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30分ほど経過しただろうか。
3人の呼吸器官はようやく落ち着きを取り戻した。
―――3人の精神の方はまだ落ち着ききれてはいない。
それを見計らったようにさきほどの女が棚の向こうから現れた。
改めて見ると女は自分達とほとんど年が変わらないような背格好をしている。
長い髪を後ろで一つに留めていて、目は非常に鋭い眼光を放っている。
「落ち着いたか? 改めて聞くが、お前らは何者だ?」
珪都が答えた。
「俺は珪都です。コイツは芳樹で、そっちは優香。」
「なるほど。ケイトにヨシキに、ユカね…。…ヨシキ、噛まれたのか?」
何の脈絡もなくいきなり咬み傷のことを指摘されて3人はビクッとした。
「止血しないといけない。」
そう言うと女は部屋の突き当たりの通路の奥に向かって「おい、エラミル、起きろ! 生存者だ。」と叫んだ。
すぐにそのエラミルという人物がやってきた。
かなり体格が良い、軍服を着たスキンヘッドの黒人。
「おお、珍しいね。久々だな、"生きた"人間に会うのは。」
「ケイト、ヨシキ、ユカというそうだ。ヨシキは咬まれてる。止血してやれ。」
エラミルは芳樹の手を見た途端、数秒前までの温厚そうな表情を厳しいものに変えた。
「…おい、感染者を入れるのか?」
「外に放り出してヤツらのエサにする度胸はないよ。」
「チッ…、たく。しょうがない。今止血用具持ってくるから。」
2人の会話を聞いているだけで恐ろしくなった。
感染者とは何なのか……。
「あの―――」
「まず私の質問に答えろ。お前達はどこから来た?」
珪都の言葉が遮られた。
仕方なく以前まで住んでいた星の名前を言ったが、女は知らないらしかった。
「運が悪いね、アンタら。私らも人のこと言えないけど。」
「あの、この星は一体…? 上にいたあの人たちは何なんですか?」
女はしばらく表情のない顔で珪都をじっと見つめた。
「実際に遭遇しても尚、あれを人扱いできるのか。」
「!? だ、だって、走ってたし…」
女はまた言葉を遮った。
「アイツらは人じゃない。人を喰う人の形をした化け物。―――私らは面倒だからゾンビって呼んでる。」
顔が少し笑っている。
珪都はその表情に一瞬背筋が凍った。
―――ゾンビ? 小さい頃観た、映画の中の怪物。 本気で言っているのだろうか?
確かに、人とは思えない。
疲れを知らない走り。芳樹の手を咬んだ奇行。そもそも動けないはずの致命傷の数々。
言われてみれば"ゾンビ"という呼び名ほどふさわしい物もない。
「ヨシキ、手を出せ。」
エラミルが止血用具を持って戻って来た。
「自己紹介が遅れたね。私はリディ。こいつはエラミル。2人とも元軍人だったんだ。」
「よ、よろしく…。」
優香が俯き気味に言った。
珪都の頭の中はまだ混乱していた。
映画の中で、ゾンビは人を喰っていた。
動きがのろかったのは上にいたヤツらとは違ったが、大群で攻めてくるから油断した登場人物は犠牲になっていた。
確か、頭を撃たないと死ななかった――――――
待てよ。
何故ゾンビは映画内であれほどの大群になっていた?
「リディさん……。感染者って…………」
リディの返答は実に冷たかった。
「ヤツらに咬まれるとヤツらと同じ化け物になる。でなきゃあんな数にはならないだろう。」
珪都は初めて絶望という物を視覚で感じ取った気がした。
芳樹はそのうち、化け物と化す。




