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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第六章 活動域拡大編

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第103話 宇宙人の奇跡

「先ほど私の資産と人脈を期待したいと言っていたが、具体的にミカエルの命のかわりに何を差し出せばいいのだろうか?」



 竜郎エーイリの「契約成立だね」の言葉と同時浮かべた笑みに、若干の緊張を滲ませるピーター。

 その緊張感に、そこまで無茶なお願いをするわけじゃないんだけどなと、竜郎は宇宙人の顔の下に苦笑を浮かべる。



「別に無理難題を言うわけじゃないから、安心してほしい。

 我々は今、君たち地球人の文明を楽しみたいと思っているんだよね。

 私たちの星では味わえない、本物のレトロな楽しさってものがあるんじゃないかってね」

「あ、ああ……そうなのか。それで?」

「それでね。地球人の格好をするのは簡単なんだけど──」



 簡単なのね……と、スーザンの声が聞こえるが無視して話を進めていく竜郎。



「遊ぶにしたって先立つものは必要だよね? だからまずは幾ばくかの、地球のお金が欲しい。偽造するのは訳もないけど、いろいろと不味いからね」

「当然だな。私はミカエルの命を救ってくれるというのなら、いくらでも援助は惜しまない。その点については安心してほしい」

「ありがとう。けどまあ、助けてやっただろって、そのことを笠に着ていつまでもたかるようなマネはしたくない。

 だから資金面では、あなたたちが出してもいいという範囲、無理のない範囲で、ミカエルくんの治療費を払ってもらえればいいよ」



 その言葉に少しばかり、ほっとした雰囲気がライト一家に漂った。

 ミカエルを助けるためなら、何を失ってもいいとは思っている。

 だがこれからの生活もままならないほどにむしり取られてしまったら、今後ミカエルを育てることが難しくなるのではと考えていたのだ。



「そこから先の資金は、自分たちで稼ぎたいと思っているからね。

 そこで、あまり大っぴらに動けない我々ではなく、顔の広いピーターさんたちに協力を仰ぎたい」

「ということは、エーイリさんたちは地球で商売をするから、父さんや私たちにその仲介を──ということでいいのだろうか?」

「うん。そんなところ。商品については──ミカエルくんを救ってからゆっくり話すとして、我々の惑星にしかないものもあるから、そういった商品に関しては口の堅い人を紹介してもらいたい」

「その商品は私たちも購入することはできるのかしら? エーイリさん」

「気に入ったのなら最優先でお売りするよ、キャサリンさん。

 あなたたちが窓口になってくれるのなら、最初にその商品を見ることになるのも、あなたたちなんだからね。

 お金を払ってくれて、信用できる人物なら、我々としては誰であっても文句はないんだ」



 地球の誰も手にできない他の惑星の商品。それを真っ先に見ることができる立場というのは魅力的だ。

 それも地球人では逆立ちしたって勝てないであろう、宇宙人の後ろ盾つきで。


 ミカエルのことがなかったとしても、受けてもいいとすら思えるほどの魅力がそこにはあった。



「ってことで、我々の希望はそんなところかな。また何かあったら頼むかもしれないけど、決してピーターさんたちに無茶なことを要求することはないから安心してほしい」

「了解した。けれどその……純粋にバックアップや資金面でのサポートを得たいというのなら、我らがアメリカ合衆国の政府に繋ぎを取ることもできるが、そこのところはどうなんだろうか?

 君たちの技術力の一端、いやその一端の一端でもちらつかせれば、喜んで我が国は協力すると思うが」

「あーそこにいっちゃうかぁ。ハッキリ言うとね。我々は地球人に技術を教える気は毛頭ないんだ。それは我々の目的に反することだしね」

「目的と言うと、私たち地球人の保護……だったわよね?」

「そうなんですがね、スーザンさん。我々はなにも、慈愛の精神で保護しているわけではないんだ。ちゃんとメリットがあるからこそ、地球人を守ってる」

「……そのメリットとはなにか、私たちが聞いてもいいのかな?」



 宇宙人が地球人を守ることで得られるメリット。想像すらできないと、ヘンリーはごくりと喉を鳴らす。



「もちろん。後ろめたいことはないからね。我々の一番の目的は知識だ。

 地球人類がこのまま成長した先で、どのような歴史をたどるのか、どのような進化を遂げるのか、どのような技術を習得するのか。それらを観測し記録し、我々の星の糧にする。

 けれどもし我々が技術を流してしまったら、地球人類は我々の技術や歴史の後追いしかできなくなるかもしれない。それが一番困る。

 だってそうだろう? もしかしたら我々とは違った、別ベクトルのまったく新しい未知の技術を生み出す可能性だってあるんだから」



 先進的な技術を持った宇宙人に対して、地球人がまず望みそうなのは技術力だろうと踏んでいた。

 だが竜郎たちのものは技術でも何でもない、ただの魔法だ。この世界の人間では例え宇宙人でもなしえない奇跡の力と言ってもいいのだから、それを教えることなんて無理に決まっている。


 そこでいいわけを考えようとなったとき、皆で話しあってでてきたのが今の話──というわけである。


 キャサリンは改めて周囲の宇宙の景色に視線を送ると、ため息を吐くようにポツリと言葉を漏らす。



「これほどの技術をもってしても、まだその先を求めますか……」

「知識欲というのは無限なんだよ、キャサリンさん。

 病を克服しようが、寿命を克服しようが、時間を超越しようが、常に新しい壁がその先に立ち塞がっている。終わりがないから我々も飽きることなく探究できる」

「……分かった。技術に関してはこちらも言及しないことにするし、どこからか嗅ぎつけて無理に接触を図ろうとするような輩は、我々から手を回して排除しておこう」

「恩に着るよ、ピーターさん」

「なあに、孫を助けてもらったうえに、これから私たちはビジネスパートナーだ。仲良くやっていきたいからな」



 タダより怖いものはない──なんて言葉があるように、ピーターたちからすれば、なんの見返りも求めず地球人を助ける宇宙人は正直いって不気味だった。

 けれど地球人にメリットを見出し、自分たちの利益のために保護しているというのなら理解できる。

 ようは地球人の未来に投資しているようなものなのだと、ピーターたちは抱いていた気味の悪さが薄れたような気がした。

 無償の精神というのは、ときに不気味に映るものなのだ。



「そう思ってくれるとありがたいよ。

 ああ、それとね。一番まずい部分はすぐに治すけど、残りの今まで受けてきた延命治療なんかでのダメージは徐々に治っていくようにするつもりなんだ。それで、いいよね?

 後遺症は絶対に残さないようにするし、いくら何でも瀕死の子が突然ベッドから飛び降りて走り回れたら奇跡どころの騒ぎじゃないでしょ?」



 竜郎のおどけた言葉に、ライト一家の顔に笑顔が浮かぶ。この宇宙人にかかれば、ミカエルの病気など取るに足らない状態にすぎないのだと確信したからだ。

 4人そろって、静かにそれでいいと頷き返した。



「──うん、それじゃあ、さっそくミカエル君を治療してくるとしよう。また今夜にでも──」

「エーイリったら、だめでしょ。ピーターさんたちも今日くらいは、ミカエルくんと一緒にいたいと思うよ?」

「アンさん……お気を使って下さり、ありがとうございます」

「ちょっとエーイリは抜けてるとこがあるからね。気にしないで、スーザンさん」

「抜けてるとは失礼な」



 先ほどとは違う砕けた雰囲気の竜郎エーイリと、最初からフレンドリーな愛衣アンの人間味のあるやりとりに、これからも上手くやっていけそうだとライト一家は確信した。



「じゃあ、そうだなぁ。来週の金曜日の、このくらいの時間はどうかな?

 できればいくつか商品のサンプルも見せたいから、4人全員が同じ場所にいてくれると助かるんだけど」

「問題ない。もし本当にミカエルが治るのなら、教会で祈る時間も減るだろうからな」



 次の約束を取り付けてからライト一家を元いた教会に転移させ、竜郎たちは既に調査済みのミカエルの病室に転移で向かった。




 ピーターたちの視界が一瞬暗転したかと思えば、見慣れた教会の出入り口から見える外の景色に切り替わる。



「どうかされましたか? 何か気になることでも?」



 思わず4人そろってキョロキョロ周囲を見回していたものだから、ボディーガードのエドムンドが顔を強張らせて周囲に警戒した視線を配りはじめてしまう。



「私たちは、さっきからずっとお前の後ろにいたか?」

「は?」

「いいから答えてくれ。一時の間、消えていたりなんてしていなかったか?」

「は、はあ? 消える……ですか? ありえませんよ。どこかに行くにしても、ついていきますからね。ご安心ください」

「そうか。変なことを聞いた。今の言葉は忘れてくれ」

「了解です。──忘れました。ではお車の方まで、移動をお願いできますか?」



 孫のことが心配なあまり、ついにおかしくなってしまったのだろうかと心配の眼差しに変わっていたエドムンドだったが、忘れろと言われたからにはそうするしかない。

 普段通りの職務を全うすることに決め、ピーターたちを車に乗せた。



「──病院に向かってくれ」

「承りました。──発車します」



 祈りの後にミカエルのお見舞いに行く、それはいつものルーティン。

 だが運転手はピーターたちの雰囲気が、祈りにいく前と後で随分違うことに少しだけ首を傾げた。




 宇宙人から認識阻害に切り替え、病院に到着した竜郎たち。

 既に一度来て病状は調べてあったが、念のためにもう一度解魔法を発動させてミカエルの状態を確認していく。



「なんというか、財力を感じる病室だねぇ」

「実際に腐るほど財力がある人たちの関係者だからな」



 広い個室に、常につきっきりで看護師が、医者が見守っており常に万全の態勢。なんとしてでも、この子を生かそうという病院側の姿勢がよく見て取れる。

 お金が全てじゃないとはよく聞くが、お金持ちだからこそ、この子はまだ生きていられるのかもしれない。


 解析が終わったので、治療に取り掛かりはじめる。



「まあ、今回たつろーがこの子のとこに来たのだって、お爺ちゃんとお父さんがお金持ちだから──だしねぇ。世の中、世知辛いや」

「だが全員を助けることなんてできない……とは言わないが、やろうとするとかなり面倒なことになる。

 そこまで他人のために働く気は俺にはない。可哀そうと思わないわけじゃあないんだけどな」

「私たちの友達とかなら別なんだろうけど、誰であろうと世界の人を皆助けるんだ! ってな感じの崇高な精神は、私たちにはないしね」



 ニーナも話に加わりたそうにしているが、楓と菖蒲を起こさないように静かにしていてくれる。

 そのことに対して念話でお礼を言えば、ニコリと笑って別にいいよと返事をしてくれた。

 そしてその頃になると完全にミカエルの体の状態を掌握し、脳の一番奥深くにあった腫瘍も生魔法で正常な細胞に無理やり戻し、ミカエルから死の種子を摘み取った。


 それから呪魔法を発動し、徐々にこれまでの延命治療でボロボロになった体を治癒していく生魔法を付与していく。

 約一月後くらいには完全に復調し、その後は二か月間衰えた筋肉の増強も少しずつ補助し、三か月後には走り回れるように調整しながら。



「けど、お金持ちを助けるのにも意味はあると思う。お金があるから医療の研究だってできるんだ。

 お金持ちたちを生かし、その人たちが経済を回してより豊かになれば、医療だってもっと先へ進んでいく……と願いたい」

「だねぇ。お金持ちの人には、これからガンガンお金を使ってもらおっか。私たちもだけどさ」

「そうなれば思ったよりも早く"愛衣ランド"が買えそうだなぁ」

「何その変な名前の物!?」



 言葉だけでは字面は分からないが、某夢の国のようなランドの言いかただったので、すぐに愛衣はどんな字が当て嵌められているのかに気がついた。



「いつか買おうと思ってる俺たちの無人島の名前にどうかなと」

「イヤだよ!? ダサいよ!? 恥ずかしいよ!?」



 竜郎も愛衣のネーミングセンスに、ケチをつけられるものではないのかもしれない。

 そんなバカ話をしている間に、精密に調整した生魔法の付与も完全に終わった。

 これでミカエルは、これからスクスクと成長していってくれることだろう。


 竜郎はミカエルの頭を優しく撫でながら、もう少しだけ寝ているように生魔法をかけ、自分たちは離れたところから成り行きを見守ることにした。




 ミカエルの治療が終わった数分後の病室。最近はもう寝たきり状態だったミカエルが、目を覚ます。



(あれ? 痛くない?)



 それどころか体の倦怠感も薄れているように感じる。試しに上半身を自力で起こしてみる。

 普通に……というには不格好ではあったが、自力で起きることができた。あの嫌な痛みも感じない。

 ミカエルは、不思議そうな顔で手をグーパーと動かしそれをじっと見つめだす。



「みっ、ミカエルくん!? 先生! 先生っ!! ミカエルくんが!!」

「なん──って、ミカエルくん!?」



 看護師と医者がハッキリと目を開けて、自力で動いているミカエルの姿に仰天する。



「すぐに検査の用意を!!」

「はいっ!」



 その後すぐにミカエルは医師の元で、いろいろな検査を受けた。

 するとミカエルに巣食っていた脳腫瘍が、綺麗さっぱり消えていることが発覚。



「あ、ありえない…………」

「奇跡だ……。おお、神よ…………」



 複数人の医師が間違いではないかと、何度も確認した上での判断である。もはや完治したと断言していい。

 けれど意味が分からなかった。本当に奇跡としか言いようがないのだ。

 神の御技だと十字を切って、祈りはじめる者まで出てくるほどに──。






 車の中にいる間に病院から連絡は受け取っていた。

 けれど自分たちの目で見るまではと急いで病院へと赴き、ピーターたちは検査が終わるまでの間、待合室で待たされていた。


 やがて見知ったミカエルの主治医が疲れ果てたような、けれど晴れやかな顔で車いすに乗せたミカエルと一緒に待合室へと入ってきた。



「ママ、パパ、おじいちゃん、おばあちゃん」

「「「「──あ、ああっ」」」」



 喉がまだ本調子ではないのだろう。それは酷くかすれた声だった。けれどそれは、ハッキリと耳に届いた愛しいミカエルの声だった。

 4人は床に膝をつくようにして泣き崩れ、這うようにして車いすに座っているミカエルにすがりつき、奪い合うように抱きついて頬にキスしていく。



「まだ病み上がりですから、そのくらいにしてあげてください。嬉しいのは分かりますがね」

「で、では、本当にこの子の病は──」



 主治医は穏やかにほほ笑みながら、深く母親であるスーザンの問いに頷き返した。



「お恥ずかしながら私では、というよりも現代医学では理由が説明できません。

 しかしミカエルくんの腫瘍が、完全になくなっていることは確認できました。まさに奇跡としか言いようがありません。

 こんなことは長い医師人生で、はじめてですよ」

「「「「ああっ──」」」」



 そこでまた4人の目から涙がボロボロと零れ落ちる。

 こんなことができるのは竜郎エーイリたちしかいないと、自信を持って言える。

 このときはじめてライト一家は、神ではなく宇宙人に感謝の祈りを捧げた。

 それと同時に、あの宇宙人たちのために何でもして見せると、改めて心に誓った。



「よかったね。ピーターさんたち、あんなに喜んでるよ。たつろー」

「ああ、この光景を見られただけでも助けてよかったと思えるよ」

「ニーナもね。パパたちに、助けてもらったときのこと、なんとなく覚えてるの。

 だから、あの人たちの気持ち、ニーナちょっと分かるかも。

 ……ねえ、パパ、ママ。ギュって、してもらってもいい?」



 家族に抱きしめられているミカエルを自分と重ね、自分もして欲しくなったようだ。

 竜郎と愛衣は優しく微笑み、両手を広げた。



「「いいよ、おいで」」

「ぎゃう~♪」



 ニーナは自分の家族に抱きしめてもらい、幸せそうに、されど背中の籠で寝ている2人を起こさないように、小さく鳴いたのであった。

次話は水曜更新です。

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