ハーバリウムの情熱(1)
フローラの妹である絶世の美少女、アデルの物語。
テーマは『夏』『情熱』(アンリ様企画・「恋に身を焦がす夏」より)
王都の片隅には、小さな人形店がある。そこでは可愛らしい人形達がちょこんと棚に座って、自分たちを家族に迎えてくれる人を待っている。
満面の笑みを浮かべて、買ってもらったばかりの人形を抱きしめる小さな女の子に、店主の男性も思わず笑みがこぼれた。
「本当に素晴らしいわ、ここの人形。職人の奥様にもよろしくね」
「ありがとうございます」
彼は満足そうに店を出ていく家族を見送った。カラン、とドアのベルが鳴る。時計を見れば昼を過ぎたところで、店主――ウォーレス・トューダーは、店の奥に向かって声をかけた。
「そろそろお昼にしようか」
返事はない。だが、ウォーレスは気にすることなく、店の前に『closed』の札をかけ、サンドイッチと、レモンとハーブ入りの冷たい水を用意してから、店の奥の工房へ向かった。
「アデル、入るよ」
やはり返事はなかった。工房では、周りの音が聞こえないほどに集中したアデルが、机に向かい、人形の髪を一房ずつ、小さな頭に縫い付けていた。その額からは汗が滲んでいる。暑い日であっても、細かい作業の時には風に邪魔されるのを嫌って窓を閉めてしまうから、工房は蒸す。
ウォーレスが、彼女の作業する机をコンコン、とノックするように叩けば、アデルはやっと気が付いて顔を上げた。
「お昼が出来たよ」
「ああ、ウォーレス。修理を頼まれていたあの子、終わったわ。そっちの緑のドレスの子は、お店に連れていってちょうだい」
「分かった。アデル、お昼休憩にしないか」
アデルに返事をしながら、ウォーレスは穏やかに繰り返す。
「あら、もうそんな時間かしら。じゃあ、頂くわ」
アデルはようやく、工房を出た。出ていく直前、ちら、と、硝子の箱に入った人形に目をやる。
工房の棚に置かれたたくさんの人形の中でも、ひときわ目を引く、美しい少年の人形。
人形職人が、恋する相手に向けるような、憧れの熱い視線を向けるのを――ウォーレスはただ見ていた。
◇
アデル・レドールは、幼い頃、人形というものが嫌いだった。――というのは、周りの大人達に原因がある。
「まあ、なんて可愛らしいお嬢さんなの。お人形さんみたい」
貴族の家に生まれたため、好む好まざるに関わらず、アデルは姉と共に社交界に連れて行かれた。
アデルは容姿端麗だった。だから、可愛らしいと言われるのは良い。だが、決まって続けてこう言われたのだ。「お人形さんみたい」と。
アデルの生まれたレドール子爵領では糸や織物、布製品を主力産業としていた。そんなレドール家の女が、流行遅れのドレスを着るわけにはいかない。
常に最新の流行のドレスに身を包むアデルは、貴族達の注目の的であると同時に、家の広告塔だった。
まさに人形――彼女は、生きたマネキンだったのである。
姉のフローラは、美しさを誉められているのだから、素直に受け取っておきなさい、と宥めたが、アデルは憤慨していた。
(何よ、何よ! 私は飾りもの、黙って見せ物になっていればお似合いなんていうの!)
アデルは人形というものが嫌いだった――彼女が、人形に恋をするまでは。
◇
それは、アデルが十二歳の時だった。
アデルの父、レドール子爵は、客人を連れて応接間に入った時、そこにアデルが忍び込んでいたので顔をしかめた。
その頃アデルは、父の部屋にある、大きくくるくる回る地球儀に夢中だった。知らぬ国の名前を指でなぞっては、丸い世界を回すのが好きだったのだ。
何度、子供が仕事部屋に入るなと叱られても、アデルは気にしない。掃除で鍵が開く時にこっそり忍び込んでは、周りの音が聞こえないくらい夢中になって、見つかってつまみ出されるのだ。
父は、また潜り込んでいたアデルを叱ろうとしたが、客である老人は子供好きらしく、人の好さそうな笑みでアデルに話しかけた。
「おやおや、可愛らしいお嬢さんだ」
「こんにちは」
アデルは、笑顔でドレスの裾をつまんで礼をした。
その客人は、貴族ではないようだった。身なりはちゃんとしていたが、決して高級なものではなかったし、ごつごつと節くれだった老人の手は、自らの手を動かして働く者の証だった。
老人はにっこり笑うとアデルに尋ねた。
「そうだ、お人形は好きかな?」
「……あんまり好きじゃないわ」
アデルが正直に答えると、老人は困ったように眉を下げた。
「どうしてだい?」
聞かれて、アデルは考えた。お人形が好きじゃない理由は何だったかしら。
アデルはちょっと考えると、はっきり答えた。
「ううん、お人形が嫌いなわけではないの。別にお人形に何かをされた訳ではないから。ただ、お人形みたいといつも言われるのが嫌いね」
アデルは、自分の貴族の令嬢らしからぬ行動――周りを気にせず、はっきり物を言い、興味を持ったものにずんずん向かっていくような所――が、あまり歓迎されていないのも知っていた。
お人形みたい、というのは、見た目の美しさを褒める以上に、お人形みたいに黙って大人しくしていなさい、という皮肉にも聞こえたのだ。
アデルのその答えを聞くと、老人は目を丸くし、声を上げて笑った。
「なんと、なんと!」
よほどアデルの言葉がおかしかったのか、老人は心底愉快そうだった。アデルもにっこりと笑い返す。
「いや、いや。儂がどれだけ立派にこしらえた人形でも、お嬢さんには敵うまいよ」
「え?」
アデルはそれから、父に部屋を追い出されてしまったので、彼の言葉の意味を聞くことはできなかったが、後日、その彼からアデルとフローラに、美しいビスクドールが贈られてきた。
そしてアデルは、その老人、トューダー氏が、国一番の人形職人であったこと、その日レドール家を訪れていたのは、王女の誕生祝いに贈る人形に着せるドレスの布を、レドール領産の最高級品を献上して使うための話し合いのためであったことなどを知ったのだった。
それから、アデルの興味の対象は、まるで本物の女の子をそのまま小さくしたかのように精巧で美しい人形に移った。
今までアデルが知っている人形といえば、布でできた、綿を詰めた人形ばかりだった。
陶器の肌は滑らかで、頬の赤みも自然な色合い。こんな生きているような人形をどうやって作るのだろう。
一度好奇心に火がつけば、止まらないのがアデルである。父に毎日頼み込み、トューダー氏に会わせてほしいとおねだりを続けた。
「ねえ、一回だけ! 素敵なお人形を貰ったお礼を言いたいの!」
もともと、王家に献上する人形の件もあって、父はトューダー氏に会う予定があった。アデルは、父の用事についていくという形で、トューダー氏に会いに行くことになった。
そして、アデルが人形職人の工房を訪れた時、アデルは、運命を変える恋をすることになる。




