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「え、それってつまり…芳樹は……」
優香もそれに気付き、珪都と同じような絶望を浮かべて聞いた。
だが、その現実の重みにも関わらず、面倒臭そうな表情でエラミルが口を開いた。
「ヨシキは感染してるんだよ。その内ゾンビ化するだろうな。」
「…ふ…ッざけんな!!!」
珪都がバッと立ち上がって叫んだ。
狭い部屋に珪都の怒声が響き渡っても、驚いたのは芳樹と優香だけだった。
「そんなの…有り得ねぇだろ! 芳樹が―――芳樹があんな……」
リディはやはり無表情に言う。
「現実を見ろ。ヨシキが咬まれたのは事実。そして、咬まれたら治す方法もない。」
「何でそんな事言えるんだ!!!」
珪都はまた叫んだ。
両手を握り締める力が一瞬強くなったことを、腕の血管が知らせた。
リディは一瞬口ごもり、素っ気無く「お前に言う必要はない。」と言った。
「………クソっ!!」
珪都は先ほどエラミルが出てきた通路の奥へ走っていった。
「あ、珪都!」
優香も珪都を追いかけて通路の奥へ消えていった。
―――当の芳樹は最初からずっと、何も動揺する様子も見せずに珪都たちのやり取りを見ていた。
ただ、痛みで呼吸は荒く、滝のような汗をかいて視線も睨んでいるようになってしまっているが。
残された3人はしばらく無言で座っていたが、やがて芳樹が久々に口を開いた。
「…俺はあとどれくらい人間でいられる?」
リディとエラミルは一瞬顔を合わせたが、エラミルの方が答えた。
「それは俺らにも分からん。1年後か1週間後か、1時間後か…。」
「アンタらは…どうしてこれが感染すると知ってる?」
芳樹がまた即座に聞いた。
今度はリディが言った。
「さっきも言っただろう。お前達に言う必要はない。」
「……。」
芳樹は視線を落とさなかった。
「分かった。」
芳樹はかなり間を開けてからそれだけ言い、目を閉じた。
手の傷は相変わらずズキズキ痛む。
話を聞いていたが、未だに自分が既に死んでいるなんて思えない。
今のこの鮮明な記憶、思い出、感情、痛みまでも、全て失くして人間を生きたまま食べようとする存在になるなどと…。
通路の奥からはさっきから珪都の怒鳴り声や、必死で励ます優香の声が、嗚咽混じりに聞こえてくる。
「俺の泣くタイミング返してくれよ…。」
そう心の中で呟いて微笑した。
リディもエラミルも驚いた。
死を―――むしろ死よりずっと恐ろしいものを―――目の前にして冷静さを欠いたのか実感できていないだけなのか…。
どちらにせよ現実は変わらない。
それはリディ達が1番よく知っていた。




