かすみ草の恋(2)
愛を告白したら、金切り声で叫んで逃げられた。
「フローラ様!?」
思いもよらない反応に、一瞬呆然としたエドガーだったが、すぐにフローラの後を追った。だが、フローラはほとんど駆け込むように屋敷に飛び込み、驚く使用人達の前で、勢い良く屋敷の扉を閉めてしまった。
「どうしたというの?」
母が来て、怪訝な顔でこちらを見るが、フローラは構わず扉の向こうからエドガーに向かって叫んだ。
「もうお帰りになってくださいませ! 私は……!」
「……っ!」
あまりに突然の拒絶に、エドガーは眉を下げた。傷ついた顔で、固く閉められた扉の前に立つ。
「……。何か、僕が気に障る事を言ってしまったのであれば、申し訳ありませんでした。確かに、あまりに性急だったかもしれません。今日のところは、失礼いたします」
エドガーは、レドール家の執事に帰る旨を告げ、自分の家の馬車に乗り込もうとした。そこに、レドール家の馬車が入ってくる。馬車からは、金色の髪の小柄な少女が弾むようなステップで降りてきて、エドガーを見ると、あら、と声をあげた。
「あなたが、お姉ちゃんに求婚した人ね。ええと……」
「エドガー・アーランドです」
「そう。私は妹のアデルよ。聞いていたより早いお帰りね。振られたの?」
年下の少女の容赦ない言葉に、エドガーは苦笑した。
「まあ、そんなところで」
「あんまり気にしなくっていいわよ。お姉ちゃん、ちょっと神経質になってるだけだから。あんな姉で良ければ、貰ってあげてくれないかしら」
小首を傾げながら、冗談めかして言うアデルに、エドガーは馬車に乗り込みながら答えた。
「そのつもりです」
◇
次の日から、レドール家には毎日花束が届けられた。送り主はもちろんエドガーであり、届けられる花は、アーランド領産の最高級品ばかりである。色鮮やかな美しい花は、使用人達の手で花瓶に生けられ、屋敷の中は一気に華やいで、甘い香りが漂うようになった。
しかしフローラは頑なな態度を崩さない。普段、おしとやかなフローラがただならぬ様子で求婚を断ったのを見ていたレドール家の人々は、腫れ物に触るようにフローラに接していた。
ただ一人、アデルを除いては。
「お姉ちゃんは、あの人の何が気に入らなかったわけ?」
「……やめなさい、アデル。その花を私の部屋に持ってこないで」
「いいじゃない。このベゴニア、とっても柔らかい色で綺麗よ。馬鹿のひとつ覚えみたいに赤い薔薇を贈ってくる男よりずっと趣味がいいわ」
今日もエドガーから贈られてきた薄紅色の花を抱え、アデルはフローラの部屋に入ってきた。
「お姉ちゃんが、そこまで人を拒絶するのは珍しいから気になるのよ。何を言われたの?」
「それは……」
「それとも顔が好みじゃなかった? まあ、優しくていい人そうな顔してるけど、美しい顔かと言われれば違うわね」
「私はそんな、顔の良し悪しで人を判断したりは致しません」
フローラは少し語気を強めて言ったが、アデルは腰に手を当てて言い返した。
「じゃあお姉ちゃんは、何でエドガーさんを判断してるわけ? 外見でもない、中身でもない。何の根拠もなく判断してる方がよっぽどタチが悪いじゃない。だからエドガーさんも諦めがつかないんじゃないの」
言うだけ言って、アデルはフローラに花束を押し付けて部屋を出ていった。フローラは一人、唇を噛む。
――あなたはいいじゃない。そんなに美しければ、自分に自信があれば。
同じ姉妹なのに、フローラとアデルはまるで違う。絶世の美少女と呼ばれる妹と、平凡な顔立ちの自分。二つ並べて比べれば、誰もが美しい方を選ぶ。
所詮、人の中身など目に見えるものではないのだから、外見で選んでしまうのは仕方がないことだと割り切っている。だが、だからこそ――
「……え?」
ふと、気付いてフローラは、手の中の花に目を落とす。
さっきアデルは、「優しくていい人そうな顔」と言った。エドガーは確かに温和そうな顔である。
が、それを知っているということは、アデルはエドガーの顔を見た――エドガーはアデルの顔を見たということだ。
アデルに押し付けられた花束には、『愛するフローラへ』とカードが添えられていた。
こんな恥ずかしいものが入っている花束を毎日使用人に見られていたのか……と思うと若干目眩がしたが、そんなことより、である。
「あの人、アデルと私を見比べて、それでも私がいいというの?」
◇
気持ちの良い風が吹くアーランド家の庭で、エドガーとフローラはお茶をしていた。
噂には聞いていたが、アーランド家の庭は素晴らしかった。今は特に春だから、たくさんの花が咲いている。自分の家に届けられていた花よりも、地面に生えているからか瑞々しく、ずっと美しい。庭の向こうには田園が広がっており、新緑の香る空気が心地いい。
「先日は、取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。非礼をお詫びいたします」
「……そんなことはいいんです。僕はあなたを酷く傷つけてしまったらしいのですが、恥ずかしながら、僕は未だにその理由が分かりません。ですが、僕は……」
エドガーはひたすらに、フローラを見つめる。
フローラは、つい、と顔を横に向け、遠くの山を見た。エドガーの顔から目を逸らしたというよりも、エドガーに、自分の顔を見られることが耐えられなかった。
「……”一目惚れ”」
「え?」
「一目惚れと、あなたは言いました。ろくに話したこともない私に求婚した理由として」
見ただけの相手を、好きになる。
それは、外見だけで相手を判断したということだ。
フローラは、自分が決して美しいとは思わない。自分よりずっとずっと美しい人が常に近くにいたから、それを知っている。
外見で選んだというのであれば――もし仮に、自分より美しいと思えるような人が現れれば、それで終わりだ。
「……それが、どうしても受け入れられなくて」
いや、それだけではない。
見目麗しい妹ばかりを見て、自分を見ようともしなかった周囲に対し、暗くどろどろした気持ちがあるのだ。外面ばかり、可愛い見た目ばかり、私の内面など見ようともしない男達に。
……そんな風に考えているから、私は心の中さえも醜いのだな、とフローラは自嘲した。
エドガーは何も言わず、立ち上がった。きっと呆れたのだろう、と、フローラは横を向いたまま目を伏せる。
彼はこのまま去っていくのだろうと思ったが、しかし――エドガーはテーブルを回り、フローラの前に跪いた。
「そんな風に思われていたとは……言葉が足りませんでした。僕があなたに言ったことは嘘ではないし、もちろん、あなたを美しいと思っていますが……それだけではないのです」
エドガーは真っ直ぐに、フローラを見つめる。
「あの日、舞踏会で。僕は、あなたと目が合った時――この人は僕の傍にいてくれる人だ、と感じたのです」
「え……?」
フローラは目を瞬かせた。思いもよらない言葉だった。
「直感――というのが近いかもしれません」
「目を、見ただけで? そんなことで?」
そんなことで、人の内面が分かると?
フローラはエドガーの真意を探ろうと目を見るが、エドガーは真剣そのものだった。
「これ以上説明することは、僕にも難しいのですが」
第一、とエドガーは笑いながら付け足した。
「見目の話をすれば、僕こそ立派なことは言えません」
「あの、いえ、私はそんなつもりは……」
「男の僕から見ても格好いいと思う友人がいまして。彼は非常に女性に人気があるのです。妹の婚約者なのですけどね」
エドガーの言い方には嫌味らしいところは一つもなく、屈託なく笑ってみせる。そんな彼の態度に、フローラは少し気が楽になった。
温かい春の風が、フローラの髪を揺らす。
「……エドガー様」
「はい」
「本当に、私などでよろしいのですか?」
「あなたがいいのです」
エドガーは迷いなく答えた。彼の真っ直ぐな瞳に、フローラが写っている。
あれだけ不躾に拒絶したというのに、まだ彼はフローラに運命を感じているらしい。不思議な人だ――フローラは、今まで会った誰にも覚えたことのない、言葉にし難い気持ちを持った。
恋と呼ぶほど熱くはないが、それでも、特別な。
「……よろしく、お願い致します」
「!」
エドガーは満面の笑みで両腕を広げる。その胸に、飛び込む勇気はフローラにはなかったが、自分に笑顔を向けてくれる彼の顔は、どんな男性のものより好ましかった。
フローラは自己評価が低すぎてやや痛いところがあるのですが、エドガーもエドガーで、(ほぼ)初対面の女性に対するアプローチが重いので、相手によってはドン引きです。
でも、フローラにはこれくらいの熱量でないと伝わらないので、エドガーの”一目惚れ”は正しいわけです。




