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雪明かりに花咲く  作者: 梨野可鈴
外伝:そして季節は巡る
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かすみ草の恋(1)

ロザリーの義姉、フローラの物語。本編より過去の話となります。

テーマは『春』『一目惚れ』(アンリ様企画・「一目で恋に落ちる春」より)


「結婚の申し込みですか? アデルではなく私に?」


 両親から告げられた話に、レドール子爵の長女、フローラ・レドールは、思わずそう返した。何かの間違いではないか、と言いたげな表情を見せたフローラに、父は頷いて手紙を見せた。


「アーランド伯爵家のご子息からだそうだ。正式な手続きを経て申し込まれている」

「アーランド家……。ですが、どうして我が家にこのようなお話が?」

「いや、心当たりがない。お前が夜会などでお会いしたわけではないのか?」

「……存じあげないと思います」


 その家名は、フローラも聞いたことがあった。とても古い家柄であり、アーランド伯爵領の農作物、特に花は有名である。だが、彼らの持つ広大な領地は、王都から離れているため――直接的な言い方をすれば田舎なのだ――、あまりアーランド家の人々は社交界に出てくることはない。

 フローラは少し考えたが、エドガー・アーランドという個人の名前に、覚えはなかった。


「ふうむ……。まあ、この件に関してはお前の好きなようにしなさい。エドガー殿はアーランド伯爵家のただ一人の男子だから、アーランド家を継ぐことは間違いないだろうしな。良い話だと思うが、私はそれを強制するつもりはない」

「はい」


 フローラは花の意匠の家紋が押された手紙を受け取り、少し考えさせてくださいと言って二階へ上がった。

 そして、自分の部屋の隣――妹のアデルの部屋を尋ねる。


「ちょっといいかしら、アデル?」

「なあに、お姉ちゃん」


 妹のアデルは、美しい金髪を高く結い上げてまとめていた。大きな瞳が、フローラを見上げる。


「エドガー・アーランドという方に覚えはある? いえ、アーランド家の方を誰か知っている?」

「どうかな、覚えてない。なんで?」

「……いえ、いいのよ」


 フローラがそう言うと、アデルは忙しかったのか、用が済んだとみると、ドアをパタンと閉じてしまった。

 仕方がないのでフローラは、自分の部屋に戻り、自分宛の求婚の手紙を何度も読み返した。確かにそこには、『フローラ・レドール』へ結婚を申し込みたいとあったが、それでもフローラの中には一つの疑念があった。


 ……この求婚は、妹のアデルに宛てたものが、間違えて送られてきたのではないか?


 そう考える理由は十分だった。まず一つに、フローラは、エドガーという人物を知らない。それは、エドガーもまた、フローラを知らない(はず)ということである。


 そしてもう一つの理由は――妹のアデルは、大変美しい女性だった。

 流れる金の髪に、陶磁器のような白い肌、宝石のように輝く青い瞳。まるで神の作った彫刻のようだと噂される、絶世の美少女なのだ。アデルが年頃になってからというもの、その美しさに惹かれた男性たちから、結婚の申し出が後を絶たない。

 まあ、当のアデルは、そんな男性たちをつれなくあしらっているのだが。


 エドガー・アーランドは、どこかでアデルを見初めた。しかし、レドール家の令嬢だということしか知らなかったため、間違えてフローラに求婚してしまった……。

 知らない相手からの求婚の理由は、そう考える方が自然に思われた。


 ◇


 フローラの推測を家族に話してみたところ、アデルは白い手袋をはめた手をテーブルに叩きつけ、勢いよくまくし立てた。


「はあ? 手紙には、”フローラ”ってはっきり書いてあるじゃない! 何でお姉ちゃん宛の求婚まで私が断らなきゃいけないのよ、お姉ちゃんの問題でしょう! 万が一、本当に私宛に求婚していて、他人と名前を間違えるような大馬鹿だったら、その場で断っておいてよ!」


 アデルの言葉には、度重なる求婚を断るのが面倒だという苛立ちも混ざっていたが、言っていることは筋が通っていた。母も、いきなりそれを疑うのは、あまりに先方に失礼では……と、ため息をついて額に手を当てた。


「……フローラ、どうしても知らない相手からの求婚が嫌だと言うなら断ってもいいけれど、とりあえず、エドガーという方に、会うだけ会ってみてはどうなの?」

「ですが……。」

「そうよ。顔を見ればはっきりするじゃない!」


 アデルはきっぱり言い切った。そして、この件に自分は関係ないから、と言わんばかりの様子で、さっさと稽古に出かけていってしまった。乱暴にドアが閉められた後、父は困ったように言った。


「そうだなあ。あまり無下にするのも先方に失礼だろうしな」

「……。分かりました」


 妹のアデルは、それを散々しているはずだが――という言葉は飲み込んで、フローラは頷く。それに、相手は伯爵家なのだ。会うだけであれば、と、父に手紙の返信を頼む。

 部屋に戻ったフローラは、気を紛らわせようと刺繍をすることにした。刺繍はフローラの趣味で、今は蔦や花、その間を飛び交うハチドリの模様をテーブルクロスに刺繍しているところだった。

 だが――


「っ!」


 針で指を刺してしまい、フローラは顔をしかめた。普段であれば絶対にないことだ。自分の気が落ち着かないでいることを、改めて思い知らされる。

 鏡で自分の顔を見れば、どうしようもなくひどい顔をしていた。


 父も母も、貴族としては先進的な考えをしていて、結婚は本人たちの好きな相手とすればいい、伴侶として望む相手がいないのであれば結婚をしなくてもいいと考えていた。仮にフローラやアデルが婿を取らなくても、結婚しなかったとしても、家は叔父の方に継がせればいいだろう、くらいの考えなのだ。


 だが――本心では、降って沸いた良縁を喜んでいるのではないだろうか。そう思うと、心にさざ波が立つようだった。

 何しろ、美しいアデルと違い、人並みの容姿であるフローラに対しては、今まで縁談など一つも持ち込まれたことはないのだから。


 ◇


 あっという間に、顔合わせの日はやってきた。

 若い女性らしい華やかさを持ちつつ、華美になりすぎない品の良いレースのドレスは母の見立てだ。肌色を引き立てるよう、臙脂のリボンで髪を結う。フローラが落ち着かない気持ちで待っていると、約束の時間通りにアーランド家の馬車が到着した。


 そして、馬車から降りてきた、花束を持った男性を見て、フローラは記憶に引っかかるものがあった。

 確かに、見覚えがあるような気がする。だが、どこで会ったのだったか。


「エドガー・アーランドです。本日はお招きいただきありがとうございます。……また、お会いできて嬉しく思います」


 温和で優しそうな顔の男性は、フローラに、春の花がいっぱいのブーケを差し出した。


 ◇


 その場では、当たり障りのない挨拶をしたフローラだったが、どうしても彼のことを思い出せない。

 後は若い二人でどうぞ――とばかりに送り出されて、屋敷の庭を歩いている間、フローラはエドガーに尋ねた。


「あの、大変申し訳ないのですが……どこかでお会いしたことが、ありましたでしょうか?」

「ええ。ただ、覚えていらっしゃらなくても仕方ないと思います。先月、皇太子殿下の誕生日祝いの舞踏会で、ご挨拶させていただきました」

「先月の舞踏会……」


 それなら覚えている。国中の貴族が集まる華やかな舞踏会で、フローラとアデルも両親に連れられて出席した。そのうちの招待客の一人で、顔を合わせたというのであれば、何となく見覚えがあるのも納得だ。


「そうでしたか……。大変失礼致しました」

「かなり大きな舞踏会でしたから、仕方ありません。実際、あの時は、一言二言しか言葉を交わしていませんでしたから」

「……。」


 エドガーは気にしていない様子でフォローしてくれたが、それを聞き、ますますフローラは分からなくなった。

 フローラは、足を止めた。エドガーもまた足を止め、フローラを振り返る。


「どうかしましたか?」

「……それでは、何故、我がレドール家に、今回のお話を持ってきていただいたのですか?」


 挨拶はしたといっても、ほぼ面識がないに等しいフローラに対して、結婚を申し込む理由が分からない。

 レドール子爵家にとっては非常に良い縁談であるが、アーランド伯爵家にとってこの婚姻が、特段利益があるとは思えないのである。

 フローラが尋ねると、エドガーは一歩、フローラに歩み寄って、目を細めた。


「……一目惚れです。あなたを見た時、一瞬で好きになりました。必ず幸せにするとお約束します。どうか僕と、結婚していただけないでしょうか」


 とろけるような笑みで告げられた愛の言葉に、フローラは頭が真っ白になった。

 次の瞬間――


「お止めください! 馬鹿になさらないでっ!」


 フローラは叩きつけるように叫び、勢いよく踵を返して、その場から去った。


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