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3人を乗せた宇宙船は順調に動き、施設を飛び出した。
空中を移動できるのだから、いくらゾンビが集まってきても関係ない。
操縦しているエラミル以外の2人は、宇宙船の存在に気付いて追いかけてくるゾンビの群れを見下ろしていた。
振り返ると、もうあのビルは大分遠くに見えた。
上がりきった跳ね橋を通り越し、そのまま何の障害も無く、芳樹が待っている家の上空へと着いた。
「この大きさじゃ屋上に停めるのは無理だな…。俺がこれを地上に停めたらすぐに出て走っていけ。倉庫の鍵はコレだ。」
エラミルが古びた鍵を珪都に手渡す。
「エラミルさんは?」
「俺ももちろん援護しながら行くよ。薬も渡さなきゃならねえし、もう俺は死んでるも同然なんだ。できる限りのことはさせてくれ。」
エラミルが言うと、珪都と優香は改めて申し訳ない気持ちになった。
もし芳樹がゾンビ化していたら、エラミルは助かる。
その可能性をエラミルはまだ捨てていないだろう。
だが、珪都たちの中にはもう芳樹が助からないシナリオが無かった。
宇宙船は地上へと降り立つため、徐々に降下してきた。
地上にいたゾンビの群れはますます興奮して手を上へ上へと伸ばす。
着地点は既にゾンビで埋め尽くされ、ちゃんと着地できるのか不安になる程だ。
だが、宇宙船はあまりに重く、群れの大半を押し潰して事も無げに着地した。
中では粉砕されていく肉や骨の音が珪都と優香を戦慄させた。
「今だ、行け!」
着地と同時にエラミルが叫び、珪都と優香は宇宙船を飛び出した。
すぐに潰れなかった群れの残党が襲ってきたが、2人は慣れた手つきで頭を撃ち、撃退した。
「…一人前になりやがったな。」
エラミルが感心しながら後を追う。
実戦経験が多すぎて、その上達速度がエラミルの予想をはるかに上回っていた。
珪都は家に入るとすぐに倉庫の鍵で扉を開けた。
その間、優香は追っ手の牽制をした。
鍵が開く頃にはエラミルも合流し、3人は一気に階段を駆け下りて倉庫へと出た。
倉庫の中は恐ろしいほど静まり返っていた。
空間を囲むコンクリートの寒々しさが相変わらず著しい。
電球は今にも切れそうなほど、慌しくチカチカと点滅している。
「芳樹…?」
珪都が呼ぶが、返事は無い。
「芳樹!」
優香も叫ぶ。やはり声は何処へとも無く消えていくだけだ。
「……芳樹!!!」
珪都が叫んだ。
突然奥の通路から芳樹が姿を現した。
突き当たりの角のところで立ち止まり、驚いているような、なんともいえない表情でこちらを凝視している。
とても見て安心できる表情ではない。
「芳樹! 薬持って来たぞ! 助かるぞ!」
もう1度、珪都は芳樹に向かって叫んだ。
芳樹は一瞬眉を歪ませて、怒ったような表情をした。
――――――――――かと思ったら突然眉が垂れ下がり、涙を滝のように流して泣き叫びながらこちらに走ってきた。
「芳樹!」
「珪都~~~!! 優香~~~!! も、もう会えねぇかと…マジで……ありがとう! ありがとう!」
芳樹は情けない、緩みきった声で喚いた。
抱きついてきた芳樹を珪都もしっかり抱きしめて、芳樹の無事を心の底から神に感謝した。
珪都は、数時間前の優香と同じように芳樹と再会していることに気付いて思わず吹き出してしまった。
優香もその2人に抱きつき、泣いて芳樹の名を呼んだ。
エラミルはその様子を見ながら、自分の死を確信しつつ、引き換えに助かるハズの芳樹の生を祝った。
「ケイト、その辺にしとけ。薬を打たなきゃならんからな。」
「あ、はい。」
珪都は芳樹からゆっくりと離れた。
「俺、助かるんだな。」
「そうだな。早く腕を出しな。手遅れになる前に。」
エラミルはブットパックから試験管を取り出し、芳樹の手に中の薬を注射した。
「はは、全然痛くねえや。」
芳樹が笑って言い、珪都も優香も笑った。
芳樹と、また3人で笑い合って生きていける。
もう絶対に、3人が離れることは無い。




