雪明かりに花咲く(4)
見晴らしのいい高台に馬を止め、カインは銀景色を見下ろした。カインの住むファリス領は、海から温かい風が吹くために、一年を通して比較的温暖な気候で、雪が降ることはほとんどない。雪というのは、そこに住む人々にとって、何かと苦労の種になると聞くが、白に覆われた田園の風景は、とても美しいと思えた。
しばらく景色を眺めたあと、エドガーがカインに話しかけた。
「で、どうしたんだい、カイン。何か僕に話せることはあるかい?」
エドガーの言葉に、カインは驚いた。切れ長の目をわずかに見開いたカインに、エドガーは仕方ないな、というように苦笑した。
「……分かるのか」
「まあ、君というよりはね……。ロザリーが、さっきよりもどんよりした空気を出していたからねえ」
「……。」
結婚が近付くにつれ、何やらロザリーが悩んでいるようなのは、フローラを始め、エドガーにも伝わっている。アーランド領とファリス領は遠いので、そう頻繁にカインとロザリーは会えるわけではない。
そこで、フローラとエドガーが気をきかせて、二人きりにしてみたが、これといって進展はなかったようであった。
カインは、自分の考えをアーランド家の人間に話してよいのか一瞬迷った。が、アーランド家の人々とは長い付き合いであるし、中でもエドガーは信頼できる友人である。彼の人となりを信頼して相談することにした。
「ロザリーは、俺との結婚を嫌がっているのではないだろうか」
その言葉を聞いたエドガーはきょとんとした。そしてカインの顔を見て――盛大に笑い出した。
「――っ、はははは!」
「笑いごとでは――」
「いや、カイン、君ってやつは、昔から鈍いとは思っていたけれど、まさかそこまでだったとは!」
ひいひいと腹をかかえて笑うエドガーに対して、カインの表情は固い。
「まったくカインは……何でそう思うんだい?」
「……そもそも、ロザリーは十歳の時に、見も知らない相手と婚約させられたわけだろう」
貴族の結婚は政略結婚が多いとはいえ、人間であれば、当然、利益だけでは割り切れない気持ちというものを持つ。
ロザリーは当たり前のように親に決められた婚約者を受け入れたが、それは彼女が幼い頃の話だ。結婚ということの意味を、彼女自身が年頃になって理解し、反発を覚えたとしても不思議ではない。
もちろん、カイン個人は、長い年月の交流の間で、それなりに親しくなったし、それなりに慕われているだろうという自負はあるが、だからといって、結婚を望んでいるかどうか。
しかし、もはや王家にも許可をもらい、広く公になった婚約である。
ロザリーの立場で、今更破談にできるはずもない。
「だから、結婚が近付くにつれ、ロザリーが暗い顔をするようになったのではないかと」
そう考えれば、何もかも辻褄が合うではないか。
先程は、何かとても言い出しにくい事を言い淀んでいるように見えた。結婚や式に関係しているが、言い出しにくいこと――それは、婚約解消の申し入れではないのか。
カインが自分の考えに暗く沈んでいる横で、エドガーは青い空を見上げていた。
「マリッジブルーって、男でもなるんだねえ……。そんな筈はないのに。ロザリーが君との結婚を望んでいるのは、誰がどう見たって分かることだよ」
「……そうなのか?」
「傍から見ていればね。まあ、ロザリーに直接聞いてごらんよ」
「しかし」
「お互いの問題が話せないようであれば、夫婦としてやっていくのに、これから困るだろう?」
エドガーの言うことはもっともだったので、カインは素直に頷いた。
◇
その日の夕食を、アーランド家でご馳走になった後、カインは、どうロザリーに声をかけたものかと思案していた。
「あの、カイン様……」
だが、声をかけてきたのはロザリーの方で、カインは振り向き――一瞬、返す言葉を忘れた。ロザリーがカインを見る目が、それがけ真剣だったから。
ロザリーが困ったように目を瞬かせていたので、カインは内心を取り繕って、慌てて返事をした。
「ああ……何だ?」
「少し、お話したいことが」
「……ああ、俺も話すことがある」
ロザリーを伴い、カインはテラスに出た。積もった雪を月の光が照らし、青白く輝いていた。
「話、とは?」
「……あの、カイン様のお話の方からどうぞ」
「いや、俺の話は後でいい」
ロザリーは昼間から何か言いたげな様子だったのだし、声をかけてきたのもそちらからなのだから、ロザリーの話が先だろう。
カインがそう促すと、ロザリーは俯き、雪に吸い込まれるような小さな声で、言った。
「カイン様は、私のことを、どう思っていらっしゃいますか?」
◇
あれは、去年の夏だったか。
カインが家に帰ると、宝石商が来ていて、カインの母の前で、様々な品を並べて見せていた。母は色々悩んだ様子で、ブローチを手に取っている。
「ああ、どれがいいかしらねえ。この花の細工は可愛らしいけれど、ちょっと大ぶりすぎるかしら。まあ、今はこういうのが流行りなの? あらカイン、ちょうどよかったわ、こっちに来なさい」
母に呼ばれて近付くと、愛らしいデザインの宝飾品をいくつか見せられた。
「ロザリーちゃんの誕生日に贈るのはどれがいいと思う? 私はこっちも可愛いと思うけど、一番最近に彼女に会ったのはカインでしょう? あなたは、どれが似合うと思うかしら」
「そう言われても……」
どれもこれも質が良く、贈り物には相応しい品だということは分かるが、似合うかどうかと聞かれると、男のカインにはさっぱりだった。
そんな息子の様子に、母はまったく仕方ないわね、と扇の奥で小さく息をついた。
「母上の方が、こうした見立ては上手でしょう」
「勿論そうよ。でも、私はどうしても小さい頃のロザリーちゃんの印象が強くて。会ったのはもう一年も前だし。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんていうけど、女の子の方が全然よ。ひとたび花が咲くと、つぼみからは想像できないくらいに、あっという間に美しくなるんだから」
結局、贈り物の品は母が選んだ。ファリス夫人として社交界の場に出る時に恥ずかしくない、長く使える品を――と、選んだ首飾りは、上品だが控えめな、大人の女性向けの品で、今のロザリーに似合うかどうかは、カインでさえ首を傾げた。
だが、誕生日の品を送ってしばらくした後、舞踏会で会ったロザリーの首元を飾っていた宝石に、カインは驚いた。それはカインが贈った誕生日の品だったが――まるで彼女のために作らせた品であるかのように、似合っていたのだ。
亜麻色の髪を高く結い上げ、落ち着いた青の小花柄のドレスを着たロザリーは、カインを見つけると柔らかく笑った。
彼女の周りが光に包まれたように見えた。母の言葉を思い出す。
ロザリーは、季節を重ねるたび、少女らしい純真さはそのままで、美しい女性になっていった。
出会った時に十歳の子供と十六歳の少年だった二人は、十七歳の女性と二十三歳の青年になった。年の差は相対的に縮まるものだ。
アーランド伯爵に挨拶をし、カインはロザリーの手を取る。彼女は、ダンスのステップもいつの間にか上手になっていて、カインの周りでくるくると回る。
そろそろ結婚した方がよいかもしれないな。カインはそんなことを考える。
手元に置いて見ていないと、俺は君の美しい瞬間を見逃してしまいそうだ。
◇
自分が尋ねようとしたことを、先に言われてしまった。
安堵して拍子抜けするような思いと、年上の男として恥ずかしいという思い、ごちゃごちゃとした言葉にならないような気持ちが過ぎ去った後、胸を満たすのは、沸き上がるような温かい気持ち。
「ロザリー」
俯いたままの彼女の名前を、カインは呼んだ。
ロザリーは肩を震わせ、下を向いたままだ。
「……ロザリー」
できるだけ優しい声に聞こえるよう、呼び掛けた。のろのろと顔を上げ、瞳を不安で潤ませる彼女に、カインは言葉を探した。
ロザリーの不安が、馬鹿なことだとは言えない。
カインもまた、ロザリーがこの結婚を望んでないのではないかと疑った。
多分――そうなってしまったのは、長い付き合いだからと、自分の思いを、改めて伝えなかったカインの怠慢のせいだろう。
「……そうか。そうだな。俺は、ロザリーのことを可愛いと思っている」
言うと、ロザリーが泣きそうな顔になった。……言葉を間違えたらしい。カインは急いで付け足した。
「結婚したいと、思っている」
「だって、それは、そうしなければ」
「家のこととは関係なくだ!」
もどかしいほどに、思いは伝わらない。
人の心に、目に見える色や形があればと、これほど思ったことはない。
ああ――だから、恋人達は、言葉を交わし、唇を寄せなくてはならないのだ。
「愛している、ロザリー。どうか、俺の妻になってくれないか」
「……本当、ですか?」
「ああ」
ロザリーが胸の前で組んだままの手を、そっと取った。冷えた指先を、温めるように握る。
お互いに口下手だ、この先は、言葉では伝えきれないだろう。
本編はこれで完結となります。
『キスで結ぶ冬の恋』ということで、キスすることの意味、をテーマにしてみました。
お砂糖多め、いかがでしたでしょうか。
企画を取りまとめ頂いたアンリ様、小鳩子鈴様、ご一緒くださった作者の皆様、読んでくださった皆様、
本当にありがとうございました。
さて、実はアンリ様の季節と恋の企画ですが、私は秋からの参加でした。
一目惚れの春。情熱的な夏の恋。どちらも素敵なテーマなので、作品をあげても良いですか……とお伺いしたところ、アンリ様に快諾いただいたので、当作品の外伝という形でこっそり参加します。
2/9より、外伝を連載する予定ですので、そちらもよろしければご覧ください。
一作目は、ロザリーの義姉、フローラの物語になります。




