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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第七章 おつかい編

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第107話 職人紹介の打診

 オブスルに行くことが決まった竜郎たちではあるが、その主目的であるヤメイトのことをほとんど知らなかったことに気が付いた。

 というわけで、彼のことをよく知っているであろうルドルフに、少しばかり話を聞いてみることにした。



「もしオブスルにいなかったら、どこどこにいるかもしれないっていう情報はありませんか? ルドルフさん」

「どこって言われてもなぁ。あいつとはもう、ずっと会ってねえし、歳くって考え方も変わっちまってるだろうし、金もあんだろ? 正直、想像もつかねえよ」



 ヤメイトの父親はオブスルの生まれで、両親は若い頃に他界しており、祖父母がいるわけでもない。

 母親のほうにいたっては会ったことすらないらしく、ヤメイト自身も記憶にないらしいのでそちらの線も薄い。


 縁者のところに足跡を残すということもなさそうなので、オブスルで足取りを掴めなければ探すのは難しそうだということだけが分かった。



「俺んところにも、出て行ってからは来てねえからな。力になれんで、すまんな」

「いえ、オブスルのほうにも知り合いはいたでしょうし、そちらの線でも探してみることにします」



 レーラがオブスルにいたころにヤメイトと接点があったので、そちらで情報が得られることもあるだろうと、竜郎たちはルドルフにまた顔を見せに来るといって別れた。



「えーと、おっちゃんの件はとりあえずオブスルに行くってことでいいとして、ここでやれることは済ましとこっか」

「だな。ってことで、リアは父さんたちを案内してやってくれ。

 俺たちは職人協同組合にいって、ほかにもいい職人を何人か紹介してもらってくるから」



 職人協同組合とは、職人たちの安全や利益を守るためにこの町が独自に築いた組織。

 そこに行き、ちゃんとした身分を示すことができれば、その人の目的に合った物を売っている、もしくは作ってくれる職人を紹介してくれる。


 もしヤメイトが見つかって彼が素晴らしい作品を作ってくれたとしても、馴染みの職人が1人だけというのは心もとない。

 なので竜郎と愛衣は、ニーナと楓、菖蒲を連れて異世界の芸術家を他にも紹介してもらうつもりなのだ。



「分かりました。あそこなら下手な職人を紹介されることもないでしょうし、安心ですからね。では行きましょうか、母さん、父さん、ミスズさん、マサカズさん」



 リアが先導し、仁たちを連れて一時別行動となった。


 それから竜郎たちは前に来たことがある職人協同組合まで、まっすぐやってきた。

 そこは洗練されたデザインのドーム型の大きな建物。ガラスのようなものでできた美しい扉を開け、中へと入っていく。


 入ってすぐのところには案内掲示板があるので、そこで芸術関係の職人を紹介してくれそうな窓口はどこだと探していると、ふいに後ろから声をかけられた。



「もしやハサミさまと、ヤシキさまでしょうか?」

「はい?」「え?」



 後ろから人が来ていることくらいは気付いていたが、掲示板に用があると思い注意していなかったこともあり、いきなり名前を呼ばれ驚きながら振り返る。

 するとそこには品のいい恰好をした、温和な雰囲気の人種で長身の老紳士が立っていた。

 

 少しだけ警戒しながらも、竜郎はその問いかけに応じてみることにする。



「確かに僕が波佐見ですが、あなたは?」

「ぶしつけに話しかけてしまい申し訳ありません。私は当施設で組合長補佐をしております、ジョーダン・ハトソンと申します」

「はあ、それでその組合長補佐さんが、私たちになんのようなのかな?」



 相手にも警戒していることが伝わっているだろうが、それでもジョーダンは柔和な顔のまま話を続ける。



「実は貴方がたがこの町に入ってきたことを知らされておりまして、もしも当施設に用がおありな様子でしたら最大限お力になれるようにと、勝手ながらお待ちさせていただいておりました」

「来るかどうかも分からないのに、待っていたんですか?」

「ええ、その通りでございます」



 目の前の男が嘘を言っているようには感じられない。

 大人の嘘を見抜けるほどの経験を積んでいるわけでもないが、竜郎たちが誰か知ったうえで悪戯に近づく者もいないだろう。


 とりあえず話だけでも聞いてみようとなり、案内されるままにドーム型の施設の最上階までついていってみれば、やたらと厳かな雰囲気の貴賓室のような応接室に通された。


 あとで聞いて竜郎たちも知ったことなのだが、普段ここは王族レベルの相手でなければ使われないようなところ。


 中にはいると、そこには白髪交じりのルドルフと同じくらいの見た目年齢をした銀髪のドワーフの男性──ホルスト・ザイフェルトが笑顔で立っていた。


 そのまま彼らに歓迎ムードで促され、やたらと高そうな彫刻が施された椅子に竜郎、愛衣が座り、子供用に既に用意されていた、座面が小さく足の長い椅子にニーナ、楓、菖蒲が腰かけたところで、互いに自己紹介を交わし話し合いがはじまる。


 この老獪そうな2人相手に腹芸は無理だと竜郎はそうそうに取り繕うのはやめ、自分が望むことをそのまま口にしていった。


 腕のいい芸術家を、それもばらばらの系統の人たちを何人か紹介してほしい。

 材料などの持ち込み、素材の指定なども請け負ってもらえるとありがたい。

 この依頼の目的は買い取った作品を別の場所で売るためであり、好調であるなら継続的に買い取りたい。

 などなど──地球関連以外で話せることは、できるだけ包み隠さず正直に。



「なるほど、そういう依頼ですか。それならば確かに、当組合に話を通したほうが早いですからな。

 しかし食品関連の事業をはじめたという話は風のうわさ程度に耳にしておりましたが、芸術作品にも手を伸ばすのですね」

「そっちは知り合いの伝手を使って、個人的に気に入ってくれた人たちに──という感じになるでしょうけれどね。

 食品関係のように、大々的に商売する気はありません。

 それでいかがでしょう。今の条件で作品を作ってくれる人はいますか?」

「正直そこいらの冒険者でしたら門前払いするレベルで無茶な話ですが、前述の食品事業はこれからも大きくなっていきそうなんですよね?」

「ええ、すでに契約済みの国もいくつかありますし、これからもっと規模は大きくなっていくかと」

「ならば資金力という点は問題ないでしょうし、信用という点においても身分はこれ以上ないものです。

 正直腕利きの──となると、多方面から唾をつけられている職人も多いですが、心当たりのある職人の何人かをあたってみようと思います。

 ですがそれについては何日かお待たせしてしまうことになるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」

「ええ、問題ありません。ああ、ですが……その間、ずっとこの町に滞在していなくても大丈夫ですか?」

「ええ、いろいろとお忙しいでしょうし、10日もあればおおよその交渉や職人側の希望なども纏められると思いますので、それ以降にいつでも尋ねに来てください」



 腕利きともなればすでに請け負っている、もしくは予約の入っているものたちがほとんどだ。

 横入りするのは竜郎たちも望まないということなので、職人たちの制作を邪魔しないように配慮しながら交渉していくことになる。

 なので、それくらいの時間は必要なのだそう。


 竜郎たちもヤメイトに仕事の依頼ができた場合と、そうでなかった場合で、確保したい職人の数も変わってくるかもしれないので、そのほうがありがたいと受け入れた。


 さて、これで肩の凝る話し合いは終わりだと、竜郎が体から力を抜き楓と菖蒲の相手をしてくれているニーナのほうへと視線を向けようとすると、提案──という形でホルストから声が上がった。



「これはそうしたほうがいいというわけではないのですが、これからも長期的にそのような事業を続けるおつもりがあるのなら、今はまだ芽吹いていない芸術家たちの出資者となって投資をし、将来的に優先して作品を買い取れるようにする──という手もありますが、いかがでしょう」

「いわゆるパトロンってやつかな?」

「一言で言ってしまえばそうですね。今、開花した職人たちは、そうやって出資者を得て大成した者たちも大勢います。

 作品を作るのもタダではありませんからね。まだ作品が売れないときに、生活が苦になって芸術家をやめざるをえない者たちもいるのです」

「もしかしたら、そこでやめずに続けていたら大成していた人もいたかもしれませんしね。

 ですが僕らには、それを見極める目がありません。見込みのない人の生活を見る羽目になるかもしれませんし、あまり気が乗りませんね」



 お金はこれからもたくさん入ってくるだろうが、いつまでたっても売れない芸術家に、ぬくぬくと好き放題、芸術活動をさせてあげるのは違うように思える。

 それではもう、ただの趣味でしかないと思えてしまうからだ。

 親兄弟でもないのに、他人の趣味のためにそこまでしたいとは思えない。



「そこはできるだけ我々が見込みのある若者たちを選出するつもりです。

 途中で出資を打ち切ることもできますしね。それはその者の技量次第ですし、しかたありません。

 それに絶対に素晴らしい芸術家になれるとは言い切れませんが、まったく可能性がない者たちはさすがに選出しません。

 若いうちに出資条件を受け入れてもらえれば、今後のハサミさまたちの事業もスムーズに進んでいくのではないでしょうか?」

「それはまぁ、確かにそうですね」



 どんな名匠でも、いつかは死ぬ。

 ドワーフでも300年。大成してからだと、そこからさらに芸術家生命は短い。

 また一般的な種族では、100年やそこらしか生きられない。


 寿命のなくなった竜郎たちと同じペースで生きられる人間など、ほぼいないのだから、長い目で見て若い芽を育てるというのも悪くはないのかもしれない。



「その件につきましては、仲間たちにも聞いてみたいと思います。お返事は、また今度でもよろしいですか?」

「ええ、もちろんでございますとも。強要するようなことではありませんし、いつでも気が向いたときにお声がけください。

 ……ただ、有望な若者ほど出資者が付くのが早いというのは、心にとめておかれたほうが良いかもしれませんね」

「……ええ、そうします」



 さりげなく早くしないといっちゃうよ? いいの? と煽ってくるあたり、さすがである。

 竜郎と愛衣は苦笑しながら、ニーナたちを連れて組合を後にした。


 丁重に入り口まで補佐のジョーダンに見送られた竜郎たちは、その足でさきほどホルストからちゃっかりと聞いていた、おすすめの店へと行ってみることに。


 絵画、陶芸、工芸、食器などを美術品として売っている応用美術。服飾、宝飾──などなど、いろいろなものを見て回り、なんとなく気になる物をいくつか購入していく。

 それだけでも地球に帰ったときに売りに出せば、それなりの値段で売れそうなものばかりを。



「ここで最後だね、パパ、ママ」

「だな」「だね」



 ホルストから聞いた店のリストの中で、最後に書かれていた絵画──それも魔物の絵を専門に描いているというところ。

 ここまで勧められた店は、どこも外装もこだわりぬかれ洗練されていた。

 けれど最後のここは町の端のほう、それも出入り口からも遠いさびれた場所にポツンとある、小さなピラミッドのような質素な外見のお店。


 本当にここで合っているのだろうかと、恐る恐る足を踏み入れていくと、中にはいろんな作品が飾ってあった。

 それはどれも聞いていた通り魔物の絵に特化しているのだが、どれもこれもかなりおどろおどろしい。


 殺しあう魔物たちの絵。人間を食らう魔物の絵。獲物を殺し、愉悦の笑みを浮かべる魔物の絵。

 近場のものだけ見ても、なかなかにグロッキーなものばかりで、呪いの力があるのではないかと思わず解析してしまうほど。

 もちろん、なんの呪術的要素もなかったのだが。



「えっと、ここはお化け屋敷かなんかなのかな?」

「いや、絵画を売っている店で間違いはないと思うぞ。下のほうに値札が置いてあるし」

「迫力あるねー」「「うー」」



 ニーナは分かるとしても、ちいさな子供なら恐がりそうな絵を見ても楓と菖蒲は感心したような声を上げていた。



「まあ確かに、素人目に見ても凄い絵ではあるね」

「躍動感というのか、そんなわけがないのに絵から飛び出してきそうなくらい、真に迫った感じがするしな」



 描かれている絵は不気味ではあるが、技量はむしろここまで見てきたどの店よりも群を抜いているのではないかと、素人でも分かるほどに心に訴えかけてくるものがある作品ばかり。


 竜郎たちが絵に圧倒されていると、奥のほうから足音がパタパタと聞こえてきた。

 この店の住人だろうと、そのまま絵を見ながら待っていると、20代前半ほどの犬系獣人の女性が顔を出した。



「お客さんですか?」



 買うかどうかはまだ決めていないが、お客といえばお客だろうと、竜郎が「はい」と答えようとした瞬間、向こうが先に大声をあげてそれを遮った。



「──って、竜!?」

「ん? ニーナのこと?」



 無言で、けれど高速でコクコクと頷く獣人の女性。あまりにも挙動が不審だったために、愛衣が心配そうに声をかける。



「えっと、もしかして竜は、お店に入っちゃダメだったのかな?」

「なんで!? ニーナはいい子だよ!」



 竜恐怖症の人とかもいるかもしれないと思っての愛衣の言葉だったが、ニーナは軽くショックを受けていた。

 けれど、どうやらそういうわけではないようだ。



「い、いえ、むしろ大歓迎ですっ!」

「なーんだ。じゃあ、安心だね」

「あ、あのっ、竜さん」

「竜さんじゃなくて、ニーナだよ?」

「えっと、ニーナさん。もしよかったら、父の絵のモデルになってくださいませんか!」

「もでる? ニーナを描きたいってこと?」

「はい。是非!」

「どうすればいい? パパ」

「うーん……、いきなり言われてもなあ。俺たちもちょっと寄っただけだし」



 パパと呼ばれる主であろう竜郎が渋っていると感じた女性は、慌てて事情を話しはじめた。


 どうやらここで売られている絵の数々は、彼女──『ヨランダ・ジャマス』の父──『ラロ・ジャマス』が描いたものらしい。

 けれどここ数年、その彼はスランプに陥って絵が1枚もかけていない。

 今も地下のアトリエで、苦しみもがきながらキャンバスに向かっているのだとか。


 そして、その理由は──野生の『竜』を見てしまったから。



「えっと……どゆこと?」

「実は父は──」



 小さなころに魔物に殺されかけた経験があるラロは、魔物に恐怖するどころか魅了され、その恐ろしさを絵にすることで自分の芸術性を爆発させていた。

 けれど一度だけ、たまたま野生の竜を目撃したさいに、魔物よりも強い死を感じてしまう。


 幸い竜に気が付かれることなく事なきを得たが、その竜に対しての恐怖感が子供のころ魔物から受けたものを凌駕してしまい、今までのように魔物の絵が描けなくなってしまった。


 それならば竜を描こうと筆をとって見るも、その竜に会ったときは頭がいっぱいいっぱいで、抽象画のように実像がおぼろげで結局描けなかった。



「だから竜であるニーナさんをモデルに描いてみれば、なにか父にとっていい刺激になるのではないかと思いまして……。お願いしますっ!」



 深々と頭を下げお願いしてくるヨランダに、ニーナが再び竜郎を見つめ、どうすればいいか問いかけ来る。



「ニーナが思うとおりにしていいぞ」

「うーん、だったらモデルになってあげてもいいよ」

「ほんとですか!?」

「うん。でもニーナたちは今忙しいから、また今度来たときでもいーい?」

「もちろんです! いつまでも……とは言えませんが、待ちます!」



 明日にはさっそくオブスルに向かう予定だったので、今すぐは無理だ。

 ニーナもそれは分かっていたので、また今度という約束を取り付け、1枚だけ羊の頭をした悪魔のような恐ろしい絵を買って店を後にした。



「なんだかホルストさんに、いいように使われた気がしないでもないねー」

「竜の件は絶対に知ってただろうしな。けど実力があるのは確かだし、案外ラロさんの絵は地球でも売れるかもしれないぞ? この絵だってすごい迫力だし」

「そうなったら、ニーナのおかげだね!」

「そうだな」「そうだねー」



 などと冗談めかしてこのときは言っているが、ニーナがモデルになったことでラロはさらに狂気の絵師としての才能を開花させることになる。


 それをピーター・ライトたち経由で地球で売ったところ、一部の好事家たちがこぞって欲しがるようになり、異世界の絵画の中では最高価格をたたき出すようになるのだが……今の竜郎たちは、まだそんなことになるとは露ほども思っていないのであった。

次話は水曜更新予定です。

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