうことしかできなかった。

次話は金曜更新です。

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